16 悪役令嬢、竜と出会う
二日目は歩けるところまで歩く。山の中と言っても厳しい高低差は避けている。獣道よりはましな道筋もある。
ガウスさんが言うには徐々に登っているとのこと。
殿下もいるし、ローズと私はごく平均的女性の体力しかない。休憩をとりながらゆっくりと進む。
空気が薄いと感じるほど高所ではないが、言われてみれば…、道の横が崖のようになっている場所もある。
そこまでの高さがないと言っても、自然のままの状態。滑り落ちたら危険だ。
気を引き締めて道を進む。
「この先にすこし開けた場所があります。そこで昼休憩を…」
ガウスさんの言葉を遮るように、鳴き声が響いた。いや、鳴き声というか怒号?
生き物の声と言うより空気を震わせる振動に近い。
「何……?」
響いてくる音は重低音と、もう一つ。鳥の鳴き声?それにしては、可愛らしくない。
「斥候、何がいる?」
「わ、わかりませんが………」
数秒後、真っ青な顔で答える。
「何か巨大な生き物がふたつ、います」
「見てくる!」
セラがパッと笑顔になって走りだした。いや、待って、ちょっと待って!
カーマイン様も『セラを追う!』と言って走り出し、あっという間に見えなくなった。
しばらく全員で茫然としていたけど。
「セ、セラフィナ嬢を追わないと…」
殿下の声に護衛が眉を顰める。
「しかし、巨大な生物となると殿下の御身にも危険がございます。ここは引き返して……」
「で、でも、セラフィナ嬢を放ってはおけない。私は、好きな女性を見殺しにするような男にはなりたくない。もちろん…、護衛の皆には強要しない。怖ければここで待っていてくれ。そのことを責める気はないし、私に万一があれば…」
生き残ったものが証言してほしい。
護衛は殿下の命令通り任務を果たしたと。
隊長がため息をついて、水魔法士さんとガウスさんに『待機』を頼んだ。
危険だと思ったら水魔法士さん一人でも山を降りて、助けを呼んでほしい。山で迷わないように目印をつけながら進んできた。訓練された騎士なら一人でも降りられるだろう。
「お嬢さん達はどうしますか?」
ローズと顔を見合わせる。怖くないわけではないが、やはりセラを放ってはおけない。
「あの、セラを止められるのはローズか私だけなので…」
「行くしかないよねぇ」
私達はセラを追いかけた。
地竜フラグが立っていたため、そんな気がしていた。いたけど、地竜だけでなくもう一匹、なんか大きいのがいた。
怪獣大戦争じゃん。
「これは…、火竜か……?」
お兄様がつぶやく。
地竜はどっしりとした大きなトカゲで首が短いが、火竜はいかにも竜の形をしていた。
わぁい、竜って大きい~。漫画で見たまんま~。とか、喜べない。高さ数メートル…、重心が低い地竜でも建物の二階を越える高さだ。
「ローズ、これって……、竜?」
小さな声で聞く。
「たぶん。いてもおかしくないんだよねぇ。なんてったってカーマイン様は竜も倒すって設定だし」
「え、じゃあ、ここで?」
「それはどうかなぁ。なんか…、この竜達、私達のこと、眼中にない気がする」
その通りだ。地竜VS火竜って感じなのだ。
ゆえにセラとカーマイン様もただ眺めているだけだった。
「セラッ、逃げよう!」
セラさえ逃げてくれれば、全員が撤退できる。何度か呼ぶと、振り返った後、横に立つ兄を見る。
カーマイン様がぐいっとセラの腕を引いた。
「アレはオレ達の敵じゃない」
「わかった」
私達の元に駆けて来た。
走るセラ達の背後から、火竜がいきなり炎を吐いた。
なんで…?
土壁が炎を遮るが、すぐに砕けた。護衛さんの土魔法だろうか。それにしても土壁が砕けるって、相当、高温ってこと?
「このっ……」
「セラフィナッ、振り返るなっ!」
「セラ、駄目!」
一旦は離れようとしたが、立ちどまってしまった。そのまま竜に向かって行こうとしたセラに、手を伸ばす。
「セラッ、こっちに来て……」
火竜はもう一度、炎を吐いた。
今度ははっきりとわかる。
視線があう。
私だ。私に向かって、炎を吐いた。
慌てて逃げたが…、ズルッと足元が滑る。
炎から少しでも逃げようと焦っていたため、足元を見ていなかった。足場が悪く地面が斜めになっている。
視界の端に映ったものは…崖?
地面がない。
一瞬、真っ白になってしまい、態勢を立て直すことができなかった。
転ぶ………。
手を伸ばした先にお兄様がいた。
が、すかっと空をきる。
ヤバイ、まずい、たぶん落ちる………、怖い!
落ちた。
もう駄目だと思った瞬間、何かが私を掴んだ。だからといって落下が止まったわけではない。
ガリガリガリ…と耳触りな音がして、直後に落下の衝撃を受けた。
が、覚悟していたようなものではなかった。
意外と痛くない。
そっと目をあけると私の下にカーマイン様がいた。
落ちた衝撃で心臓が変な感じにドキドキしていたが、さらに息苦しさまで感じた。
ち、近い…。顔の近さに驚いて飛び起きる。
「怪我はないか?」
「………」
うまく声が出なかった。指先も震えている。
「無理に話さなくていい。ゆっくり息をしろ。呼吸は苦しくないか?」
深呼吸を繰り返してから落ち着いて確認をする。洋服がだいぶ汚れてしまったが、どこにも痛みはない。
抱きとめて一緒に落ちてくれたのか、何、それ、ヒーローっぽい。いやこの世界のヒーローの一人ではあるけど。
「だ、大丈夫…、みたいです」
カーマイン様は地面に落ちていた剣を拾った。鞘に入ったままだから、刀身は無事っぽい、無事でありますように、たぶんめっちゃ高い剣だろうから。
「上に戻らないと」
「た、助けてくださったのですか?」
「まぁ…、そうなるな」
「ありがとうございます」
「………無事で良かった」
ふいっと目をそらして言った。心なしか顔が赤い。え、何、照れてんの?それ、こっちも照れるんだけど。
「カーマイン様はお怪我をしておりませんの?」
「………平気だ。普段から鍛えている」
おそらく剣を崖の側面に当てて落下の速度を落としたのだろうが、私の下敷きになっている。
二人分の体重で衝撃も倍ではないだろうか。
「心配しなくても、ルティアはそんなに重くなかった」
「いや、そこを心配しているわけでは…」
「どうやって戻るかだが…、あぁ、ロープを降ろしてくれた」
見上げるとお兄様の姿が見える。
「ルティアは一人でロープを昇れるか?」
見上げた。何メートルくらいあるのだろうか。とりあえず登り棒より遥かに高い。たぶん五階、六階くらい?
「無理です…、この高さを一人で昇れる女性はセラだけです」
「そうか。では仕方ない」
肩に抱きあげられた。
「なっ、何を……」
「一人ずつ登ると時間がかかる。こんな場所に一人、残されたくはないだろう?しっかりと捕まっていろ」
肩に乗っているような状態で、仕方なくカーマイン様の服を掴む。視界の先は地面で、揺れるのが気持ち悪くて目を閉じた。
下手に動かないほうが良い気がする。
落ちる時は一瞬だったが登るにはそれなりに時間がかかってしまった。
「ルティア!」
お兄様の声にホッとして手を伸ばす。
今度はしっかりと握り返された。
引き寄せられ、地面にへたり込んだその先で。
セラが火竜のこめかみに拳をめり込ませていた。




