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十一、美しいものには棘がある

 次の日、目が覚めて智漣さんの寝室へと向かうが、部屋には誰もいなかった。

もう皇貴妃のもとに話を聞きに行ったのだろうと思い、私も準備をして外に出る。

 朝は早いが、仕事をしている役人や従者があちらこちらにいた。

誰か捕まえて、第一皇子の居場所を訊こうと思った矢先、一人の女性に声をかけられた。


「失礼致します。私は菑貴人の使いの者でございます。我が主が、天女様に昨日のお礼がしたいとのことでお迎えにあがりました」


 どうやら菑貴人の侍女であるらしかった。

 お礼なんていいと断ったのだが、「私めが主に怒られてしまいますのでどうか……」と必死な形相で頭を下げてくる。

第一皇子に話を聞きに行きたかったが、こんなにもお願いしてくるのを無下にはできないと思い、了承することにした。

 侍女の後を追い、菑貴人の待つ部屋へと向かう。

貴人は丸テーブルにお茶とお菓子を置いて、私を迎えてくれた。


「天女殿、昨日はこなたを助けてくださり、ありがとうございます」


 貴人と机を挟んで対面する。


「そんな気になさらないでください」


「いえ、そういうわけにも参りませんわ。昨日はきちんとお礼を申し上げず、失礼致しました。簡素なもので申し訳ございませんが、点心を作りましたので、お召し上がりくださいまし」


 簡素というが、テーブルに並んでいるお菓子はおいしそうなものばかりだった。

貴人がニコニコして私を見ているので、がっつかないようお淑やかにいただくことにする。

 ごま団子を頬張っていると、貴人が口を開いた。


「何かお礼をしたいのですが、天女殿はこなたらとは異なる世からいらっしゃったとお伺いしました。ここでは贈り物といえば珍かな果物や、美しい宝石や布、可憐な服が好まれますの。然れども、天女殿の世では異なるやもしれませぬ」


 布はともかく、果物や宝石、服なんかは、私のいた世界でも、贈り物としてはありそうなラインナップである。

といっても衣服や装飾品は、個人の好みに差異がありすぎるので、贈答品としては向いていないのかもしれないが。


「もし天女殿がよろしければ、こなたの持つ珍品をお送りしたいのですが、ご迷惑かしら?」


「えっ。迷惑ではないんですが……」


 いかんせん、今もらっても困るシロモノではある。

各処を旅している今、あまりに高価なものを身につけていると、それを狙われて襲われるという可能性も捨てきれない。

 消え物の果物ならいいかもしれないが。


「私はそのような高価なものをいただく身の上ではないので、お気持ちだけいただいておきます」


「まあ、そんなことをおっしゃらずに……」


 菑貴人は悲しそうな表情になった。

「いやいや」と再び断ると、貴人は何か思いついたような反応をする。


「そうだわ。天女殿は、青龍園をご覧になったことはあるかしら?」


「ないですけど……」


「よろしければ、そこをご案内させてくださいまし。とても美しい場所ですのよ。陛下が、こなたとよく歩いてくださる場所でもありますの」


 庭園の案内をお礼とさせてくれ—–ということらしい。

それならば何か面白い話も聞けそうだし、こちらとしてもありがたいとお願いする。

 菑貴人の侍女が日傘を持つと同行を願い出たが、貴人は私と二人で話がしたいと断っていた。

 貴人と共に内宮を歩いていると、他の妃嬪たちから視線が集まっていることに気付いた。

最初は、部外者の私を見ているのかと思ったが、よくよく観察するとその好奇の目は貴人に注がれている。

 宮中の女性たちの間で、貴人が皇帝を毒殺しようとした噂が出ているせいなのかもしれない。


「天女殿には好いている殿方がいらっしゃいますか?」


 貴人は自分に向けられた視線には気づいていないような素振りで、私にそう聞いた。


「いませんけど……」


「こなたにはおりましたの。後宮に入る前のことですが」


「その方とは一緒にならなかったんですか?」


「なれなかったのですわ。こなたの生家は没落した貴族で、弟を食べさせるためには、後宮に入るしかなかったのです」


 菑貴人は遠くを眺める。

 故郷を思い出しているのかもしれない。


「こなたは覚悟しきれていなかったのです。故郷もあの子もあの方も捨てて、こなたには何も残らなかった」


「菑貴人は、皇帝からとても大事にされていると聞きましたが」


「永遠なんて何処にもありませんわ。陛下が他の方を気に入れば、こなたは捨てられるだけ」


 怒りとも悲しみとも違う声色だ。

 それよりも何故、会ったばかりの私に、自分の胸の内を打ち明けるのかが不思議であった。

 貴人はしばらく自分の身の上話をした後、長々と語って申し訳ないと謝る。

 寂しいのかもしれないと思った。

故郷を離れて一人、他の女性から嫉妬を受けて、皇帝からの愛も信じられない。

 彼女は孤独だ。


「さあ、青龍園に参りましょう」


 先ほどまでの悲痛な面影が、鳴りを潜める。

切り替えが上手いというよりは、別人のような印象を受けた。


 青龍園は智漣さんの言ったとおり、森林という言葉がぴったりだった。

 中に足を踏み入れると、見たことのない植物が茂っていた。

透き通ったマリンブルーの実をつけた植物だ。


「この植物、水晶みたいですね」


「それは青龍の涙と呼ばれている、ここにしか咲かないものですわ」


「綺麗ですね」


 屈んだ状態でもっと詳しく観察しようとすると、菑貴人が慌てて制止してくる。


「この果実には毒が含まれておりますから、迂闊に触れない方がよろしいわ」


「毒草なんですか」


 美しいものには棘があるとは、よく言ったものだ。

半透明な果実の中には液体がたまっている。

この液体に毒が含まれているのだろう。


「見た目の美しさで観賞用として好まれておりますが、果実の中が弾けてお召し物についてしまいますと、青く色付いてしまいますの」


「お詳しいんですね」


「陛下とこちらを歩いておりますとき、こなたが誤って踏みつけてしまい、裾を汚してしまったのです」


 中身に触れない限り無害だと菑貴人は言うが、庭園に毒草が生えているのも不思議な話ではある。


「園と聞くと、庭園というか、ある程度人の手が入ったものを予想したんですが、ここは自然に任せっきりなんですね。毒草が生えているとわかったら、抜かれてしまいそうな気もするんですが」


「ふふっ。青龍園というよりは、青龍の森という名の方がふさわしいと、こなたも思いますわ。ここは先代の天女と木ノ処の処人が、初めて出会った場所です。その頃は今とは異なり、美しい庭園だったのですわ」


「じゃあどうしてこんな大木が—–」


 そのとき、前方から黒ずくめの衣服に身を包んだ兵士風の男たちが走ってきた。

 護衛の人間かと思い、すぐにそれが違うことを知る。

剣を抜いたその敵意は、明らかに私たちを狙っていた。

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