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星屑のプディング


 俺の目の前に、黒く燻ぶった何かが山盛りになっている。


 異臭。しかしその匂いを感じることができるのは俺だけだ。


 いや、もう1人、この暗黒物質を作り上げた張本人。俺の目の前であーでもないこーでもないと悩みながら本を読んでいる『自称妖精』もこの匂いはわかっているはずだ。


「ちょっと失敗しちゃったけど、次は大丈夫ですから!」


「お……おう……」

 目の前の塊をつまむ。とりあえずつまんでは見たが、それを口に運ぶのは難しいところだ。


 なぜ、こんな状況になったのか。

 

 俺は今日、ここに来てからのことを思い出してみていた。


─────



「ねぇケイ?星屑のプディングって食べたことあります?」

 ベンチでいつものように寝ていた俺に、本棚の上からラフィが声をかけてきた。


 週末は図書館で過ごすのが前から俺の習慣になっていたが、最近は頻度も増えてきている。


 本の世界に行くこともあったが、図書館自体を気に入ってる俺とラフィは図書館で気ままに過ごすことも多かった。


 今日も俺の希望で気ままな読書にしていた。


 適当な本を読みながら、うつらうつらと睡魔が襲ってきたころだった。


「星屑のプディングか……?普通のプリンならそりゃあるけど、初めて聞いたな」


「あのね、星のかけらと一緒に煮詰めたカスタードを、流れ星の炎で調理したもの……なんですって」

 そう言って読んでいる本をパタンと閉じた。


 そして本棚の上にすっくと立った。


「私、これからそれ作ります!」

 唐突に宣言をする。


「だからケイはそれを食べてください!」


「お……おう」


 勢いにつられて返事はしたものの、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。


 作る?ここで?星のなんとかをなんとかで焼いたもの……?


 そんな俺の疑問を知ってか知らずか。


「えへへ☆」

 ラフィが得意げに額にVサインをかざした。




「まずは材料ですね。星のかけらを取りに行ってきます。えいっ」


 ラフィが本を浮かべる。


「ケイはちょっと待っててくださいね」


「いや、少しのんびりしたし俺も行くよ」


 返事をすると、ラフィが嬉しそうな顔をした。


『どこか遠い国の遠い街。星の祭りの日』


『星の降る丘に奇跡の泉』


『素敵な言い伝え』

 

 本から光があふれ、図書館を包む。


 目を開けると、小高い丘の上に俺とラフィはいた。

 遠く丘の下では小さな明かりがいくつも煌めいている。


「下の村では星のお祭りをやっているんです。1年に1度、この丘に星のかけらが落ちる日」


 ラフィが近く丘の中ほどまで歩いていく。


 そこには大きな泉があった。


「この泉に星のかけらが届きます。村の人たちが来る前に少しいただいちゃいましょう」


 そして、小さな器をどこからか取り出した。


「お前、なんでも出せるんだな……」


「いろいろ制限はあったりするんですが、まぁ結構なんでもできちゃいます」

 得意げな顔をする。

 どこかの猫型ロボットみたいだな、とは思ったけれど口には出さずにおいた。


「あ、そろそろ来ますよ」


 ラフィが指さした空、暗いなかに幾つもの星が光っている。


 ちょうど頭上高く、星の密集している場所があった。


「来るって、どう来るんだ?まさかあれが落ちてくるのか?」


「そうです。ここ目掛けて沢山の星のかけらが降ります」


 降るって、あれが……?


 もう一度空を見上げると、さっき密集していた星の辺りが妙に明るくなっていた。


 星が増えた……?いや、近づいている!


「ここにいたら危ないだろ!逃げるぞ!」

 ラフィの手を取って走り出す。


「えっ、ちょ、ちょっとケイ!」


 頭上はどんどん明るくなってきていた。

 大きな岩を見つけて、ラフィを陰に押し込み、上に重なる。既に周りは昼のように明るい。


 あれだけの数が落ちてくるんだ。隕石を見たことはないが、相当な衝撃を覚悟する。



 ……が、いつまで経っても周りはただ明るいだけだった。音すらしない。


「ケイ、大丈夫です!星のかけらは泉に落ちるんです」


 下からラフィが言う。

 泉の方を見ると、空から落ちてきた光が吸い込まれるように小さな泉の中に入って行く。

 

 まるで、空から光を集めているようだ。


「なんだこれは……」


「えへへ、メルヘンチックでしょ。星のかけらといっても星が落ちてくるわけじゃないんです。星の光のかけらが降るんです」


「ははは…」

 力が抜けた。ここが本の世界だということを思い出す。


 しばらく見ていると、光は次第に少なくなり、泉もさっきの状態に戻った。


「さぁ!星のかけらを取って帰りましょう。村の人たちもこっちに向かっているでしょうし」


 ラフィが泉に近づく。俺もそれについて泉に向かう。


 綺麗な水の中には、小さな真珠のような球がたくさん沈んでいた。1つ1つが仄かな黄色の光を出している。


 ラフィが器に何個か拾い上げた。


「それがプディングになるのか?」


「そうですね。でもこれ自体を食べるんじゃないですけど。出汁みたいなものですね」


 出汁……。メルヘンチックなのかどうなのか。



 人が近づいてくる気配がした。

 ラフィが本を取り出し、呪文をかける。


 光に包まれたかと思うと、俺とラフィは図書館に戻っていた。





「さて、次は流れ星の炎です!どんどんいきましょう!」


 ラフィが別のページを開き、また呪文をかけていく。


 プディングの理由はわからないが、楽しそうなのを見ているとこっちも楽しくなってくる。



 光が収まり、俺たちが今度立っていたのは市場の真ん中だった。

 沢山の人でにぎわっている。


「ラフィ、俺たちの格好じゃおかしく思われないか??」

 本をしまっているラフィに小声で聞く。


「大丈夫ですよ。ここはなんていうか、まだ本当に本の世界というわけでもないんです」


「本当の世界でない?」


「そうです。ええっと……。現実と本の中間地点みたいなイメージですね。魔力で作られた本の世界に近いところなんです」


「近い……っていうのは、それじゃこれはラフィが作ったのか?」


「私にはこれほどの魔法は使えませんよ。そこから先は企業秘密です☆」


 そう言って口に人差し指を当てた。

 どこにそんな企業があるのか。


「それじゃ、流れ星の炎をさくっと手に入れましょう。あ!こんにちはー!」


 ラフィが近くの露店に入って行く。


「まさか、露店で売ってる……わけはないか」


「流れ星の炎ください☆」

「あいよっ」


「……」


 ラフィが何か入った入れ物を持って出てきた。


「お待たせしましたっ。さぁ帰りましょう!」


「流れ星の炎なんて言うから、本当に流れ星から取ってくるのかと思ったぞ……」


「えへへ。びっくりしないでくださいよ。これは本当に流れ星から取った炎なんですよ」


 そう言うと入れ物を開ける。中には小さな火がメラメラと燃えていた。赤や緑、黄色と次々に色を変えていく。


「ここはそういう世界、っていうわけか……」


 あきれた顔の俺をくすくす笑って、ラフィが本を取り出す。




 図書館に戻ってくると、ラフィが今度は様々な道具を本から取り出してきた。


 見ているうちにベンチの周りがちょっとしたキッチンスペースになっていく。


 こんなことして、怒られるぞ。と言いかけて、俺にしか見えないことを思い出す。



「それじゃ、ケイはゆっくり待っててくださいね。美味しいの作りますから!」



────────



 そう言って作り始めて1時間くらいだろうか。


 ボンっ。とか


 バヒュッ。っという音を立てて俺の前にどんどん黒いものが積み重ねられていった。



「こんな……つもりではないのですが……」

 ラフィが涙目になっていた。


「あ……炎なくなっちゃった。ごめんなさい、ちょっと取ってきます!」


 言ったかと思うと、すぐさま本の中に入っていった。



 やれやれ……と本を拾い上げる。

 ラフィが見ていた辺りをめくると、こんな一節が目に入ってきた。


────流れ星の炎は昼間に使うと火力が高いので、夜にしか使えないので注意するべし。



 時間はまだ3時を過ぎたところだ。


 こんな大事なの見逃すなんて、あいつもちょっと抜けてるところがあるよな、と笑う。


「おーい、原因わかったぞ。帰ってこい」


 本に声をかけたが、返事はなかった。


 ぱらぱらとページをめくる。


 本の最初の方、主人公が小人たちに出会う場面。


 小人たちが主人公にプディングの話をしている。


────星屑のプディングは魔法のプディング。


────食べると悩みも消えてなくなる。



「あ……、これ……」


 今日来た時、ラフィと話した内容を思い出す。


──「ケイ!今日はどこ行きましょう!」


──「今日は…ちょっと疲れてるから、まず少しゆっくり本を読まないか?」


──「そうですか……。私はそれもいいですが、なにかあったのですか?」


──「ちょっと仕事で悩んでるところあってさ、まだ解決してなくて昨日までさんざんでさ」




 ラフィがプディングを作ると言ったのは、この会話をしてからだ。そういえば何か本を探していた。


「あいつ……」


 テーブルに重なった黒焦げを見る。


 さっきのラフィの涙目を思い出した。








「ただいま帰りましたっ!もうちょっと待っててくださいねケイ!」


 ラフィが飛び出てくる。


「ラフィ、ほら、ここ」

 本を開いて、渡す。


「……え?……あ。あぁーーっ!?」


 声にならない声をあげてへたへたと座り込む。


「これじゃ失敗するのも当たり前ですよね……。夜じゃ、ケイ帰らなければならないし……」

 声からどんどん力が抜けていく。


「振り回してしまって、ごめんなさい……」


 もう半分泣きそうだ。




「いや、ラフィ。あれ失敗してなかったぞ。美味しかった」


「…え?…え?なんでお皿からっぽなんですか!?ケイあれ全部食べたんですか!?」


「おう。待ってる間腹減ったからお前の分も食べちまった。ごめんな」


「ごめんな、って。あれ黒焦げだったじゃないですか!」

 

「黒焦げでも美味しいんだな、さすが魔法の料理。いや、ラフィの腕か?」


 笑って言うと、ラフィの目からポロポロ涙が落ちた。




「それにさ、なんか食べたら、仕事の悩みがすーっと消えたんだよ。明日から上手くやれそうだ」


「ケイ……」


「なんつー顔してんだよ。ほら、そろそろ閉館時間だし片付けしちまおうぜ。その炎は次の料理に使おう。俺他に食べたいのみつけたんだ」


 座ったラフィに手を差し出す。


「……はいっ☆」


 ラフィが顔をぬぐって手を掴んだ。





「それじゃケイ、また来てくださいね」


「おう。今日はありがとうな」



 だいぶ陽が傾いた外にでる。


 まだ、満腹に近いお腹を撫でる。今日は夕飯はいらなそうだ。


 あれからラフィは俺のために薬を取りに行くやらなんやら、大丈夫だとなだめるのが大変だった。


 それに。


「なんでか美味しかったんだよな。焦げた味なのに」



 今度はお返しにお菓子でも買っていこう。そう思いながら俺はゆっくり家に歩き出した。


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