1 悪役令嬢に見つかった
個人的な事情により感想、誤字報告等は受付ておりません。あいまいな設定や適当な台詞などもスルースキルでご容赦ください。
あり得ないものを見てしまった。
本来ならば絶対にないはずの光景に、思わずガン見してしまう。
男爵令嬢としてはあるまじき不躾な行為だが、そこは許してほしい。だって…、乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢が仲良くカフェでお茶しているのだ。
まだ出会ってもいないはずなのに。
乙女ゲーム『ジュエル・カラー~乙女達の聖戦~』の世界はなんちゃって貴族の世界だ。
王族がいて、貴族がいて、平民がいて。ちょこっと魔法があったりもするが、二、三日頑張れば、攻略対象を一人、落とせる。その程度の緩いスマホゲーム。
電車に乗っている時の暇つぶしにちょっとやって、イケメンのクサイ台詞に失笑…、いやニヤニヤする。
宝石ってのはビジュアルやアイテムから連想できるが、聖戦はどっからきた?とツッコミたくなる謎ゲーだ。
生前の記憶はおぼろげだが、確かに私は前世でこのゲームをしていた。社会人になったばかりの通勤電車の中、あくびを噛み殺しながら惰性で。
ぬるい設定のおかげで簡単にクリアできるし、一人、クリアした後もだらだらと続けられる。なにより絵が美麗だった。
イケメンが本当にイケメンで素晴らしいのだ。絵師に土下座でお礼を言いたいレベル。
あの美しい絵を拝めるのならば、内容なんかクソゲーでも問題ない。
お気に入りは『冷徹な武人』カーマイン様。グロッシュラー公爵家の長男で文武両道のイケメンだ。
そのカーマイン様の妹が悪役令嬢セラフィナ。
ヒロインは平民の出で、名前は自由につけられるがゲームのデフォルトではローズだった。
ゲームが始まるのは高等学園に入ってから。日本の会社が作ったゲームのせいか、学校は日本と似たような区切りで設定されている。
ローズは15歳の時に聖属性の魔力を認められ、伯爵家の養女となり貴族達が通う高等学園に入学する。
そこで初めて攻略対象達と出会う。
15、16歳で全員が顔を合わせてゲームスタートするはずなのに、何故、今、一緒に?
ちなみに私の兄も攻略対象の一人だ。サードニクス男爵家長男ウィスタリア。10歳にして神童と呼ばれる天才だ。
そんな神童の妹である私、ルティア8歳はゲームでは名前もないモブだった。
設定で妹がいたような気もするが、ヒロインをいじめるわけでも攻略対象とからむわけでもない。ただ設定としているだけのモブ。
幼い頃に階段から落ちたショックでなんとなく思い出した前世とゲームの内容。細かいところは思い出せないが、十分だった。
悪役令嬢はひどい目にあうが、私には関係ない。
そして幸い『温厚な頭脳』の妹。兄とさえ仲良くしておけば、将来は安泰なはず。だって本当に温厚なんだもん。あまい雰囲気のイケメンで頭が良くて優しくて。
あのお兄様が可愛い妹を地獄に落とすとは思えない。
ゲームの世界のせいか、私の顔立ちは兄に似ておっとりした可愛い系。一応は貴族で今のところ困窮もしていない。
領地を守る祖父母は今なお健在で精力的に動き回っている。
外貨を稼ぐため、貴族としての責任を果たすために王都で働くお父様、そんな父を支える良妻賢母のお母様。家族仲はとても良い。
いや~、ベストポジションに転生したよ、これなら平凡な結婚と幸せな家庭を目指せそう。
並程度の私と異なり、セラフィナ嬢は際立った美人でスタイル抜群。ローズは妖精のように可愛らしいキラキラ美少女。8歳でも美貌が際立っている。
が、どんなに可愛くても悪役令嬢、そしてトラブルど真ん中のヒロイン。
この後、皇太子の婚約者になるとか、攻略対象の争奪戦とか、意地悪な令嬢達の嫌がらせとか…、恐ろしい恋愛ドロドロが待ち受けているのだ。
勝負に負ければ平民落ちか、モブ落ちエンド。
ぬるいゲームはバッドエンドもぬるかったが、そこは良かったと思うべきだね。殺されたり辺境の地に追われたりは関係がなくとも後味が悪い。
ヒロイン達をしばらく凝視していたが、お付きのメイドに声をかけられて我に返った。うん、見なかったことにして、お買い物の続きをしよう、そうしよう。
今日はお母様に美味しいお菓子を買って帰る約束をしている……。
立ち去ろうとした私達に声がかけられた。
グロッシュラー公爵家のメイドはそりゃもう美しく気品に満ち溢れていた。うちのメイドだって美人で可愛いが、なんというか格が違う?って感じ。
そのメイドに『主が是非、お話をしたいと申しております』なんて言われて。
「え、やだ……」
思わず声に出ていた。たぶん顔も嫌そうなものになっていたと思う。
「お、お嬢様っ、いけませんっ!」
メイドのサーラに小さな声で叱責される。
「相手は公爵家ですよ。こちらに拒否権はありません」
「えぇ~…」
だって悪役令嬢だよ?絶対にめんどくさいことになるに決まっている。
渋る私に公爵家のメイドが微笑みながら言う。
「我が主は貴族階級を気にされる方ではありません。ただ…、同じお年頃のお嬢様とお友達になりたいだけなのです」
「も、もちろん喜んで御一緒させていただきますわ」
サーラが勝手に返事をしてしまい、私はイヤイヤ、カフェのテラス席へと案内された。




