10 悪役令嬢の兄もめんどくさい
セラのエスコートはダンスでも完璧だった。
小さな声で聞くと、女性パートも男性パートも踊れるという。教わったのではなく兄が踊るのを見て覚えた。
どうやって覚えたのか聞いても『なんとなく』としか答えられないとのこと。
天才ってヤツだ。
曲が変わるとセラは約束通り、ローシェンナ殿下と踊った。きちんと女性パートを踊っている。まぁ、支えられたりはしないのだけど、楽しそうに笑っている。
私は一曲ですでに疲れてしまって休憩中。
横に立つお兄様に聞く。
「踊りたいご令嬢はいらっしゃらないのですか?」
「ルティアと踊りたいな」
「お兄様ってば…。お兄様に誘ってほしいと思っているご令嬢がたくさんいるのに」
穏やかに笑いながら言う。
「どうかな。私よりもカーマイン様のほうが多いと思うけど?」
それは…、確かに。公爵家で目を引くイケメン。成長途中らしいがすでに背が180センチ前後ある。体つきも男らしくなってきて、セラと同様にすらっと手足が長い。加えてあの顔だ。派手な服を着ていても負けていない。
「ルティアもその一人じゃないの?」
「え、嫌ですよ」
即答する。
「自分よりも顔がきれいな男の横は絶対に嫌です」
そういった意味ではお兄様も該当するが、お兄様は家族だ。既に私のブサイクな寝起き顔を知っている。
お兄様がクスクスと笑って。
「だ、そうですよ」
と、私の背後に声をかけた。振りかえると、いた。
「げ……」
「私の可愛い妹はなかなか好みがうるさいようだ」
「そんなことありませんって、子爵あたりで優しい男性ならどんとこいです!」
上の階級は面倒が多そうだし、下の階級は…あんまり貧乏なのはね。愛だけではご飯を食べられない。愛にあふれた平均的貴族生活、そこが目標。
「ルティア、もう踊れそう?」
そろそろ曲が終わりそうだ。大丈夫です…と答えると。
「先にカーマイン様と踊っておいで。私とはいつでも踊れるからね」
そう言って送り出された。
え、嫌なんだけど。
顔に出ている私にカーマイン様も不機嫌そのものって感じになる。
「そんなにオレと踊りたくないか?」
「そりゃあ…」
しかし手を取り合ってホールに出てしまった後では引き返せない。それこそ気分が悪くなって倒れでもしない限り、最後までペアを組んでないと何を言われるかわからない。
「セラと踊って悪目立ちしているのに、カーマイン様とも…ってなったら、この会場にいる女性達に思念だけで殺されそうです」
「なんだ、それは」
「自覚していますよね?この会場の誰よりもかっこいいって」
個人的にはお兄様やセラの方が好きだけど、客観的に見て一番かっこよく見えるのはカーマイン様だ。
「そ、そんなことは………、かっこいい…か?」
困ったように聞き返されて頷く。
「何、すっとぼけているんですか、公爵家の長男で将来有望。騎士としてすでにかなり有名になっているし、ちょっと無愛想だけど男らしいと思えば問題ないし」
なにより見た目。とにかく見た目が良い。さすが神絵師渾身の力作家族。顔とスタイルの整い方がハンパない。
「女の子達に騒がれる外見です」
「………よくわからん」
「かっこいいって自覚したほうがいいですよ?なんか…、悪い女にコロッと騙されそう」
カーマイン様は釈然としない顔で、手遅れかも…と呟いた。
パーティは思っていた以上に楽しいものだった。私自身はモブ令嬢だがお兄様はとても優秀だし、公爵家の筋肉兄妹もそばにいる。ローシェンナ殿下とも顔見知りとなれば、そう雑な扱いはできない。
心の奥底で何を思っていようとも。
基本、セラの横でにこにこ笑っているだけ。促されたら自分の名前を名乗って雑談に応じるが、決して出すぎないよう控えめに。
うまく立ち回っている気がする、上出来だぞ、自分。
ダンスの後は用意されていた料理やお菓子も食べて大満足。
ローズにお土産を持って帰りたいが、さすがに『タッパーに入れて』はできないよな。
「セラ、そろそろ帰る時間だよね?帰る前にローシェンナ殿下にもう一度、挨拶してきなよ」
「え~…、必要かなぁ」
「公爵にも念押しされているんでしょ?婚約しないにしても雑に扱って良い人じゃないよ」
セラは渋々、承知した。
「私は化粧室行ってくるね」
「挨拶が終わったら私も行くから、待ってて」
会場として使われている屋敷はとても広い。そして化粧室も豪華。トイレの個室が並んでいるだけでなく、身嗜みを整えるための部屋や休憩スペースも並んでいる。
さすが王子様のお誕生会。こんな立派なお屋敷、二度と来られないかも。
お兄様にだけ小さく行き先を告げて化粧室に向かう。用を済ませた後、鏡で確認。うん、髪も乱れていないね。
セラを待つのに休憩スペースの端っこの椅子に腰かけた。
思ったほど疲れていない理由はテンションがあがっているせいかな。
今は緊張が持続していて、家に帰ったら力尽きるかも。
それにしても、暇だな。ほんとスマホがないと不便。かといってパーティ会場に暇つぶしの本を持ち込むわけにもいかないし。
紙は貴重で、文庫はない。本はどれもこれも立派なもので重い。
紙ってどうやったら大量生産できるんだろう。こんなことならもっと日本でいろいろと勉強しておけば良かった。
ぼんやりと考え事をしていると、周囲が暗くなった。
顔をあげる。




