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12 悪役令嬢と夏休み

 中等学園生として最後の夏がやってきた。


 が、学園内では特別なことは何もなく、ごく普通の男爵令嬢として過ごしている。目立たず騒がすおしとやかに。ドレスや髪形もつとめて平均的にしている。

 学園内にいる友達は本当に『良いおうちのお嬢さん』なのだ。おっとりしている子が多いため、自然、私もそんな感じになる。

 その分、プライベートは自由に楽しんでいる。夏休みになればうちの領地へと行き、貴族令嬢らしからぬこともしている。

 芝生を裸足で走り、家畜の世話をして、畑仕事を手伝う。

 私達は毎年だけど、お兄様達は来たり来なかったり。日程も決まっていないが、思い返すとカーマイン様は滞在期間が長かった。ここ数年はお兄様より長いし、お爺様達とも仲良しだ。

 体を鍛えられる環境のせいだと思っていたけど、違う理由もあるのかな、聞けないけど。


「とは行ってもねぇ、カーマイン様もセラちゃんと同じ、脳筋だからねぇ」

 田舎行きの馬車の中、ローズがクスクスと笑う。

 馬車の中はローズと二人きり。セラは馬で走り、馬車よりも先行していた。

「女の子の口説き方なんてわかんないんじゃないかなぁ」

 それを言われたら、前世も含めて私の恋愛経験もかなり乏しい…気がする。

 思い出そうとしたけど、あれ?

 なんか…、考えようとすると頭が痛い。脳が拒否している感じだ。もしかしてひどい振られ方をしてトラウマにでもなっているのだろうか。

「ローズは?前世では恋人がいたの?」

 ますます笑う。

「オタク道を極めてイラストレーターになった私に、作品以上の恋人はいないよぉ」

 ですよね~。

「それにねぇ、可哀想なほど地味な喪女だったのぉ。化粧やお洒落より絵を描いていたいって、もうずっと机とパソコンに向かっていた」

 それで良かった。

 周囲に何と言われようとも気にならなかった。

 ただ描いて、描いて…、気づいた時には手遅れだった。病名はもやがかかっている。入院することになった経緯もはっきり思い出せない。

 年に一度の健康診断も受けていなかった上に、ちょっと具合が悪くても仕事の締切を優先させていた。

 手遅れになっても仕方のない生活だった。

「で、転生したら…、これでしょ?」

 妖精ビジュアルでめっちゃ可愛い。

「最初はヒロインとして頑張ったほうがいいかなって思っていたんだ」

「うん……」

「でも悪役令嬢がアレなら、私も好きに生きていいよねぇ」

 た、確かに。すでに悪役令嬢というより攻略対象の一人と言っても過言ではない。

 ローシェンナ殿下の誕生パーティの後、令嬢達からお茶会だのパーティだの、すごい量の招待状が届いていると聞く。

 セラは『全部、断って』とあっさりしたものだが、断り方にもルールがある。非礼を詫びる手紙と招待主にあわせた謝罪の品。

 断り切れない集まりもあるため、公爵家の有能な使用人達が頑張って選別している。

 しかし…、セラが参加する条件に『ご友人ルティア嬢の同席』をあげるのはカンベンしてほしい。お守りじゃん。

 最近は『お嬢様のことをよろしくお願いいたします』と執事にまで言われているし、メイド達は微笑みながら丸投げだ。

 同行するためのドレスはすべて公爵家が用意してくれるし、髪飾りや宝石類なんかも貸してくれる。

 公爵家に身ひとつで行けば、パーティに出られる状態に整えてくれるのは助かるけどさ。

 ちなみに男装はあれ以来していない。毎回、男装していたらさすがに『頭がおかしい令嬢』『悪いものが憑いている』と噂されかねない。

 セラは好きに生きてはいるが、父親や家人に迷惑をかけてまで我を押し通すことはない。


「そういえば、ローズの養子縁組の話はどうなったの?」

 私達と同じ高等学園に行くためには貴族にならなくてはいけない。国内トップクラスの子供達が集まる学園で、定員数は意外と少ない。貴族の全員が行けるわけではなく、子爵家以下は優秀な成績も必要だ。

 私はお兄様が家庭教師になってくれたのでなんとか合格できるレベルに達している。お兄様の妹というだけで有利だし。

 裏口入学…もあるが、表から堂々と『寄付金積むから合格させろ』が成り立っている。

 私と同じレベルの男爵令嬢がいれば、当然のように家族構成や交友関係で合否が判断される。

 ただ入学してからは実力主義だ。弱い者は淘汰される。

 入学した後に下位貴族よりも成績が悪いとめっちゃ居心地が悪いため、成績があまりよろしくない子は最初から入学しない。

 貴族が通う高等学園は他にもある。

 女の子ならば淑女教育に力を入れているお嬢様学校のほうが過ごしやすいだろう。花嫁修業のようなもので、勉強はほとんどしない。噂では一日中、お茶を飲んで微笑んでいるとかいないとか。

 ローズは聖属性の魔法が使えるし、勉強も出来る。

 貴族が多く通う学園への進学は拒否したいほど嫌なルートではない。

 国内最高峰だけあって施設が豪華でカリキュラムも充実している。社会に出て働く貴族令嬢は少ないが、行けるものなら行っといたほうが何かと有利だ。

 条件の良い結婚相手を見つけるとか、家に役立つ人脈を得るとか、パトロンを見つけるとか。

 コネと情報は貴族の武器だ。

「サーペンティン伯爵に内定したよぉ。アーウィン様の古くからのご友人でとても優しそうなご夫婦なの」

 伯爵家は実子がいないため親戚から養子をもらっている。その子が家督を継ぐのでローズに関しては善意の援助だ。

 貴重な聖属性の女の子で公爵家が後見人だから、家庭内がゴタつく心配もない。

「夫人は娘が欲しかったんだってぇ。秋には公爵家を出て、伯爵家に移るよ」

 そこで改めて貴族としての教育を受けて、半年後、伯爵家の令嬢として学園に入学する。

「入学しても…、ゲーム通りの展開にはならない、よねぇ?」

「少なくとも攻略対象の三人は除外だよねぇ」

 ローシェンナ殿下はセラに夢中だし、カーマイン様は私のことが好きらしい。お兄様が一番謎だが、ローズと頻繁に顔を合わせているわりに淡々としている。

「攻略対象ってあとは…」

 ローシェンナ殿下の弟、アーシュ第二王子。

 私達よりひとつ年下だが、ローシェンナ殿下との交流が深まると現れる。パールグレーの銀髪に灰色の瞳の美少年で『無邪気な天使』とかいうそのまんまなコピーがついていたはず。

 それからカルセドニ侯爵家のグラス様。

 ひとつ年上で殿下の側近の一人だ。こちらは緑の髪に濃緑の髪。イケメンだけどチャラい感じで『笑顔の詐欺師』だったかな。

「………ゲームだから仕方ないけど、緑とか青の髪ってどうなの。コピーもひどいものだよねぇ」

「ルティアちゃん、それは言わないで。私なんか『天真爛漫ヒロイン』だよ?髪はピンクだよ?普通の茶髪か金髪にしておけば良かった。なんで、ピンクの髪も可愛いかもぉ、なんて思った、あの時の自分っ」

 いや、可愛いよ?

 すごく可愛いけど、自分なら絶対に嫌だ。コスプレ感がハンパない。

 良かったモブ令嬢で。黒髪に近い濃青の髪に黒い瞳は地味だけど、もとが日本人だからこのほうが落ち着く。

「まだ会ってない二人がどう動くかはわからないけど、アーシュ様は除外でいいんじゃないかな。ローシェンナ殿下と私の親密度があがらないと出て来ないはずだもん」

 殿下との仲も悪くはないが、あくまでもセラも交えてだ。

 残すはグラス様のみ。

 緩くウェーブした髪でちょいチャラい。常に笑顔だけど本心は表に出さない腹黒タイプ。

「腹黒といえばさぁ…、うちのお兄様もそんな感じだよね」

「何を考えているかわかんないもんねぇ」

「私には優しいんだけどさ」

「ルティアちゃん以外は付属品だもん。清々しいほどだよぉ」

 過度なスキンシップや言動はないが、妹を特別に可愛がっているのはさすがにわかる。

 私もお兄様大好きっ子なので、単に兄妹仲が良いだけだろうな。ぬるい乙女ゲームにヤンデレ要素はない。

 話しているうちにお爺様の屋敷に到着した。


 一日、馬車で走ってきてすでに夕方だ。座っている時間が長いため、身体が強張っている。体を伸ばしているとセラが走ってきた。

「待ってたよ~」

「セラは早かったみたいだね」

「うん。二人も馬で来れば良かったのに」

 いや…、普通の令嬢は馬でこんな長距離走れないから。

 そもそも馬にだって一人で乗れない。乗れなくもないが、その場合はトロトロ歩くだけ。

 私が遠出する時はお兄様に乗せてもらっている。

「お風呂も入れるみたいだけど、どうする?」

 ローズと同時に『先にお風呂!』と答えていた。

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