四十三、尻尾を出す
「ったく、戻って来やがったな」
集落跡に着いて開口一番、礼烽さんは語気を強めてそう言い放った。
すでに私が嘘をついて抜け出したことを知っていたらしく、もう少しで探しに行くつもりだったらしい。
「それどころじゃないんですよ。わかったんです。禍人の正体が! ね、熹貂ちゃん」
「はい」
熹貂ちゃんが返事と共に頷く素振りを見せると、礼烽さんは幾度か瞬きを繰り返した後、驚いた表情でこちらを見る。
「喋られるようになったのか」
「はい」
二人そろって首を縦に振ったが、それよりも今はやらねばならないことがある。
噛みつくような勢いで礼烽さんに近付くと、彼は少し仰け反って迷惑そうに眉を寄せた。
「何だ」
「照隠さんはどこですか?」
「照隠殿? それならば、俺も探しているのだが……」
直後、礼烽さんの背後からどよめきが聞こえた。
長身の彼を避けるようにしてその後ろへと目をやると、顔の半分を手で覆い、血を流しながら照隠さんが歩いてくる。
角指で貫いた目は、人間の形に戻っても怪我をしたままなのだろう。
やはりこの人が禍人だったのだ。
「やっぱりあなただったんですね」
よくもぬけぬけと私たちの前に現れたものだ。
少女が味わった苦痛を考えれば、目の前の相手を到底許せるはずがない。
私は事態を静観していた礼烽さんに対して、大きく口を開いた。
「この人こそが禍人の正体だったんです」
礼烽さんは私にチラッと視線をくれた後、敵方へと目を向けた。
「……と、言っているのだが、いかがだろうか?」
「とんだ世迷い言です! どうして私が禍人ということがありましょうか」
「その顔の傷、私が刺した角指の傷なんでしょう! もう言い逃れできませんよ。熹貂ちゃんから何もかも聞いたんです」
「さようです」
「そうでしょ……えっ?」
「これは先ほど天女様が私をお刺しになった怪我でございます」
思った反応と異なるものが返ってきてしまった。
こうもあっさりと認められては、いささか拍子抜けだ。
さては観念したのだろうか。
どちらにせよ罪を認めるならば話は早い。
「認めるんですね。自分が禍人だということを」
「いえ、違います。私は突然錯乱した天女様に目を貫かれたのです。ああ、思い出すだけでも恐ろしい。熹貂と一緒にいらっしゃったところに声をおかけしましたら、突然暴れ始めたのでございます」
「そんな、違いますよ!」
「いえ、これこそがきっと禍人の恐ろしい罠なのでしょう。礼烽殿、どうか天女様を討伐隊からお外しになり、一度神官に見てもらうのがよいでしょう。きっと憑かれているのです」
「そんな……」
一度に多くのことをまくしたてられて、いまいち返答することができない。
否定しようにもどこから否定すればよいのかわからないし、何よりこの場で示すことのできる確固たる証拠がない。
考えあぐねて礼烽さんの方を見たが、眉間に皺を寄せたまま、こちらの方は見向きもしなかった。
「そうか。この者が禍人によって錯乱してしまったとおっしゃるのだな」
「その通りでございます」
「そうなれば、こちらとしてもこのままこの者を部隊に置いておくわけにはいかない」
「礼烽さん?」
驚きと焦りで信じられないほどの汗が吹き出した。
思わず上擦った声は、驚くほどに小さい。
礼烽さんはスッとこちらに手を伸ばして、私が何か言おうとするのを制止すると、ゆっくりと口を開いた。
「その前に一つお尋ねしたい」
「何でございましょう」
「貴殿、この者を何とお呼びになった」
「は?」
相手とまったく同じ反応をしてしまったのは悔しいが、そう思わざるを得なかった。
私の呼び名がどうしたと言うのだろう。
「それは一体……」
「質問にお答えを」
「それはもちろん、天女様と……」
途端、礼烽さんは鼻で笑うと、口の片端だけをつりあげてニヤリとした。
「おい、あんた」
彼は素早く後ろを振り向くと、私を呼んだ。
「あんた、ご丁寧に自分が天女様だってことを紹介したか?」
「い、いえ……」
「だろうな」
それだけ言うと、再び照隠さんと顔を合わせる。
「俺は最初に外部の者だと言って紹介した。それなのに、何故彼女が天女だとわかったのか?」
「それは……怪我を不可思議な能力で治されていましたし……」
「何故天女が治癒能力の持ち主だとご存知なのだ」
「それは……。いえ、その不可思議な能力に加えて、隊士方が彼女を天女様とお呼びしておりましたから……」
「ほう、そうか。それではその手の怪我について質問させていただこう」
「これは、私が不注意で手を切っただけのことでございます。何故今そのような話を……」
「蠍の毒針を取り除くのに誤って切ったとおっしゃったな」
「さようでございますが……」
礼烽さんは一体何を気にしているのだろうか。
見えてこない彼の真意にモヤモヤする。
サソリの毒針を切るのに、ミスで手を切ってしまう。
それ自体はありそうな話ではあるが……。
脳内でその場面を想像する。
そこでふと何かが引っかかった。
「あっ」
心を飛び越して出た驚きの声は、礼烽さんの耳にも届いたらしい。
「わかったか?」
ニヤッとして言われて、不安になりつつも頷く。
私がサソリの尻尾を切ることになっても、決して自分の手を切ることはないだろう。
意を決して一歩前へと歩み出た。




