19 悪役令嬢の兄を看病する
サードニクス邸に戻るとすぐにお爺様が医者を呼んでくれた。山で虫か何かに刺されたのならば、地元の医者が一番詳しい。
今まで風邪ひとつひいたことがないカーマイン様の様子にセラも心配そうだ。
「兄貴は私以上に体が丈夫なのに…」
セラの言葉にローズも頷く。
「崖から落ちたと言っても、あの程度の高さでそこまでダメージがあるとは思えないんだけどぉ…」
「そ、そこは私の体重のせいで……倍?重力でさらに倍?」
「んん~、だとしても寝込むほどじゃないはずだよぉ?」
診察を見ているわけにもいかず、廊下で待つこと三十分。お医者様が診察を終えて出てきた。
お爺様も一緒で『心配はいらない』と苦笑した。
「どうやら落ちた場所に運悪く岩か何かがあったようだ」
背中の骨に当たり相当痛かったはずなのに我慢してしまった。普通の人間ならしばらく意識が飛ぶくらい痛かったはずだと医者が笑う。
「骨は鍛えられんのになぁ。まぁ、幸い骨折はしとらんかったよ」
ただ、猛烈に痛い。それはもう痛い。痣が背中の半分に広がるほどのダメージで、しかし我慢し続けた。
そこに虫の毒が入った。
「虫自体はあの周辺によくいるもので、年に何人か刺されている。体力のある者ならば命の危険はないが、高熱が出て三日くらいは下がらん」
子供や老人は気をつけたほうが良いが、体力があれば放っておいてもいずれ回復する。
「良かった。では兄は安静にしていれば大丈夫ということですね?」
「そうじゃよ。三日も過ぎれば勝手に毒が薄まる。ただ三日の間に急激に動くとまた毒が活性化してしまう」
一日寝て、すこし回復したからといって動けばまた高熱が出る。それを聞いてセラが眉をひそめた。
「………意識が戻ったら、即、ベッドから飛び出しそうだな」
確かに。
でも今は高熱のせいか眠っている。
カーマイン様のことはお爺様にお願いをして、私達はお風呂に入って早めに眠りについた。
ぐっすりと眠って、翌日は気合を入れて起きあがった。
よしっ、看病するぞーっ。
まだ眠っているセラとローズを部屋に残してカーマイン様の部屋に行くと案の定。
「医師は三日間、安静にとのことでした」
「どうぞ、ベッドにお戻りください」
「私達が御隠居様に叱られてしまいます」
年配のメイド達が三人がかりで頼む中、起きあがろうとしていた。いや三人の身体を引きずるようにしてもう起き上がっている。
「大丈夫。熱は下がっている。迷惑をかけたので殿下に謝罪を……」
「おはようございます!」
声をかけてずんずん部屋の中に入って行った。若い男性の寝室に許可なく入るとか、寝間着姿を見るなんてはしたないとか、その辺りは放りだして。
「ベッドに戻ってください」
ビシッとベッドを指さした。
「いや、まずは……」
「ベッドに、戻って、ください!」
私の迫力に圧されてベッドの端に座ったが。
「寝てください」
「しかし」
「熱が完全に下がったのですか?」
「あ?ああ、もう下がった。だから大丈夫……」
「失礼」
ペタッと手をおでこに当て、次いで首の後ろも触った。
「微熱がありますよね」
「こんなものは熱とは………」
「微熱、ありますよね?」
頷いた。
「じゃ、おとなしく寝てください」
「だが」
言い淀む男を無視してメイドに新しい水とタオル、それに朝食を頼んだ。
「お医者様の話では三日間です」
「そんなに寝てはいられない」
「治ったと思って動けばまたぶり返すそうです。そういった毒です。毒が回ればどんな副作用があるかわかりませんよ?病の副作用には諸説ありますが…、聞きたいですか?」
にっこり微笑んで言う私から何かを察したのか、おとなしくベッドにおさまった。
「仰向けに寝て、背中は痛くないのですか?」
「そこまでじゃない」
「なぜ言わなかったのですか?」
ふいっと横を向いた。
じわじわと耳が赤くなり。
「た、助けたのに悶絶するほど痛がるとか、かっこ悪いだろっ」
いや…、え、そうなの?
「なんで無駄にかっこつけようとするんですか、もう…。その時に治癒士様に手当てしてもらっておけば良かったのに」
赤くなった顔で睨まれる。
「やけに治癒士殿と仲良さそうだったな?」
何を言ってるんだ?
ちょっと考えて、理解した。理解して…、こっちの顔まで熱くなる。
「や、やっぱりあの治癒士殿のことを………」
「ち、違いますよ、違いますっ。そうじゃなくて」
あわてて否定したところにメイドが朝食を運んできた。
「え~、カーマイン様が寝込んでいる原因の一端が私にありますので、昼間の看病は私がしたいと思います」
お兄様、そしてセラ達と一緒に朝食をとりながらそう宣言した。
「メイドもいるし、適当に休憩はするけど」
「じゃ、兄貴のことは任せるよ。必要なら私も手伝うけど…」
「カーマイン様はルティアちゃんの看病のほうが嬉しいもんねぇ」
ローズの言葉にお兄様がちょっと眉をひそめた。
「私は殿下にカーマイン様のことを報告してくるよ。心配してらっしゃるだろうから」
それから部屋のドアは開けておくようにと念押しされる。
「未婚の男女が密室にいるのは良くないからね」
「もちろんですわ。それにメイドもおりますから」
お兄様を見送ってカーマイン様が眠る客室に戻ると、メイドが笑いながら唇の前で人差し指を立てる。
カーマイン様はすやすやと眠っていた。
やはり体のほうは休息を求めているようだ。途中、目を覚ましてはいたがはっきりと覚醒することはなく眠っていた。ただ空腹には勝てないらしく、お腹が空くと起きる。
胃腸が弱っているわけではないが怪我人で病人だ。とろとろに煮込んだ野菜スープやふわふわのオムレツを用意した。
一日目は大半を寝て過ごし、そのことに本人が一番、驚いていた。そして二日目は『暇だ』と言いながら体を起こしていたが、おとなしくベッドの上にはいた。
「熱は下がった」
「だから下がっても駄目なんですよ。また倒れたりしたらかっこ悪いでしょ?」
「………」
「私はかっこ悪いとは思いませんけどね。でも、わかっていて具合が悪くなったら学習能力がないのかなって思います」
「ルティアの…、理想はウィスタリアなのか?それともあの治癒士殿か?あいつらは賢そうだもんな」
笑ってしまった。
「お兄様はとても素敵だと思います。子供の頃から優しくて賢くて自慢の兄です」
「………そうだな」
「カーマイン様なら他にもっとふさわしい令嬢がいると思いますよ?男爵家では家柄で釣り合いがとれません」
「別に…好きになったのなら平民でも構わないと父は言っている」
それは…どうだろうか?さすがに平民はまずくないか?公爵家って遡ったら大体、王家の血筋だよね?
あと根っからの平民育ちに貴族の礼儀作法は無理だから。優雅な所作は一年や二年で身につくものではない。
「十歳の時からずっと気になっていた。初めて会った時は…、妹ともローズとも違う、普通に『可愛い女の子』でどう接すれば良いのか焦った」
かっこいいところを見せたい。他のヤツを褒めていると腹が立つ。ファーストダンスは自分がエスコートしたかった。
いろいろと考えて、努力もしていた。
「でも…、ルティアにはかっこ悪いところばかり見られている気がする」
そうかもしれない。
「女はちょっと弱いところを見せられるのも嬉しいものですよ?」
うつむいていたが、おそるおそる顔をあげた。
「弱っていると可愛らしいですね」
「………そんなことを言われたのは初めてだ」
「でもいつまでも寝てはいられませんね。火竜様のこともありますし」
頷いて、ぼすんっと背中の枕に倒れ込んだ。
「だが明日まで寝てなくてはいけないのだろう?」
「お医者様が言うには三日間です」
「退屈だがルティアが看病してくれるなら我慢する」
照れたように微笑む。
ちょっ、やだ、ほんとに可愛い。
「私…、公爵家に嫁ぐ覚悟なんてありませんからね。希望はお金に困っていない子爵辺りです」
「大丈夫。セラだって立派に公爵令嬢だ。アレに比べればルティアのほうがよほど美しき貴族令嬢だ」
「いや、何かと規格外のセラと比べられても…」
「大丈夫。何があってもオレが守る」
すっと目を閉じて言う。
言われたこっちはボンッと火が出る勢いで顔が真っ赤になった。




