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十九、旅の嘘はつき捨て

「あいすみません、今日はもういっぱいで……」


「さようですか……ありがとうございます」


「やっぱりどこもいっぱいだよねぇ」


 一つ目の宿場町で宿を探す私たちだが、どこもかしこも宿泊客でごった返しだった。

 ただでさえ、小規模な宿場町であるので、宿の数自体が多くない。

需要と供給が今日に限って、まったく一致しないという憂き目に遭っているのだ。


「ここにも小さいですけど、宿がありますよ」


 仁萸さんの袖をクイっと引くと、キョロキョロしていた仁萸さんがこちらを振り向いた。


「本当だねぇ。泊まれるか聞くだけ聞いてみようか」


 智漣さんと仁萸さんの後を刷り込みされた小鴨のようについていく。


「すみません」


「はい」


 玄関で掃き掃除をしていた女性に、仁萸さんが声をかける。

女性は顔を上げると、パッと表情を変え、仁萸さんと智漣さんに近付いてきた。


「あら、まあ! かっこいいお兄さん方だことぉ!」


 女性の圧に押され気味の智漣さんは、静かに横を向いて、仁萸さんに用件を言うように体を突いた。


「本当かい? 君みたいな綺麗な女性にそう言ってもらえるなんて、お世辞でも嬉しねぇ。ね、兄さん」


「まぁ、ご兄弟なのかい? 兄弟揃って素敵ねェ!」


「……仁萸、早く聞いてくれ」


 智漣さんは視線を漂わせながら仁萸さんを促す。

 押しが強い人が苦手なのだろう。

苦手というより、どう接していいかわからないのかもしれない。


「ねぇ、お姉さん。僕たちここで一泊したいのだけど、部屋は空いていないかな?」


「あらぁ、生憎だけど、どの部屋も埋まってンのよねェ」


「そうかい。残念だけど仕方がないね。ありがとう、お姉さん」


「ちょっと待っておくンなよぉ」


 宿を出ようとした仁萸さんは、その腕を掴まれて女性に引き止められた。


「お兄さん方も火ノ処に行くのかい?」


「ああ、そうだけど……」


「商いかい?」


 途端に智漣さんは渋い顔をした。

 偽りの身分で行動している身の上だ。

あれやこれやと詮索されると、間者なのではと疑心暗鬼になってしまう。

 女性は智漣さんが表情を変えたのに気付いたようで、困ったように笑うと、その肩をポンと叩いた。


「やだわぁ、お兄さん。そんな怖い顔しないでおくンなよぉ。いやねェ、見ての通り今日はこの宿場町混んでるだろう? これ皆、火ノ処に向かう商売人なのサ」


「失礼致しました。貴女を怖がらせるつもりはなかったのです。しかしながら、それはおかしな話ですね。火ノ処は他処からの商売人をあまり受け入れないと聞いていましたが……」


「そうよぉ。だから、今日ここいらに泊まっているお客さんは、皆火ノ処から出稼ぎに行っていた商人ばっかサ。火ノ処の将軍様がねェ、出稼ぎに行ってた商人に、物資を買うから持ってこいってお触れを出したンだって」


「それでこんなに人がいるんだね。でも、急に物資を集めるなんて、まるで戦争でも始めるみたいだね」


 そこまで言って仁萸さんと智漣さんはハッと顔を見合わせた。

それを見た女性はしたり顔で、智漣さんと仁萸さんに顔を近づける。


「アタシ、詳しいことは知らないンだけどねェ、宿場町の旦那方の話によっちゃあ、火ノ処が木ノ処に攻め込むんじゃないかって話があるらしいのよ。お兄さん、見たとこ火ノ処の人間じゃないンでしょぉ? 商人じゃないなら行くのやめときな。死んじまうかもしンないよ」


 仁萸さんは少し身を固くした。

 仲が良いとは言えないが、どの処も休戦状態のはずである。

その協定を破ってでも、火ノ処が木ノ処に攻め込むというのなら、皇子である仁萸さんにとっては気が気でない話だろう。


「そういうことだったのか。心配してくれてありがとう。確かに僕たちは、火ノ処に商売しに行くわけじゃないんだ。でも、どうしても行かなければならないんだよ」


 そういうと私を女性の前に引っ張り出す。


「あら、この子は?」


「僕らの妹だよ。もうすぐ結婚してお嫁に行っちゃうんだけどね」


 えっ。

 慌てて後ろを振り向くと、仁萸さんはウインクを飛ばして合図してきた。


「僕たち水ノ処の商家の出身なんだけど、この子はもうすぐ金ノ処に嫁いじゃうんだ」


「また随分遠くに嫁いじゃうのねェ」


「そうなんだ。僕は木ノ処で暖簾分けしてもらって商売しているんだけどね、もうすぐお嫁に行っちゃうからって、わざわざ僕に会いに来てくれたんだよ。可愛い妹だろう?」


 わしゃわしゃと私の頭を撫でてくる仁萸さん。

チラッと顔を見ると、完全に楽しんでいる人の様子だった。


「ところが、僕らにはもう一人兄弟がいてね。この兄が困った兄で、父上と喧嘩して飛び出して火ノ処で働いているっていうんだよ。妹は次兄にも会いたいって言って聞かないんだ」


「まあねェ、違う処に嫁いじゃなかなか会えないねェ」


 戦だなんだというキナ臭い話から、急に井戸端会議みたいになってしまった。

 知らない間に私は、婚約済みの四人兄妹の末っ子ということになっているらしい。

女性はうんうんと頷いているし、仁萸さんの話が嘘だとは微塵も思っていない様子である。


「ちょいとサ、旦那に聞いてきてあげるよ。あんまりお客さんが来ないから物置部屋にした部屋があるンだ。三つ布団を敷きゃあ部屋いっぱいになンだけど、それでもいいかい?」


「本当? 泊まらせてもらえると助かるよ」


 仁萸さんは女性の手を握り微笑んだ。

女性はほうっと顔を赤らめると、仁萸さんの肩をバンっと叩いた。


「いやだよぉ、お兄さんったら。さあさあ、ちょっとそこで座って待ってておくンな。旦那に聞いてくるからサ」


 ドタバタと箒を持ったまま、女性は中へと駆け込んで行った。


「仁萸兄様」


「ん? なんだい、羽衣」


「女性にちょっかい出して、色恋沙汰で刺されるとかやめてくださいね」


「えっ。や、やだなぁ。僕のは処世術だって言ってほしいよ、智漣兄さんのとは違って」


「私と違ってとは……」


「あらァ。本当に仲良いのねェ、お兄さんたち」


 女性は箒を持ったまま、にこにこながら帰ってきた。


「旦那がねェ、お兄さんたちの話を聞いたらいたく感動しちゃってサ。部屋代はいらないから泊まらせてあげなさいって言うのよ。本当商売下手よねェ、ただで泊まらせてどうすンのよ……って、オホホホ。ごめんなさいねェ、悪気はないのよ?」


 女性は軽く舌を出して、言い訳をする。

昔の少女漫画みたいな人だ。


「いいよ、いいよ。僕らだって、ただで泊まるわけにはいかない。酒代もはずむから、旦那によろしく言っといてくれるかい?」


「顔も良くて気風もいいだなんて、言うことないねェ、お兄さん。さあ、狭くて申し訳ないけど部屋に案内するね。アタシは燎っていうの。この宿で困ったことがあったら、アタシに言って頂戴」


「ありがとうございます」


 ペコっと頭を下げる。

 燎さんは箒をポイッと放ると私の荷物を預かって、二階にあるという部屋に案内してくれた。

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