四十四、三十六計戦うに如かず
サソリという生物は尻尾の先端に毒針を持つ。
それ以外の部位は可食なので、この毒針さえどうにかしてやればいい。
それでは、毒針を除去するにはどうすればよいのか?
答えは簡単だ。
その毒針を切り落とせばいい。
サソリの体を枝のようなリーチのある棒で押さえて、ナイフで尻尾を切り落とす。
こうすることで、サソリの毒針を無くすことができる。
ところで、ナイフとフォークで食事をする際、どのように持つのが一般的だろうか。
私は右手が利き手なので、右手でナイフを握り、左手でフォークを持つ。
切るという動作には力がいる。
そのため利き手でナイフを持つ方が、スマートに使用できるというわけだ。
「照隠さんの利き手は右。サソリを押さえるのは左手で、ナイフを握るのは右手でされたはずです。それなのに、右手を切るなんておかしな話だと思いませんか?」
それに照隠さんが怪我をしたのは、礼烽さんが禍人と戦った後だ。
今回と同じように、前回も刺された傷が人間に戻ってもそのままだったため、事故で切ったと言い訳したのだろう。
「照隠殿」
すべて言い終えた私の話を礼烽さんが引き継ぐ。
「もし身の潔白を証明したいのなら、この者の治療を受けるといい。天女の力に触れて無事ならば、我々も貴殿を疑わずにすむ。貴殿も傷を治すことができる。問題ないだろう?」
そこまで言って私に視線を送ると、口の端をニッと上げた。
「ああ……貴殿はこの者が錯乱しているのではないかとおっしゃっていたな。ご安心を。少しでも怪しい素振りを見せたら、私が叩き斬る」
まったくもって冗談じゃない。
ムスッとした顔を向けると、彼は愉快そうな目で見てきた。
「ご冗談を」
冷たい声だった。
照隠さんは顔を覆うのをやめて、血塗れの顔を礼烽さんに向ける。
ポタポタと鮮血が落ちる。
それは砂に吸収されると、やがて黒に色を変えていった。
「叩き斬る? 礼烽殿の剣は、先の戦闘で砂と共に消え去りましたでしょう」
「やはり、あんただったんだな」
「殺すのは二人だけのつもりでした。私は平穏な生活を送りたかった。いえ、ですが、まだ間に合います。ここにいる全員がいなくなればいい」
途端、砂塵が舞い上がった。
思わず顔を背けると、次の瞬間にはサソリの大男が砂上に現れていた。
「選ばせてあげましょう」
ノイズが混じった声は、思わず耳を塞ぎたくなる不快感を覚える。
「先に仲間が死ぬところを見たいですか? それともご自分の死に様を見せてあげたいですか?」
「それは……俺に聞いているのか?」
「ええ」
「答えようのない質問だな。俺はあんたを討伐するし、仲間は死なせない」
礼烽さんの右手に炎が湧き上がった。
その煌めきが合図かのように二人がぶつかり合う。
礼烽さんは、ハサミの形状をした手から繰り出されるパンチを避けると、手にまとわせていた火を放つ。
禍人はそれをまともに受けたものの、二、三歩後ろに下がっただけで、ダメージはないようだった。
「チッ!」
軽く舌打ちすると、更に火力をあげた炎で禍人を取り囲む。
一瞬にして火柱に包まれた禍人だったが、外殻が強固なのか致命傷には至っていない。
「おい!」
禍人の技を受け流しながら、礼烽さんが大声で私を呼んだ。
「熹貂を連れて逃げろ! ここは俺がどうにかする!」
「そんな……武器もないのに無茶です!」
「こいつの狙いは俺とその子だ! 俺はいい。だけど、その子は守ってくれる奴が必要なんだ!」
「ドノ……ミチ……皆死ヌ……」
「うるせぇ!」
上段蹴りが禍人の頭にヒットする。
少しよろめきはしたが、禍人はすぐに上体を立て直すと、鋭いハサミを振り上げた。
「ぐっ……」
礼烽さんはその攻撃を何とかガードしたが、強い衝撃は彼を打ち据えた。
「この野郎……」
二人が戦っている間に逃げるのは得策かもしれない。
熹貂ちゃんだけを助けるというのならば。
だけど本当にそれでいいのか?
自分の心に問いかける。
礼烽さんがこの子を守るために戦うというのならば、礼烽さんを守るために戦うのは誰なのだ。
「お姉ちゃん……」
不安げに少女が私の腕を掴んだ。
この子を守る。
その想いは変わらない。
だけど、私が守るのはこの子だけではない。
この子も、貴方も守ってみせる。
そのためにこの力があるのだと信じている!
「この……サソリ野郎!」
先ほど爆発を起こした要領で、手から溢れた光を標的に向かって思いっきり投球する。
光弾は禍人の背中に当たると、少しの衝撃を相手に与えた。
どうやら思ったより威力が低かったらしい。
内心冷や汗をかいているが、守ると決めたものは守るしかない。
効かないかもしれないが、光弾を連続で撃ち続ける。
小蝿がうるさいと判断したかのように、禍人はこちらに歩みを寄せた。
「俺は逃げろって言ったんだ! 攻撃しろなんて言ってねぇぞ!」
礼烽さんの怒号を私も禍人も聞いていなかった。
私は心配そうに見てくる少女の腕を離して、静かに語りかける。
「いい? お姉ちゃんがあいつを引きつけている間に、あのお兄さんのところまで走るんだよ」
「……お姉ちゃんは?」
「私は熹貂ちゃんのこともあのお兄さんのことも、みんなのことを守るからいいの」
次は光弾をもっと大きくする。
おそらく威力は足りないが、それでいい。
熹貂ちゃんと礼烽さんを助けることが目的なのだから。
この際私の安全は二の次だ。
「走って!」
その言葉と共に私は複数弾を禍人の目に撃ち込んだ。
威力は低いものの、余程眩しいと見えて禍人は頭を振って眩さから逃れようとする。
「熹貂!」
礼烽さんが走って行った熹貂ちゃんを保護する。
それに構わず私は相手の目だけを狙い続ける。
体の中心部分に弱点というのは存在するものだ。
片目はすでに潰してあるのだから、もう片目もこのまま潰してしまえばよい。
そうすれば視力を失う分、こちらの方が有利に戦闘できる。




