13 悪役令嬢がフラグを立てようとしている
日本人としての感覚が残っているのか、三人ともお風呂が大好きだった。
好きすぎて屋敷のお風呂を改装してもらったほどだ。一人で入るサイズの浴槽が、四、五人でも大丈夫になったので、たまにお婆様とも入るし、使用人達も使っている。
幸いここは田舎。水も薪も豊富にある。
大雨が降ったとか日照りが続いていたら遠慮するが、数年前に共同浴場が出来たのでお風呂対策は万全だ。
村の浴場はまんま銭湯って感じでお爺様が運営管理している。
午前中はお年寄りの社交場となり、午後の早い時間は勉強や家の手伝いを終えた子供達がやってくる。ちょっとした遊び場だね。この程度ならば影響も少ないだろうと、銭湯の横に『卓球場』も作った。厳密には卓球に似た遊びで、板でボールを打ち合うだけ。娯楽が少ない田舎の村だから子供だけでなく大人にも人気だ。
夕方は働き盛りの人達が疲れを取るために利用し、屋台で一杯、飲んで帰る。結果、ほぼ一日中、混雑していた。
労働力は働きたい高齢者や女性、運営管理側はケガや病気で肉体労働ができなくなった人達が担当している。
人が集まれば食べ物や飲み物を売る人が現れ、屋台が増えれば人がもっと集まってくる。
一番の功績は、子供達が清潔になったことかな。
女性も含め夏場は臭う人が多かったが、今はそこまでひどくない。
お風呂に毎日、入るようになったら病気になりにくくなったし、よく眠れる。きれいにしたほうが気持ちいいって事にも気づいたようで、服装や見た目も年々、小奇麗になっていった。
ついでに家の掃除もマメにやるようになって夏の食中毒が減り、風邪等の感染率が下がった。
近隣の村から銭湯の運営方法について相談される程度には活気づいている。
ゆっくりお風呂で疲れをとった後、軽く食事をとる。明日からはしばらく田舎暮らしだ。今年は何をしようかな。
「今年はお爺様に山に入る許可をもらったんだ」
セラがワクワクした顔で言った。お爺様って…、うちのお爺様だよね?なんてことをしてくれたんだ。
「子供達だけだと危険だからと止められてきたけど、私達の魔力も相当、あがったしね」
グロッシュラー家は代々、火炎魔法の使い手だ。カーマイン様とセラも自在に炎を作り出せるし火球や火槍で攻撃もできる。
個人的に一番、助かっているのは暖炉や窯の薪になかなか火がつかない時。火の質が違うのか、湿気を含んだ薪でも瞬間的に乾いてよく燃える。
ローズは聖魔法で癒しの魔法を使える。が、これは現在、緊急時以外の使用を禁止されている。聖属性魔法は扱いが難しい。ゲームのように万能ではなく重傷を軽傷にするとか、出血を止める程度。
通常の病気には効かないが、たとえば食中毒なんかの感染ならば効くこともある。
ゲームならば『聖女が現れた』と盛り上がるところが、現実はそう簡単なものではない。
象徴になれば、行動を制限され、常に民衆の期待に応えなければいけない。
今のローズにそこまでの力はない。いずれ現れるのかもしれないけど、ゲームでもそこまでの力はなかった気がする。ゲームのメインは恋愛だもんな。
設定としてはある。
我がサードニクス男爵家は土魔法。お兄様は攻撃に応用しているが、私は土壁を作るのが限界。
地面が土でないと壁を作れない。距離が遠くても駄目で、土に手を当てていないと発動しない。
この世界に複数の属性を使える者はたぶんいない。
そして魔力がまったくない人もいるがほぼ半数の国民が該当するため差別はない。勝手に優越感に浸るバカはいる。
本当の意味での最強は魔法剣士だ。セラのように剣術と体術を極め、魔法はあくまでも補助とするのが理想的。
体力をつけておけば魔力が切れても戦えるから!と、セラが言っていた。
しかし、私には体力も魔力も人並み程度にしかない。
「私達三人で行くとか、言わないよね?」
「三人で行きたいって交渉したけど、残念ながらダメだって」
いや貴族令嬢が三人だけで山に入るとか、ないから。散歩にだってメイドがついてくる。
「お兄様が同行するって言ったらやっと許可してもらえた」
「ローズと私は留守番でもいいじゃん…」
「え~、一緒に行こうよ。都合があえばウィスタリア様も誘おう。みんなで一緒に行ったほうが楽しいよ?」
お兄様とカーマイン様が一緒ならば戦力的な心配はないかな。
攻撃に特化したグロッシュラー兄妹に、防御力の高いお兄様。お兄様が作る土壁は私の『ぬりかべ』と異なり、高さも幅も数メートルに及び、橋や階段も作れる。
「心配しなくても魔物なんか出ないって」
「わかってはいるけど…」
確かにこの辺りで魔物が出たなんて話は聞いたことがない。いるのはいるらしいが、何故か村までは来ない。魔物相手に油断してはいけないので『出る前提』で対策を立てているが、実際に被害が出たと聞いたことはない。
「お爺様に聞いたよ。地竜がいるんだってねっ。会ってみたいね!ドラゴン!」
いや、いや、いや、ないって、それはないって、変なフラグ立てないでよ、このバカ娘。
焦る私の肩をローズがポンッとたたいた。
「魔物がいっぱい出るって言われても、セラちゃんは突撃しちゃうから」
「むしろ喜んで行きそう…」
「私達は無理しない範囲内で付き合うしかないよねぇ」
セラがむぅっと唇を尖らせる。
「私は魔物を虐殺したいわけじゃないよ。襲われたら身を守るけど、そうでなければ友好的な関係を築きたい」
「友好的って…どうやって。そして何のために?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、目をキラキラさせた。
「ドラゴンの背に乗りたい!」
わかってはいた。
わかってはいたよ、こーゆー子だって。
山で野宿するってだけでも相当な無理難題で、さらに魔物と交流って………。
「できるか――――っ!」
屋敷中に令嬢とは思えない絶叫が響き渡り、お婆様に何故か私だけが叱られた、解せぬ。




