parallel princess 4
「ラフィー……リア」確かに似ていた。ラフィに子供の頃の写真から私をみつけてみて、と言われたらすぐにこの子を指差すだろう。髪は子供っぽく2つに結ってあるが、髪の色は彼女と同じだ。顔もみればみるほどラフィに似ている。
「俺のことはわかる? ケイ……圭吾って言うんだけれど」おそるおそる聞いてみる。
「いえ……ごめんなさい。たぶん会ったことは、ないかと思います」少し眉をひそめて彼女が答える。
「ごめん、突然」その顔に咄嗟に謝る。想像していた答えだったし、俺だってこの子に会ったことはない。当たり前だ。だが、もしかしてと思ってなかったわけじゃない。自分が混乱しているのがわかった。ひとまず落ち着かないと。
「ちょっと待っててくれるかな。これじゃ顔もよく見えないし」
蔵の窓を開けると、眩しい光が蔵の中に差し込んだ。照らされた彼女はラフィと同じようにどこの国のものかわからない服装をしている。
蔵の入り口は管理人さんが様子を見に来た時に上手く説明できる気がしないので、閉めたままにしておいた。
本棚の近くに座布団が何枚か置いてあるのを見つけた。管理人さんがここで本を読みながら使っているのだろうか。それを二つ置いて、彼女に座るよう勧める。静かに彼女が腰を下ろした。
俺もその向かいに座る。
「改めまして、ってのもおかしいけれど。初めまして。俺は圭吾といいます」軽くお辞儀をすると彼女もそれに返す。彼女が動くと、ふわりと何か良い香りがした。
「私は、ラフィーリアです。本の……」そう言って一度止まる。「本の、妖精だよね」俺が言うと彼女の目が大きく開いた。
「俺はたぶん君のことも少しは知っていると思う。前に君と……いや君じゃないかもしれないけれど、俺は会ってるんだ」また少し急いでしまったかもしれない。慌てて説明を続ける。
聞きたいことは色々ある。だからそのためには自分のことをまず知ってもらうのが早い。そのまま俺はここに来るまでの経緯を話すことにした。
もしかして、ふざけたことを言ってると怒られるかもしれない、と思った俺の心配は杞憂だった。最初は怪訝そうに聞いていた彼女も頷きながら話を聞いてくれた。
「……と、いうわけで、俺は図書館がどうして消えてしまったのか。ラフィがどこに行ってしまったのか、それを探しにここまで来たんだ」
俺が話し終えると、彼女は何か考えているようだった。それでも最初より警戒されている空気はなくなっているのがわかった。俺の話した内容は、彼女にとっても突飛な妄想の類ではなかったようだ。
今度は彼女が話すのを待つ。しばらくしてから彼女が顔を口を開いた。
「圭吾さん……。たぶん私はあなたの知っている私、『ラフィ』と会いました」
真っすぐに俺を見て彼女が言った。
「それは、いつ……!? どこでラフィに」思わず身を乗り出した俺を見て、彼女が少し体を遠ざける。
慌てて体を直す。「ごめん。まさか会ってるとは思わなくて。その話詳しく聞かせてくれないかな」
「2年前、場所はあの図書館です」
「あそこで、彼女は何を?」
「それは……まだ話せません」やんわりと、しかしはっきりと彼女が言う。そして俺の方をじっと見た。
それはもう俺の体にそのまま穴でも開けてしまうかのようなほどの視線。そしてこう続けた。「あなたがどうやって私と会ったのかはわかりました。おそらく、あなたは危険な人じゃない。嘘もついているようにも見えない」
俺の顔を見る彼女の視線を真っすぐ受け止める。ラフィのこんな厳しい顔は見たことが無かったな、と思う。
「でも、私はあなたと初めて会う。いくらあっちの私があなたを知っていても、私はあなたのことは知らない。私がこれから話すことはとても重要なことです。それはたぶん私の存在にも関わること。それをあなたに話そうと思っています。初めて会ったあなたに」言葉を選びながら、丁寧に言い聞かせるような口調。
その言葉からは、戸惑いながら彼女も真剣に考えてくれているのがわかった。
たしかにそうだ。俺はあれからラフィと過ごした時間ですこしずつ彼女のことを知っていった。最初は不思議な子だな、と思っていたけれど、何を好きで、何が苦手で、そんなことをあの週末の時間で積み重ねていったんだ。彼女はその時間を過ごした彼女とは違う。
「そうだね、ごめん。少し焦っていたよ。いきなり色々話してくれなんて初対面なのに無理だよな」そう言って頭を下げる。こういうのは理屈だけじゃない。俺は彼女のことを考えてはいたが、結局自分のことを優先している。それは、とても傲慢だ。
ゆっくり顔を上げると、しかし彼女は想像していた厳しい顔ではなかった。それは様々な感情が読み取れる表情だったが、少し、安堵も見えたような気がした。
「別に、怒ってはいません。今はまだ話せないということです。だから話をする前にあなたのことを教えてもらう時間がほしいなと思います。少し、時間をください。」弁解するようにそう言うと、最後は口元をゆるめて精一杯微笑んでみせた。
「あ……」たしかにそれは俺が知っているラフィの顔だった。最初に会った時のような、春風のような心地よさ。
同じ人と2回初めて会うなんてないと普通はありえることじゃないけれど、たとえ何回初めて会うことになってもそれが全く同じ流れになるわけがない。それでも彼女はやはりラフィで俺は俺だ、それは変わらない。
「なんでも話すよ。聞きたいことがあればいくらでも」俺が言うと、彼女は立ち上がって、少し服を直してから本棚に振り向いた。
「それじゃ……この本棚の本の中で5冊、気に入ったのを選んでもらえますか? 今から読みたい本でも、前に読んで好きな本でもいいです。選ぶまで待ってますから」手のひらを開いて俺に向けた。「条件は1つ、私が気に入るような、なんて選び方は駄目です。それはわかります。あなたが気に入ったのを選んでください」
なんとなく、理由はわかった。いくら俺のことを話してもすぐにはわかるのは無理だろう。俺も自分のことをそんなにすぐに理解してもらえるなんて思えない。それより好きな本がわかる方がよっぽど相手の中身が見える。
試すように俺に言うけれど、彼女はもう俺のことは現実的には、この状況的には、おそらく信用に値すると思ってくれているんじゃないだろうか。自惚れかもしれないけど。
だから、これは確認みたいなものだ。彼女はこう言っている『きちんと私と向き合ってあなたを見せてください』
「わかった。ちょっと待っててくれるかな」
それから、ゆっくりと本を選んだ。知っているのもあるし知らない本もある。最初の数ページを読んだり、中を開いてみたり。
俺が5冊選んだ時には、もう窓から入る光もだいぶ暗くなっていた。彼女はたまに体勢を変えたりしながら、ずっと俺の選ぶ様子を見ていた。思ったより長くなってしまったので、申し訳なさそうに本を渡すと「ありがとうございます」と今日見た中で一番の笑顔を返してくれた。
「ありがとう」と俺が返すと、少し不思議そうな顔をした。
ゆっくりと彼女が本のページをめくる。少し読んでからまた別の本をとる。
「はい。わかりました。結構理屈っぽい面倒なところもありそうですね」そう言って意地悪そうに俺を見た。俺も彼女を見て大げさに顔をしかめてみせる。少しラフィとこうやって話したことを思い出して思わず笑う。それを見た彼女も笑った。
それでは、今日はもう遅いので、明日また来てください。そう彼女が言ったところで蔵の扉が開く音がした。振り返ると管理人さんが入口からこっちの様子を見ている。
「探し物はどうだい。順調かい」
「ありがとうございます。こんな時間まで居させてもらってすみません」そう言うと、いやいや大丈夫だよと言いながら、慣れた手つきで蔵の明かりをつけた。
振り返るとラフィーリアはいつの間にか消えていた。俺の選んだ本だけが綺麗に積まれている。こういう所も変わらない。
「明日、また来てもいいですか?」
「あぁ、探し終わるまでいつでも来ていいよ。私は大体図書館か家にいるだけだしね。明日も朝からかい」
「そうですね。できれば朝から来たいです。何かみつかりそうです」
そうか、それなら良かった、と自分のことのように喜んでくれた。御礼を言って玄関まで歩く。外はもう暗くなり始めていた。