「クラゲの渦」S1
夜中、私は海辺を散歩していた。特に目的はない、目的を探すための散歩だった。
星あかりにのみ照らされた海と砂浜は、どちらもきらきらと輝いていた。ささやかな風が優しく、私の星雲のような黒のワンピースを揺らす。そして私はその景色と、自分がそこにいることにすっかり酔いしれてしまっていた。
だから、その時海の一点に緑の光が集まっていた時も、躊躇せずに近づいてしまっていたのだ。
近くによると、薄い膜に囲まれた緑の光の塊はどうやらクラゲの群れだったようだ。
さわさわ、さわさわと囁くように、クラゲ達は身を寄せあっている。なにを噂しているのだろうか?
やがてクラゲの群れから1匹が私に向かって泳ぎだし、なにかを訴えるようにユラユラ揺れる。
(あなたは、あやしいひと?)
その時、私の頭に言葉が浮かぶ。周囲を見てもクラゲしかいないし、おかしな話だけど、私はその時このクラゲが話したと思った。
私の近くにいる1匹のクラゲを気遣うように、群れのクラゲがさわさわと囁いている。
私は小さく声を発したり、クラゲ達が安心するように安全を装ったりしてみたが、クラゲ達は余計になにかに怯えるようにさわさわという囁きを続ける。
そして、ふと私は思いつき、クラゲ達にも分かるようにワンピースを控えめに揺らしてみる。誰かが私を見ても、ただ水面を鏡に自分の姿を確認しているだけだと思うだろう…と思う。とにかく、今は恥ずかしさは脳の隅に置いていた。
(私はあやしくないわよ)
それを本当に伝えられたかは分からないが、頭が指示するようにユラユラ揺れてみた。
クラゲ達は私のそれを見ると、安心したように揺れるのを止めた。そして私がほっとしていると突然…
…クラゲが宙を泳ぎだし、私の目の前まで来たのだ。
クラゲ達は緑の光を放ちながら、不思議な模様を描き宙でユラユラ揺れている。そして
(いっしょにおよごう)
と、誘ってくる。私は光を見ているうちに、なんだか頭がぼーっとしてきて、クラゲ達の誘いに乗ってしまう。
私は海の中に1歩、また1歩と足を踏み入れていく。気分は怖いような、楽しいような、とても不気味な有様だった。海は渦を描き出して、クラゲ達はその奥に入り手招きしている。
その時、遠くで船の汽笛が聞こえ、私は一気に現実に引き戻った。
体は腰まで海に浸かり、クラゲも渦も何処にもない。ただ、何処からかさわさわという囁きだけが聞こえる。
私は完全に怯えてしまって、一目散に家に帰ると、2,3日は外出しなかった。
翌朝鏡を見ると、私の両目の奥に、なんだか緑色のような光が付いているのが見えた。そして、私はこの奇妙な出来事をずっと記憶し続けた。