黒の世界にて
青年が目を覚ますと、その視界に入って来たのは、一面黒い世界でその場所は上も下も分からずに、何処までも黒い風景が続いていた。
「僕は確か……」
青年は男性にしては少々低い身長に、長い栗色の髪をルーズサイドテールまとめており、一見女性にしか見えなく、そんな彼は考えた今の状況を、そして思い出した。
「そうだ、確か車に轢かれそうな猫を助けて、車の前に飛び出して⁉」
「そうじゃよ、それで君はその車に轢かれたんじゃ」
彼は声に驚き、声の聞こえて来た方を振り向く、そこには和服を着て、白い立派な髭を伸ばした老人が立っていた。
青年は疑問に思う事が沢山あり、この場所、目の前の老人、自分はどうなったのか、など疑問が次々頭に浮かび上がって来た。
そんな彼の様子を見てか、老人はまずは自己紹介を始める。
「儂は、そうじゃなぁ、君達が言う所の神様的な存在?」
「いや、僕に聞かれましても、困るんですが」
この自己紹介には流石に青年も呆れてしまう、しかし自称でも神様だと言うのであれば、今の状況の説明をしてくれるだろうと思い、老人を見かえした。
「それで、どうなったんですか?」
老人は言いにくそうに、言葉を詰まらすが、覚悟を決めたのか事実を伝えた。
「……君は死んでしまったよ」
それを聞いた青年は頭を振るう、彼が気になっていたのは、自分の事ではなく、助けようとした猫の方だった。
そんな彼の様子を見て、老人は素直に驚き声を上げた。
「いやいやいや、こう普通自分が、死んだとか言われたら、もう少し慌てんか⁉」
「そんな事より、猫はどうなったんですか? 無事なんですか自称神様?」
どうやら彼の興味は、現在猫にしか向いてなく、そんな彼を見ていた老人は、慌ててるのが自分だけ見たいで、アホらしくなって来た。
「自分の事よりも、猫の事を心配する人間は珍しいのぉ、あと自称じゃなく、正真正銘の神様じゃ」
「過ぎた事を言っても、仕方ないですからね、それで猫はどうなったんですか? 助かったのなら良いのですけど……」
青年は気になっていた――自分が助けた猫がちゃんと助かったのかを、それこそ自分の命よりも。
「安心せい、お前さんが助けた猫は無事じゃよ、ただお前さんは死んでしまったがのぅ、儂も長い事神様やってるが、猫を助ける為に死ぬ人間は初めてじゃのぅ」
老人は呆れていたが、その声は何処か嬉しそうな表情をして、青年を見た。
最近の人間は、自分の事ばかりで、老人は少々悲しかった、彼自身別にそれが悪いとは言わないが、やはり悲しく嘆いていた。
そこで目についたのは、この青年だった、この青年は迷わず車に轢かれそうな猫を、助ける為に飛び出した。
「助かったのなら良いです、それで僕はこれからどうなるんですか? 天国や地獄に行くんですか? 流石に地獄とかは嫌だなぁ」
「安心せい、君のこれまでの生き方を見る限り、このまま天国でもいいんじゃが、儂は前さんが猫を助ける為に命をなげうったのを見て感動した、だからこうしてお前さんの前に現れたんじゃ」
青年は妙な奴に目を付けられたなと思う、なかなか話が進まなく、老人は一体何をしたいのか予想が付かなかった。
「それでどうなるんですか? 僕を生きかえらしてくれたりしてくれるんですか? 神様的な力を使って」
「そうしてやりたいんじゃが、お前さんの世界で頭の潰れた人間が、何事もなく起き上がったら、大騒ぎになるじゃろ?」
それには彼も同意だった、まず間違いなく、その場に自分が居たら声を上げて走って逃げだすだろう、その光景を想像したのか、青年の顔色は少し悪くなっていた。
「そういう訳じゃから、あの世界で生き返らせるのは、無理なんじゃ、すまんのぅ」
心の底から申し訳ないように、頭を下げる老人を見て、別にそこまで気にするような事でもないと、説明する。
「そこでじゃ!」
突如老人はテンションを上げ、青年を指さす。
「お前さんには、別の世界で蘇ってもらおうと思ってな、どうじゃ?」
青年は急に、そんな事を言われても困るだけだった、確かに生き返れるのなら、生き返りたい気持ちがあるが、よく知る世界でない別の世界なら、天国の方が彼にはマシに思えた。
「どうと言われましても、もう天国行けるなら、それでいいですよ」
「いやいやいや、お前さん、異世界転生じゃよ! こうアニメや漫画であるわくわく、ドキドキはないのかのぅ!」
そんな事を言われても、彼には知り合いもいない、始めて行く場所には不安しかなかった。
青年の不安を聞いた老人は、彼を安心させるように、言葉をつづけた。
「その辺は安心せい、漫画やアニメの様に、お前さんの身体能力やチートな道具を与えよう」
それを聞いた青年は、再び顔を顰める、この青年は生きてた頃はそれなりに勤勉で、楽をする事をしなかった。
「それはそれで、人生がつまらなさそうですね、どうせなら二度目の人生はゆっくり働き、のんびりと暮らしたいですから、チート能力や道具を貰うと、面倒事に巻き込まれそうですしね、アニメや漫画みたいに」
徐々に老人はめんどくさくなって来た、逆に今度は老人が、青年をジト目で見かえした。
そこで老人の提案は簡単なものだった、それは、青年の要望を三つまで聞く事だ。
この時、青年は、自分が異世界に転生するのは決まりなのかと思い、思考するが、一つ疑問に思った。
「あのぅ、これから僕が転生する世界って、どんな世界なんですか?」
これを聞かないと、要望を上げる所ではなかった。
その世界に合った要望を言わないと、無駄になると思い、老人に尋ねた。
老人は、すまん、すまんと言いながら、これから青年が転生する、世界について説明し始めた。
「お前さんが行く世界は、機械文明は、お前さんの居た世界に比べれば、かなり劣る世界だが、何と! 魔法がある世界じゃ!」
魔法と聞き、青年の目は少し輝きを増す、どうやら魔法には興味があるようで、一安心する老人だった。
「魔法て言うと、アニメや漫画の世界の、あの、魔法ですか?」
「そうじゃ、炎や水を出したりするあれじゃ!」
青年は詳しく聞いた話を、頭の中で整理する、どうやら機械文明は発展してないが、魔法文明は相当発展してると思い、老人に三つの要望を伝えた、光の中に消えて行った。