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四十一、一念天に通ず

 あてもなく集落跡の周辺を探し回る。

時折、名前を呼びかけてはみるが、返事をするのは夜の静けさだけであった。

怖くて、逃げ出して、彼女は一体今、どのような気持ちで砂の世界を彷徨っているのだろうか。

突き刺さる寒さと合わさって心が苦しくなる。


 早く見つけなければ。

 そう思ってがむしゃらに駆け出したとき、ぐちゃぐちゃとした粘着質な音を聞いた気がした。

この音には聞き覚えがあった。

流砂にはまって抜け出そうとしたとき、嫌になるぐらい耳にした音だ。

 目を凝らして見てみれば、そう遠くない場所で少女が何やらもがいている。


「熹貂ちゃん!」


 焦って彼女のもとに走って行く。

流砂に落ちないぐらいまでの位置に近付くと、彼女はこちらに気付いたようで、不安げな表情で私を見た。


「大丈夫だよ。流砂は落ち着いて対処すれば抜け出せるからね」


 まずは彼女を落ち着かせようと微笑みかけたが、依然として表情は怯えたままだった。

それどころか、私が話しかける度に彼女はどんどん蒼ざめていく。

それはまるで自分に近付かないでほしいという意思表示のようで、こちらとしてもどうすればよいのか対処の仕様がない。


「どうしたの?」


 とりあえず彼女が何に怯えているのか、その原因を探ろうと一歩近付いたとき、砂がサラサラと崩れていく感覚を覚えた。

 突然胸騒ぎがして、足元を見る。

その瞬間、砂の下に引き込まれるように、地面が崩れて落ちていく。

その大きなアリ地獄のような穴は、流砂にはまっていた熹貂ちゃんまでを飲み込むほどに範囲を広げた。

 も彼女もあっという間に砂に埋まっていく。


 流砂じゃない!

 そう思ったときには遅かった。

引き込まれていく身体はどんどん砂に飲み込まれていき、いくらもがこうとしても這い上がることができない。


「来……タァ……」


 突如、薄気味悪い声が近くで聞こえた。

首が絞まるような感覚がして、思わず身を捩ると砂の中から、両手がハサミになったサソリのような化け物が姿を現した。

後ろからチョークスリーパーの要領で首を絞められ、苦しさに喘ぐ。


「やっ……め……」


 どうにか振り払おうと暴れるが、胸まで砂に埋まってしまっているため、自由に動くことができない。

頭に血が上り、意識を手放しそうになる。

 視界がぐにゃりと揺れたそのとき、私の真横を何かが横切った。

それはカツンと禍人の殻に覆われた腕に当たっただけであったが、気を取られたのだろうか、首への締めつけが弱くなる。

禍人に当たったそれが、少女が投げてくれた石だと気付くのにそう時間は要らなかった。

苦しさのあまり咳が出るが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


 ずっと袖の中に隠していた角指を指にはめると、上体を捻って思いっきり禍人の顔に平手打ちを食らわせる。

角指に仕込まれた棘は、運良く禍人の目玉を貫いたようだった。

聞くに耐えない歪な悲鳴をあげながら、禍人は砂に沈んでいく。


 助かったとホッとしたのも束の間。

バタバタと暴れる音が聞こえて顔を上げると、熹貂ちゃんの身体がどんどん沈んでいくのが見えた。


「熹貂ちゃん!」


 思わず彼女の方へと身を寄せた。

途端に砂が崩れて、私自身も底があるかどうかわからない砂の地獄に吸い込まれていく。

禍人は下から私たちを引っ張って、砂の中に生き埋めにする気なのだろう。

 そうはさせまいと必死に這い上がる。

熹貂ちゃんに手を伸ばして掴まるように催促したが、子どもの小さな手ではなかなか私の腕を捉えられない。


「もうちょっと……もうちょっとだから頑張って……」


 沈んでいく砂が私たちを隔てる。

身長が低い分、熹貂ちゃんの方が沈んでいくスピードが早い。

あと少しで届きそうなのに、届かない。

 彼女の身体が完全に沈みかけたとき、か細い声を聞いた。


「た、す……け……」


 目の前の小さな少女が、泣きながら私に助けを求めていた。

震えている声にどうしようもなく胸が締め付けられた。


「助ける! 助けるから!」


 諦めるわけにはいかない。

目の前の小さな命を救う。

そのためにこの能力があるのだから!


 渾身の力を振り絞って叫んだ。

身体中から光が溢れる。

溢れ出た光は球状になり凝縮し始める。

グッと空間が揺れたかと思うと、集まった光は突然弾けて爆発した。


「きゃっ」


 身体が反射的に仰け反る。

爆発によって生み出された風は私と彼女を、穴の外へと吹き飛ばした。

禍人は壊れたラジオのような声を上げて、地中深くに潜っていく。

ポンと砂の上に放り出された私は、すぐさま熹貂ちゃんに駆け寄った。


「大丈夫?」


 苦しげに呼吸する彼女の背中をさする。


「大丈夫……」


 小さな声ではあったが、確かに聞こえた。

先ほどのも聞き間違えではなかったようだ。


「声、出るようになったね」


「うん……」


 何度も頷く彼女は、声が出たという喜びよりも、禍人から解放された安堵の方が強かったと見えて、私に抱きつくとポロポロと涙を流し始めた。

優しく抱きしめ返すと、頭を撫でて慰める。


「怖かったね……怖いのによく頑張ったね……助けてくれてありがとう」


 とめどなく流れ続ける涙は、今までずっと我慢をしていた証拠だった。

 父親を亡くし、ショックで声を失い、それでも彼女は懸命に闘い続けてきた。

私の役目はきっと、こんな辛い思いをもう二度とこの子にさせないことだ。

この世界にいる誰かの大切な人々を守るために、この力があるのだ。


 小さな少女をギュッと抱きしめた。


「私が絶対にあなたを守る」

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