十三、女は森に入れば三人の敵あり
森の中を歩きながら、これまでの出来事を整理する。
菑貴人は、青龍園への出入りが禁止されていると知っていたにも関わらず、私をここまで案内してきた。
青龍園には皇帝と第二皇子に使われた毒草が生えており、貴人はそれが毒草であることをはっきりと認識している。
おまけに、私と貴人が青龍園に入った途端、謎の男たちに襲われた。
可能性が高いのは、菑貴人が犯人という説だろう。
皇帝を毒殺しようとしたが、何らかの理由で失敗。
私と智漣さんが調査していることに気付いて、まずは私を消そうとした。
ここまで推察して疑問なのは、菑貴人が犯人だった場合、どうして皇帝を毒殺しようとしたかということだ。
貴人が皇帝を殺害するメリットが思い当たらない。
「仁萸さんは菑貴人が犯人だと思いますか?」
仁萸さんに引き連れられながら青龍園を抜ける途中、そう問いかけてみた。
「菑貴人が陛下に毒を盛ったかどうかってことかい? ううん、そうだねぇ。僕はその可能性が高いとは思ってるよ。しかし、貴人が犯人と言ってしまうのは……違うと思うな」
菑貴人が皇帝に毒を盛ったにもかかわらず、犯人ではないと思っている?
一体どういうことなのだろう。
「それは……彼女が知らないうちにこの事件に加担させられていたということですか?」
「いや……。僕もある程度今回の出来事については把握しているつもりなんだが、いかんせんわからない部分もいくつかあってね」
ぼかすようなその言い方に、仁萸さんがあまり知っていることについて語るつもりがないことを悟る。
話題を変えようと思い、別の話を振った。
「そういえば、仁萸さんはどうして小屋に閉じ込められていたんですか?」
「……邪魔なんだろうね、僕の存在が。彼らにとって都合の悪い情報を握りすぎてしまっているからさ」
仁萸さんは淡く微笑み、困ったように眉をひそめた。
「その情報というのは――」
「あまり深入りしない方がいい。君は智漣君の大切な人なんだろう。突っ込んだ首をそのまま斬られることになりかねないよ」
『智漣君の大切な人』というワードは……こう少し引っかかるし、気恥ずかしい。
智漣さんは、処人として私のことを大切に扱ってくれている。
仁萸さんの言い方だと少々語弊が生じるような気がするのだが。
「斬られたくはないですね。でも、この事件の真相を知らずに終わるのは嫌です」
「そういうところ智漣君に似てるねぇ」
ニヤリとする仁萸さんに微笑み返す。
「さあ、そろそろ出口だよ」
歩いていた仁萸さんが突然立ち止まる。
「どうかされたんですか?」
「しっ!」
口元に人さし指をあて、静かにするように合図される。
周りを見回すが、怪しいものは何も見えない。
「何か音がする……」
「音?」
よく聞こうと目を閉じた途端、空気を切り裂くような音が耳元を掠めた。
「何っ?!」
驚いて目を開けると、目の前の大木に矢が突き刺さっている。
木の葉と共に大きな音を立てて、木の上から男たちが降りてくる。
三人——。
菑貴人と共に出くわした男たちと同じ服装からして、追っ手に追いつかれたか、出口付近で待ち伏せされていたのだろう。
仁萸さんは私を庇うように懐刀を抜いた。
「待ち伏せかい? いい趣味してるよ、まったく」
「貴方には逃げられると困るのですよ」
「僕を生かしておいた方が君たちのためにもなると思うけどね。僕が君たちの正体を知らないとでも思ってるのかい?」
そう言われて男たちはたじろいだ。
会話の中身はよくわからないが、仁萸さんを監禁した男たちも、私を追いかけてきた男たちも同じ連中というわけだ。
「君たちの主人は、簡単に君たちを捨てるような人だ。わかっているんだろう?」
「……それでも我々は貴方を逃すわけにはいきません」
「……そうかい。君たちにもそれ相応の理由があるんだね。じゃあ、取り引きしないかい?」
「取り引き?」
「僕は君たちの要望通りにするよ。ただ、彼女は逃がしてあげてほしい」
蚊帳の外だったのが、渦中に放り込まれて心臓が跳ねる。
「この女性が貴方は誰かご存知で?」
「さあね」
「その取り引きはお受けできません。我々は貴方の口を封じることと、その女性の抹殺を命じられています」
「そうかい。じゃあ——」
仁萸さんは体の重心を低く落として構えをとった。
「交渉は決裂だ」
斬りかかってきた男の刀を懐刀で受けとめて、そのまま男を押し返し、後ろ回し蹴りで男の腹を蹴り飛ばす。
木に体を打ちつけた男の頭を刀の柄で打つと気絶させる。
医者かと思っていたが、先ほどまでの会話の内容とこの身のこなしから察するに、ただ者ではなさそうだ。
「羽衣君!」
仁萸さんは戦う手を止めずに、私に話しかける。
「このまま真っ直ぐ走れば青龍園から出られる! 早く逃げるんだ!」
「逃がすな!」
もう一人の男が私を追いかけてくる。
どうせ神力を授けてくれるのなら、治癒能力だけではなくて、戦闘能力も授けてくれれば良かったのに!
そんな愚痴めいた言葉は、剥き出しになった木の根に躓いた衝撃で吹き飛んでしまった。
逃げようとして蹴躓いたのだ。
「きゃっ」
転んだ私は男に腹を踏まれ、喉元に剣を突きつけられる。
容赦のなさに少し泣きたくなった。
「羽衣君!」
私の叫び声に、仁萸さんがこちらを振り向いてしまう。
その隙をつかれて仁萸さんは男に腕を斬られる。
「くっ!」
腕を押さえて仁萸さんは揺らめいた。
男は仁萸さんを押し倒すと、動けないように地面に押さえつける。
「今だ、殺れ」
私の喉元に光る刃が振り下ろされた。




