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ラフィのしおり

 いつものように図書館に着いて、ふと全体を見上げる

 外見は古い洋館のように見える。初見では図書館というより何かの資料館などだと思うんじゃないだろうか、しかしこれが、俺の住んでいる街の旧図書館だ。

 旧ということは新しい図書館もあるわけだけど、それはここより離れた新しい役所の近くに10年くらい前に作られている。


 誰に聞いたか忘れたが、新しいのが出来た時に、この図書館もそのまま解体されるはずだった。

 しかし、市の図書館なのに建物は借り物だったらしく、しかもその持ち主が誰なのか、借りたのもあまりに昔のことで色々ともめたらしい。


 そして、結局この図書館はそれが整理されるまで、旧図書館として利用されることになった。


 改めてじっくり見てみる。初夏の陽を浴びて白く塗られた木の外壁が綺麗にきらめいている。文化財として保存されてもいいくらいじゃないだろうか。

 だが、興味のある人はあまりいないらしく、周りは住宅地も近いがこの建物に入ろうとしているのは俺だけだ。

 

「新しい本なんて入らないし、ぶっちゃけただの倉庫の代わりのようなもんだからな……」


 入口を入ると横のカウンターに管理人さんがいた。会釈をして通り過ぎる。


 この図書館に入るなんて昔の本を探している人や、よっぽどの暇人くらいだろう。新しい本の入荷もなくなっている。

 俺は暇人にしか見えないだろうが、管理人さんもそれをとやかく聞いてきたりはしない。


 管理人さんと言っても、市の方で誰かは置いておかないとということで依頼してあるだけだ。いつ来てもゆったり座って本を読んでいるだけだった。



 いつものとおり、棚の山を抜けて奥に入る。


 いつもより、少しだけ足が速くなっていることに気づいてペースを落とす。

 この前、俺はここで自称図書館の妖精と会った。

 正直今でも夢だったんじゃないかと思う。誰かに話せば間違いなく笑われるだろう。俺だってそんな話をされたら笑ってそいつが作り話をしていると疑わないだろう。

 だから、これは確認のようなもんだ。それにまた来ると言ったからな、と言い訳をしつつ……誰に言い訳してるんだ俺は。


 奥の奥、いつも来ているベンチに着く。

 周りを見渡してから、小さく声をかける。


「ラフィ、いるのか?」


 返事はない。


 横になって目を閉じる。この前はベンチに寝転がって夢に落ちたその後、ラフィに話しかけられた。


「俺が寝てる状態でないと話せなかったり?」


 少し声を大きくしてみたが、やっぱり返事はない。

 今日はいないのか。

 もしかしてあれ一度きり……。いや、そんなことを思った瞬間それが現実になってしまいそうで、頭からかき消す。

 今も実はそのあたりにいて、俺のことを見ているのかもしれない。

 しかし、本棚や天井、陽が差し込む窓にもいつもと変わった様子はなかった。



 いつも通りに過ごしてみるのがいいか。

 目についた棚から本を取ってくる。何気なく手にとったそれは、装丁が凝っていて、題が英語で書いてあった。しかし開いてみると、中身は訳してあった。

 この物語ならあらすじは知っている。隣国と戦争を控えた国の騎士である主人公が、その隣国の姫と恋に落ちる話。


 数ページを読んだところで、暖かい日差しと静かな空気に耐えきれず、また俺は眠りに落ちていった。


 

『今日見たいのは、その物語ですか?』

 声がして、目を開ける。


「ラフィ、いるのか?」

 周りは真っ暗だった。360度どこを見てもラフィの姿どころか何も見えない。


『それでは、騎士が戦う西の戦地』


『血と雨が降る荒野』


『悲しい声』


 気が付くと周りは暗く、静かに雨が降っている草原だった。

 その中を何人もの鎧を着た兵達ががぶつかりあい、倒れていた。


「うおぉぉぉ!」左から剣を振りかぶった男が走ってくる。

 巨大な金属が風を切る音。それをぎりぎりで避けて、持っていた剣を男に思い切り突き刺す。


 体の動きがいつもと違った。

 手には剣、腕や足には鈍く光る鎧を付けている。そうか、俺は騎士だ。何を呆けていたのか。


 今の状況も細かく理解できている。我が軍が優勢だ。敵の城は近い。


「あいつだ、あれを狙え!」

 近くの砲兵が声を上げ、台を引いた。


 その狙う先には、小柄な弓兵が周りの騎士に守られながら懸命に戦っている。


 見覚えのある鎧飾りが見えた。


 まさか、こんな前線にまで出ているなんて──。


「やめろっ!」

 味方の大砲は準備が整い、今にも放とうとしている。


 止めるのは間に合わない。俺はその小柄な敵兵の──いや、自分の恋人の手前に体を広げて立ちふさがる。


 そして、────衝撃が俺の体を貫いた。


 




 

 目を開ける。

 逆さまになった本棚が見える。頭が痛い。


「夢か……」

 顔の横にベンチの足があった。寝てるうちにベンチから落ちたようだ。

 混乱した頭が少しずつまとまってくる。


「お前が見せたんじゃないだろうな」


 どこかに向かって出した言葉は図書館は静かに吸い込まれていった。


「やっぱり夢か……」




 起き上がろうとした所で、ベンチの裏に何かがひっかかっているのが見えた。

 取ってみると、小さく折りたたまれたメモ用紙だ。表に小さく『ケイへ』と書いてあった。

 急いでベンチに座って拡げる。


『ケイへ。

 すみません、ちょっと用事があって数日留守にします。

 おそらくこのベンチにまた来ると思うので、手紙を隠しておきます。

 といっても、ケイ以外にはおそらくこの手紙は見えないでしょうけれど。

 念のためです。念のため。


 ケイもいつ来るかわかりませんが、私は土曜日の昼頃には戻るつもりです。

 できればそのあたりで来てもらえると嬉しいかな。

 いい物語を見つけたんです。一緒にどうですか?


 それでは。


                            ラフィーリア』



「いや、こんなところ俺でも気づかないだろ」

 苦笑して手紙をたたむ。


 そして、ほっ、と息が出た。よかった。とりあえずラフィとはまだ繋がっているようだ。

 手紙の紙は淡くピンク色に光を帯びている。


 これを書いたのはいつなのかはわからないが、今日がその土曜日だ。時計を見るともう少しで12時になるところだった。


「ちょうどよかったな、もう少しここで待ってるか」


 少し太陽が雲に入ったようで、図書館の中が暗くなる。

 さっきの手紙がなかったら見逃していたかもしれない。本棚のあちらこちらに手紙と同じくピンクに光るものが見えた。


 寄ってみると、本にしおりが挟んである。それが淡く光っていた。


 おそらくこれもラフィと俺にしか見えないのだろう。一冊そのしおりの場所を開いてみた。


 綺麗なドレスを着た女の子がパーティーに出かける一節。


 他の本も開く。


 魔法使いたちのディナーの様子が書いてある。


 ラフィのお気に入りなんだろうか。本棚を進むとあらゆるところからしおりが見つかった。

 ちょこちょこ開いて目を通す。どれも女の子の好きそうな場面ばかりだ。


「ちょっとちょっと!離して!」

 いきなり声が響く。

「ラフィか?」

「ケイ!?いるならごめんちょっと手伝って!」


 ベンチに戻るとラフィが浮いていた。いや、空中に開いた穴から上半身だけが出ている。

 必死に体を出そうとしているが、上手くいかずにもがいていた。


「なんだこれ?どうすればいい!?」


「手ひっぱって!思いっきり!」


 言われた通りにラフィの手を掴んで思いっきりひっぱる。


「痛い!痛い!あ、大丈夫。後ろの話!そのままお願い!」


「おーーっりゃっ!」


 掴んだ手に力を籠める。ラフィの体が穴から勢いよく飛び出してきた。そのまま勢いづいて倒れこんだ俺の上にラフィが重なる。


「いたた……。ありがとうケイ」


「おう……、大丈夫だったか?」

 体を起こすと、ラフィは俺の隣に座った。


 そして、俺の方をじっと見る。


「どうした?なんかついてるか?」


「いや、ケイまた来てくれたんだな、って」

 えへへと笑う。


「この図書館は俺のお気に入りだからな」

 ラフィの方を見ずに返事をする。

 素直に言葉に出す彼女が少しうらやましい。


「そうですね!お待ちしてました」

 またニコっと笑うと勢いよく立ち上がる。


 よく見ると服はあちこちボロボロで、ところどころ黒い染みもできていた。


「ひどい恰好だな、なにをしてきたんだ?」


「ちょっとですね。お仕事?みたいなやつです」

 そう言って服をぱたぱたはらう。


「でもこの服はもう駄目っぽいですね。すみません、ケイの後ろの本棚の、下から2番目右から15冊目の本を取ってもらえます?」


 2番目の15冊……、そこにはあのしおりが挟まった小さな本があった。ラフィに渡す。


「ありがとうございます。それじゃ、えいっ」


 ラフィが本を開いて宙に浮かす。ピンクの光が拡がったかと思うと、本から何かが出てきた。


 ラフィの前にふわふわと降りてきたそれは布をたたんだ物のようだ。


「もしかして、それ服か?」


「そうです。私の魔法は前に話しましたよね。この前は風景でしたが、服とかも出せます☆」

 得意げにVサインのポーズをとる。


「それって何か妖精のポーズなの?」


「ふふふ。演出です。演出」

 そして本と服をベンチに置くと、こっちをニヤニヤ見た。


「こ、今度はなんだよ?」


「いえ、着替えるんですけど。ケイこっち見たままなのかな、って思って」


「馬鹿か!」

 急いで棚の反対側に向かう。

 

 布の擦れる音が聞こえてくる。心臓に悪い。

 棚を背にして座ると、こっちの棚にもあちこちにしおりの光があった。


「ケイ、もういいですよ」


 ベンチに戻ると新しい服に着替えたラフィがいた。

 前の服は民族衣装みたいなものだったが、今度は着物を短くしたような和風の服だ。


「どうです?」ラフィがひらひらと袖を揺らす。


「お。あぁ、似合ってるよ」


「ありがとうございます☆」


 ラフィがふわりと宙に舞った。







 それからは、ラフィが見つけた本の風景を見たり、料理を食べたりしてすごした。

 魔法の料理なんて、食べて大丈夫なのかと思ったが、ラフィの言うには成分的には魔力が固まったものらしく、エネルギーになるだけだという。


「なんで俺はラフィが見えるし、魔法もわかるんだろうな?」


「なんでですかね。私も長いこと色々な人に話しかけてきたけれど、ケイだけです」


「長いことって、どれくらいここにいるの?」


 そう聞くとラフィが考えながら、次第に頭を抱えた。


「私、どうも妖精なので、時間概念が曖昧になるみたいです。一か月くらいならケイ達と感覚同じなんですけど」


 ラフィがなぜここにいるのか、図書館とどんな関係なのか。これだと本人もわからなそうだ。


「まぁ、あれだけしおり挟んであるってことは、相当居るみたいだしな」

 

 本棚のしおりを指さす。

 ラフィの方に向きなおすと固まってこっちを見ていた。


「ケイ……、もしかしてあのしおり見えるんですか……?」


「うん、手紙見てからだけど、光るの沢山みつけたよ。ラフィも普通の女の子なのな、かわいいとこ……」


「わー!駄目です!これからはしおりの本見るのは禁止です!プライバシーです!」


「え、……え?なんで?」


 ラフィが手をばたばたさせて俺を叩いてくる。顔が赤い。



「なんででも駄目です!ケイだって自分の好きなものとか勝手に調べられたらいやでしょ!」


 確かに。誰かが俺のパソコン覗いてたりするのはいやだ。そういうことなのかもしれない。


「わかった。わかったよ。もうしおりのは見ない。約束する」


「お願いしますね……!」


 ようやく落ち着くと、ゆらりと揺れるように宙に浮かんだ。


「しおりはびっくりしましたけど、ケイはこれからも普通に来てくださいね」


 天井を向いたままラフィが言う。


「わかったよ。これからもよろしくな」


 なんとか機嫌は直してくれたようだ。






 図書館の閉館時間が迫っていた。帰り支度をする。


「それじゃな、ラフィ」


「はい。また今度!」


 ラフィが手を振る。

 魔法の服がひらひら揺れる。


「そういや、それって魔法で出してる服なんだよな?」


「そうですよ?」


「魔法なら一瞬で着替えたりできないもんなのか? さすがにそれは無理か」


 ははは、と笑う。


「できますよ」ラフィが笑いながらそんなこと、とでも言うようにさらりと言う。


 一瞬自分の顔が固まったのがわかった。


 

「……え!? じゃあ、なんでさっきわざわざ着替えたんだよ!?」


 ラフィがふふふと笑う。


「演出ですよ。演出☆」

 

 そして額の前にVサインを出した。



 どうもこの妖精にはこれからも振り回されそうだ。



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