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七、美男は曲者

 早朝。

 起き抜けが悪いもので、侍女の方がわざわざ起こしに来てくれた。

 癖というのは恐ろしいもので、対母への必殺技「あと五分」を繰り出してしまい、お姉さんの必死の呼びかけがこだますることにはなったが。

 ようやく起きて朝ごはんを食べ終えた頃には、部屋に秀滓さんが迎えに来ていた。


「神官殿はすでに牛車の前でお待ちですよ」


 そう苦笑するものだから、慌てて旅装束に着替える。


「すみません!  遅くなっちゃって」


 侍女の皆さんに色々助けてもらい、どうにか牛車の前まで走っていく。

智漣さんは私の必死の形相を見て、はにかんだ後、「眠ければ、道中お休みください」と囁いてきた。


「大丈夫です!  寝ません!」


「さようですか。ともあれ羽衣殿、あまり夜更かしをされると、綺麗な顔に隈ができてしまいますよ」


「そ、そうやってからかうのは、やめてください!」


 美青年に真っ向から褒められると、気恥ずかしいものがある。

 ぷいっとそっぽを向くと、智漣さんは再び愉快そうに笑った。


「嘘など申しませんよ。さあ、羽衣殿。木ノ処へ参りましょう」


  牛車は、観光地でよく見かける人力車にそっくりだった。

人が乗れるほどの大きな箱に、これまた大きい車輪が二つ付いていて、それを牛に引かせるらしい。

 牛車にはお付きの人が三人ほどおり、皆、智漣さんの従者であるという。

 水ノ処と木ノ処を繋ぐ道は整備されてはいるが、それでも半日ほどかかるというので、しばらくは智漣さんと談笑していた。


「そういえば、木ノ処にお友達がいらっしゃるんでしたっけ」


「ええ、懇意にしております」


「王宮にいらっしゃるっておっしゃってましたけど、その方も神官さんなんですか?」


「いえ、懇意にしておりますのは第二皇子殿ですよ」


 第二皇子……?!

 つまり木ノ処の皇帝の息子?


「第二皇子殿とは、私が神官補佐のときからの付き合いでございます。どのような者にも分け隔てなく、また智に優れ武勇も嗜んでおります故に、民や皇帝であるお父上からの信頼も厚い方です」


「それは……すごいですね」


「しかしながら、少々好奇心が強すぎるきらいがありまして、よく変装をしては、王宮を付き人もなしで抜け出されている方です」


 智漣さんはげんなりした顔になった。

 この様子だと、その好奇心に振り回された過去があるのだろう。

話だけ聞くと、なかなか茶目っ気のある王子様のようだ。


「……と申しましても、お会いしたのは三年ほど前が最後。それ以降は手紙のやり取りのみですから、私も久しくお会いしていないのです」


「じゃあ、お会いできるのが楽しみですね」


 智漣さんはニコッと笑った。

 しばらくは木ノ処のあれやこれやを聞いていたが、そこでふと疑問が湧いた。


「そういえば、他の処人の方々について、智漣さんたちが知らないのは何でですか?」


「ああ、そのことでございますか。おっしゃるとおり、私たちは木ノ処を除く、三つの処については、どなたが処人であるのか存じ上げません」


「木ノ処の処人の方については、ご存知なんですね」


「木ノ処とは同盟関係にありましたので、ある程度の情報は交換しております」


「どんな方なんですか?」


「先ほど申し上げた第二皇子ですよ」


「王子様が処人なんですか?!」


「私と第二皇子の関係は、きっかけは別のことでしたが、交流を深めたのは、やはりお互いが処人だったからでしょうね」


 神官の次は、王子様が旅の仲間に加わるということなのだろうか。

それが本当ならすさまじいパーティである。


「他の処人については、まったく知らないんですか?」


「まったく……というわけではございません。しかし、処人は神力を持つ故に、使い方によってはその処の強大な兵器となります。我々はここ数年、争っている身でしたから、処人が誰であるかを特定されてしまうと、暗殺される危険もありましょう」


 処人はさしずめ、生きる兵器というところなのだろうか。

国を救うために生まれたはずの処人が、国を滅ぼすための戦争の兵器として使われているのはおかしな話だ。


「これは私の考えなのですが、おそらく先述の理由もあり、処人は宮廷の関係者が多いのではないかと」


「何故ですか?」


「処人はその処にとって、必要不可欠な存在です。他の処に買収されることや、待遇を疎かにして反乱されるといったことがあれば、その処は甚大な被害を受けるでしょう。現に私も処人とわかってから、今の位に就きましたから。同じような者は多いのではないかと思われます」


 忌み子と避けられて昔を思い出すかのように、智漣さんは険しい顔で遠くを見つめた。

 処人は民を守り、天女に仕える戦士だと聞いていたが、実情はそんなに甘くないらしかった。


「さて、羽衣殿。木ノ処に着くまでに、少しばかりお休みになられてはいかがですか?  慣れない土地でさぞお疲れでしょう」


 鏡が少ない国なので、水鏡でしか今日は自分の顔を見ていないのだが、よっぽど酷い顔をしていたのだろうか。


「私、そんなに酷い顔しています?」


「いえ、羽衣殿は今日も美しくいらっしゃる。しかしながら、心配なのです。昨日から羽衣殿と行動を共にしておりますが、どうもご無理をされがちのように思われます。休めるときに休んでおきましょう」


 智漣さんは立ち上がると、向かいの席から隣の席に移動する。

隣に座った智漣さんを見ると、ただニコッと笑って、私の頭を自分の肩に引き寄せた。

 電車内でカップルがやるような行為に、心臓が跳ね上がり、体温が急上昇する。


「そ、そそそんなことしていただなくても、私その……」


 しどろもどろになってうまく喋れない。

寝ようと思えば山でもどこでも寝れるのに、智漣さんに寄りかかって寝るのは、かなりハードルが高い。


「私めのことはそこらに転がる石か何かだと思って、ご遠慮せずに寄りかかりください」


 そんな綺麗な顔の路傍の石なんてないと思うが。

しかし、もう寄りかかってしまっている今、引き返すこともできずに、私は狸寝入りを決め込むのだった。

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