第1話 諸星烏
今からほんの少しだけ、未来の話。
それらは突如現れた。発生したとも言える。
獅子の体躯を持つ鷲。鱗と鰭を備えた馬。大空を駆ける龍とも竜ともいうもの。
科学の発達した世界には不似合いな、まるでファンタジックな存在達。童話や神話などに出てくるような、現実的に有り得ないような存在達。世界中の常識が壊れた。
そしてすぐ、所謂「異能」と言うべきか、様々な。科学では説明できない現象を起こすことができる人類の出現。当初は、超能力者や魔法使いなど色々な名前で呼ばれた。
「怪物」は人を襲い、喰らう。「異能者」は「怪物」から人を守る者と、力に溺れ私欲の限りを尽くす人と分かれる。
混乱が落ち着くまで長い時間が掛かった。状況を掌握し、研究に入るまでには更に時間が掛かった。
やがて世界はそれぞれの名を、人ならざる怪物を「アンノウン」、異能者を「アンフェア」と統一する。
そして「アンノウン」「アンフェア」の研究に入り、ひとつの成果を挙げることに成功する。
人は「アンノウン」と「アンフェア」に存在する「コア」を使い、「アンフェア」ではない者でも「アンフェア」の様な力を発揮できるようになった。
これより、人を襲う「アンノウン」や「アンフェア」の対処が可能になり、人を守る「アンフェア」と、人を守る「コア」使用者を総括して安直ではあるが、分かりやすく「ヒーロー」と呼び讃えることになる。
これらが、変遷黎明期。
♢
時は経ち、とても長い、悪夢のような黎明期で大凡2/3にまで減らされた人口もようやく安定してきた頃。
誕生した「ヒーロー機関」のヒーローシステムは世界中に普及し、アンノウンは数を減らし鳴りを潜めていた。
平和が戻ってきた。皆がそう思った。
しかし何処でも、いつの時代も、悪は栄える。必要悪。決して消えない、負の側面。
「悪」は頭脳を駆使し、裏から、影から、闇から世界を翻弄する。
アンノウンの脅威度が下がった今の問題点こそが、所謂「悪の組織」というやつである。
それに対抗するために、一つの国が提案した。「若いうちにヒーローを育てよう」と。誰もが言わずとも他の誰かが決して言ったはずの、至極当然の流れ。
世界中にヒーロー機関が管理する「ヒーロー育成校」が産まれた。
探せば探すほど出てくる、何処にでもあるような「異能系物語」や「ヒーローもの物語」。そういった実に安直なストーリーが「当たり前の現実」になる頃には、幼い頃アンノウンに襲われた少年少女が年を重ね、孫を持つほどの年齢になるまでの時間が経っていた。
もはや物語ではない。空想が現実となる混沌期。
平和と悪は、今も戦い続ける。
♢
ヒーロー育成校に通う少年は今日も物思いにふける。祖父や祖母が子供の頃はアンノウンもアンフェアも何もない、平和な世界は、どのような世界だったのか。
生まれた時からそれらが「当たり前」だった少年には想像もつかない。
当然のように、学校の教科書に載っている歴史は学んだことはあるが、それでもイメージできない。
「エネルギー問題」は今となっては縁のないものとなっている。「コア」の力で補える。
発電も発熱も保冷も何でもかんでも「コア」で解決する。昔は「電気を作る会社」なんてものがあったことに驚いた事もある。
「ヒーロー」も昔は「特撮」というジャンルで、子供に人気の空想の物語だったそうで、祖父がよく「昔はヒーローに憧れたものだ」という。
今のヒーローに対する「憧れ」とは昔のものとは別らしい。「今は警察に憧れるようなもの」と言っていたのを聞いて、なんとなく理解できた。
と言っても、少年は格別歴史に興味があるわけではない。ただ、少し、「ヒーロー」と関わりが深いだけで、こういった歴史は嫌でも考えさせられることになる。
「諸星」
そういえば諸星という名も祖父曰く、祖父の祖父が子供の頃の大人気ヒーローの名前だとかで、祖父に「誇れ!」と言われたことがあったな、と思い出す。
「諸星!」
そこで少年は教師に呼ばれていることに気付く。すぐに視線を正し、謝罪する。
「諸星烏。どうしたんだ、お前らしくないぞ。」
教師の心配に少年はただこうべを垂れるしかなかった。
♢
もろぼし からす。
それが僕の名前。
烏というのは、真っ黒な鳥で昔はそこら辺にいっぱいいたらしい。とても賢い鳥だ、とお爺ちゃんが言っていた。
今じゃアンノウンが出てくる前の生物はだいぶ姿を消し、生存したものも数が少なくほとんどが保護対象になっている。烏もそのうち一種で、「動物園」という所に行けば見られるらしいけど、あいにく僕は行ったことがない。「動物園」があるのは日本では一箇所しかなく、それも僕が住んでいる所から遠いので縁がない。
閑話休題。
僕、諸星烏が放課後の今向かっている所はこの地区の「ヒーロー機関」。
僕は学生にとっては非常に珍しい、現役のヒーローだ。
去年の春、ヒーロー育成校高等部に進学すると同時に、正規ヒーロー採用試験に合格。現在、日本では最年少のヒーローらしい。
正規ヒーローになった後も活躍を続け、今では僕のヒーロー名である「ホーリーナイト」は非常に有名になってしまい、肩身がせまい日々を過ごしている。
目的地に到着し、指定されたフロアに向かう。
今日は「変身具」の調整のためにヒーロー機関に足を運んだというわけだ。
変身具で変身するヒーローの装備は、身体の変化に自動的に合わせてくれたりはしないので、身長が伸びたりするとその度に調整しなければなら無い。
特に今は成長期なので、ちょくちょく行かなくてはならない。
……というのは見栄を張った。実を言うと身長はほとんど変化はなし。実はヒーロー機関の上層部が、「ホーリーナイトの防具は、ホーリーナイト変身者のルックスに合っていない!」とケチを付けてきたのだ。
身長の低い僕にとっては少々腹がたつ。いいじゃないか。ホーリーナイトは純白の鎧騎士でかっこいいじゃないか。と愚痴るが、それでも「外見を調整する」と聞かないのだ。
目的フロアに到着し、責任者に声をかけると、「変身具を出してください。アップデートしますね」との指示。言葉に従い変身具を差し出す。
ホーリーナイトの変身具は、様々な変身具の中でもおそらく最も多い、腰装着型、すなわちベルト。ベルトを外し、若干軽くなった腰に手を回しつつ考える。
ヒーローの人気は、ヒーロー機関の収入に関与する。なので恐らくは上層部というよりも一般市民の「可愛くない!」というクレームによるものだろう。
よく女子に間違われる僕は「かっこいい男」に憧れるのに、世間の「かわいくしてくれ」というニーズに振り回されてたまったもんじゃない。
そうぼやいていると、アップデートが済んだようで「お返ししますね」とベルトが戻ってくる。外見に変化はない。それを腰につけ直し、そのフロアを出る。その時だった。
『——緊急警報、エリア5に敵の出現。機関内に存在するヒーローはすぐに申し出てください』と放送が流れた。
僕はスマホ、変遷黎明期から機能は向上しても名を変えずに存在するそれで、ヒーロー機関の緊急回線を開く。