第9話 本
諸星烏。16歳。好きなものは特にない。話すのは苦手で友達も少ない。学校では基本的に本を濫読して過ごす。時たま声をかけてくる学友と喋りながら過ごすこともある。僕はこの学年では唯一の現役ヒーローなので、そこそこ話しかけてくる人が多いのは悩みの種。
「諸星くん」と今日も学友の一人が声をかけてくる。どうせヒーローの話なんだろうな。と内心うんざりしながら笑顔を向ける。
「本好きなの?」
あれぇ?ヒーローの話じゃなかったぞ?
「う、うん、まぁそれなりには?」
「それならこの本は読んだことある?」
と本を見せてくる学友。その本は読んだことないなぁ。少し気になる。
「諸星くんはどんな本が好きなの?」
これを先に聞くべきだったね、と続ける。
「これといって好きなジャンルはないけど、ミステリーとかかなぁ。」
「ちょうどいいや、この本もミステリーなんだよ!よかったら貸すから読んでみてよ!」
借りた。
「実はこの人の本のファンなんだけど、周りに読んでる人がいないからつまらなくてね。もし好みに合えばまた話そうよ!」
なるほど、本のお友達が欲しかったのね。快諾する。
「楽しみにしてるよ!それじゃ!」
今まではヒーローの話を聞きたがる人たちばかりだったけど、本の話だけするなんて久しぶりな気がする。少し嬉しい。あ、やべ。名前聞きそびれた。あとで調べておこう。本のタイトルは、と。
「ふうん、蟒蛇の横柄ね。黒木悟か。読んだことないや。」
楽しみが増えた。今読んでる本を読了したら早速開くとしよう。そう思いカバンに仕舞う。
よっし、渡したぞ!
さて、彼が本を開く時……ウワァ緊張するなぁ。
俺はぶっちゃけ本はそんなに読まない。黒木悟が好きなのは確かだけど、他にあまり知らないからだ。
それで、彼にお近づきになるために、こうやって本を渡したのだが……読んでなくてよかった!読んでたら別の方法を考えなくてはならないところだったよ。
俺はあまり頭が良くないからね〜。
ムフフ、烏くん、ウフフ。
ぞくっ。
寒気がした。風邪かな。
今日はまっすぐおうちへ帰ろう。
さて本の続きを読む。
……。
読み終わった、次は何を読もうかな……あ、そうだ。
今日借りたこの本。
僕は「蟒蛇の横柄」を取り出す。
開く。
メモ。……メモ?
烏くんへと書かれている。僕宛だ。この本を貸してくれたあの子かな。
二つ折りされたメモを開く。
「烏くん、君の容姿に惚れました。付き合ってください。」
メモを閉じる。
僕は明日から不登校にしよう。
そ、そろそろ見てくれたかな、あのメモ見てくれたかな。
はぁはぁ、烏くん……どうして君はそんなにかわいいんだ!ああたまらない!
俺はこう見えてもモテるんだ、あんなかわいい烏くんからも間違いなく印象はいいはず。大丈夫、大丈夫だ。いいじゃないか、男が男を好きになったって。
烏くんを隠し撮りした写真。ああ、たまらない。かわいい。ぺろ。あ、舐めちゃった。でも大丈夫、この写真はまだ数十枚あるんだ。ようし決めた。今日はとことんこの写真を舐めるぞ。ぺろぺろ。たまらない。
今日は寒気がひどい。けど原因はもう分かってる。あいつだ。きっとあいつが僕の容姿で良からぬ事をしてる。くそっ、なんでだ!僕はおねえちゃんが好きなんだ!おっぱい!
男に興味はないんだよ!なのに男にモテる!くそっ!こんなのってないよ!
どうすればいいんだどうすれば……!あ、そうだあいつを殺せばいいんだうふふあはは。いやダメか。
あいつ如きを殺ったところで僕が男にモテる事実は変わらない。自分で言ってて悲しくなってきた。おーんおーん。
「おーい、烏—……ど、どうした?布団なんか被って」
ア、流星くん。
僕はもうだめだよ。かくかくじかじか。
ぺろぺろ。ぺろぺろ。
写真がふやけてしまった。こうなってはもうだめだ。しかたない。
俺は新しい写真を取り出す。これは今はダメにしてはならない。くそう、今日は頬ズリだけにしよう。すりすり。すりすり。
「笑うわこんなん」
「笑い事じゃねぇ!」
流星くんが笑うので、金玉を蹴り上げる。痙攣してら。ざまぁ。
ぞくっ。
まただ。くそっ、あいつめ、絶対許さな……あれ?
「ん?あれ?烏?」
翌日になった。
今日烏くんから返事をもらえたらいいな。読んでるかな。読んでないかな。まぁけど学校で会えばわかるかな。ああ、緊張するなぁ。ああ。写真を取り出す。すりすり。落ち着いた。
よし、行こう。
風邪をひいた。絶対あの寒気のせいだ。
……いや分かってる、寒気は風邪のせいだということくらい。
ズル休みしなくても休めたのは僥倖だけど、こうなってしまえば暇だ。本を……ぐあっ!蟒蛇の横柄じゃないか!ぐあっ!いや!作者に罪はない!読む!
「僕は、彼の股間に手を伸ばし―――」
閉じた。腐小説じゃねーか!殺すぞ!殺すぞ!くそっ!どおりで知らない作者だと思ったよ!あの野郎殺す!
ああ、だめだ、意識が朦朧としてきた――
烏くんはお休みらしい。風邪だって。心配だな。そうだ、お見舞いに行こう。
僕は放課後まで耐えに耐えた。早く生烏くんを見たいがために。
いつもいつも烏くんを眺めていた。今日は見れないのはつらい。土日は我慢しているけど、平日も見れないなんてつらい。昨日なんて喋れて僕の股間がエ――しちゃったのに、すぐイ――だったのに、今日は見れないのはつらい。とてもつらい。
放課後、烏くんの家まで駆ける。家の場所は知ってる。ストーカーした。ぶっちゃけた。ああ、烏くんの股間をくんかくんかしたい。
ホーリーナイトもかわいいけど、だめだ、やっぱり生の烏くんがいい。烏くんかわいい。
烏くんの家に着いた。何のためらいもなくチャイムを鳴らす。おじいちゃんが出てきた。「烏くんのお見舞いです。」
快く上げてくれた。さーて烏くんの部屋は……っとここだここ。
開ける。がちゃり。うーん、スーハー、いい匂いだ。たまらない。
烏くんは……寝てる。ああ、寝顔すごいかわいい。たまらない。触っちゃおう。
すべすべ。ふわふわ。ああ、素敵。もっと暴走しちゃおう。布団の中を弄り、ついにその位置を見つける。烏くんの股間を……
ああ、意外に大……「なにやってんだてめー!!!!!」ドゴン。
びくっ。衝撃音で目が覚めた。
見ると、流星くんが拳を伸ばしてる。その先には一人の男……げぇっ!黒木悟!いや黒木悟じゃないけど!
流星くんが叫ぶ。
「て、ててて、てめーなにしてんの?!?!超えちゃいけないライン考えろよぉぉぉお?!?!」
黒木悟(仮名)の胸倉を掴み揺する。
「おかしいだろぉ?!ここまでアクティブなホモはダメだろぉ?!?!」
「ほ、ほもとは言わないで」
「うるせーよ!!殴んぞおらぁ!」
「も、もう殴られて」ドゴン。
あ、殴った。
しかし流星くんがここまで激怒するってなにが……。ちょっと引きながら流星くんに問う。
「この野郎、寝てる烏のこ、股間を弄っ……」
蹴った。もちろん黒木悟(仮名)を。全力で蹴った。
なにしてくれてんのぉぉぉぉ?!?!おかしいでしょおおお!!!
僕の股間は未来のお嫁さんに捧げるのおおおお!!!!ウワァアアア!
「ノ、ノーカンだ烏!まだ大丈夫だ!男に触られた分はノーカンだ!」
ノーカンだよね?!ノーカンでいいよね?!?!
「き、きみはいったい」
黒木悟(仮名)が流星くんに問う。
「誰だっていいだろうがよぉぉお!!!なんだよてめーは!」
「俺は烏くんの将来の伴侶の」
「伴侶にはならないよ!!!!」
「お前にはやらないよ!!!!」
はっ、と黒木悟(仮名)が目を見開く。
「お前にはやらない……?まさか君は烏くんのオトコなのかい?!」
「え?」
え?
「ひ、ひどいや!ひどいや!隠れてオトコを作っていたなんて!見損なったよ烏くん!」
いや、あの。
「みんなに言いふらしてやるううう!」
走っていった。
え?みんなに言いふらす?
ちょっとまってええええええ!
黒木悟(仮名)は見つからなかった。全力で追いかけたつもりなのにホモの逃げ足は早い。終わった。もう終わった。
「よう烏、死にそうな顔してんな?」
「お爺ちゃん、僕、転校する。」
「まぁ待てよ、安心しろ、あのホモ小僧は捕らえておいた」
!なんと!
「ってお爺ちゃんなんでその事を?!」
「アレだけ大声で騒いでたらなぁ……」
よかった、してその黒木悟(仮名)は?
「黒木悟って言うのか?あの小僧」
仮名。
「とりあえず逃げ足は早かったから改造してヴァイスに置こうかなと……」
やめてぇ!変態はドラゴネスだけで精一杯なのぉ!
ムリムリムリ!
「うーん……そうか……まぁこう見えても権力はあるし口封じして他所に飛ばしとくから安心しろ」
お爺ちゃん大好き。
「とりあえずお前の部屋で硬直してるシューティングスターをどうにかしろ。」
そうしよう。
もう疲れたよ……まだ風邪も治ってないのに。