表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

それは実際、勇者だったのかもしれない。

<SCENE-1:認める>


 本棚に囲まれた、ある一室。小型図書館のような室内の赤絨毯に、ヘタリと座り込んでいるのは特徴の少ない、黒髪の少年。

 高山ユウキは、気の強いあの娘が泣いた理由が解らず、かと言って何処かに出ていくことも叶わず。1人、彼女が戻って来るのを思案に暮れつつ待っていた。

 とても激しいビンタだった。遅れて頬が腫れてきた。冗談ではない、突っ込みなんかじゃない、本気の一撃。

 何故、自分は女の子に泣かれて、本気の一撃を頂くに至ったのか。彼はよく解っていない。ただ、心当たりはある。たぶん、そうなんじゃないか? というところはある。


 扉が開いた。ノックも無く、開いた。

 開けたのはこの部屋の主である少女。フカフカの赤い絨毯をヒールのかかとで踏みながら、ネフィス・ロイは部屋の中央にまで迫ってきた。彼女の涙は治まったらしい。今は凍てつくような真顔だが、泣いてはいない。

 そこにヘタリ込んでいたユウキは焦った。思わず立ち上がり、「お、おぅ、ロイ!」と半端な元気で苦笑い。はてさて、謝ったものか、それとも何か慰めた方がよいのか……何せ先ほどの一件について理由がはっきりとしていないので、半端にするしかなかったのである。

「――――」

 ロイの瞳はエメラルドグリーンの色合い。それは普段毅然としていて怖くも美しい。だが、今の彼女の瞳は光少なく淀んでいて、あまり怖さがない。そして濁っているので、何を思っているのかよく解らない。

 その上何も言わない。ロイはただ、じいっと、ユウキを見つめて――いや、睨んでいる。淀んだ瞳で。

 堪え切れず、ユウキは口角を大きく上げ、手を後頭部に当てながら口を開いた。

「やーその・・・ごめんッ! いやぁ、迷惑かけちゃったよね? そうなんだよ、ヒュウが来てくれたから良かったけどさー、正直ほんと、死ぬかと思ったわ、ほんと助けられた。や、聞いてくれよ。俺、罠に掛けられたんだよ。あはは、しっかし、まさかあんなのが待っているとはねぇ……はっははは! いや、ほんと―――スマンっっっス!!!」

 ユウキは言い終えると、深々と頭を下げた。誤魔化し誤魔化しで、失敗を自覚している分、照れくさいこともある。所々に己の恥を隠そうと、笑いが混じった。

 それを聞いて―――ロイは、何も言わない。ユウキは不安になる。謝って頭を90度に下げている今、表情が解らず、返答も無く、虚しくなる。

「いやスマン、本当に……でも、俺は何も考えてなかったんじゃなくて。俺な、り、に…………」

 少し口調を整えて。恥をやや隠さず、本意を見せながら、頭を上げる。

 言葉の途中。頭を上げている途中で、ユウキは少女の表情を見て、言葉に詰まった。

「――――」

「お前、なんで、また……」

「―――あなたが……あなた、が……来たせい、で―――」

 少女の声は震えており、その潤んだ瞳からは涙があふれて流れ、拳は固く握られている。

 もう、どうにも堪え切れなくなって。恥だとかプライドだとか、そんな自分への気配りをする余裕もなく、少女の感情はあふれ出てしまっていた。

「……ロイ、どうした。何だってそんなに――――」

「黙ってよ!!! 何であなたなんか……どうして存在しているの!?

 やめてよ、気安く笑わないでよ!! 何にも解っていない……ヒュウがどんな覚悟であの場所に行ったのか、あなたの短絡で軽々しい、無意味な馬鹿げた行動が……いいえ、あなたの存在そのものがっ! 彼女を、私をっ、こんなにも苦しめることになるなんて!!」

 叫び声である。普段落ち着き払い、他を見下して距離を置き、取り乱さない少女。そんな少女ロイが。激昂し、震えた声で、涙を流しながら――唇に付着した唾も気にせず、目の前にある1つ年下の少年に向かって訴えている。

「どうして――どう、して……なんでよ、ヒュウ。あなた、こんな、こいつ…………」

 異様な取り乱し様に、ユウキは完全に気圧されて何も言えない。人間の言葉など発することは到底できず、ただ、口から息だけを吸ったり吐いたりしている。

「――“笑わないでよ?” あのね、ヒュウは……フューラー=サルメ=カドレウスの“死亡”が、ついさっき確認されたわ。何も知らない部下をそそのかしたってことにして、全ての罪を自分で引き受けて、覚悟を持って、彼女はあなたを救うために向かい、そして、“死んだのよ!” 私達を愛してくれたヒュウは今日っ、あなたを救って――処刑されたの!!

 そう、死んだっの、よ……死……ん……うっ、嫌よ、ヒュウ……どう、し、て―――」

 事実を伝えて。ロイは力尽き、その場で膝を着いた。両の手で顔を覆い、止まらない感情を、言う事を聞いてくれない心に困らされて――泣いた。

 全てを聞いたユウキ少年。口も閉じられず呼吸も不規則に、ただその場に存在して涙が止まらない少女の頭部を見ていた。

 高山ユウキはその場に存在している。確かに呼吸をしている。助けてもらったから呼吸している。代わりに呼吸を失ってこの世から消え去ったのは、ヒュウである。ユウキは、ヒュウが代わってくれたのでここに在る。


 少女は泣き続けた。言葉もあふれていたが、まともに発せていない。

 少年は立ち尽くした。謝罪も反省も慰めもできず、呆然とそこに在った。


 やがて、少女は混濁した言葉の中で言う。「ここから出て行って、1人にして」――と。

 聞き取れるような発音ではないが。聞いたユウキはフラフラと、質の良い赤い絨毯を踏んで、部屋の扉を開いた。


 退出の際に、足を止めて一言だけ残す。反射的なもので、習慣のような言葉である。

「ごめんな、ロイ――」




 ――廊下に出て。人気のない廊下を少しだけ歩いて。

 制御の利かない平衡感覚が、少年を自然と壁に押し付けた。寄りかかって、座れもしないで移動不能。そして、様々に思考が「理解」を進め、ここで彼の目から涙が零れ落ちた。声はまだ出ない。乾ききって、無理だ。

 声にならない言葉は、心の中で反響する。自分に向けて、彼は問いかける。


(……俺は、俺は何をしたんだ? ヒュウ姉さんは、死んだ。それは確かなのだろう。俺のせいで? 違う、俺はヒュウを死なせたかったんじゃない。悪いのは、ヒュウを殺したヤツ――誰だ? いや、それは……それって違うだろう。ロイの涙を見て、まだそんなこと言うのかよ、コイツは。

 俺は悪くないって? ふざけるなよ。死んだって言ってるだろ。俺を、ここでこうして息しているコイツを救って、ヒュウ姉さんは死んでしまった。

 何にもなかった。これまでの俺の人生、何にもなかったから、何か成果が欲しくて、行動したんじゃないのか? 誰かに助けられてばかりが嫌で、自分で成したくて行動したんじゃないのか? そして、結果として、ヒュウ姉さんが俺の代わりに死んだ。


 ……なんだよ、これ? こんなんなら……こんなんなら、何も行動しなかった方が良かったってことになるだろう!? その通りだよ! 俺は、俺は俺は、解っていたんだろ!! 今自分が動いて、何ができる? よく考えて、時期を待てって……言われていただろうが!!! 何回「ごめんな」で済ますつもりだ、コイツ!!

 でも、でも俺ってば……欲しかったんだよ、自信が――“やったぞ”って自分に誇れる何かが。凄いと思える人を見て来てさ。それこそミノルだって、ロイ、カイエキ……ヒュウ姉さん。皆、好きだけどさ、同時に羨ましいって思うと焦ってさ……なんで俺は?

 だから、安心したかったんだ。焦る日常から解放されたかったんだ……。本当、誰かに迷惑かけたいとか、まして姉さんがこんな、そうなるようなこと、望むわけがないだろう? だのに、こうなった。当たり前だよ、ジイさんも言ってたし、自分でも十分に解っていたから、生返事してたんじゃねぇか。なのに、どうして俺ってさ……。“妹を護りたい”って、それが俺の望みで――――


 うっ、うぅ……違う。違った。いつからか、俺の望みって、妹護りたいとかじゃなくってさ。俺が活躍して、俺が凄い事したって誇らしくなって……俺が気持ち良く満足したいって、それが“勇者”だって……それが願いになっていたんだよ。知っていた。でも、口でも心ん中でも、“妹護る”って口癖にして――。

 違うのになぁ。俺が成りたかった勇者ってのは、“自分が活躍して自分が凄いと自信もって自分で大切なもの護って”……って、そんなんじゃなかっただろう? そもそもさ、“勇者になる”ってのが願いじゃないだろうよ。妹護らねぇと。何考えてたんだ、コイツは?

 ――いや、俺だ。コイツじゃねぇ、“オレ”だよ。他人行儀にすんなって。

 そうやって勘違いして、認めたくない現実を否定して、理想の自分が真実だといつの間にか自分の嘘に引っ掛かって。都合の悪いことを退けて希望だけ事実だと偽っても……それじゃ、現状何にも変わるわけないじゃねぇか! だって、嘘で生きてんだもん。当たり前だろう。だから、無理か可能かも解らず、何で上手くいかないかも解んなくなって、そして……こうやって、どうにも取り戻せないものを失って、ようやく気が付く。避けられない現実に直面して、やっと、やっと――うぅっ、うぁあぁぁ……ぁあああっ!


 そうだよ、認めるよ。

 俺は、何も、出来ないっ! 勇者になんか、なれないっ!

 失敗ばかりして、人に助けられてばかりの、そんな人間さ!!



 ぐぅっ、うぁああ、わああぁっぁぁ……うぇぇえええっ、ひぃぃぃぃ……っ……

 うぉっぉぉぉ……うわぁぁぁぁんん……ふぅぇええっ、えっ、ぐすっ、ひぅ……



 ……でもよ。だからって、夢も希望も捨て去るのか? 今度は放棄して、無かったことにして、忘れ去るのか?

 力が無いから、何にもできないからって、希望を捨てるのかよ? そんでいつかどこかで妹が死んだであろうことも知らずに、必死に昔を忘れることに労力かけて、生きるのか??

 違うって、違う。それはダメだ。護るんだよ、確かに俺は雑魚だけどさ。それでも、叶えるんだよ。まともに剣も振れない騎士にだって、目の前に立って壁になるくらいできるし、それに…………そうさ。


 俺はダメな男だろうけど。世の中には、「こいつは凄い」「こいつこそ勇者だろ」って人間、一杯いる。それこそ俺に比べて凄いってことなら、星の数だよ。


 ならさ、その中に――――― )





「ダメな俺が、願いを叶える手段――――か……」










<SCENE-2:だから彼は勇者ではない>


 換気扇のファンが停止していた。先週から壊れて動かなくなったファンが、沈黙している。

 最後にロイと話してから2週間。ユウキ少年はベッド掛布団を剥ぎ取り、起き上がって洗面台へと向かった。

 顔を洗い、髭を剃り、歯を磨いて、髪を整える。

 服装チェック。しっかりシャツ伸ばして、襟立てて。

 腰元、指元、首元、最後に目元に忘れず装着。――まだ、ためらいはある。


 整容終えて、朝食のトースト作り。いちごジャムを塗ってから頬張った。ここ数日続いている変わらない朝の流れをこなして、彼は改めてベッドに身を投げる。天井を見上げて、もう形状を記憶しつくしたシミを眺めた。

 もうしばらくしたら、カイエキが置いていったトレーニングシートを参照して、それをこなして……そうだ、いつもの朝である。

 そのいつもの朝に刺激が入る。所持する通話機がメールを受信したのである。


 誰からだろうか。差出人は――――。




 本の多い部屋。本棚に囲まれたその部屋にある机の天板は、現在書類の山で隠れてすっかり見えなくなっている。

 部屋の主である少女は、薄く紫がかった黒のレディススーツ姿で、積み重なった書類を機械のように捌いていた。彼女の座る椅子の背もたれには、両側に金貨の刺繍が入ったコートが掛かっている。


 コン・コン。扉がノックされた。少女はピタリ、手を止める。彼女は溜息を吐いてからペンを置き、立ち上がった。机の前に立ち、「どうぞ」と一声。応じて、扉が開いていく――。

 部屋の主であるネフィス・ロイは知っていた。扉を開いて入って来るのが、誰であるかを把握していた。何せ、時間を指定して呼びつけたのは自分なのだから。


 ――あの日以来、鏡を見るのが好きじゃない。自分の目が曇っていると、よく解ってるから。心なしか、目の下にクマができたような気もして、それも嫌だ。

 それもこれも全部、責任はアレ。だから、容赦なく、淡々と。冷酷に“異動”を突き付けて、さっさと部屋から追い出そう。直接言い渡すのは、義理立てとせめてもの情けだから。


 ・・・・・そう、彼女は誰が入って来るのか知っていたはず、なのだが……思わず。


「―――え。あなた、誰?」

 一呼吸忘れて硬直し、続けて問いかけた。入ってきた人が、瞬時に誰なのか判別できなくて、予想外に虚を突かれた。

 入室者は答える。

「誰って何さ。俺が“タカヤマ・ユウキ”以外の何だってんだ」

 こちらも少々驚いて、思わず自分をはっきりと親指で示した。“サングラスで隠された目元から”、困惑しているのであろう眉毛の動きが伺える。

「―――え。ユウキなの? え、だってちょっと……変じゃない?」

 紹介されて尚、ロイは若干後ずさる。ただ、彼女は心の中で「確かにそうらしいわ」と声を聞いたことで妙に納得していた。

「変とか言うなよ……知り合いの前に出るのは初めてなんだからさ、イメージチェンジ・俺」

 ユウキを名乗る男はささっとその“染め上げた金髪を”クシで整えた。緊張から不安な部分を正そうとしているらしい。クシを動かす彼の指先には“複数の指輪”が装着されており、首元には“どこの民族だか解らないネックレス”が掛かっている。

 照れを隠すように、変容したユウキは落ち着かない様子で赤い絨毯を歩き、意味もなく本棚に寄りかかった。歩くたびに、その腰元に下がっている“三重のシルバーチェーンが揺れて”うるさい。

 ・・・すっかり変わってしまった。彼の見た目はロイが見ないこの2週間の間に、まったくもっての別人の如く変化してしまっていた。あの黒髪の平凡な外見の少年は何処へ?


 あまりの衝撃を受けて。ロイは呆然と口を開いて挙動不審なユウキをしばらく観察していた。見られているユウキは意識してか、余計に動きが雑多になる。

 しかし、ロイはしばらくソレを観察してから「ハッ」と我に返り、溜息を大きく吐いて首を振った。

「――あの後、あなたが何を考え、何を思ったのかは知らないけどね。もう、いいわ。必要なことだけ言ったら、さっさと出てってもらうから」

 その瞳は大変に冷酷だ。鋭い眼光は、興味ないモノを蔑む猫科のそれに近い。本当に、露骨に冷めている。

「あー、うん。あーっと……」

 聞いているのかいないのか。ユウキは冷たい言葉を受けてもまったく変わらず、そわそわとしている。

「言いたいことは2つよ。まず、あなた、異動を命じるわ。もう今日付けでマスクスの処理班に回ってもらうから。言わば暗部も暗部。今までみたいな曖昧な特別待遇じゃなくなる。だからきっと、ダメな時はあっさりダメよ」

「え……あ、そう……えぇ」

 ユウキは処理班というものを知っていたので、その単語に反応して悲しそうな声を出した。サングラスで表情を隠しているらしいのに、まったく隠せていない。露骨である。

「あと1点は――前任の総院が都合により退席されたとのことで、私が次のネメシス総帥、かつ9院の一席になったから。今までの功績と、彼女の罪を迅速に伝えた誠意が認められてね……」

「……罪を伝えたって? 一体、おい、どういうことロイ―――」

「うるさい黙って。私が言いたいことだけ言うの。――それで、退席したとは言え、前任者がやり残した仕事があってね――まぁ、あなたの保護なんだけど。継続はするわ、“形だけ”ね。悪いけど、私が意図してあなたを助けるなんて思わない事ね」

「……うん、解った」

「――――本当に解っているの? あなた、どうせそんなことないって気楽に――」

「いや、解ったよ。オーケー、ロイは俺を“保護はしない”、ね」

「?? まぁ、どうせあなたの生返事なんて信用ならないけど、いいわ。じゃ、以上で話は終わりよ。お引き取り願うわ、マスクス下部構成員ユウキ=タカヤマ」

 ロイは追い払うように手を振った。すでに背を見せて、席に戻ろうとしている。

「おっと、そりゃないだろぅ、ロイ。今度は俺の番だ」

 ユウキはここぞとばかりに声を張り、少女の背中を指さした。ロイは構わずスタスタ歩いて……着席。ペンを握って書類の処理を再開する。

「ええっ!? いやいや、ロイさん。ちょっとそりゃわがまま過ぎだって! あのね、俺もあれから色々考えて、そんで、お前には言っておかないとってさ―――」

「私の中では、すでに会話は終了しています。この部屋には私1人。耳障りな騒音はお引き取り下さい」

「だーっから! ああ、もうっ、いいよ。じゃ、このまま言うから!!」

 一切視線もくれず、書類と向き合うロイ。その態度に憤慨しながらも、ユウキは襟元を直し、髪型を整えてから背筋を伸ばした。机越しにじっと、彼女を見る。

「俺さ。解った……てか、認めたんだよ。俺は何もできないやつだって」

「随分今更な事を。1足す1は2みたいな、くだらない言葉を吐くくらいなら出てってよ。本当に邪魔ですから」

「うぐっ……ぬぬ、ま、そうだよ。確かに今更なんだよ。でも、いざ自分の無力を認めるのって、恥ずかしいし度胸がいるぜ? ――まぁ、何でもできちゃうガールのお前には到底解らんだろうがね!」

「はい、解りません」

「・・・・・そんで。この前の――」

 ロイが睨んだ。ペンを止めて、鋭く、怒りの形相で睨みつけた。

「解ってるって。謝るとか、そうじゃないんだ。……あの日の出来事は。分を弁えない俺が、周りの忠告も聞かないで、機も見ずに勝手に焦って行動した結果だ。これも怒るだろうけど……俺、それを自覚してさ、反省はしたんだ」

 ロイは唇を噛んで凄まじい形相で数秒、ユウキを見ていた。そして、振り切るように書類に目を戻し、雑な速度でペンを走らせる。

「俺はヒュウの代わり……そうやって彼女の後を俺が埋めようとか、そんなことは早々に考えるのをやめた。無理だ。俺には、無理」

「――――ええ、だから、私が、こうして……」

「そう、“俺には無理”なんだよ。現に今、彼女の代わりには君が座っているだろう。できると思うよ、ロイなら」

「―――何ですって?」

「だってお前、凄いもの。ほら、お前がヒュウと言い合いしてると、途中までは姉さんが勝ってるのに、最後はなんだかんだロイが満足する形になるだろ?」

「何だってのよ。私の神経を逆なでして、何? 死にたいの? いいわよ、すぐにでも殺すわ」

「それは困る。いや、本当に俺はお前が凄いとつくづく思っている。それだけじゃない。カイエキだってあれは怪物の如くだよね。それに博識で思慮深いし何だかんだ優しいし……ちょっとズボラだったりするけど」

「?? もう、何なの? 可笑しくなったのなら、戯言はいい加減にして私に関わらない――」

「俺ってさ、勇者にはなれねぇんだよ。そこら辺に居る、村人Aにも喧嘩で負けそう・・・」

「――ゆうしゃ? むらびと? ……何よ~、もうっ!」

「そんな俺がお姫様を護りたいと願ったら、どうすればいいのか。俺は無理だ、相手が初期エンカウントの雑魚敵でも怪しい。だったら……頼めばいい。ロイ、カイエキ、ヒュウ姉さん、他にも、他にも――何らかの凄味がある人って、いるものなんだよね。この広い世界にはさ」

「―――――あなた、まさか」

「大体そういう人って、既に自分のやりたいこと、大切なもの、見つけて道を進んじゃってるけどさ。でも、世の中にこれだけ優れた人がいるのなら、絶対居るハズなんだって。“素晴らしい才能と素質があるのに、生かすべき道も、目的も解らないでフラフラしてる”――って人が」

「……どうかしてるわ。笑顔で何、言っているのよ。あなた、自分がどれほど情けない事言おうとしているか――」

「ロイだってそうだったんじゃない? いや、ヒュウ姉さんとの出会いは解らんけどさ。……まぁ、ともかく。俺はこれから“仲間を探す”ことにしたから! 敢えて悪く言えば……俺の代わりに俺の目的を達成してくれるヤツらをさ!」


 ――晴れ渡っている。そう言い切ったユウキの表情は、とても明るい、笑顔である。

 話している内容を見れば「自分は何もできないクズです。だから人に頼ります」、そういう内容だ。しかし、彼は微塵も引け目見せていない。恥すら感じていない。

 解していないのか? ……違う。彼ほど、己の無力を自覚して、誰かに助けられる惨めを知る人も少ない。

 それでも、彼はそんな本来恥ずべき目標を、自信満々に語っているのである。


 ロイの手先が止まり、ペンが停止した。

 彼女はポカンと口を開き、書類の山の狭間にある、サングラスを掛けた少年を注視している。

「俺、これからはあんまり無茶はしないさ。無茶は、それを無茶ではないものとして越えられる人に、代わりにやってもらう。代わりに俺は、迷えるその人に生き甲斐ってか、目標を与えるんだ。その人が本当にやりたいこと見つけたら、その時は見送るよ。

 この格好は、ほら、第一印象って大事だろう? 会った人になるべく覚えててもらえば、そこから見つかるかもじゃん! ――情けないなぁ、って冷静に思えばそうだけどさ。俺は情けなくても、弱くてもいいんだって。大事なことは、護りたいものを護れるってこと。俺は……俺は、勇者になれなくっていいんだ!」

 笑顔で言い切ったユウキだが。言葉の最後だけ、やや言葉を詰まらせた。飲み込みかけた言葉を、無理矢理吐きだした。

 ネフィス・ロイは呆然とその姿を見ている。間違いなく呆れているのに、どうしてか彼女は目を逸らそうとは思わなかった。相手は決して整った顔立ちの少年でもないのだが……。

「そんで……さっきさ、ロイ、俺の“保護はしない”って言ったじゃん?」

「え、ええ――そうよ、曲げないわ!」

「うん、それはいいからさ。・・・・・その、保護じゃなくってね。俺の志の、ちょっとしたお手伝いとかならさぁ――ネ☆」

 ユウキはもじもじしながら、ウインクを飛ばした。その片目を瞑った表情を見て、ロイは身を引いて苦そうな顔をしている。

 構わずユウキは続けた。

「よさそうな人の紹介とかでいいからさぁ~、ほら、ロイって人脈作るのお上手じゃない? だからさぁ~なぁ~、いいだろぅ??」

 ロイは……無言で机の裏にあるボタンを「ポチッ」とやる。指紋認証のそれに部屋の主が触れれば、即座に―――。

「総院! 何か異常が!?」

「あっ、なんだコイツ!? 侵入者ですね、ええいっ、大人しくしろ!」

「抵抗は無駄だ! フザケタ格好した若者だな……まともじゃなさそうだぞ!」

 急ごしらえのオシャレは、警備の構成員にとって“どう見ても侵入者”と映ったらしい。ロイの言葉も聞かずに、さっさとユウキを拘束してしまった。――というか、ロイは一言も発さない。ただ、見ている。

「ああっ!? ちょっ、何コレ、何コレ!?」

 うろたえるユウキだが、成す術もなく、手際よく捕縛される。屈強な警備構成員に担ぎ上げられると、彼はロイに助けを求めた。だが、ロイは何も言わない。ただ、笑って手を振っている。

「おーい、ロイ! 何が気に喰わなかったんだ、どうしてこんな――ア! トミタさん! 俺っすよ、俺! ユウキです、ほら、カイエキジイさんの弟子の……」

「何ぃ? 知らんぞお前なんか? 私の知るユウキ少年は、もっと平凡真面目そうな黒髪の人だ!」

「いや、イメチェン! イメチェンしたんすよ! ほら、見て見て、この目を――って。ああ、グラサンで見えないかぁ……」

「よし、さっさと詰問だ! 尋問にかけてしまえ!」


 「「イエッサー!!」」


「ああっ、だから待って、ちょっ、ほんと……ロイーっ! 助けて、ロイ、ヘルプ・ミー!!」

 ユウキの叫びが虚しく木霊した。彼らは応答を繰り返しながら部屋を出ていき、そこには嵐が去ったような静けさだけが残る。

 やっと望み通りに静寂となった部屋で、ロイが言う。

「だから、言ったじゃないの。保護はしないわよ~ってね」

 彼女は椅子に掛けたコートに手を掛け、それを愛おしく見つめながら、問うた。

「――あなたの代わり、か。私に出来るかな。不安だけど、でも……そうね。“どうして私がこんな目に”って考えているよりも、“私じゃなければあなたの意志は護れない”って考えた方が―――やる気、出るかもね」




 ・・・高山ユウキは2つの衝撃を受け、ようやく、認めた。そこに至るまで彼は随分と情けなく、そして、至ったところで変わらず情けないままである。

 だが、それでも。自分の無力な部分を認めて、人に救われることを恥と断じて無理をするようなことはなくなった。結果、それは自分を大切にすることに繋がる。無謀なハードルを避けたり、独力だけで超える以外の手段を見出すことで、躓いてケガをする可能性を減少できる。


 以来、ユウキはマスクスという組織の末端構成員から始まり。いくらかの来歴の中で、“出会っていく”。






 ある日。師であるカイエキが仕事の帰りに“目つきの鋭い少年”を連れて帰ってきた。カイエキはユウキ少年に「世話を任せる」と言う。


「よぉし……そんじゃ、まずは大切なコードネームから付けるか。う~ん、鋭い目つきに、銀色の髪の毛……よっしゃ、君は今日から、“銀狐”だ! いいだろう??」

「―――――ああ゛?」



 ある日。日本でヤクザくずれになり、それでも志折れずにいたユウキ青年は、自分の事務所が入ったビルの前で“黄昏ている少年”を見つける。


「ラーメンッ!! ラーメン食わねぇか!? そこの『味一』は美んめぇぞぉ~~。

 ほら、な~にしてんだ。奢るからよ~。少しくらいお兄ぃさんの小言に付き合ってくれぃ」

「……さびしい野郎だ。話し相手もまともにいねぇのかよ」




 ある日。ユウキ青年は寂れた教会を訪れた。人の気配がない、長閑なその場所。

 そこに、木の幹に身を任せて項垂れている、“カウボーイハットを被った少年”があった。


「よぉ、また会ったなぁっハハハ!」

「……なんだ、てめぇか。いよいよ目障りだな。切り落とすか、その首」

「マテ、オチツキナサイ。ちょっと話を聞いてほしいんだよ」

「聞く気が無いって解らないか……馬鹿な舌引き伸ばして、この幹に打ち付けよう」

「やめてって! 大丈夫、怖くない、怖くない。……なぁ、アルフレッド」

「聞かないって言ってんだろ」


「お前、俺と一緒に――― 世界を救わないか?」


「・・・・・ハ?」










 ――――そして。




  高山ユウキが世界の壁を跨いでから



――――――――――――――――――――――――――――――――



  7年の月日が、流れた――――










 COINS-STORY AGE・BC 


 TITLE. [ Start of Brave Ages ]


 SECTION:「それは実際、勇者だったのかもしれない」



               ・・・ END



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ