朱に染まる
「護国の騎士」に登場した騎士団長の過去編(?)です。「スーツ」というお題で書いたのですが若干無理やりねじ込みました。
両手は血に濡れている。服には鮮血がべっとり付いている。床では赤い液体がまだらに模様を描き、世界全体が朱に染まる。
朱い世界の中心に立つ。刃を手に、向かい来る獲物を斬り裂いてく。
剣を振るうと生温かい液体が手を濡らす。鋭いそれで斬り裂かれた獲物は深紅の液体を噴き上げて倒れ伏す。
濡れた剣を手放して、黒光りする槍を手に取る。槍は獲物の胸板を突き破って壁に縫いとめる。
槍を回収する必要はない。用意された血で汚れていない武器を手に取って、獲物を順番に朱で染めていく。
斧で獲物の胴体を真っ二つに叩き斬る。
戦鎚で獲物の骨を砕く。
短剣で獲物の喉笛を斬り裂く。
弓で獲物の心臓を射抜く。
鎖鎌は雑草を刈るように獲物の首を刈り取っていく。
鉄球を振ると獲物の頭蓋が砕け散る。紅い液体と脳漿が飛び散り、また世界を朱に染めていく。
『この程度では本気を出すまでもないですか?』
どこからともなく“声”が降る。よく知ったあの“声”。
「無論だ。私にとっては造作もない」
『しかも用意した武器を全部使ってくれるなんて嬉しい限りです。あなたが観客を楽しませることを考えていたなんて驚きですね』
「―――別に、観客を楽しませるためじゃない」
ぐっしょり濡れた式服は深紅に染まっている。何を思ってこの服を着せたのかは分からないが、元の白い生地はほとんど見えなくなっていた。
『やはり白い服に血は似合いますね』
“声”が満足げに言う。
『では、次の獲物を準備しておきましょう。それまで休んでいて結構です。新しい服を用意しましたから、着替えておいてくださいね』
静寂が戻ってくる。濡れた式服は重い。照明の微かな光を受けて、血に塗れた刃が朱く光る。噎せ返るような血煙が大気を満たしている。
全ては“声”のための劇場。“声”が思うまま、望むまま、脚本が書かれ、舞台は整えられ、音楽が奏でられ、その中心で役者は観客のために舞う。
そして世界が朱に染まる。
***
「―――う、団長!」
目を開けると眩しい光が視界を白く染めた。二、三度まばたきをすると、白い世界に見知った姿が浮かび上がる。
「居眠りしてないで仕事を片付けてください。また書類がたまってるんですから」
真面目な副官が呆れ顔で仕事の催促をしてくる。どうやら今まで眠っていたようだ。
「ああすまない。あまりに心地よい陽気だったのでな」
「だからといって執務中に居眠りはやめてください。大体、この仕事量では居眠りする余裕なんてないはずでは?」
仕事を怠けた時の副官は厳しい。だが嫌ではない。怠けたこちらが悪いのだし、飽き性でめんどくさがりである私一人では、仕事は一生片付かないだろう。
副官には迷惑ばかりかけている。
「今度、皆で花見に行かないか。この国には花の美しい場所がたくさんあるんだ。それを見ずにいるなどもったいない」
黙々と自分の仕事をこなしていた副官が、手を止めてこちらを見る。またか、とでも言いたげな顔だ。
「・・・・・・で、花を見ながら酒を飲むんですか?」
「当然だ。花を見ながら飲む酒は美味いぞ」
「団長は花より酒が目当てでしょう? 全く・・・・・・」
副官はやれやれと言わんばかりの様子である。失敬な。花より酒が好きなのは認めるが、あくまで部下たちの日頃の働きぶりに対する慰労と美しいこの国の花々を愛でるために提案したのだぞ。
「花見をするつもりなら、それまでに仕事を片付けてください。仕事が終わったら花見酒でもなんでも付き合いますから」
「本当か? その言葉、忘れるなよ」
「団長こそ花見をしたいならさっさと仕事を片付けてください」
久々に勤労意欲が湧いてきたので勇んでペンを握り山と積まれた書類と向き合う。この素晴らしい陽気に室内に引きこもっているのは惜しいが、花見のためには致し方ない。
眩しい光。花の美しいこの国。厳しいが面倒見のいい副官。働き者で気のいい部下たち。
「―――とは大違いだ」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
この世界は朱に染めたくない。