フェアリー・テイルに落ちていく
夢見るフワフワあまーい世界、フェアリーたちの住む世界。
そんな世界を描きたくて……
ヒンヤリとした感覚と、ソーダ水のような、甘くて瑞々しい香り……。
まぶたが光に透けて、赤く見える。
ゆっくりと、そのまぶたを持ち上げる。
すると、目の前には、絵本の中でしか見たことのない生物──小さな体に羽の生えた、フェアリーがいた。
「大丈夫?」
フェアリーは、長いまつ毛をパチクリさせながら、私の顔を心配そうに覗きこむ。
「ここはどこ? 私……いったい……」
私は……名前は、羽野 空子。15歳。
ここに来る前は日本にいたけど、どうしてここへ……?
「ここは、フェアリーたちの住む世界。あなたは、あそこから落ちてきたのよ」
フェアリーが指差す方を見ると、真っ赤な木の実が、鈴なりに成っている大きな木があった。
よくよくその木の上の方を見ると、ポッカリ大きな穴が空いていた。
「ねぇ、あなたのお名前は?」
「わたしは…空子」
「ソラコ。可愛いお名前ね。あたしは、ルーシュ。よろしくね」
ルーシュは、ビロードのように美しい羽を羽ばたかせ、くるりと宙返りをしてみせた。
これは、きっと私の夢の中だ。
フェアリーなんて、おとぎ話。
本のページをめくれば広がる、まさに夢の中の世界。
「ねぇ、ソラコ。あたし、みんなにソラコを紹介したいわ。今夜パーティーを開きましょう。ソラコの歓迎会よ」
「ほんと? 嬉しい、ありがとう!」
チョコレートの香りがする土を踏みしめて、ルーシュの後を付いて行くと、森を抜けた。
まるで絵の中の世界だ。
さっきまでしていたソーダ水の香りは、あの滝から。
飴細工のような色とりどりのお花たち。
クッキーで作ったような小さなお家…。
そこには、ルーシュと同じ、小さな体に羽の生えたフェアリーたちが、音楽を奏でたり、洗濯物を干したり、お菓子作りをしたりしていた。
「みんな、紹介するわ。ソラコよ!」
ルーシュの黄色い声が、響き渡る。
「えっ、なになに?」
「わーい! 人間だ!」
「まぁまぁ、可愛いらしい女の子ですこと!」
フェアリーたちは、あっと言う間に私を囲んでしまった。
「今からソラコの歓迎会の準備をしたいの。みんな、手伝って!」
歓迎会と聞いたフェアリーたちは、宝石のような瞳を輝かせ、口々に、
「わたし、ケーキを焼くわ!」
「ソラコを綺麗にましょうよ」
「ツリーに付ける電飾はどこにしまったかな?」
「先にテーブルを用意しなくっちゃ!」
そんなことを言いながら、大はしゃぎ。
「まぁまぁ、ソラコ。泥だらけじゃない。主役がこれじゃあイケないわ。お風呂に入れてあげましょう」
そう言った、ちょっと丸々としているフェアリーは、ベルという名前だそうだ。
ベルに手を引かれ、小屋の前までやってきた。
その小屋は、私がギリギリ入れるほどの大きさの小屋だったけれど、フェアリーたちにとってはかなり大きな小屋だろう。
「ここには、人間用のお風呂があるわ」
「人間は、よく来るの?」
「ええ、来ますとも。さあさあ、早くお入りなさい」
中に入ると、銀色の浴槽に、温かいお湯が張られていた。
私は服を脱ぎ捨て、お湯に浸かった。
「ふぅ……きもちいい。けれど、とっても用意がいいのね」
銀色の浴槽は、肌を近づけると鏡のように反射して、私の腕や、脚が写る。
顔を近づけたら、私の顔はどのくらい見えるかな?
そう思って、鼻のすぐ下までお湯に浸し、顔をグッと近づける。
すると、銀色の浴槽にボンヤリ写ったのは、顔の下半分、お湯に浸した所の皮膚がただれ落ち、筋肉と骨が剥き出しになった顔だった。
「きゃーーー!!!」
思わず飛び退き、腰が抜けそうになるのを必死に堪えて、浴槽から出ようとした時だ。
左手首を、何かが掴んだ。
ヒンヤリとした感覚。恐る恐る、左手首に視線を落とすと、鏡のような銀色の浴槽から手が伸びている。
「いっ……いや……いやぁぁぁ!!!」
私は必死でその手を振りほどいた。
掴まれていた左手首は、肉がエグリ取られ、お湯が私の血で濁っていく。
急いで浴槽から這い出し、小屋を飛び出ると、ベルが待ち構えていた。
「おやおや、もう上がるのかい?」
こんな私の姿を見ても、ベルは顔色ひとつ変えないなんて……。
ポタリ、ポタリと音がして振り返ると、小屋から、なぜかルーシュが出てきた。
「ソラコ、ダメじゃない。湯冷めしてしまうわ」
怖い……こいつら、もしかしてみんなグルなの!?
私は走り出した。走って、走って、走って。
あの大きな木のある方角へ。
あの木の穴から来たのなら、もう一度そこから帰れるかもしれない!
森へ入ると、茨が足に絡まりつき、小石が飛んできた。
それでも、止まってなんかいられない。
脚の肉が削ぎ落とされようと、石が目に当たり視界が揺らごうとも、止まったりなんか絶対にできない。
そして、ついにたどり着いた。
赤い木の実が成る、大きな穴が空いた木!
私は必死でよじ登る。
はやく、はやく、もっとはやく!
爪がもげようとも、気にしてなんかいられない。
そしてようやく穴のフチに手が届いた!
穴の底は見えない。落ちたらどうなるのだろう?
「ソラコ、ソラコ、どうしたの? どこへいくの? 逃さないよ?」
ルーシュの叫び声がする。
もう、迷ってなんかいられない。
私はその穴に、飛び込んだ。
──飛び込んでから気がついた……
私は“落ちてきた”のだ。
なのにどうして、今も“落ちて”いるのだろう?
「え?」
ゴックン。
「チッ……」
その木の外では、ルーシュたちが、獲物を木に横取りされ、悔しがっていた。
夜中に自分で書いたくせに、しばらく眠れなかったです……仁娯はあほうです。。
よかったら、感想・アドバイス・批評などくださいませ♪