剣姫の魔女
アリスはフィオナの見守るなか、杖の魔法を補助する刻印を書き換えて行った。その手際の良さに驚く彼女の疑問はどんどん大きくなっていった。
何故これだけの事が出来る魔導士が無名なのか考え出すと、答えは2つだった。1つは意図的に存在を隠して活動している、この場合、例えば悠魔の傍に居たいとかだろう、これだけの技術を持つ魔導士なら、国に仕えるのが当たり前だからだ。
2つ目の理由は、忌むべき存在として意図的に抹消された魔女などが該当する。魔女にはそれぞれ共通の特徴がある、例えば見た目に反して大人びてるとか、彼女達の瞳は共通して金色の瞳をしているなどである。
アリスは見た目に反してかなり大人びているし、目も金色の瞳をしている、その事から彼女が魔女ではないかと疑うフィオナだったが、魔女特有の魔力を感じないため、その考えを頭の隅に追いやった。
「ウム、これで出来上がりだ」
「あ、ありがとうございます」
杖の調子を確かめる様に、フィオナは杖に魔力を流す、驚いた事に今までよりはるかに効率よく魔力が流れ驚いた。
「どうだい?」
「すごい、今までと違い思う様に魔力が通る! これから討伐依頼行くので助かります」
「それはよかった」
刻印に使った道具を片づけて、紅茶を飲むアリスにお礼を言うフィオナだったが、アリスは気にする事もなく紅茶を飲む。
「……あ、あのう」
少しの間考えたが、何かを決意したようにフィオナはアリスに質問をする、それに対してアリスは冷たい視線を向けた、家のドアが開き声が聞こえて来た。
「悠魔、剣姫の魔女、居るかい⁉」
「「⁉」」
その声を聞いた瞬間に悠魔、ナナ、フィオナ、ブロントの間に緊張が走った。正確には声ではなくその言葉だった。悠魔とナナはアリスが魔女なのは知ってるが、他の2人はそうではない、魔女と言う言葉に過敏な反応をする。
「悪いね、急に来て……どうしたんだい?」
声の主は聖剣のジェンガだったが、フィオナとブロンドはそれどころではなかった。彼の発した剣姫の魔女と言う言葉だ、フィオナは彼女が魔女ではないかと疑っていた。魔女であるなら、彼女の技術の高さにも頷ける、無名なのも納得できる。
彼女自身小さい頃から、魔女は災厄の象徴だと聞かされていた。彼女自身怖いか怖くないかと聞かれればもちろん怖い、でも悠魔はいい人だし、そんな人の傍に集まる人たちも皆優しかった。だから魔女にも色々あるのだろうと思った。だが剣姫の魔女と聞き彼女の心は恐怖で染まった。
ブロントも同様だった。彼もまた怖くなった。魔法には詳しくない彼でも、剣姫の魔女の名前を聞いた事くらいはあるくらいだ。
2人は悠魔の家から逃げ出した。悠魔は後を追おうとするが、結局追えなかった。今は何を言っても2人には届かないだろうと思ったからだ。アリスの事を黙っていたのは彼の失敗だった。
「えっと、僕は何か不味い時に来てしまったかな?」
その場の雰囲気が悪いと感じ取ったジェンガだった。自分と入れ違いで出て行く、2人を見てどうやらタイミングの悪い時に来てしまったのだと感じた。アリスは頭痛を覚え頭を押さえながらジェンガに言葉をぶつける。
「っ何で君はこういつもタイミングが悪いんだ!」
「すまない」
彼女の剣幕に気圧されてつい謝ってしまう。悠魔2人の事も気になるが、それよりもジェンガが家に来た理由が気になった。コトナはよく遊びに来るが、彼が家に来ることは滅多にないからだ。
「それでジェンガさんはどうして此処に?」
「ああ、僕は君から報告があったジャイアントベアーに類似した魔獣の捕獲を彼女に頼みたくてね」
ランクアップ試験で見た、ジャイアントベアーに似ているがその体長は倍ほどあり、腕には手甲の様な物が付いていて、口からは巨大な牙が生えた魔獣の存在をギルドに報告していた。
今回彼が来たのは、その魔獣の捕獲をアリスに依頼しに来たのだった。どうやらこの魔獣は新種の様で詳細なデータが欲しい様だ。
「……君がやればいいだろ、君達との取引にそんな事は含まれてないしね」
「僕じゃ力の加減が難しくてね間違って殺してしまうかもしまうかもしれないし、その点君なら加減は可能だろ」
彼の言い分は、純粋に強大な力を操る自分より、あらゆる魔剣を操り戦う彼女の方が手加減は簡単だと言う事だった。確かにアリスは魔剣の力だけに頼らず、剣術も体術も魔法技術も一級品だった。
悠魔は2人の会話にあった取引と言う言葉が気になった。彼女がこの国に帰って来た時に、高くついたとぼやいていたが、その事と関係があるのかと思った。
「前から気になっていたんですけど、アリスさんはどうしてこの国での自由に行動できるんですか? やめたとは言え魔女教団の魔女あったんですよね、いくら魔女教団の情報を放した程度では此処まで自由には出来ませんよね?」
「……君には関係ない事だ」
彼女には珍しく悠魔を突き放す様に言い放つ、彼には難しい話は分からないが、この件だけは悠魔も譲れなかった。
「……ジェンガさん教えてください」
しばらく無言で見つめ合うが、どうやら彼女は話すつもりはないようで、仕方なくすべてを知ってるであろう隣に立っていた、ジェンガに説明を求めた。
「えっと」
「おい、余計な事を言うなよ、もし君が取引内容をを黙っておくのであれば今回の依頼は引き受ける、どうする?」
「ああ、アリスさんそれはずるいです! ずるい!」
「魔女はねずるいんだよ」
開き直るアリスに悠魔は悔しそうに唸る、ジェンガとしては依頼を受けてくれるのなら何でもよかった。だから彼女の提案に乗り、アリスがエストア王国とした取引内容を黙る事にした。
「うぅぅずいる」
「じゃあ僕はちょっと行って来るよ」
「ま、待ってください僕も行きますから」
留守番をナナとサリアに任せて2人は森に向かいだした、ジェンガは要件を伝え終えるとさっさと帰ってしまった。
森の中でブロントとフィオナは討伐対象だった魔獣を討伐して帰路に着いていた。2人の間に沈黙があり、信頼していた先輩冒険者が魔女と一緒に居た事にショックを受けていた。話をする中でフィオナは疑いがあったが、それでも普通の魔女ならこれほど大きなショックは受けなかったかもしれない。
剣姫の魔女は過去に街を滅ぼし、沢山の人間を殺害したと世界各地に噂が広がっていた。
「なぁ、あれが本当に剣姫の魔女なのか? 俺には噂程悪い感じはしなかったが……まぁさっきはビビッて逃げちまったが」
「分かんないよ……だって剣姫の魔女なんて見た事ないもん、でもアリスさんが魔女なのは間違いないよ」
「でも、お前の杖を調整してくれたりしただろ、そう悪い人じゃないのか、悠魔だってそうだったし」
2人はそんな話をしながら森の中を歩いて行く、そのため接近していた魔獣に気が付くのが遅れた。
木々を薙ぎ払い2人の目の前に現れた魔獣は、2人も見た事のあるものだった、ジャイアントベアーに類似した魔獣だった。潰された両目を2人に向けられる。
「こいつこの前の」
「に、逃げなきゃ」
走り出す2人だが、速度は相手の方が早く徐々に距離を詰められて行く、前は運よく悠魔に助けられたが今回は誰かが助けに入る事なく追い付かれ、その剛腕でブロントを吹き飛ばした。
吐血をしながら立ち上がるブロントを心配するように駆け寄フィオナだが、どうしていいか分からず慌てる事しか出来なかった。
剛腕を振り上げて振り下ろそうとする魔獣を目の前に、2人はギュッと目を閉じ覚悟を決めるが、いつまで待っても何もおきなかった。恐る恐る2人は目を開けると目の前には、四肢を魔法によって拘束された魔獣がいた。
「2人とも大丈夫ですか⁉」
慌てて駆け寄って来た悠魔を見て驚く2人に、悠魔はブロントが負傷してる所を見てポーションを渡す。2人には何故悠魔が此処にいるのかとか、何故助けてくれたのかと分からなく動けなかった。
錯乱しているのか中々ポーションを受け取らないため、悠魔はポーションの栓を開けブロントの口に突っ込む。
「何とか間に合った、さて2人とも逃げますよ」
「えっと、何で悠魔が此処に?」
悠魔の説明は此処に来た経緯を説明しようとしたが、魔獣が拘束を解き襲い掛かる、魔獣の行動に2人は慌てるが突如出現した氷の壁に呆気に取られる。
空からふわりと降り立つアリスを見て2人の表情はこわばる。そんな2人を気に留める事なくアリスは話し始めた。
「悠魔2人は大丈夫か?」
「はい、何とか」
「すぐ済ませるから、ちょっと待っててくれ」
氷の壁を破壊して咆哮する魔獣を見て、アリスは魔剣を取り出しゆっくりと歩き出す。
「後はアリスさんがあれを捕獲するの待ちましょう」
「あのう……」
「アリスさんの事ですか?」
フィオナの体が強張るのが分かった。仕方ない事だと悠魔は思う、剣姫の魔女の事を知る者からすれば彼女は恐怖するしかないだろう、彼女は沢山の人間を殺して来た冷酷な魔女だから、でも悠魔に取っては違った。
アリスには沢山の事を教えてもらった、魔法、剣術、体術など色々な事をおしえてもらい、一緒に居ると楽しい。だからこそ彼女の味方で在りたいと思っている。
「確かにあの人は剣姫の魔女です、ですけど無暗に怖がらないで欲しいんです」
「それは……」
フィオナの表情は無理だと言っていた。どうしても彼女の事を知ってしまった今では、顔を合わせると怖く体が震えてしまう。例え無害だと分かっても無理なものは無理だった。
「別にすぐにとは言いません、ですが魔女だからと言うだけで嫌わないでほしいです」
黙って悠魔の話を聞く2人から視線を放し、魔獣の捕獲に勤しむアリスを見た。彼女は魔獣を殺さぬように、必要以上に傷つけない様に立ち回っていた。
「何で彼女は此処に居るんですか?」
悠魔はアリスの馴れ初めを簡単に説明した。彼女との出会い、別れ、再会を話す、悠魔自身にも何故彼女が自分をこれほど気に掛けてくれるのかは分かっていなかった。特段好かれる事をした自覚はないし、何か契約をしてる訳でもない、ただ彼女が居座ってるだけだ。
別に迷惑でもないし、寧ろ助かってるから悠魔は何も言わないし、彼女が去ると言うのなら止めるつもりはないが、出来れば一緒に居たいと思ってるほどには悠魔とアリスの間には絆があった。
「すいません長々と、あの人どうも過保護なんですよね」
話をしていると、どうやら終わったのかアリスが倒れた魔獣を背に歩いて来た。
「終わりました?」
「ああ、悪いが後は任せた」
悠魔は頷き、ジェンガから預かっていた黒い箱型の魔道具を、倒れた魔獣目掛けて投げた。投げられた魔道具は大きくなり魔獣全体を包むと、収縮して元の大きさに戻り悠魔の手元に戻って来た。
「これで、いいんでしょうか?」
「聖剣が言うんだからいいんだろ、ほらさっさと帰るよ……君達もいつまでもそんな所に突っ立てないで森を出るよ、もう日が暮れる」
3人はさっさと歩いてくアリスの後に続き歩き出した。街に戻る頃にはすっかり日が暮れ夜になっていた。




