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四十、誤魔化さねば砂が渡られぬ

 そろそろ眠りに落ちかけたとき、ふいに入り口から小さな声が聞こえた。

何度かそれを聞いて、ようやく私のことを呼んでいるのだと気付く。


「は、はい……」


 ぼんやりした頭でテントの幕を上げると、照隠さんが困った顔で立っていた。


「おやすみ中のところ申し訳ありません」


 所在なさげに佇んでいた彼をテントに引き入れ、要件を尋ねる。

 事は思いの外、深刻な話であった。


「熹貂ちゃんがいなくなった?」


「はい……夕餉が終わってから姿が見えないのです」


「まさか禍人に……」


 サッと顔から血の気が引いていくのがわかった。

 小さな女の子だ。

禍人に襲われたのならば、一溜まりもないだろう。


「礼烽さんたちに知らせて、すぐに探しましょう」


 途端、照隠さんは苦々しい顔をした。

眉をひそめると、小声で私に喋りかける。


「そうもいかないのです」


「どうしてですか?」


 私もそれにつられるように思わず小声で聞き返した。


「おそらく熹貂は自らいなくなったのだと思います」


「自分から?」


「あの子は随分、隊士の方々を怖がっていまして」


「そうなんですか……?」


「五歳のときに、徴兵の検査に訪れた兵士の方々が怖かったのでしょう。あれ以来、どうにも兵士の格好をした人間に怯える癖がありまして」


 思わぬ返答に目を丸くした。

 思い返してみれば、時折怯えた表情は見せていたが、そんな理由があるとは思っていなかった。


 この集落跡に着いてからは、実の叔父にも近付かない程、ショックが強い状態だと聞いている。

禍人に襲われた衝撃と、兵士に対する恐怖感で混乱してしまい、ついにここから逃げ出したということなのだろうか。

 パニックというのは、ときに人間を予想外の行動へと導くときがある。

筆談やジェスチャーでしか相手とコミュニケーションのとれない彼女は、抱えた恐怖感を逃走という形で表現しているのかもしれない。


「わかりました。私もこの周辺を探してみます。それでも見つからなかったときは、礼烽さんたちにも言いましょう。人手は多い方がいいですから」


「申し訳ありません。よろしくお願いします」


 照隠さんは一礼すると足早に立ち去って行った。

眠気はとうに吹き飛び、言い知れぬ不安感だけが心に残る。

 早く見つけてあげなければ。

 私に何か言いたげな素振りを見せていたということは、きっと彼女は私を怖がっていなかったのだろう。

外部の人間ということも手伝っていたのかもしれない。


 誰もいないテントをこっそりと抜け出し、人目のつかない方へ歩いていこうとすると、突然首根っこを掴まれた。


「ひゃっ」


 物陰から伸びた手は、軽々と私を持ち上げると、その主の方へ下ろす。

私を捕まえた相手が、不機嫌そうな顔をした礼烽さんだと気付いたときには一足遅かった。


「よう」


 言葉とは裏腹に威圧感のある挨拶だった。


「えっと……こんばんは」


 視線をずらして挨拶を返した。

思わぬ来客に声がひっくり返る。


「先ほど照隠殿と何か話していたな。何を話していたんだ?」


「何のことですか?」


 知らぬフリをしたところで騙すことのできる人だとは思わないが、黙っていてくれと頼まれたそばから、打ち明けるわけにもいかない。


「言え」


「な、何をそんなに怒ってるんですか? 礼烽さん、怖いですよ」


「いいから言え」


 怖いと言われたのを気にしたのか、少し声に柔らかさが混じる。


「別に大したことじゃないんです。熹貂ちゃんが不安がっているから、一緒に寝てあげてほしいと頼まれたんですよ」


「ほう?」


 片眉を吊り上げると、礼烽さんはわざとらしく顎に手を置いて神妙な顔をした。


「本当にそれだけか?」


「そうですよ」


 顔に出さないよう精一杯努めてはいるが、追求されれば追求されるほどボロが出そうだった。

何も悪いことはしていないのに、嘘をつかなければいけないというのも苦しい話である。


「じゃあ、どこに行くつもりだ」


「え?」


「こんな夜更けに、一人でどこに行くつもりだと聞いている。あんた、俺の話を聞いていただろ? 禍人がいるかもしれないんだ。危険な行動はよせ。何か知っているならば俺に言え」


 そこまで言われて、ようやく礼烽さんの言葉の真意にたどり着いた。

 どうやら彼は、私が照隠さんから禍人についての手がかりか何かを聞いて、その場所に向かおうとしていると思っているのだろう。

だから、咎めるような言葉を言ってきたのだ。

 昼間に礼烽さんが怪我をしたことと、武器をなくしたことを私は知っている。

私がそれに対して気を遣っていて、一人で禍人と対峙するつもりだと思っているのだ。


 さて、どうしようかと思った。

そんな結論に帰着したところで、本当のことを話すわけにはいかないのだ。

仮に礼烽さんの勘違いに乗じて話を合わせたならば、彼は絶対について行くと言い張るだろう。

どのみち私にとっては都合が悪い。

——ここは上手に切り抜ければならない。


「……お花摘み」


「……は?」


「……お花摘みに行くつもりだったんです」


 ピンときていないのか、礼烽さんは異国の言語を聞いているかのように首を捻った。


「もう漏れそうなので行ってきてもいいですか……? さすがに礼烽さんに見られるのは恥ずかしいです」


 彼は最初口を半開きにしてあっけにとられていたが、みるみるうちに顔を赤くして私から目を背けた。


「……馬鹿。とっとと行け」


「ご、ごめんなさい」


 自分が思い違いをしていたことに気付いたのか、礼烽さんは歯切れが悪そうに私を促した。

この状況を切り抜けることには成功したが、何か大事なものを失った気もする。

いや、私が失ったものに比べたら、少女を探すことの方が重要に決まっているのだ。

 勢いを失った礼烽さんを背に、私は月が照らす砂の海へと飛び出していった。


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