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二十、語って落ちそう

 案内された部屋は、宣言通り布団を三枚敷くのがギリギリの部屋だった。

 修学旅行の夜を思い出す間取りだ。


「狭いでしょぉ、ごめんなさいねェ。それじゃ、夕餉はまた持ってきますンで、それまでごゆっくり」


 燎さんは襖を閉めて部屋を出て行った。

私はふぅと一息吐くと、畳の上に座り込む。


「大丈夫かい?」


「……あ、はい。ちょっと緊張していたので」


「無理もありません。羽衣殿にとっては慣れない土地でございますから。今日はゆっくり休みましょう」


「それなりに歩きましたし、今日はよく眠れそうです。……そういえば、燎さんが言っていた件は大丈夫なんですか?」


「ああ、火ノ処が戦の準備をしてるという話かい? 僕が宮廷にいる間はそんな話聞かなかったけどね」


「木ノ処と火ノ処は休戦中です。その協定を破ってまで、彼らが攻め込むとは考えられません」


「でも、物資を集めてるんですよね」


「そんなに心配しなくて大丈夫だよ、羽衣君。今、五つの処はどこも休戦するって同盟を結んでいるんだ。火ノ処がそれを破れば、残り四つの処から攻め込まれるからね。彼らもそんな危険を冒さないだろうさ」


「仮にそのような動きがあれば、木ノ処の軍部が仁萸殿に報告するでしょう。火ノ処が武器を輸入していたら、輸入元である処から噂が飛んでくるはずです」


「そうそう。羽衣君は気を張りすぎだよ。もう少し肩の力抜きなって」


 仁萸さんに肩をぐらぐらと揺さぶられて、宇宙人みたいな声が漏れ出た。


「そうだ! 夕餉の前にお風呂にでも入ってきたらどうだい?」


「お風呂ですか」


 確かに起きてないことを心配しすぎるのも良くない。

仁萸さんの言う通り、晩ご飯の前にお湯に浸かるのも悪くない。

ご飯を食べたらすぐに寝られるのもいい。


「じゃあ、私、お風呂に入ってきます」


「ああ、お待ちください。羽衣殿お一人では危ないかもしれません。私も参りましょう」


「僕は荷物番してるね。二人ともいってらっしゃい」


 智漣さんと一緒に部屋から出て一階へと降りる。

廊下をキョロキョロしていると、ちょうど燎さんに出会った。


「お忙しいところ申し訳ございません、お燎殿」


 燎さんはパチパチっと瞬きをして、「はいはい」とにこやかにこちらへ近寄ってきた。


「あらァ、お兄さん。何かお困り?」


「夕餉前に湯浴みを済ませてしまいたいのですが、浴場はどこにあるのでしょうか」


「ごめんなさいねェ、うちはこの通り小さな宿屋だからサ、そんなのないのよぉ。ここに泊まるお客さんには、近くの湯屋に行ってもらってンの」


「さようでしたか」


「この宿の三軒隣に湯屋があるからサ」


「ご丁寧にありがとうございます。夕餉前には戻りますので、それでは」


 私も軽く頭を下げると、智漣さんの後をひょこひょことついていく。


「銭湯ってなんだかテンション上がりますよね」


 大衆浴場となれば、本格的に修学旅行の再来だ。

 やれ命を狙われているだ、やれ戦の準備をしているだと、疲れる話ばかり聞いていたが、広いお風呂に入れると聞くとワクワクしてきた。


「はて、私は湯屋に行ったことがありませんから、少々不安ですね」


 智漣さんは唇を一文字に結ぶと、あからさまに困った顔をしている。


「えっ、一度もないんですか」


「幼い頃から宮廷におりましたので、世俗の文化には少々疎いのです。本を読んで知識だけは身につけておこうとは思っているのですが、やはり、実際に体験してみなければわからないことの方が多いですね」


 銭湯初体験だといろいろと手間取りそうだ。

 私もこの国の湯屋は行ったことないから、初体験なわけではあるが。


「羽衣殿」


「外では妹ですよ」


「……失礼致しました。……羽衣」


 照れながら名前を呼ぶ智漣さんを見ると、何かに目覚めそうだな、とふと思う。

仁萸さんが智漣さんで時々遊んでいる気持ちもわかる気がした。


「何ですか、智漣兄様」


「湯屋ではどうしても男女で分かれてしまいますから、何者かに襲われたら急いで私を呼んでください」


「……呼んだらどうなるんです?」


「えっ、それは助けに参りますが……」


「……女湯に?」


 しばらく智漣さんは瞬きも忘れて、真剣な顔で私を見つめた後、面白いほど顔を赤くした。


「……失礼致しました。ち、違うのです。決して邪なつもりではなく、貴女の身を案じただけと申しますか……えっと……」


「ふふっ。わかっていますよ。からかってすみませんでした」


「と、ともかく、用心ください! 行き帰りは護衛ができますが、入浴中は難しいですから」


 智漣さんは早口でそう話すと、恥ずかしそうに口を手で覆った。

申し訳ないが、案外可愛らしい仕草に笑みがこぼれる。


 三軒隣の湯屋は時間が時間なのか、少々人が多いようだった。

 智漣さんと別れて、女湯へと入る。

番頭さんがいるので、智漣さんからもらったお金を渡して、脱衣所に向かう。

カゴがたくさん並んでおり、皆それに服や手ぬぐいを入れていた。

余分にお金を払って、手ぬぐいと石鹸代わりの薄い布に包まれた糠を貸してもらい、いざ浴場へと向かう。


 女湯の中はそこまで混んでいなかった。

仕切りの向こうの男湯はガヤガヤとしているから、男湯の方の利用者が多いのかもしれない。

周りを見て、見よう見まねで体を洗う。

糠では洗った気があまりしないが、汚れは落ちているのだろうかと不思議に思った。


 手早く体を洗い浴槽につかる。

広いお風呂は開放感があって好きだ。

のんびりお湯に浸かっていると、30代ぐらいの女性二人がこちらに近付いてきた。


「ねェ、お嬢ちゃん」


「はい?」


「お嬢ちゃん一人で旅してンのかい?」


 どことなく喋りが燎さんに似ている。

この辺りの女性は皆こういう喋り方なのだろうか。


「いえ、兄と一緒に来ています」


「あらァ、そう! まあ、良かったわァ。ここ最近ここいらも治安が悪くなっちゃってサ、女の子の一人旅だと危ないからと思って」


「お姉さんたちも旅行されているんですか?」


「旅行というより里帰りよねぇ。アタシたち旦那の商いで出稼ぎに行ってたンだけど、もとは火ノ処の出身なのサ」


「そうなんですか」


 火ノ処の怖い話ばかり聞いてたせいか、少し身構えてしまった。

違う処どころか、世界まで違う私は完全なる余所者だ。

 煙たがられやしないだろうかと心臓が跳ねた。


「お嬢ちゃんも里帰りかい?」


「いえ、私は火ノ処にいる兄に会いに行くんです」


 仁萸さんが語っていた例の嘘話を、いかにも身の上話かのように女性たちに話した。


「そう! 結婚するのかい。おめでたいねェ」


 笑ってごまかす。

実際は結婚相手どころか彼氏もいない。


「お兄さん商売してるなら会ったことあったりしてねェ。お兄さんの名前は何てンだい?」


「えっ」


 非常に困る展開だ。

架空の兄の名前なんて知るはずがない。

咄嗟にでまかせを言おうにも、私が思いつく名前はこの世界の雰囲気にそぐわない気がした。

 唸っていると、女性は互いに顔を見合わせて、不思議そうな顔をした。

それはそうだ。

兄の名前を知らない妹なんて、なかなかいないだろう。

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