parallel princess 5
次の日は蔵に着くと、急いで彼女の本を開いた。青い光が拡がって彼女が現れる。
「おはよう」
「おはようございます」挨拶をしてくれる表情は昨日より柔らかかった。
座布団を敷いて彼女と向かいあう。それでは、と話し始めようとする彼女を止めて、ちょっと来る途中考えていたことを、話を聞く前に言うことにした。
「あのさ、ラフィーリア。ちょっと提案なんだけれど」俺が言うと彼女が不思議そうにこっちを見た。
「名前……なんだけどさ、俺はずっとあっちのラフィーリアのことラフィって呼んでいて、君のことも名前で呼んでもいいかな」
「特に構いませんが……、あ、はい。どうしましょう」彼女はそこまで言ったところで、納得したような顔の後に、俺と同じように空中に視線を泳がせた。唐突な提案だったが、意図はわかってもらえたようだ。
「同じ私のことなんですが、なんとなく一緒の呼び名は違和感がありますね。なんだかあっちの私に遠慮するみたいな……」
俺の気にしていたこともそうだった。確かに彼女はラフィーリアで、俺がラフィと言ってもそれは自然なんだけれど……どこかでひっかかる。小学生の時にクラスで同じ名前の奴がいても、同じあだ名にはしなかったのも、こんなひっかかりを感じてだろうか。
すると彼女がこう提案した。「私のことはアリスと呼んでください」
「アリス……?」それは全く考えてない名前だった。ラフィーリアだから、フィー……、フィア……とか歩きながら悩んできたのがふっとぶ。
「私もですね。理由はわからないんですが、あっちの私が私の所に来た時は、2人とも同じ年齢くらいの外見だったんです。少しあの子の方が年上くらい。そこであの図書館で色々あって……それはこれから話しますが、その結果この姿になっちゃって。昔のことはほとんど記憶がないんですけど、この外見になるとその年齢だった時の考えや思考も引っ張られていくんでしょうか。私が昔そう呼ばれていたのかはわかりませんが、アリスと言われるととても、……そう、しっくりきます」そう言った。断言するかのようにしっくりのところに力が入っている。
ラフィも昔の記憶は無いと話していた。もしかしてあの図書館に来る前、彼女はアリスと呼ばれて過ごす時期があったのかもしれない。
「わかった。ありがとう。それじゃこれからよろしく、アリス」
「よろしくお願いします、……ケイ」アリスがにこっと握手の手を伸ばす。不意打ちをくらって動きを止めた俺を見て、いたずらっぽく笑った。
「ついでに、私もケイの方が呼びやすいです。ふふ。年上ですけどその驚いた顔はなかなかいいです」俺の顔を指さす。慌てて顔を隠す。この子はやっぱりラフィだ。
2年前、図書館にいたアリスは、おそらく俺がラフィと会う時と同じように、あそこで暮らしていたらしい。その日もいつもと変わらない普通の日だった。変わったことが起こったのは昼を少し過ぎて、彼女が朝から読んでいた本を半分ほど読み終わったころ。
『あの! 驚かないでほしいんだけど、私、あなたです!』
いきなりアリスの前に自分と同じ顔をした女の子が現れた。
『私……? たしかにとても似て……いる……かな?』
いきなり目の前に自分が現れてもそれが自分と似ているなんてすぐにわからないでしょ?とアリスが言う。
たしかに鏡で見て自分の顔は知っているが、自分の顔なんて写真で見るたび違って見えたりするもんだ。自分が一番信用できないかもしれない。
『似ています! というか私の言うことだから信じてください私!』自分のことながら圧倒されて信じたらしい。
残念そうにアリスが話す。「この姿になってから思いましたが、あの少し歳が上の私は、自分で言うのもなんですが、ちょっと頭がボケています。ぼやけています。まぁ、私もその時同じ姿だったので同じような性格だったんですけど」なんとなく納得いかないような、はがゆいような。複雑なのだろう。
昨日から思っていたが、たしかにアリスとラフィは同一人物なのだけれど、少し性格は違うように感じる。ラフィは明るくほんわかとした雰囲気。アリスも明るくは見えるがそれに、少し強気と冷静な面があわさって見えた。
俺だってずっと自分で変わらないなと思って生きてきたけれど、学生の頃と比べればだいぶ性格は違っているのかもしれないな、と思った。それに彼女は小さくなってから2年ほど過ごしている。俺が例えば小学生の体になってしまったとして、体がそのままで同じように成長したかなんてわからない。
俺が考えているうちにアリスの話は次に進んでいた。
ラフィはアリスに本を探すことを頼みにきたという。この図書館の中に私の過去についてわかる本があるかもしれない。ということだった。
「ラフィの過去……」
「そうです」とアリスが頷く。それは彼女にとって失くしたものだったと聞いている。
「私は、図書館から出ることはできなかった。だから外からあの子が来たのも驚いたし、なぜそのことを知ったのかもわからなかった。でも、嘘はたぶん言わないでしょ、自分に」アリスもどこか信じきれないところがあったのだろう。俺に確認するように言った。
半信半疑だったが、アリスはラフィに協力して本を探すことにした。
「探している間に色々聞いたの。なぜ私が2人いるのか。どうして私の過去が本を探せばわかるのか」俺もそれは気になるところだ。続きが気になる俺の顔を覗いて、アリスが質問をする。
「ケイは、自分と会おうとしたらどうする?」
自分に会う……そんなこと、この世界じゃ別の世界にでも行かなきゃ無理な話だ。それこそ異世界、パラレルワールド……そこまで考えてから1つ思いついた。
「もしかして……タイムマシン……みたいな?」
アリスが真剣な顔でうなずく。「そうなの。その私は2年後の世界から来た私だった」
2年後から来たラフィはどこかで、自分があの図書館にいることになった理由を調べたらしい。そしてそれに一冊の本が関係していることを知った。
そこで図書館にいる今のラフィーリア、『アリス』に一緒に探すことを依頼した。
「まさか、タイムマシンなんて……」
「私もまさか、って思ったけれど、たしかにいろんな本にタイムマシンはあるから。それを再現すれば……もしかしたら」
そう言いながらも、彼女も納得はできないようだった。
「いえ、やっぱり魔法にしても力が足りなすぎると思うの。私たちが使えるのはせいぜい一部を再現することだけだった。だから何か無理もあったんだと思う」そう言って、両手を確認するように、自分の前に広げた。
「私の体が小さくなったのもその時なの。本は見つかった。おそらくその中を調べれば私たちの過去がわかる」
2人でその本を開いて、その世界に入ろうとした時だという。本から火花が散り、図書館の棚の本たちが浮き上がった。
「火花が小さな火種になって本が燃え始めた。私たちは急いでそれを消したわ。それでも本から出る火花は止まらない。そして、私の体がその本の中に吸い込まれたの」
必死でアリスの手を掴んだラフィも、また別の本に引き寄せられ、手が離れたところでアリスは意識を無くしたらしい。
「そして……気づいた時にはこの半分燃えた本の中に閉じ込められたのがわかった。何故か私の体も小さくなっていた。たぶん本が燃えたせいなのかも。この本が私に関係あるというのは本当だったみたい」
アリスが焦げた本の表紙を寂しそうに撫でた。
「それなら、その本を調べれば……」そう言うと、彼女が首を振った。
「2年の間この本の中を調べたけれど、本はあの時空っぽになっちゃったみたい。それか最初から何も入ってなかったのか。この蔵に移ってからは少し外にも出られるようになったけれど、この蔵にある本もあわせて全部調べたけれどなにも手がかりはなかったわ」
それが彼女の体験した全てだった。
どうやってラフィは過去に行けたか、そしてなぜ本のことを知ったか。そして、なぜそこから未来が変わり、俺もまた世界を飛び越えたか。
「やっぱりラフィを探さないとわからないか……」アリスのおかげで今の世界がどうなっているのかは理解できた。でも肝心なところは謎のままだ。
「おそらく、あっちの私も動けるなら本から出られるとは思うんだけれど、そこから遠くには行けないはず」
アリスが心配そうな顔でこっちを見ていた。
「迎えに行ってあげなきゃならないか」その顔に笑顔で返すと、アリスが聞く。
「ケイ……怒らないの?」
「いや、なんで怒るのさ」
「だって、私じゃないけど、やっぱり私がやったことだし、ケイはそれに巻き込まれたわけだし……」
確かに、と思わず自分に問いかける。
「うん、怒ってないよ」考えるまでもないことだった。
「最初は不安でどうにかなりそうだったけど、ラフィが自分のことを知りたくて起こした行動なら、俺はそれを応援してたと思う。それにラフィに何かあったならこの世界に来れてよかったと思ってる」
もしかしてとんでもない世界に入ってしまったのかもしれない。それでも、俺の気持ちは案外単純なことで動いている。それが自分でも嬉しかった。