十、絡まる糸も解けば一つ
「そういえば第一皇子が、智漣さんは第二皇子の命の恩人だとおっしゃっていましたが」
「そ、その話をお聞きになってしまったのですか……?」
「いえ、第一皇子もお忙しいみたいで、詳しくはまったく」
「それならばよいのですが……」
あからさまにホッとした様子だったので、逆に好奇心が湧き出てしまった。
隠し事をしているのが、なんてわかりやすい人なのだろう。
「あの、第一皇子とはどうやってお知り合いになったんですか?」
「えっ! ……それは、ええと」
「もしかしたら、それが宮中で起きている出来事と関係あるかもしれませんよ」
口からでまかせだ。
まあ、嘘も方便というやつなのである。
「さようですか……どうやら羽衣殿には、何かお考えがある様子。かしこまりました。それではお話ししましょう」
良い方向に解釈してくれたようだが、こんなに信じやすいのも考えものだ。
「あれは六年前、私が神官補佐の頃です。当時の神官の代理として、私は木ノ処へ同盟の話を持って参りました」
「同盟ですか」
「その頃、資源の乏しい火ノ処は、資源は豊富ですが兵力の少ない木ノ処に攻め込もうと準備していました。水ノ処はこれを絶好の機会と捉え、我々は木ノ処に、友好関係を結び、共に火ノ処と戦うことを提案することにしたのです」
「それで智漣さんが、同盟を締結しに行ったわけですね」
「さようです。しかしながら、木ノ処には同盟については断られた後でした」
「何でですか? 仲間は多い方がいいのに」
「水ノ処を信頼しきっていなかったのでしょうね。同盟に託けて不平等な取り決めをされても、兵力が少ない木ノ処では抵抗できません。中立であり続けるか、我々以外の処と同盟を結ぶか、悩ましいところだったのでしょう」
「それじゃあ、何故同盟を結んだんですか?」
「お恥ずかしい話、その契機は私の失態によるものでした」
仕事ができそうな智漣さんだが、失敗することもあるらしい。
智漣さんは視線を漂わせながら、恥ずかしそうに語る。
「木ノ処に参りました私は、蕙惹帝の従者から『青龍殿』に来るように言われたのです」
「青龍殿?」
「皇帝がいらっしゃる宮でございますね。しかしながら私は、『青龍園』に来るようにと聞き間違えたのでございます」
『デン』と『エン』を聞き間違えて、別の場所に行ってしまったということか。
皇帝に指定された待ち合わせ場所を間違えるのは、かなりまずいことなのではないかと思う。
「青龍園は、内宮の最奥にあります森林です。木ノ処にしかない珍かな植物が生えています。私はそこに参りましたが、土地勘もありませんから迷ってしまいました。そこで遭遇したのが、二人の少年でございます」
「少年?」
「はい。その方々こそが、今の第一皇子と第二皇子でございます。お二人が青龍園で遊んでおりましたところ、喉の乾いた第二皇子が竹筒の水をお飲みになると突然倒れたというのです。第一皇子は第二皇子を抱えて呆然としており、私は皇帝の進物であった玄武の泉の水を第二皇子に飲ませました」
玄武の泉は、私がこの世界にやってきたときに溺れていたという水ノ処の泉である。
「玄武の泉には穢れを浄化する能力があり、水ノ処の陛下や神職に携わる者たちが利用する貴重な水です。第二皇子が何か病に倒れたのであれば、治るかもしれないと思い飲ませました」
そういえば、第一皇子は、六年前に弟である第二皇子が毒を盛られて殺されかけたと言っていた。
そこでふと、ひとつの疑念が湧き出た。
「もしかして、第二皇子は竹筒の水に毒を盛られていたんじゃ?」
「さようでございます。皇子の水には毒が入っておりました。往々に、皇帝への進物を無断で使用してしまうことは、刑に処されてもおかしくないことです。然れども、私は皇子の解毒を行ったということで恩赦をいただき、かつ、このことを契機に我々と木ノ処の仲は良好な方へと転じました」
「智漣さんの聞き間違えが第二皇子の命を救って、二つの処が同盟を結ぶキッカケになったんですね」
「結果としては良かったので、今このように恥ずかしながら申し上げることができるのですが……」
智漣さんの顔がほんのりと紅潮したので、それ以上追求するのはやめておいた。
それから二、三互いの情報を交換して、木ノ処で起きた出来事の全体像が見えてきた。
まず、六年前に起きた第二皇子毒殺未遂事件である。
第二皇子は、第一皇子と青龍園で遊戯中に毒殺されかける。
原因は皇子の持っていた竹筒の水にあり、飲食用の水を汲んだ料理人と、皇子に竹筒を持たせた従者が処刑された。
両者とも最初は自分の容疑を否定していたが、後々罪を認めたという。
しかし、これには不審な点がある。
この二人の一族郎党は皆処刑されたのだが、これを言い出したのが、第二皇子の生母である皇貴妃と仲の悪い第一皇子の生母・皇后だという。
次に、皇帝毒殺未遂事件である。
私たちが木ノ処に来る数日前、皇帝が第二皇子と同じ毒を盛られた。
犯人と思われたのは、皇帝から寵愛を受けている菑貴人だ。
彼女が夜伽をした直後に、皇帝が倒れたからだが、皇帝に盛られた毒は即効性のものであり、夜伽と皇帝が倒れるまでにはブランクがある。
ここで不思議なのは、即効性の毒が遅効性に変化してしまったことと、菑貴人が皇帝に毒を盛るメリットがないということだ。
菑貴人には息子がおらず、今皇帝が亡くなってしまうと、その継承権は第一皇子か第二皇子のどちらかが継ぐことになる。
また、皇貴妃が言うには、皇帝が倒れたことを受けて、彼女の部屋を捜索したとき、解毒薬が見つかったという。
これは、以前菑貴人が他の妃嬪から嫉妬され微弱な毒を盛られたときに、不憫に思った第二皇子が医者に言って贈ったものだという。
最後に第二皇子行方不明事件についてだ。
第二皇子は禍人を見たという報告を受けて、その場所まで赴いた。
ところが、しばらく帰れないという旨の手紙を皇貴妃に送り、皇貴妃が心配で従者を派遣したところ、皇子の姿は見えなかったという。
以上三つの事件が木ノ処で起きたわけだが、どの事件も怪しい点がいくつかある。
うんうんと唸っていたが、結局真相はわからず、明日もう一度情報を集めることにした。
智漣さんは皇貴妃に、私は第一皇子に話を聞きにいこうとまとまったところで解散する。
用意された寝床で、まるで探偵のようだと思いながら眠りについた。




