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三、断腸の思い

 静まり返った雰囲気に一石を投じたのは、智漣さんだった。


「神官智漣、陛下に申し上げます」


「よい、話せ」


「ありがとうございます。羽衣殿は突然こちらに来て陛下に謁見し、少々混乱されているのだと思われます。私めから羽衣殿に、この国や天女伝説にまつわる話を申し上げてよろしいでしょうか」


「あいわかった。頼む」


「ありがとうございます」


 跪き頭を伏せていた智漣さんが、こちらに向き直った。


「羽衣殿、突然天女と聞いて驚かれるのも無理はございません。聞いていただきたいのは、この国と天女にまつわる伝承についてでございます」


「はい……」


 正直、返事をするのも躊躇われる。


「この野老国は、現在五つの処に分かれております。ほんの五年前まで、処同士で争うところもございました。しかしながら、五年前、我が水ノ処の第一皇子であらせられた水霂(すいぼく)様が薨御(こうぎょ)されました」


「コウギョ……?」


「殺されたのだ」


 少女の寂しくも怒りを帯びた声に気圧される。

 何故幼い少女が皇帝の位についたのか不思議だったが、第一継承権を持った兄が亡くなったというのなら納得できる。

この少女しか継ぐ者がいなかったのだろう。


「我々は初め、水霂様の突然の不幸は、その当時争っていた火ノ処の間者によるものだと考えておりました。しかしながら、そのお身体は無惨にも引き裂かれ、血の色は黒く変色しており、到底人のなせる業ではありませんでした」


 血の色が黒く……何かがひっかかる。


「そこで我々が辿り着いたのは『禍人(かじん)』の仕業というものでした」


「そのカジンというのは?」


「禍に人という名のとおり、野老国に古くから伝わる物の怪です。数百年前、この国に現れたとされています。人を襲い、人を唆し、災いを運ぶ……国を滅ぼさんとする者共です。奴らに殺された者は、皆一様に血が黒く変色し死んでいるという記述が残っておりましたので、先のことも禍人の仕業だとされたのです」


「その禍人を一度封印したと言われるのが、天女なのだ。水ノ処は、各処に我が処で起きたことを話し、ひとまず禍人を封印するまで休戦するという同盟を結んだ」


「伝承によれば、天女はこの国に魔の手が迫りしとき舞い降りてくる存在なのです。そして——」


 冷や汗が背中を伝っていく。

 つまり、この国は以前禍人とかいう化け物に襲われたけど、天女がそれを封印した。

そして、また禍人が復活したから、天女が舞い降りてきてくれたとこの人たちは考えている……?

その天女をまさか……。


「羽衣殿の衣服、そして持ち合わせた知識、それに他を癒すその力……異世界の衣を身にまとい、不可思議な力を持つと言われた天女の記述に一致するのでございます」


 まさか、そんなたいそうな存在を本当に私のことだと思っているのか。

いくらなんでも冗談であってほしい。


「そなたにこの国を救ってほしいのだ」


 少女が頭を下げる。


 突然異世界に飛ばされて、意味不明な伝承と出来事を次々聞かされ、挙げ句の果てには、この国を救ってほしいと皇帝に頼まれる……。

 あまりの非現実っぷりに、頭が追いつかなくなっていた。

 相変わらず静かな部屋は、緊張の糸がピンと張りつめていて、うまく呼吸できなくなりそうだ。


「いえ、その、私は……」


 天女ではない、と言おうとして口を噤んだ。

喉が焼けるような感じがして、気付いたら涙を流していたからだ。

 脳のキャパシティをオーバーしている。

パニックになった私の頭はどうしていいかわからず、とりあえず泣いているのだ。

 涙が止まらなくて、口から零れるのは呻き声ばかりだった。


「羽衣殿?」


 私の様子に気付いた智漣さんが駆け寄り背中をさすってくれた。


「智漣、どうやら天女殿はこの国の惨状聞いて、心を痛めていらっしゃるようだ。落ち着くまで休ませなさい」


「かしこまりました」


 智漣さんに支えられて少女のもとを後にした。

廊下にさしかかって、ようやく泣き止む。


「すみません……私」


「いえ、こちらこそ失礼致しました。こちらの国の事情を矢継ぎ早に話してしまい、羽衣殿もさぞ混乱されたでしょう」


「でも、本当に私天女なんかじゃ……」


「こう申すと余計に貴女を困らせるだけかもしれませんが、貴女を天女だと思った理由はもう一つあるのです」


 長い廊下を渡りきった後、誰もいない部屋に案内される。


「先ほどの天女伝説についてです。先の天女は禍人と戦を交える際、この国の五人の若者に、神々から与えられた神器を授けました。彼らは処人(しょじん)と言われ、天女に力添えをするため、不可思議な力に目覚めた存在です。水ノ処の処人は水を操り、木ノ処の処人は草木を操り、火ノ処の処人は火を操り、金ノ処の処人は金属を操り、土ノ処の処人は岩や土を操ると言われています」


 智漣さんは、私の目をじっと見据える。


「私は水ノ処の処人なのです。生まれてこの方、私の力は天女様に力添えをし、民を守り、禍人を倒すためにあるのだと教えられました。そして貴女を泉から救い出したあのとき、私は貴女から何か暖かい光のようなものを感じたのです」


 智漣さんは私の手を取った。


「抽象的な言葉で申し訳ありません。ただ私はこの国を救いたい。貴女の力を貸していただけるなら、この命に代えても貴女を守り抜き、必ず元の世界にお返しします……!」


「そんなこと言われても……」


 私は智漣さんの手をほどく。


「そう言われても、私は本当に普通の人間です。天女じゃない。天女じゃないんです。私、元の世界に帰りたい」


「羽衣殿……」


 祖母が亡くなった今、母にはもう娘の私しかいない。

私にも家族は母しかいない。


「家族のところに帰りたいです……」


 泣きそうに呟いたその言葉。

智漣さんは悲しそうに微笑むとただ一言、「そうですか」と言った。


「わかりました。羽衣殿を元の世界にお返ししましょう」


「できるんですか?」


「ええ。ただしそれは羽衣殿がおっしゃるように、貴女が天女ではない場合のみです」


 智漣さんは、準備をすると言って部屋を出て行った。

私は一人静寂の中に残される。

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