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三十五、虫は食べてみよ、人には添うてみよ

 結局バッタ数匹と金平糖だけで夜の食事を終えた。

 フンコロガシのような甲虫も見つけたが、これはさすがに食べる気が起きなかった。

成虫になる前の柔らかい幼虫の状態だったら、おいしく食べられたかもしれないと思う。

 何より、見ただけで有害か無害か判断できないものは、そう簡単に口に入れるべきではないのだ。


 夕飯を終わらせたら体力を温存するためにも、早めに就寝することにする。

すっかり冷えてしまった砂の上には簡易のベッドとして草を敷いた。

こうすることで、砂に身体の熱が吸収されるのを防ぐことができる。


 砂漠の夜は寒い。

礼烽さんが焚き火の火力を上げてはくれているものの、私は下着に羽織一枚という装備だ。

このまま寝てしまえば、うっかり凍死してしまうんじゃないかと不安になる。

 明日には服が乾いているといいのだが。


 背中合わせで寝ている礼烽さんも、この気温のせいかまだ寝ついていないようだった。

時折、身じろぎをする音が背後から聞こえてくる。

私に上着を貸してくれているのだから、彼もきっと凍えるような寒さと闘っているのだろう。


「本当に寒いですね」


 わざと明るい声で話しかけた。

砂だらけの暗闇と突き刺さる寒さで、気持ちまで沈んでしまいそうだったから。

私たちを照らしてくれるのは、目の前で燃え盛っている炎と月明かりだけだ。


「寒いなら身体を動かせばいい」


 本気なのか冗談なのか判断しづらい返事だった。

確かに運動をすれば暖かくはなるだろうが、日中の疲れで体力を消耗しきっている。

今から動けるほど元気ではない。


「今から運動なんかしたら、私倒れますよ。今日ついていくだけでやっとだったんですから」


「……そうだな。泥にまで塗れて、まったく俺の教えられたような天女様じゃない」


「……泥と汗に塗れた天女ですみませんでした!」


「そう怒んなよ。正直言って、俺は少しだけ感心したぜ。あんたみたいな連中は、すぐに弱音を吐いて逃げ出すと思ってたからな」


 ほんの少しだけ声に優しさが混じっているような気がした。


「私みたいな連中……ですか?」


「いや……あんたは違うのかもしれねぇな。口先だけのお偉いさんとは違ってよ。あんたは口もよく動くが、その分行動もする。嫌いじゃないぜ、そういうやつ」


 ハハハッと笑い声が聞こえた。

初めて聞いた彼の笑い声にどこかホッとする。

このままいけば、礼烽さんと打ち解ける日も近いかもしれない。


「もぉ、あんまりからかわないでくださいよ。私だって—–」


 怒るときは怒るんですからね、と言おうと思った矢先、大きいクシャミが出た。

ズズッと鼻をすすると、恥ずかしさと気まずさが混じって照れ笑いをしてしまう。


「……失礼しました」


 冗談めかした謝罪に何の返事もなく、間が悪いくしゃみを忌々しく思った。

少しの間沈黙が続くと、背後で何か音がして、バサッと体に布をかけられる。

それが礼烽さんのターバンとスカーフだということに気付いて振り向いたときには、彼はすでに素知らぬ顔で横になっていた。


「こ、これ……」


「んだよ、少しばかり汗臭くても我慢しろ。風邪ひくよりはまだいいだろ」


「そうじゃなくて! ただでさえ上着をお借りしているのに、これ以上は申し訳ないですって。大体、これだと礼烽さんが寒いじゃないですか!」


「変なところで遠慮するんだな、あんた。俺は別にいい。これぐらいで風邪をひくほど柔な鍛え方はしてない」


「こんな寒い場所、鍛えていようが鍛えていなかろうが風邪ひきますよ。流砂に落ちたのは私の注意不足なんですから、気にしないでください」


「ああ言えばこう言うやつだな、本当に。あんた、自分で自分のことは治療できないって言ってたじゃねぇか。仮に俺が病気になっても治せるんだろ? じゃあ、あんたが使えよ」


「そ、それはそうなんですけど……私の気持ちの問題というか……」


「……折れないやつだな。じゃあ、これで文句ねぇだろ」


 礼烽さんは私にかけていた布を取ったかと思うと肩に羽織って、そのまま私を引き寄せた。

あっという間に私は、礼烽さんに後ろから抱きしめられる状態になる。


「な、何ですか……!」


 唐突なことにうまく言葉が出てこない。


「俺は布を風除けにできるし、あんたは俺を風除けにできる。これならいいだろ」


 何がどういいのかとか、他にも方法があるんじゃないかとか、疑問は次々と浮かんでくるが自信ありげに言われてしまうと反論しづらい。

背後が暖かくなった事実がそれに拍車をかける。


「な、なるほど……?」


 何がなるほどなのか、まったくもってよくわからないが、もう抱えられてしまったものは仕方がないと腹をくくる。

どのような形であれ、低体温症を避けられるのならそれでいい。

生き残るためには何でもするというのが、私のモットーであり、祖母の教えだ。

 ……しかし、これは子どもみたいで少し恥ずかしい気もする。


 パチパチと焚き火の弾ける音を聞きながら、眠れない夜が続く。

無言でいるのも気まずく、背後でまだ起きているであろう礼烽さんに話しかけた。


「……礼烽さんは」


「ん?」


「礼烽さんは、昔救護班にいらっしゃったんですよね」


「……誰から聞いた?」


「燐玉さんです」


「あの人はまた余計なことを……。それで、それがどしたってんだよ」


「朱雀隊は前線で戦う部隊なんですよね? どうして救護班から今の部隊に移ったのかなぁと思って」


「んなこと知ってどうすんだよ」


「どうすると言われても……。ただ礼烽さんのことが知りたい……じゃ、答えになってないですか?」


「……変なやつ。いいぜ、話してやっても。けどよ、面白くはねぇぞ」


「それは聞いてみなきゃわかりませんよ」


 礼烽さんは心なしか、私を少しキツく抱きしめ直した。

 広い砂漠に二人きりという異常な空間は、生まれも育ちも世界すらも違う二人の距離を急速に近付けたように思う。

普通に聞いていても、きっとこの人は答えてくれなかっただろう。

今だけは、この非常事態に感謝してもいいのかもしれない。


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