二十九、外面如夜叉内心如菩薩?
「お空の国って楽しいところなんだよね!おば様が前にそう言ってたの」
「楽しいよ。毎日パレードしてるんだよ」
「ぱれぇど?」
「お祭り! 毎日お祭りして、みんな楽しく暮らしてるよ」
綺麗なお花畑があってね……と聞かれるまでもなくつらつら喋ってはみたが、お空の国と言われると死後の世界しか想像できない。
「あのね、燐美のお母様もねお空の国にいるの」
「そうなの?」
「おば様が教えてくれたの。燐美のお母様はお空の国から、燐美を見守ってくれてるんだって。お姉ちゃん、燐美のお母様知らない?」
「燐美ちゃんのお母さんかぁ。お空の国は人がいっぱいいるから、お姉ちゃんわからないかも」
「燐美もね、お母様のことよく知らないのよ。でも、おば様や礼お兄ちゃんが教えてくれるの。礼お兄ちゃんは、お母様の似顔絵見せてくれたのよ」
礼烽さんが子ども好きとは意外な話である。
私は燐美ちゃんの頭をなでながら、頷いて返事をする。
「今度お姉ちゃんにも見せてあげるから、お空の国で会ったら燐美のところに連れてきてほしいの」
「お母さんを?」
「うん。燐美もおば様も礼お兄ちゃんも会いたがってるよって。燐美いい子でお留守番ずっとしてるから、早く会いに来て欲しいの」
「そっか。お母さんに会ったら伝えておくね」
もう一度彼女の頭を撫でる。
酷い嘘をついてしまった。
おそらく、この女の子の母親はもうこの世にはいないのだ。
この子は死の概念をお空の国に行くことだと捉えて、母親の帰還をずっと待っているのである。
誰も真実を教えられないのだろう。
母親はもう二度と帰ってくることはないのだと。
「燐美。おば様、おやつ持ってきたから一緒に食べようか」
「うん!」
燐美ちゃんは私に「お願いね」と一言言うと、足早に燐玉さんのもとへと向かった。
燐玉さんは、燐美ちゃんのお世話をしている侍女にあれこれと指示を出すと、こちらへ向かってきた。
「すまんな、天女殿。久しく燐美に会えていなかったもので、今日は会いに行く約束をしていたのだ」
「いえ、まったく問題ないのですが……その、燐美ちゃんは燐玉さんの娘さん……ではないですよね?」
「ああ。燐美は私の姉上の娘だ」
「失礼ですが、お姉さんはもう……?」
「ああ……四年前、燐美を産んですぐに亡くなってしまった。身寄りがないので私が引き取っているんだ」
「父親に当たる方も?」
燐玉さんは厳しい顔つきになる。
「父親は……おそらく存命だろうが、今となってはどうでもよい話だ」
はっきりとした憎悪が見える。
これ以上はあまり深く聞かない方がよさそうだ。
話題を変えようと思い、燐美ちゃんの方を見た。
「そ、そういえば、燐美ちゃんは何歳になるんですか?」
「もう四歳だ。年の割には少々幼いのが心配でな。あと一年で兵役の検査があるのだが、礼烽なんかは受けさせない方がいいなんてうるさくてかなわん」
「礼烽さんが?」
燐美ちゃんの言い方から察するに、可愛がっているのだとは思ったが、兵士にさせたくないほどとは驚きである。
「礼烽さんて、意外と子ども好きなんですね」
「……嫌いではないだろうがな。あの子の場合は、母親のこともあるのだろう」
「燐美ちゃんのお母さんと仲良かったんですか」
「……今思えば、礼烽は姉上のことを慕っていたのかもしれないな。ふっ、このことは礼烽には黙っていてくれ、怒られるかもしれない」
「やっぱり同じ隊同士だと恋心が芽生えることもあるんですね」
「隊? いや、礼烽と姉上は救護班だったのだ。礼烽が朱雀隊に入隊したのは、姉上の班に所属した後だからな」
隊長になるほど強いはずなのに、元々は救護班にいた?
疑問に思ったが、救護班といえども戦闘に関わるわけだから、強い人がいた方がいいのかもしれない。
しかし、礼烽さんは戦場の天使にはなれなさそうな風体である。
「それより、天女殿。何か私に話があるのではなかったか」
「あ、そうでした! 実は、紅砂海への遠征の同行を認めてほしいんです」
「それは確か礼烽が断っていただろう」
「でも、お手伝いしたいし、この遠征で礼烽さんのことをもっと知りたくて」
「礼烽のことを?」
「礼烽さん、私たちに嫌悪感があるみたいなんです。多分、出身地や身分のことが関係しているんだと思うんですが。それで、お互いにもっと知り合った方がいいと思って。仲が悪いと禍人討伐にも影響があると訴えて、もう一度礼烽さんにお願いしに行ったんですが……」
「私に言いにくるぐらいだ。断られたのだろう?」
「そうなんです。燐玉さんなら同行できるようにしていただけるんじゃないかと思って」
「できないことはないが、私が無理に貴殿らを同行させたところで、礼烽の神経を逆撫でするだけだとは思うがな。命令に背くような奴ではないが、士気が下がるのはこちらとしても困る話だ」
「……じゃあ、私だけ同行を認めてもらえませんか?」
「天女殿だけを?」
「礼烽さん、水ノ処と木ノ処の人間を巻き込んで怪我でもされたら、そこにつけいられて攻撃されるかもしれないと言っていました。私はこの国とは本来関わりがない人間です。その心配はないと思うんです」
「……しかしながら、天女殿。失礼だが、貴殿は禍人討伐に参加できるほど武芸に通ずる者とは思えん。もちろん、天女としての力があることは存じているが—–」
「だから、私を救護係として同行を認めてほしいんです。救護係なら、戦闘に参加することもなく皆さんのお手伝いができますし、いざとなれば自分の身を守るぐらいできます。火ノ処の不利益にはならないと思うんです」
燐玉さんは顎に手を置いて、少しの間無言になった。
しばらくはそうしていたが、やがてのこと結論が出たと見えて、こちらに向き直った。
「わかった。そこまでおっしゃるなら、天女殿にお願い致す。礼烽には私から伝えておく」
「ありがとうございます!」
思ったよりスムーズに話が進んだことにホッとした。
「しかし残念だったな。天女殿さえよければ、燐美の話し相手になってほしかったのだが……」
「燐美ちゃんの?」
「ああ。燐美の世話は侍女たちがしてくれているのだが、遊び相手や話し相手は専ら礼烽か私でな。礼烽は遠征で、私は公務でしばらく忙しくなるので、天女殿に燐美の相手をしてほしかったのだ」
「私、子守はしたことないです……」
「いや、燐美が近頃お伽噺を好むのでな。私はすぐに親元を離れたので、そういったものには疎くてな。天女殿ならば面白い噺を知っているかと思ったのだが」
「あ、それなら、お伽噺や昔話をたくさん知っていそうな人がいるので、頼んでおきましょうか」
「ほう?」
「その代わりというわけではありませんが、同行の話、よろしくお願いします」
「わかっている。天女殿も燐美の件を頼んだぞ」
「はい!」




