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三十二、底無し砂にはまる

 砂漠というのはひたすらに暑い。

照りつける日差しは容赦がないし、日差しを遮る木々もないので、私たちは一身に日の光を浴び続けている。

地面の砂はバーベキューが出来そうなほどの熱さだ。


 人の救護をする前に自分が倒れてしまいそうな気がした。

 本来ならば、人間は発汗することによって体温調節をするわけだが、ここまで暑いとそうはいかない。

汗が蒸発することで熱を逃がす前に、瞬時に乾燥してしまうのである。

汗をかいてもかいても体温は下がらないので、ただただ身体中の水分が奪われていく感覚だけが伝わってくる。


 歩き始めは照隠さんに紅砂海について質問をしていたものの、次第にその余裕もなくなってしまった。

倒れずにオアシスまで行けるだろうかと弱気になっていたとき、熹貂ちゃんがこちらを見ているのに気がついた。

彼女は少しスピードを緩めて、叔父の隣から私のもとに来ると、物言いたげな表情をした。


「どうかした?」


 どうかしているのは私の方なのだが、子どもに見つめられると応対せずにはいられないものだ。

 彼女はジェスチャーで、私の頭のターバンと首のスカーフを取るように指示する。

クエスチョンマークを頭に浮かべながらも、彼女の指示通りに脱いでみた。

彼女は自分の飲み水を私のターバンとスカーフにジャバジャバとかける。

一瞬びっくりしたが、すぐにこの子の意図がわかった。


「ありがとう」


 熹貂ちゃんに笑いかけると、恥ずかしげに目線を逸らされてしまった。

どうやら人見知りなだけで、優しい子のようだ。

 濡れたスカーフを首に巻き、ターバンを部活後の高校生男子のように頭にかけた。

暑さが幾分かマシになったように思う。

何より私に気を遣ってくれたという事実が嬉しいし、ありがたかった。

外部の人間と言われたことで、爪弾きにされることはないみたいだ。


「そういえば、禍人がどんなやつだったのか、照隠さんはご存知なんですか?」


 調子を取り戻した私は、再び照隠さんへの質問を開始した。


「どんなやつとは?」


「禍人って、いろいろな形をしているじゃないですか。子どもの姿をしている者もいれば、イタチみたいなやつもいて……」


「目撃したのは熹貂なのですが、ご存知の通りこの子は今、喋ることができません。簡単な文字や絵を描いて説明してくれるのですが、禍人の姿形までは……」


 熹貂ちゃんとのコミュニケーションはジェスチャーや筆談で行なっているらしい。

 ただ熹貂ちゃんは、小さい頃に一度体を壊したことがあって、他の子より勉強面では遅れをとっているという。

文字も簡単な単語しかわからないので、十分な意思疎通となると難しい。

その分よく話す子だったらしいので、今のこの状況はかなりもどかしいことだろう。


 時折私の方を見てくる熹貂ちゃんに笑い返すのを繰り返していたら、ようやく水場が見えてきた。

何時間歩いたかなんて覚えていないが、オアシスを見た瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。

休憩地に着いたからといって、すぐに休憩できるわけではない。

私の役目は、進軍中に怪我をした人の治療だ。


 天女の力というのは、私にも未知の領域がある。

最近わかったのは、治療のように相手を癒す行為は、肉体的にも精神的にも消耗するということだ。


 例えば、熱中症の症状が出た隊員がいる。

 この人に力を使うにはまず、私がこの人を治すという確固たる意志を持つことが重要になる。

治療する相手が知った仲であればあるほど、自ずと治してあげたいという想いが強くなるのだが、初対面の相手だとそれがうまく作用しない。

だから、隊員の治療を行うには最大限に集中して力を使う必要がある。


 そうしていくうちに、こちらのエネルギーが枯渇するわけだ。

食べたり寝たりすることでたいていは元に戻るので、救護の職を全うするために、できるだけエネルギーをとっておきたい。

保存食を早く食べさせてほしいところだが、その前に夜営の準備を完成させるとのことなので、ご飯はしばらくお預けのようだ。


「お腹空いた……」


 夜営の準備をしながら、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

水場の近くに自生していたであろう枯れ木を何本かいただいて、焚き火の燃料にする。

 本来なら、火起こしに時間がかかるところだが、礼烽さんは発火能力を持っているので火をつけるのが簡単だ。

「便利ですね!」と言ったところ、面白くなさそうな表情で睨まれたので、それ以上の発言は控えた。

 その場から逃げるようにして枯れ木を拾いに行くと、熹貂ちゃんがこちらをジッと見ている。


「どうかしたのかな?」


 目線の高さまでしゃがんで、怖がらせないように話しかけると、彼女は周囲をキョロキョロと見渡して、何か口をパクパクと動かした。

 私に用があることは確かである。


「怪我でもしたの?」


 パッと見たところ怪我はしていなさそうだが、目に見えない不調というのもある。

 ただ、彼女の訴えを理解するのは難しいので、「叔父さんのところに行こうか」と諭すと、彼女は私の袖を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。

されるがままについていくと、水場から少し離れた場所で立ち止まった。

何もない地面を指さすので、疑問に思いながらもそこに近付く。


「わっ?!」


 足を踏み入れた瞬間、地面に足を吸い込まれたような衝撃を受ける。

慌てて足をばたつかせると、みるみるうちに砂に身体が埋まっていく。

襲撃された——と一瞬思ったが、よく見てみれば地面の色が他の砂よりも濃い色になっていた。


 これは流砂だ。

地下水によって地盤が緩くなり、液状化してしまったのかもしれない。

 急いで少女の方を見れば、もう彼女はいなくなっていた。

 助けを呼びに行ってくれたのか。

 それとも——。


 そこまで考えて嫌な結論にたどり着く。

もしあの子が私の命を狙っている一派の一人なら?

子どもだからそんなはずはないと言い切れるだろうか。

誰かに命令されている可能性だってあるのに。

 ズブズブ沈んでいく思考と身体に、ため息を吐くことしかできなかった。

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