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二十二、言わぬが花

「あの、智漣さん。さっきお話しした名前の件、教えてもらってもいいですか?」


「ああ、遅くなってしまい申し訳ございません。少々説明が長くなるかと思いまして、夕餉時にと思っていたのですが」


「なんの話だい?」


 私は湯屋で出会った女性二人の話を仁萸さんにも説明した。

仁萸さんは、納得した顔でご飯を飲み込んだ。


「他処から移るときに、名前を変えるという話かぁ。僕らには縁遠い話だけど、変える人は変えるよねぇ、あれ」


「特に火ノ処に移る方となれば、そのような方も多いでしょうね」


「どうして移住するときに名前を変える必要があるんですか?」


 私のいた世界では、あまり考えられない文化である。


「まず、羽衣殿にこの国の成り立ちをご説明する必要がありましょう。最初に羽衣殿にお会いしたときに、この国が神々によって創られたというお話を申し上げたのですが、覚えていらっしゃいますか?」


 そう言われてみると、そのような話を聞いた気がする。

 これについては、あまり違和感がない。

日本神話にも、イザナギとイザナミという二人の神様が国を産んだという話がある。

似たような話がこの世界にもあるということだ。


「この野老国というのは、各処で祀られている五柱の神々がお創りになった国です。例えば、私の故郷である水ノ処では、水神様が我々を見守ってくださっています。そこで、水ノ処に生まれた子には『水』にまつわる言葉を名前として与え、神々のご加護をいただく慣わしがあるのです」


「僕の木ノ処は草花の神が見守ってくださっているから、名前は植物関係の言葉が多いかなぁ」


「神様のご加護があるようにと名前を子どもにつけるんですね。でも、その名前を変えてしまうんですか?」


「移住先の神のご加護をいただけるように、第二の名前をつけるのでございます。しかしながら、移住先で元の名を語ることはあまりありませんから、名を変えるという認識で今は伝わっていますね」


「僕らは名前でどこの出身かわかる人が多いから、火ノ処じゃ元の名前で商売がしづらいんだよ。だから、ご婦人方は『名前を変えたのか』と聞いたんだろうね」


「反対に火ノ処の方はどこへ行っても名前を変えることは滅多にありませんね」


「ああ、確かにそうだね」


「どうしてですか?」


「火そのものが、魔除けとしての意味合いを持ちますから。彼らが他処の人間と相容れないのは、他の処と異なり迎合する必要がないからかもしれません」


 智漣さんと仁萸さんの説明を頷きながら聞いていて、ふと疑問が浮かんだ。


「あの、私の名前って大丈夫なんでしょうか?」


「どういうことだい?」


「一応、今は智漣さんの妹という設定じゃないですか。でも、私の名前に水を表す漢字は入ってないですし……」


「よっぽどのことがなければ、この国の人間は名前について深く聞かないよ。特に水ノ処出身の女の子には聞いてこないと思うよ」


「どうしてですか?」


「水はこの世とあの世を繋ぐ役目をしていると言われています。羽衣殿が異なる世界からいらっしゃったときも、泉を通してこちらに来てくださいました」


 初めてこの世界に来たとき、目が覚めると泉で溺れていた。

そもそもこの世界に来た原因は、祖母の山に見慣れない泉があったせいだ。

 あの泉はこの世界と元の世界を繋ぐ役目をしているということだろうか。


「水は依代となり、様々なものを呼び寄せます。しかしながら、呼び寄せられたものが、決して良いものとは限りません。そのようなものに本当の名を知られると、自己を支配されてしまうのです」


「だから、水ノ処の人は名前を詳しく説明しないんですか?」


「さようでございます。特に女性は、子を成すことができますので、昔は物の怪の子を孕むことがないように、自分の名を名乗ることがありませんでした」


「まあ、今はもう時代と共に変わりつつあるんだけどね。昔の名残というかさ。自分の名前を言うも言わないも、自由にはなっているんだよ。ただ、そういう文化があったことをみんな知っているから、詳しくは聞かないようにするのさ」


 忌み名という文化がこの世界にも点在しているということだ。

 やはり、元の世界とは違うようで似ている部分も多い。


「じゃあ、私の名前を深く探る人はいないということで一安心ですね」


「はい。それに羽衣殿を一人には致しませんから」


 サラッとすごいことを言われた気がする。

まあ、異世界で一人にされても困るので問題ないのだが。


「あ、お酒なくなっちゃった……」


 いつのまにかお銚子二本を飲んでしまったらしく、仁萸さんは名残惜しそうにお猪口を眺めていた。


「仁萸さんはお酒を飲まれても、あまり変わらないんですね」


 私の家系は下戸が多いらしく、祖母も母も少しお酒を飲んだだけで顔を赤くしていた。

周りに酒飲みがいなかったからそんなものかと思っていたが、仁萸さんは顔も赤くないし受け答えもはっきりしている。


「僕ねぇ、飲んでも酔えないたちなんだよねぇ。いくら飲んでも水みたいに感じるから、周りに心配されて止められるぐらいだよ」


「それはそうかもしれないですね。飲み過ぎはよくないって言いますし」


「だよねぇ。でも、酔わないっていうのも辛いんだよ、ねぇ、智漣君」


「……何故、私に同意を求めるのです?」


「そういえば、智漣さんはお酒飲まれたらどうなるんですか?」


「お、羽衣君、知りたいかい? 智漣君はね、お酒を飲むとさ—–」


 智漣さんは見たことないほどのスピードで、仁萸さんの口を塞ぐ。

そのまま抗議の声をあげている仁萸さんをよそに、若干ぎこちない笑顔でこちらを見た。


「さあ、羽衣殿もお疲れでしょう。御膳を下げていただいて、就寝の準備を致しましょうか」


「え、仁萸さんのお話がまだ途中—–」


「酔っ払いの言うことは話半分で聞いておくのが、世のため人のためというものです。さあ、もう寝ましょう」


 モガモガ言っている仁萸さんは、自分の口を塞ぐ智漣さんの手を押し退ける。


「わかった、わかったよ。言わないからさ!」


 智漣さんはツンと澄まし顔で仁萸さんを見た後、聞いたことのないような低い声で「絶対ですよ」と念押しした。

普段から丁寧な態度を崩さない智漣さんが、こうやって砕けているところを見ると、智漣さんと仁萸さんは仲が良いのだと思う。

 旅の間、ずっとこうやって楽しくしていけるように、火ノ処に行ったら私も頑張らなくてはいけない。

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