価値観の違い
相変わらずニコニコする魔女に、悠魔も愛想よく笑みを浮かべて応対する。
「今日は一人ですか?」
「はい、ソフィーさんはお休み中です」
「そうですか、ならこれを渡しておいてください」
そう言い悠魔はクッキーの詰まった袋をエルフェリアに渡し、彼女の為に紅茶を淹れてテーブルに置き、座る様に促す。
「ありがとうございます……あぁ美味しいですね、この紅茶」
「それはよかったです、嫌いな人間の作った物が口に会うか心配だったので」
「あら、今の悠魔さんは人間ではないですよ、半分は龍じゃないですか」
彼女はにこやかに笑みを浮かべ、出されたお菓子を食べて再び彼女は張り付けた笑顔を浮かべる。
二人の間には会話が全くなく、唯々二人はお茶を飲みお菓子を食べ、それを繰り返し先に喋り出したのは悠魔だった。
「今日は何の用ですか? 一応頼まれている物は今も届けてますよ?」
「それについてはありがとうございます、別に用はないんですよ、ただ悠魔さんが会いに来てくれないんのでこちらから出向いただけです」
何処か不満そうにそっぽを向く彼女だった。これが普通の女性なら可愛い反応なのだが、目の前の女性は明らかにわざとやってるので何とも思えなかった。
「それについては申し訳ないです、ですけどエルフェリアさんが会いたかったのは、この目じゃないのですか?」
「おやおや、これは心外ですね、私は悲しくなってしまいますね」
わざとらしく泣き真似をする彼女だったが、悠魔は何も言わない、別に言う事は何もない、どうせ飽きればすぐに終わる。
「はぁ悠魔さん慰めてもくれないですね……」
「本当に悲しんでる人なら慰めますよ、僕は」
「まぁいいです、実際用はないんですよ、ただ今の悠魔さんの状況が気になったので来て見ただけです、信じれくれますか?」
笑みを浮かべる彼女を見る、この言葉に嘘はない、彼女は決して嘘は言わないがすべてを語ってはくれない、真正面から聞いても応えてはくれないだろう、遥かに自分より頭のいい彼女なら、すぐに煙けむに巻かれてしまうだろう。
「ええ、信じますよ……少し聞いてもいいですか?」
「いいですよ、何でも聞いてください? 私で答えられる事なら何でもお話いたしますよ」
「面倒な駆け引きは嫌なので直接聞きますが、何を企んでるんですか? 僕を使って」
「簡単な事です、悠魔さんに強くなってもらいたいんですよ、ただそれだけです」
嘘ではないが、やはり本当の目的は話してはくれない、これ以上問い詰めてもけむに巻かれるだけだろうと思い、この質問はやめて別の質問をする。
「じゃあ、この腕を治す方法てありませんか?」
「壊れた魔力回路を治す方法ですか……申し訳ありません心当たりはないですね」
「そうですか、知識の魔女と言われるえエルフェリアさんでも知りませんか」
魔力回路の修復は過去に調べて悠魔も知ってる、しかしそれはあくまで知識は知ってる、その知識をもとにさらに調べたが、どんどん調べる事が広がって行き明らかに悠魔の手にはあまるものだった。
「そうですか、まぁそれはいいです」
元々世界のすべての知識を調べられる本を使って調べが、結局悠魔には理解の及ばない領域まで行ってしまった。
もし、彼女なら別の視点から話が聞けたかと思ったが、何も聞けなく少し残念に思う。
「そういえば……悠魔さん?」
「はい、何ですか?」
今思い出したかのようにエルフェリアは悠魔にある疑問を投げかける。
「少し小耳にはさんだのですが? 何でも最近起源龍にちょっかいをかけてるようですね」
「はい、それが何か?」
「私としては危険な事はやめてもらいたいのですが」
心配そうな表情をするが、悠魔の目には明らかに自分を心配してるのではなく、心配してるのは自身に埋め込んだ魔眼の方で、あからさまにこれ以上首を突っ込むなと言って来た。
お互いに相手の目を見て、しばらくの間静寂が部屋を包み込む。先にこの空気に耐えられなく口を開いたのは悠魔だった。
「無理ですね、起源龍の件に関しては最後まで関わります」
そう言い切る悠魔を見てエルフェリアは深々ため息をはく、どうやら彼女にとって悠魔のこの反応は予想していたのか、それほど落胆した様子は見られなかった。
「分かりましたこの話はもういいです、もしもの時は私も介入しますが、それはあくまであなたを守る程度の事だけですからね、期待しないでください」
「ええ、期待はしてません」
全く穏やかのかけらもないお茶会で、お互いにこれからの動きを探るような言い合いでしかなく、もしこの場に第三者がいればこの空気に耐えられなく、今すぐにこの部屋から逃げ出していただろう。
「さて、悠魔さんが元気なのも確認できましたし今日は帰りますね、もし何かあれば私はいつでも力になりますので」
そう言い残し彼女は、ソフィーの力で生み出した扉をくぐり帰って行く。
悠魔は扉が消えるのを確認して、深々とため息をはき項垂れる。行き成りの来訪で若干驚いたが、どうやら彼女にとっては自分はまだ必要なようで、これなら魔女教団の方はしばらく放置で良いと思い、すっかり冷えてしまった紅茶を飲む。
「さて、どうしたものか……放置出来るとしても問題が解決した訳じゃないからな……」
今日は疲れたのでもう何もする気は起きなく、使用した食器を片付けて残りの時間はゆっくり休む事にした。
棚に商品を陳列するために悠魔は朝早くから自身の店に訪れていたが、何故か今は奴隷の少女のニアに背中を押されて、店から裏に移る様に言われていた。
ニアの小さな体ではいくら必死で悠魔を押すがびくともせず、それでも必死な顔で悠魔も店の部分から前は調理場兼食卓だった部屋に追いやろうとしている。
「うぅぅぅ!」
「ニア、僕も手伝うよ?」
「ダ・メ・で・す! 悠魔様は此方で休んでいてください!」
何故か彼女は悠魔が働くのをあまり認めてくれない、全く分からない初めは素直に教えられていたが、一通りの説明を受け、仕事を覚えると殆ど店に来ては座って休んでるように言われる。
「働くのは奴隷の仕事です! 悠魔様は働かなくていいです! 私が働いて稼ぎます!」
「ニア、そこだけ聞くと僕がダメ人間みたいなんだが……」
確かに彼女を購入したのは、忙しい時に店番をしてほしいからで、ここまで全面的に任せる気はなかく、仕事のない日は自由気ままな時間を与えるつもりだった。
「自由な時間とかは……」
「そんなものはいりません! 悠魔様には多大な恩があります! 私を購入してくれて服を買い与えてくれ、さらには素晴らしい部屋まで用意してくれました! 奴隷としてこれ以上望むのはいけません!」
ものすごく力説されるが、どうやら彼女は奴隷だからこれが当たり前の姿だと思ってるようで、そこで悠魔は一つのある事を思い付く。
「奴隷契約を解除すれば……」
「……え」
奴隷契約を解除さえすれば、彼女を普通の少女扱って問題ないだろうと思い、ポツリと思った事を呟くが、それを聞いたニアは顔を青くしてその目に涙が溜まっていく。
「わ、わ、私は、ひ、必要ないのですか」
「え」
「お願いします! 何でもしますから⁉ 見捨てないでください!」
急に彼女は号泣して悠魔に縋りつく、彼女にとって此処に居るのは悠魔の奴隷だからと言う事で、それ以外の繋がりはない、奴隷でなくなると此処に居られなくなると思い、必死に悠魔に懇願する。
こうなると悠魔は右往左往する事しか出来なかく、奴隷契約を解除したからと言って彼女を放り出すような事はしない。そうした方が彼女にとっては生きやすい、使命に縛られなくのびのび生きられると思ったからの発言で、彼女の言ういらないからという訳ではない。
「悠魔君幼い子を泣かせて何してるの⁉」
ニアの泣き声を聞きつけナナが慌てて畑から帰って来る。泣いてるのは幼い少女に、それを泣かす大人の構図に、ナナはすぐにニアの味方をする。
「ほらほら、泣かないの、何があったの悠魔君に何を言われたの? 後でおねぇさんが叱っておくから」
「ぐす、ゆ、悠魔しゃまは悪くないです、私が無能なのがいけないん…ですから、捨てられても当然でしゅ」
鼻をすすりながら、彼女はナナに涙を拭かれる。
「えっと……」
「っ」
「す、すいません、僕は上に居ますので」
ナナに睨まれて、逃げるように前の自分の部屋に歩いて行く、今はこの部屋には小さなテーブルとベットしかない。
しばらくして、ナナが部屋に入って来る、彼女はどうやら怒ってるようで、何処か冷たい雰囲気をしていた。
「それで? ニアちゃんに何を言ったの? 内容によってはアリスさんに言いつけるわよ」
「えっとですね……」
悠魔は素直にすべてを説明する。それを聞き彼女は怒っていた表情から、徐々に呆れたような表情になって行き、悠魔の説明が終わる頃には、完全に呆れかえった目をしていた。
「まぁ、理由は分かったけど、これは悠魔君が悪いわ」
「だって、奴隷であるから自分の時間も取らずに働くとか、もう少し彼女にはのびのび生きてほしいです、別に店の手伝いは、僕の忙しい時だけでよかったんですから」
ニアには店の手伝い以外にも色々学んでほしく、彼女が望むなら魔法や魔道具の事も教えるつもりでいた。
「あのねぇ……悠魔君奴隷はね、それなりの覚悟を持ってなる事なの、この国ではそれなりに手厚く保護されてるけど、それでも愛玩用などの扱いを受けるのは覚悟してるの特に女性はね」
「それは……」
「だってそうでしょ? 男性が奴隷の女の子を買うのだから、私は悠魔君の事を良く知ってるから、少なくともそういった目的で彼女を買ってきたんじゃないと分かってるけど、彼女は違うでしょ?」
確かにニアを購入したのは、単にカングに勧められたからで、実際彼の言う通り仕事を任せるのにはうってつけの奴隷だった。でも、どうしても仕事の事しか頭にない彼女を見て、悠魔はもう少しのびのび生きてほしいと思ってしまった。
「多分あの子、初めは相当焦ったでしょうね、購入されたのに体を求められないし、それ所か色んな物を貰ってばかり戸惑うばかりでしょうね、自分に魅力がなかったのかとか買った事を後悔してるとか……そのうちに捨てられるんじゃないかとか、だから必死に働いてるのよ」
悠魔は今だにこの世界の価値観に馴染めないでいる、メイド長のアンの言葉ニアは悠魔の所有物……悠魔は言い方はあれだが、ニアを家族のように扱ってもらってるものだと思ったが、すでにそこに齟齬があった。
あの言葉はそのままの意味でニアは悠魔の所有物で、悠魔が使う物をぞんざいには扱えない。その事に悠魔は気がつく。
「アンさんにはもう一度言い含めておく必要があるな……」
「言っておくけどアンさんの言う事は間違ってないわよ、これが一般的な奴隷の扱い、彼女場合仕える主の所有物はすごく大切にするように他のメイド達にも言っていたわ、悠魔君の人柄を良く分かってるせいか私や魔女のアリスさんもすごく親切に接してくれる」
「僕の反感をかいたくないからですか?」
「そうね、そもそも彼女達にとって悠魔君は上の存在、敬意を払う存在だから私達みたいには付き合えないわよ、わかった」
ナナの話を聞き頷く事しかなかった。




