竜王様の愚痴1
※エルランド視点
竜王様の愚痴が止まらない。
ローリーが我に冷たいのだ! から始まって、チューを拒否った、暑苦しいから寄ってくるなと言う、いちゃいちゃさせてくれない、抱っこを嫌がるなどなど、最近は毎日、私の執務室にこぼしにやって来る。
「・・・・・・で、・・・・・・・なのだ。・・・・・・だろう? ・・・・・・なのに。・・・・・・でな、・・・・・・なのだ。だから、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それにしても、よくぞこれだけ愚痴るネタが湧いて出てくるものだな。
「おい、エルランド、ちゃんと聞いておるか?」
「はい」
延々と繰り返される竜王様の繰り言に、どんどん耳が遠くなって聞いていなかった。
でも、もう一度繰り返されるのはご勘弁願いたいので、はいと返事をしておく。
「でな、お茶の準備をしておるから、てっきり我も呼ばれると思って待っておったのだ。ところが、今日は女子会だから、我は参加出来ぬと言って仲間に入れてくれなかった。この前のお茶会は、アンダー500の会だからとか言って、我をのけ者にしたばかりなのに。酷いであろう? おまけに、みんながやって来る前に、早く仕事に行けと部屋を追い出すのだぞ! 我がいると皆が遠慮してしまうからって、我を邪魔者扱いするのだ!」
「・・・・・・」
王妃様は結婚後、他の竜族の番い同様、すぐに懐妊し、現在は妊娠後期。
王妃様の華奢な身体のお腹ははちきれんばかりにせり出して、べったりまとわり付いてくる竜王様は物理的にも精神的にも、さぞかし暑苦しくて鬱陶しいに違いない。
遠ざけたくなる気持ちは分かる。
しかし、同じ竜族の雄としては、竜王様の気持ちも分からないではない。
別種族の子を宿した番いの身体が心配なのだ。
私も初めてアウラが子を身ごもった時は、とても心配したものだ。
人間が竜族の子を産むようになって久しくとも、そしてその前例が山ほどあったとしても、いつ何時、不測の事態が己の番いの身を襲うかも知れない。
竜王様は心配で心配で、王妃様から目を離せないでいる。
しかし、何とかせねばならない。
どうしたものか。
竜王様が四六時中神経をピリつかせて傍にいるせいで、王妃様はリラックス出来ないらしい。
そればかりか、竜王様が過保護過ぎて王妃様に何もさせようとしないから、このままでは難産になる可能性が高いと、アウラから言われている。
難産はマズい。
今だって、気が狂いそうなほど心配している竜王様が、王妃様から長い時間、離れていられるわけがない。
心配のあまり出産中に乱入して、王妃様の苦しむ姿を見たら・・・考えただけでゾッとする。
王妃様には是非とも、次代の竜王となる元気なお子を、さっさと産んでいただかないといけない。
かと言って、今、王妃様から無理矢理竜王様を引き剥がせば、今度は竜王様の気が狂ってしまう。
それでなくても、このところの竜王国の天候はずっと不安定で、荒れ模様、つまり、今だって竜王様の精神状態は決して良いものではないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、と思うのだが、エルランド、どうだろう?」
まだ続いていたのか。
考えに没頭していて、すっかり聞き逃してしまった。
「・・・どうと申しますと?」
「だから、ローリーはもっと番いの我を頼るべきだと思うのだ。お前もそう思うだろう? そう思うだろう?!」
「はぁ、まぁ・・・」
「よし、ならばアウラにそう進言させよ。お前は、常日頃からローリーはもっと夫の我を頼るべきだと思っていた。その気持ちを素直にアウラに訴えてくれれば良いのだ。簡単だろう?」
「はぁ? 別に私から言わずとも、竜王様がアウラに言えば一番簡単・・・」
「馬鹿者! そんな事をしたら、我が言わせたとすぐにバレるではないか! ローリーは聡いのだぞ」
私に言わせても、すぐにバレると思いますけどねぇ・・・
「ローリーは、アウラを重用しておるゆえ、アウラが自然な形で夫の番いをもっと頼るべきだと言えば、ローリーはきっと我を頼るようになると思うのだ。アウラとばかり仲良くして、我を邪険にしなくなると思うのだ」
「竜王様、それは、アウラが出産を経験しているからであって、決して竜王様を邪険にしているわけではないと、」
「分かっておる。我は出産しておらぬし、何も知らない。ローリーが大変な思いをしていても、何もしてやれない。我は何の役にも立てない、役立たずだ」
「竜王様・・・」
「なぁエルランド、人間の世界には、釣った魚にはもう餌はやらんという言葉があるだろう? 我は釣られた魚ゆえ、もう餌はもらえぬのだろうか。でも、餌をもらえなかったら、干からびてしまうぞ? ローリーは我よりもたくましいし、何だって自分で出来る。だが、我はローリーに頼られたいし、必要だと求められたい。我がローリーに餌を要求するのは、おかしなことか?」
「いいえ、そんな事はございません。竜族としては、至極真っ当な要求でございます。ただ、王妃様は人間です。人間は番いだけを愛する種族ではございません」
「・・・そうであったな」
竜王様は切なげに言った。
全身全霊で番いだけを愛する竜族にとって、家族や友人をも同時に愛する人間の番いは、愛されていると分かっていても、ともすると物足りなく感じる。
特に王妃様は、責任感の強い御方だから、プライベートよりも公の立場を優先させてしまうところがある。
私にとってはとてもありがたく心強い味方だけれど、夫としては寂しいかも知れないな。
そうして王妃様について、つらつらと考えていて、ひらめいた。
「竜王様、王妃様がお喜びになる贈り物をされてはいかがですか? 餌を要求するばかりではなく、王妃様にも餌を差し上げるべきかと」
「いや、駄目だ。ローリーは贈り物を好まぬ。我がドレスでも調度品でも、欲しい物は何でも買ってやるぞと言っても、十分あるから必要ないと言うからな。物には興味がないのだ。ローリーの興味はな、魔法とか歴史とか、金儲けとか、最近は竜王国に住んでいる人間に興味を持っているみたいだ。お茶会に呼ぶのも大抵が城に勤めている人間だからな」
「そうでしょうとも! 王妃様は、ドレスや調度品のようなモノが要らないだけで、他に欲しいモノはあると思いますよ」
「どういう意味だ。ローリーは何を望んでいると?」
「さぁ? それは私よりも王妃様の番いである竜王様の方がよくご存知なのでは?」
竜王様は考え込みながら、少し出掛けてくると言って、窓から飛び立って行った。