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九、君子危うきに近寄りたくなく

 招客殿に戻り、第一皇子と一対一で向き合う。


「よくぞ木ノ処までいらしてくれた。礼を言う。本来なら父上である陛下が、天女殿にお会いする手筈だったのだが……」


「ご病気だとお伺いしました。私のことは気にせずに、ゆっくりとご養生してください」


「病に伏している……ということになっているのだ。表向きは」


「表向き?」


「父上は毒殺されかけたのだ。そしてその犯人は菑貴人だと噂されている」


「先ほどの女性ですか?」


「菑貴人は、最近入宮した父上の妃嬪でな。父上からたいそう寵愛を受けていたのだが、父上が貴人のもとに訪れた翌日、突然倒れられたのだ」


「それだけで菑貴人が犯人だと?」


 第一皇子の眉がピクッと跳ねた。

フッと鼻で笑うように一息つくと、思わせぶりな表情でこちらを見下げた。


「天女殿は純粋な方なのだな。父上は菑貴人のもとで()()を過ごし、その後どの妃嬪にも会うことなく倒れられたのだ。毒を盛るにはよい機会だったであろうな」


「もし菑貴人が犯人なら、何故捕まえないのですか?」


「第二皇子が菑貴人をかばったのだ。父上が盛られた毒と、第二皇子が六年前に盛られた毒は同じものだったのだが、その毒は即効性のものであるという。父上が倒れられたのは、貴人のもとを離れて、ご自分の宮に帰られる途中。貴人が夜の間に毒を盛ったとするならば、毒の効き目が遅すぎる」


「それで容疑が晴れたんですね。それならば、どうして先ほど貴人を打ったんですか?」


「菑貴人は早くに父母を亡くし、弟を一人残して後宮に入っている。その弟に会うために後宮から出してくれと言ってきたのだ」


「弟さんに……」


 会わせてあげればいいのに、と言いかけて、その言葉を飲み込む。

ここの文化やしきたりを知らないので、下手な発言はやめておいた方が賢明だろう。


「ご存知のとおり、一度陛下の妃嬪として後宮に入った者は、その一生を陛下に捧げる身ゆえ、後宮からは二度と出ることはできない」


 まったくもって『ご存知のとおり』ではないが、皇帝の妻になるのも楽なことではないらしい。

権力者の妻であれば、悠々自適な生活だと思われるが、そうでもないということか。


「父上を毒殺しようとした容疑をかけられたうえに、後宮から出ようとすれば、口さがない者に犯人だといわれ、冷宮に落とされかねぬ。貴人は父上の大切な人だ。後宮から出るのを諦めてもらうため、わざと冷たく振る舞ったのだ」


「だから貴人を打ったと」


 何も殴ることはないと思うのだが。


「つまり、菑貴人は蕙惹帝を毒殺しようとした疑いがあるけど確証はない。けれども、貴人を犯人に仕立て上げようとする人たちがいて、第一皇子はわざと冷遇することで貴人を守っているのですか」


「貴人が不利になるようなことをさせないように振る舞っているつもりなのだが、先は天女殿に勘違いされてしまったようだな」


 誤解を解くために色々話してくれたらしい。


「第一皇子のおっしゃっていることは理解しました」


「それならばよいのだ……して、神官殿は何処に?」


「第一皇子がいらっしゃらないので、何かあったのかと様子を見に行ったんですが……入れ違いになったようですね。それと第二皇子に会いたいと」


「弟に?」


「仲がいいと聞いたんですが」


「神官殿は弟の命の恩人であるからな」


 命の恩人という言葉が引っかかった。

 どういうことかと問おうとしたとき、第一皇子の付き人がやって来た。

何か耳打ちしたかと思うと、皇子の顔色が変わる。

小声で「わかった」とだけ言うと、私に向き直った。


「すまない、天女殿。挨拶のつもりが長話をしてしまった。食事はこちらに持って来させる。今日はもう遅い。今宵はゆっくり休んでくれ」


 一礼すると第一皇子は部屋を出て行く。

私も立ち上がってお辞儀をする。

 仕方がないので、一人でボーッと食事の時間まで待つことにした。

 思っている以上に、ルールが独特な世界だ。

いくら天女という肩書きを持っていても、無礼者だと判断されれば、何されるか分かったものではない。

 引きこもるのもリスク管理だ。


 そうこうしていると智漣さんが帰ってきた。

今日あったことを話そうと思った矢先、食事が出されたので、いただきながらお互いに報告することにした。


 それにしたって量が多いと思う。

テーブルに所狭しと並べられた料理の数々は圧巻だ。

 こんなの二人で食べきれるわけないと思うのだが。

食べきれるかなと首をひねっていると、智漣さんが、私たちの食べなかった分は、下の階級の役人さんや侍女の方の分の食事になると教えてくれた。

 良いのか悪いのか、甚だ疑問な制度ではある。


「——ということがあったんです」


 食事をしながら智漣さんに、第一皇子と菑貴人に会ったことを話した。


「さようでしたか。私も菑貴人の容疑についてはお伺いしました」


「第二皇子にお会いできたんですか?」


「いえ、それが皇子は蕙惹帝が伏したのと時を同じくして、禍人らしきものを見たという報告を受けて、宮外へ視察されに行ったというのです」


「じゃあ、まだ帰ってきてないんですか」


「そこでございます。第二皇子が留守であると知り、私は皇子の生母である(はく)皇貴妃のもとに参りました」


「皇貴妃ってどういう立場の方ですか?」


「後宮を仕切る二番手と申しましょうか……。第一皇子の生母である皇后は、後宮を仕切る頂点におります。柏皇貴妃はご子息が処人であったため、皇帝により一層の寵愛を受けて、皇后の恨みを買っているのです」


 後宮におけるナンバーワンとナンバーツーの闘いが常に繰り広げられているらしい。


「それ故、後継者争いをしている第一皇子と第二皇子の仲も難しいところがあるのですが……ひとまずこの話は置いておきましょう」


「すみません。私が話を逸らしちゃいましたね」


「滅相もない。知ろうとする姿勢は、大変立派なことでございますよ」


 智漣さんが微笑む。


「それで皇貴妃は何ておっしゃっていたんですか?」


「第二皇子が視察に行ってから、皇貴妃のもとに一度手紙が送られてきたらしいのです。第二皇子の字で、しばらく帰れないという旨を記したものだったと」


「お母様想いなんですね。わざわざ手紙を送るなんて」


「いえ、それが……。第二皇子の手紙を読んだ皇貴妃が、帰れないほどの大変な視察ならば、増員させた方がいいのではないかと思われ、秘密裏に従者を向かわせたらしいのです」


「秘密裏に?」


「後宮の妃嬪が政に口を出すのは、本来禁止されておりますから。これに関しましては、息子を心配する母の愛情というのかもしれませんが」


 智漣さんは難しそうな顔をした。


「ところが、視察先に皇子の姿が見えなかったというのです」


「えっ? でも、手紙が送られてきたんですよね」


「皇貴妃はその手紙が偽物で、皇帝と皇太子を殺そうとしている者がいるとお考えでした」


 どうやら、とんでもなく宮中がゴタゴタしているときにやってきてしまったらしい。

 皇帝は毒殺されかけて、第二皇子は行方不明……。

木ノ処は治安が良いと聞いていたのだが。

それとも『比較的』治安の良い場所なのかもしれない。


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