二十八、羽衣転変は旅の習い
「それを聞いたら帰るんだな?」
「……帰ります」
「俺はな、あんたらみたいに口先だけの頭でっかちが気に食わないんだよ」
「く、口先だけの頭でっかち……?」
「そーだよ。回りくどい長ったらしい祝詞を唱えるのがお仕事の貧弱なお坊ちゃんと、実の兄貴を蹴落とすためにせせこましい技を使って裏でコソコソしている腹黒が処人なんて、信じらんねぇ」
おそらく前者が智漣さんで、後者が仁萸さんだろうが、随分な言われようである。
「ああいう生まれも育ちもいいお坊ちゃんはな、口だけなんだよ。御託を並べるだけ並べて、その実、力仕事や汚れ仕事は全部下の連中にやらせるんだからな。国を支えているのは汗水働いている奴らなのに、ああいうお偉方は涼しい顔して、おいしいとこだけ持って行きやがる」
二人は違う、と言いかけてやめた。
そうでないことを証明する物的証拠はなく、ただお二人の性格から察するに違うだろうという机上の空論しか語れないと思ったからである。
感情論で否定したところで、堂々巡りに陥るだけだ。
「わかったか? 俺はお坊ちゃんたちの子守をしながら遠征なんてごめんだぜ。あの二人に言っとけ。旅には同行するから、これ以上口を出すなってな」
「……わかりました。つまり礼烽さんは、私たちを口先だけで何もできない人だと思っていらっしゃるし、お二人を連れて行ったことで責任を取らされるなんてごめんだとおっしゃるんですね」
「ああ。話は以上だ。帰れ」
「わかりました」
半ばやけくそに頭を下げる。
礼烽さんはこちらを振り返ることなく、訓練に戻っていった。
そっちがそう言うのなら、こちらにだって考えがある。
私はその足で再び燐玉さんのもとに向かった。
城の周りを警備している兵士を一人呼び止める。
「すみません!」
「はっ」
こちらを見た警備兵は、兵士でも文官でもない私に少し疑問を抱いたようだった。
「燐玉さんはどこにいらっしゃいますか?」
「り、燐玉殿?」
「そうです!燐玉さんです!」
詰め寄ってしばらくしてから、名前も名乗ってないことに気付いた。
身を引いて一度襟を正す。
「す、すみません。私は羽衣といいます。水ノ処の神官と木ノ処の第二皇子と先ほどご挨拶したのですが、伝え忘れたことがありまして……」
しどろもどろになって説明する。
何しろ身分を証明できるものは何も持っていない。
学生証も健康保険証も元の世界に置いてきた。
あったところでこの世界では役に立たないわけだが。
「何をしていらっしゃるんだ、天女殿」
突然後ろから声をかけられて、猫のように体が飛び跳ねる。
目の前にいた警備兵は姿勢を正して、声の主に頭を下げた。
「よい。それよりお前、天女殿と何かあったのか」
「あ、燐玉さん……」
兵士に話しかけていたのは私が探していたその人だった。
「燐玉殿、こちらの方が先ほどお伝えし忘れたことがあると……」
「そうなんです! どうしても燐玉さんにお話ししたいわけがあって」
「天女殿が私に? 承知した。しかし、先約があってな」
「いくらでも待ちます」
「……いや、天女殿さえ良ければ私について来てくれないか?」
「ついていってもいいんですか?」
「ああ。天女殿、子どもは好きか?」
「子ども……? ちっちゃい子は見てると微笑ましいとは思いますけど……」
「そうか。じゃあ、問題ないだろう。悪いがついてきてくれ」
「は、はい」
鎧を脱いだ燐玉さんは軽々と道を歩いていく。
「どこに行かれるんですか?」
「何、敷地内だから遠くはない」
あまり返答になっていない答えだ。
ただ、燐玉さんの横顔がほんの少し楽しそうな顔で、彼女が喜ぶような場所に行くのだろうなと思った。
第二の訓練所みたいな場所だったらどうしようかと胃が重くなる。
「そういえば、燐玉さん。護衛の方はおつけしなくていいんですか?」
「ああ。今から行く場所には連れて行かないようにしているのだ。武器も持ち込み禁止にしてある」
少なくとも訓練所ではなさそうだ。
逆にどのような場所に連れて行かれるのかわからず、不安になってしまうが。
とぼとぼと彼女の後ろを歩いていると、やがてのこと、二階建てほどの住居にたどり着いた。
私たちが泊まっていた旅籠をさらに大きくて豪華にした感じの建物だ。
一体、燐玉さんはここに何をしに来たのだろう。
燐玉さんが入り口までやって来ると、警備兵が扉を開けた。
「ご苦労」
ちょろちょろとネズミのように後から入る。
一見普通のお家のようである。
廊下を歩いてふすまを開けると、部屋の中には小さな女の子が座っていた。
女の子は燐玉さんを見ると、顔をパァッと明るくし、走って抱きつく。
「おば様!」
「燐美、いい子にしてたか?」
燐玉さんは嬉しそうに女の子を抱きしめた。
女の子はにこにこしながら燐玉さんを見ていたが、横に立っている私を見つけるとサッと後ろに隠れる。
「こ、こんにちは」
ぎこちない笑顔で手を振る。
小さい子は決して嫌いではないのだが、距離感が難しい。
「おば様のお友達よ、燐美」
「羽衣っていいます。よろしくね」
燐美ちゃんの目線の高さに合わせてしゃがむと、彼女は燐玉さんと私の顔を交互に見合わせた。
「お友だち?」
首を傾げて聞いてくるので、すごい勢いで頷く。
燐玉さんとは会ったばっかりだが、私と燐玉さんの関係を伝えたところで、この小さな女の子は理解することができないだろう。
「今日は礼お兄ちゃん来ないの?」
「礼お兄ちゃん?」
「ああ、すまん、天女殿。礼烽が燐美の面倒をよく見てくれるせいですっかり懐いてしまってな。……燐美、今日お兄ちゃんは仕事で忙しいんだ。今日はおば様たちと遊ぼうか」
「ほんとー? 燐美遊びたい!」
「そうかそうか。燐美、このお姉さんはな、お空からやって来た天女様なんだ。天女様が燐美にお空の国であった楽しいお話をしてくれるって」
「お空? お姉ちゃんお空から来たの?」
「そ、そうだよー」
厳密に言うと空ではなくて、水から溺れ出て来たわけなのだが。
さらに言うと、お空の国出身では決してない。
「お空ってお母様がいるところ?お姉ちゃんはお母様知ってるの?」
思わぬ質問に身構える。
チラッと燐玉さんを見ると困ったように微笑んで、燐美ちゃんに話しかけた。
「どうだろうな、お空の国は広いからな。お姉さんは知らないかもしれないな。でも、お空の国のこと知りたいだろ?」
「知りたい!」
「すまないが天女殿、この子の質問に答えてあげてくれないか?」
「それはいいんですけど……」
私の出身は天ではなく日本にある片田舎です。
……と言ったところで仕方がないので、この女の子の前では立派な天女として質問に答えていくしかない。




