紅と刀
時間がかかると思われた作戦会議は、意外にもすんなりと終わり、今は最後の打ち合わせをしていた。
「それじゃあ、俺達が指定の位置に例の魔獣を追い込み、悠魔がそこに攻撃を仕掛ける――それでいいな」
紅のその言葉を聞き、その場の鬼人達は頷き了承する。
作戦自体は簡単なもので、鬼人達が指定の位置に魔獣を追い込み、悠魔が追い込まれた魔獣に攻撃を仕掛けるだけの簡単なものだが、あれほどの強大な力を持つ魔獣を追い込むのは一筋縄ではいかなく、鬼人達も決死の覚悟をする。
「作戦決行は明日の日の出と共――解散!」
紅の号令と共に、作戦会議は解散となり悠魔もその場を後にして、今回の討伐目標の魔獣の事を考える。
例の魔獣は、こちらから手を出さない限りは今の所大人しく、今は静かに眠っているが、その周りには沢山の黒狼がおり、常に周囲を警戒していてこれ以上の接近は出来ないようで、離れた所から監視するしかなかった。
「今回の作戦の要は僕か……」
自分で言い出した事とは言え、本当に上手く行くのか不安で、里を歩き鬼人達を見る。
彼らは、これより行われる作戦の為か、里内は騒がしく武器を運ぶ者や回復薬などを運ぶ者が行ったり来たりしており、中には十歳前後くらいの子供の鬼人まで手伝いをしていた。
「もし、失敗したらこの里は……」
一人でいるとロクな考えが浮かんでこないため、今日止まる予定の紅の家に向かう。
家に着くと真白が出迎えてくれ、彼女は食事を用意してくれる、簡単なものだが和風風の食事を食べながら、これで米があれば完璧だと思うが、無い物ねだりしても仕方ない為、諦めて食事を勧めて行く。
「ご馳走様でした――美味しかったです」
「今果実を剥きますね」
彼女はいつもと変わらない様に生活をしている、初めは慌てていたが、今はいつも通りで、外では騒がしい声がしているが、彼女は全く気に留めなく、果実の皮を剥き切り分けて行く。
「あ、あのう……」
「はい、何ですか?」
「不安はないんですか、強大な魔獣が里の傍に居るのに……」
彼女は動かしていた包丁を止め、少し間を開け口を開く。
「怖いですよ、それでも私に出来る事は何もないですから、それにお兄様や悠魔さんが何とかしてくれるのですよね」
「……はい」
その言葉を聞き、彼女は再び果実を切り分け盛り付けて行く、そこにちょうど兄の紅が帰って来て悠魔の正面に座る。
紅は魔獣を追い込む側に回っており、今まで詳しい打ち合わせをしていた様で地図を広げ、悠魔に魔獣を追い込むルートを説明してくれる。
「それでしたら、この場所から僕が攻撃を仕掛けます」
悠魔は地図の一部を指をさす、その場所は追い込む場所がよく見える開けた場所で、一直線に対象が攻撃出来る、この選択に紅も文句は無い様で頷き、妹が剥いてくれた果実を食べる。
「今の所は魔獣も大人しくしてるようで、先程来た見張りからの連絡には、大した事は書いてなかったな」
「そうですか……それにしても何であんな魔獣が生まれたんでしょう?」
「別に大した理由はないだろ、稀にある事だ」
彼の言葉を聞き考える、確かに別に変な所はない、ただ単に運がなかっただけだと思う、過去に何度か出現した記録もあるし、悠魔はこれも起源龍が関係しているのかと思ったが、特別関係があるかと言えばないとあると思えばあるし、ないと言えばないと思う。
結局考えても答えが出てこない、少し過敏になりすぎてるなと思い、彼も真白が剥いてくれた果実を食べる。
「そういえば、それ、見せてもらってもいいですか?」
「ん、これの事か?」
紅は自分の傍に置いてあった刀を持ちあげる、悠魔は丁寧な手つきでそれを受け取り、鞘から抜き出し刃をよく観察する。
正直彼に刀の良し悪しなどは分からない、アリスならわかるかもしれないが、残念ながら彼にそういった知識はなく、観察しても綺麗な物だなと言う事ぐらいしか分からなかった。
「何だ刀に興味があるのか?」
「興味があるというより、見た事がある物でしたので」
この世界に来てから刀を見た事はなかったので、興味本位で見せてもらったが、知識があるわけではないため意味はなく、これを気にアリスにでも教えてもらうのもいいかと思う悠魔だった。
「ありがとうございました」
刀を鞘に戻し紅に返却する、紅は刀を受け取り、黒狼討伐の時に悠魔が使っていた大剣の事を思い出す。
「悠魔が使ってる大剣てそれなりにいいもんだよな」
「これですか?」
ローブから大剣を取り出す、コレットが使っていた大剣で一度サリアに返そうとしたが、悠魔が持っていた方がコレットも喜ぶと言われ託された。
「かなり良い物だな」
紅は大剣を観察して、この大剣が良い物だとすぐに気がつく、アリスも認めるほどの業物で一冒険者の悠魔が持つには本来なら高価すぎるもので、売ればかなりの値段になる。
「分かるんですか?」
「当たり前だろ、これは売ればかなりの値段になるぞ」
売る気は毛ほどもないが、絶句する紅を見てその価値を知り驚く、よく考えればアリスが認めるもので、ダイヤス帝国の最高戦力四魔騎士が使っていたものだ、安物のはずがなかった。
何かを思い付いた様に、紅は刀を携え立ち上がり襖を開ける、悠魔は何だと思い彼に視線を向ける。
「少し付き合え」
「え」
悠魔は紅に連れられ、沢山の鬼人達が刀を振るい訓練をする広場に連れられる、鬼人達は興味深そうに悠魔と紅に視線を浴びせる。
「あ、あのぅ、何なんですかこんな所に連れて来て……」
「なに、少し体を動かすのに付き合ってほしくてな、明日は大きな戦いがあるからな」
紅は刀を抜き構える、それを見て悠魔も事情を理解して、ローブから大剣を取り出し構える。
「僕、あまり強くないですよ」
「ただ単に打ち合うだけだ――」
刀を構えた紅が動き出す、悠魔は大剣で彼の刀を受け止め防御をすると同時に、彼から距離を取ろうと動く。
「いい反応するな!」
「それはどうも!」
紅の攻めは真っ直ぐなものでもので、本人には言えないがアリスのように、相手の裏をかくようないやらしい攻めではない、別にそれは悪いとは悠魔も思ってない、しかし、紅の剣筋は純粋に真っ直ぐな軌道で刀を振るってくる。
しかし、真っ直ぐな攻めと言っても、その速度は恐ろしく速く鋭い為に、悠魔は防戦一方だった。
「っ!」
悠魔は基本的に剣だけで戦うのではなく、魔法や魔道具などを使い相手を翻弄する様な戦い方で、こう一直線に来られると、少々そういった手を使うのは彼の良心が痛むので、どうしようか迷う。
「守ってばかりじゃ、勝てねぇぞ!」
それもそうだと思うが、からめ手を使うか使わないか迷う、アリスは構わず使えと言うだろうが、ここまで真正面から来られると、彼は純粋に剣だけで戦うのもいいかと思った。
「――よし!」
悠魔は隙を見て剣を切り返し紅のバランスを崩す、その勢いを止めず攻め立てる。
「流石、あの魔女に鍛えられてるだけあって、中々いい打ち込みだな」
「紅さんこそ鋭い剣筋ですね」
二人の戦いは、帰りが遅いと迎えに来た真白が現れるまで続き、その頃にはすっかり日が暮れていた。




