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乳白色のゆらめき

作者: 大原妙子

僅かに開いたよろい戸から、隣家のクチナシの薫風が微々と差し入り、ガラス越しの陽光が常緑の葉に翻って、毛の長い絨毯に落ちた影がまだらに揺れる。

長椅子にしなやかな身体を無造作に横たえ、眠る青年。

その気だるく甘やかな様に、この邸宅の主は諦めとも感嘆ともつかぬため息を零した。

起こすべく手を差し伸べたが、青年の肩に触れんとして躊躇われ、曖昧に空を掴む。

行き場を失った手を反対の袂にやりながら、柱時計に視線を投げる。

あと五分、このまま寝かせてやるかと思い直した主は、あどけなさの抜けきれぬ寝顔を再度一瞥し、踵を返した。

脇のテーブルに置かれたグラスの氷が、乳白色の液面を揺らし、カラン、と軽快な音をたてた。

一人残された青年は、主が部屋を出てゆく気配を感じとると、そっと瞼を開いた。

少年を過ぎ、けれど大人になりきらぬ危うい憂鬱の影が、青年を覆う。

眼差しを流して柱時計の盤面を捉えると、熱い息をつき、青年は緩慢に身を起こした。

抱えた片膝に頬をつけ、床にゆらぐまだらの影を、物憂げに眺める。

静かな部屋に、音を刻む秒針。

淀みのないそれを不意に意識した青年の瞳が、濃縮して怯えるように揺れた。

この世に在ること、在り続けねばならぬことの漠然とした不安が、圧倒的な質量をもって度々襲いかかる。

その都度息を詰めてそれをやり過ごしながらも、己を儚む甘美な誘惑に惹きつけられてやまない。

細く細く、縷々と息を吐き出し、青年は瞼を閉じて自分の外側に感覚を澄ます。

途端に甘いクチナシの香りが周囲を包み、それが色になり温度になり音階となって、青年を満たした。

一寸前の誘惑は薫風に紛れ去り、次に瞳を開いた時には、微睡むような気だるさだけが残った。

床に戯れる影を、再び視界に映す。

徐に脇のテーブルへ手を伸ばし、水露を纏ったグラスを掴むと、すっかり薄まったそれを、こだわりもなく一気に喉に流し込んだ。

ーー起きたのかい。

部屋の入り口を振り向くと、主が少し居心地の悪そうに佇んでいる。

青年はひとつ頷き、グラスの底に残った角のとれた氷を口に含むと、軽やかに立ち上がった。

シャクシャクと氷を噛みしだきながら脇を通り抜ける青年の後に漂う余香は、花の綻ぶ刹那のように甘やかだった。




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