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過程と現状

 少年、【高山ユウキ】は足りない日常にもがき、思い悩んでいた。確信の無い自信と未来を当てにして、虚勢を張っていた。

 遂に迎えた「その時」。彼は世界の壁を獣臭と共に越え、その先でスーツ姿のアラフォー予備軍と出会う。

 触手にその身を拘束されたり、少女の容赦ない冷ややかな視線と拒絶に怯みかけるも、浮かれ調子が全てをポジティブ変換。見事、少女にこれ以上ない悪印象を与えることに成功する。もっとも、当人は「同年代の子とさっそく打ち解けられた俺って凄い」としか考えていないだろうが……。

 しかし。順風満帆、明るい未来を描いて我が世の春を謳歌しかけた少年の前に、謎の巨漢が立ち塞がった。

 好意的な女性→同い年の少女ときて、次の接点がまさか『白いフード付きのコートに身を包んだ金属質な鱗がチラ見えする厳ついマスクの巨漢』とは……少年ユウキの楽観視をもってして、想像できたはずもない。

 彼は自分を見下ろす軽く2mを越す巨漢の視線に、あたかも蛇に睨まれた蛙のごとく硬直。ズリズリと摺り足に、隣の少女の後ろへと身を隠したのだった………。




<SCENE-1:トカゲに愛されたロバ>


 フカフカの赤絨毯の廊下。ユウキ少年と少女【ロイ】の行く先を、肩幅の広いシルエットが塞いでいる。――いや、“彼”は「塞ぐ」という意識はないのだが、大柄なため自動的にそうなってしまっている。

 少女ロイは別段、平然とした様子で。背後で青ざめている少年をチラリと確認すると、少々の思案の後、邪悪な笑みを心中に浮かべた。

「あら、これはこれは……“NINJA”さん、本部で会うのは久しぶりですね」

「猫の嬢、あなたこそ。部屋を出て、それもそのような若者を連れているとは……やや疲労も感じられるが?」

 白コートの巨漢。彼の表情は目元しか解らない。ユウキにはとてもではないが、その心情を察することはできなく、また、低く重厚感溢れる口調がたまらなく不気味に思えた。

「余計な推察ね。執考院に召喚されたのよ」

「ははは、これは過ぎたことをしたか。だが、なれば。その小僧は――」

「その通り。執考院からの授かり物でね……いいわ。丁度、あなたに連絡を取ろうとしていたのよ」

「ほぅ? 任務ということなら、助力は惜しまんが……」

 怪しい巨漢と含みのあるロイは二人でぼそぼそと会話を続けた。過程にユウキは一切介在せず、互いに予測を交えたやりとりなので、背後で聞くだけの少年には欠片も意図が伝わらない。少年はただただ、こんな物騒な男と平然と会話するロイすら「なんだコイツ」と思っていた。

 二、三分言葉を交わした後。ロイが少年の視界から身を避けた。まずいことに、これではユウキと巨漢の間に遮る壁がない。ユウキは改めてロイの背後に回ろうとしたが、彼女は壁に背を預けており、フイとそっぽを向いて当てにならない。

 そうこうする内に、巨漢はユウキとの距離を詰める。それこそ、その気になれば殴れるくらいの距離……。殴ったとしても、金属質な鱗に守られたボディを相手にしては、ユウキの拳の方が危ういだろう。その逆に、巨漢が軽く腕を振りぬけば、ユウキはいつだって数m空を跳べる。

 ユウキは恐怖した。愕然として微震する彼に対して……巨漢は緩慢な動作で身を屈めると、目線を合わせて静かに語る。

「――黒風の合路にして、我こそが八川本流。鱗の協力者、【万嘉 凱蜴(以下:カイエキ)】。……今日、この時より、和協の友からお主の“相棒”を承り申した。至らぬこともあろうが、どうぞよろしく頼みますぞ、高山ユウキよ」

 鋼鉄のマスク越しに、くぐもった声がユウキの耳に届く。ユウキは「・・・・・はい?」と、潤んだ瞳で苦笑いを送った。

 巨漢のカイエキは身を起こすと腕を組み、頷いて見せた。一動作一動作、近くにあればシャラシャラと金属の削れる音が聞こえてくる。包丁を研ぐような鋭利な音が、ユウキには怖い。

「事情は猫の嬢より聞き及んでおる。どうやら幾分も、苦労があるらしいではないか。しかし、若くして己が先を見定めるその度量は立派! 任せたもう。今日より私は、お主にとっても鱗の協力者である」

 ハッハハハ……と、マスクの中から確かに笑い声がこもって響いていた。だが、表情の手掛かりである目元は笑っているのか睨みつけているのか、よく解らない。

「――あなたが別の世界から来た、ってことは言っていないわ。こちらにもある、“日本”で暮らしていた平和ボケの異国人って話にしてあるから」

「は……え、なに?」

 いつの間にか。歩き始めていたロイが、すれ違い様にそう告げた。ほんの少し足を止めて、囁くように。

「世界が違うって考えは、しばらく忘れなさい。その表現を使っても、あなた、馬鹿に見られるだけよ。ほとんどの人はそんなこと、知らないのだから。……ま、あとはあなた次第。頑張ってね、オウエンハシテイルカラ」

「・・・・・ちょっ、あれ、ロイさん?? キミは一緒にいてくれな――」

 ユウキが振り返るともう、ロイは随分と離れてしまっていた。他には何も言わず、振り返ることもなく、誰も見ていない表情に清々しい笑顔を浮かべて……。離れ際、相当早足に歩いたのだろう。その速度こそが、ユウキと彼女の距離感だ。

「ああっ、ま、待って! こんなこと、話が違うよぉ!」

「ん、何が違うのか?」

「ぎゃぁッ!!!」

 ポン、と肩に手が乗る。その大きな手のひらの、なんて――――冷たい。金属の鱗が手甲のように形成されていて、硬いし冷たい。

「助言者ロイは多忙であるからな。あまり時間のかかるような案件に当たれないのは必然。だからこそ、私のような協力者、そして彼女の多くの部下がある」

「・・・・・あの、ええと」

「カイエキでよい。人は忍びのだの影のだの鱗のだの言うが……これより“こんび”を組む我等には堅苦しい。うむ、そうだろう? ユウキよ」

 迫り、覗き込むように顔面を近づけるカイエキ。年季を感じさせるその眼光だけでは、笑っているのか威圧しているのか解らない。

「ままま、まっテ! ぼぼ、僕はもう少しお、穏やかな感じの人が……」

「安心めされ! 我が心は凪の海面に似るものよ……されど、ユウキ! 私はお主の教育者も兼ねる。よって、時に吹き荒れる嵐にも、聳え迫る大波ともなること――努々覚悟なされいッ!」

 頭部をグワングワンと揺らされる。それは、撫でられているのかアイアンクローを食らっているのか解らない圧力。下あごが左右に振れる風圧。

「・・・・・や、やっぱり嫌だぁああああああ! ロイ、ロイー! 戻ってきてぇ! こんな怖いおっさんと二人きりなんて、あんまりだよぉぉぉおおお!!!」

 ユウキの中で何らかの糸が切れたのだろう。彼は涙腺から塩水を大放出し、鼻水を吐きだしながら叫んだ。バタバタと足を動かすが、頭部を掴まれて宙づりの状態では、1ミリたりとも逃亡できない。

「むぅ、なんと、どうしたことか……」

「ヒュウ姉ざぁ~ん! 助げてっ、勇者の旅立ちが大ピンチッ!! 町出て最初の対面が魔王なんでずぅ!!!」

「こら、泣くな。大望ある若人が、そんな容易く涙を見せるでない! ……これは、教育のし甲斐があるな……」

 やれやれと唸り、カイエキはシャリシャリと首を左右に動かした。巨漢は掴んでいる少年を小脇に抱えると、深く足跡を残しながら、赤絨毯の廊下を歩んでいく。

「は、離せぇ! 誘拐だぁ! 不気味なおっさんに拉致されるぅぅぅ!!!」

「おっさんではない。ジジイである」

 ズンコズンコと、容赦のない歩調で巨漢と小荷物は廊下の先に消えていった。

 あまりにも少年が喚くので、施設のセキュリティが出動してきたが。その誰もが巨漢の一言で武器を下げ、僅かにも少年を助けようとはしない。むしろ生暖かい笑みで二人を見送っていた。


 ――高山ユウキはその日以来、未知の世界にて。「忍びのカイエキ」と行動を共にすることになる。



<SCENE-1.5:説明しよう!>


 バンカ・カイエキは「MASKSマスクス」という組織に協力する者である。マスクスはネフィス・ロイが管轄する組織であり、大雑把に「何でも屋」といった働きを担う。ただ、そうは言っても要するに彼らは「雑務処理」の為にある組織であり、“立場”としては高尚なものでもない。

 ここでの“立場”とは、何を意味するか? それは、【COINS】という巨大な枠組みにおいて、ということになる。

 「COINS」はいくつもの組織を集合させたグループであるものの、その実態は「共通した理想への協力者集団」といったところだ。近い表現としては、国民の存在しない国家、王の存在しない王国、とでも言うべきか。霞というよりは世界に満ちる大気と言ったところで、何をもって「COINS」とするのかは幹部でも意見が割れている。しかし、それが何らかの根幹を中心として構成されていることは確かで、いっそ「COINS」は1つの概念として考えておくのが自然であろう。

 では、その概念はと言えば――はっきりと「世界平和」である。争いがなく、誰もが理解し合い、不満も納得も不条理も平等に行き渡る……そんな世界を目指している。

 経済の安定を図って国の情勢に介入してみたり、全体から見て不利益と判断した紛争を終わらせたり、生物としての根元から解り合う為に既存の人類を修正にかけたり、と。その活動は精力的で多岐に渡る。「COINS」の為になる事を成す人は多いが、その大半は自分が「COINS」の為になっているなど知らず、そもそもそんな考え方も呼び方も知らない。だが、確かに人類の半分以上は「COINS」にされている。


 「COINS」では社会運営を9つの要素として大別しており、それぞれに省庁の如き役割と「院」の称号を持つ幹部を据えている。その中でもとりわけ、「雑務」「微調整」「暗部の定義」を行うのが「NEMESISネメシス」だ。あちらでの意味合いとしては「日陰の強制意思」とされている。

 ネメシスは執考院が一席、フューラー=サルメ=カドレウスを頭脳として機能している企業団体であり、部署としてみればかなり忙しく、業務が細かい。その上名前のようにやや日陰物の印象がある、“報われにくい”存在である。

 寝返って味方となった存在や繋がりが怪しい存在は、取りあえず最前線で扱うのがよろしいだろうが……これはつまり、ネメシスを表している。そもそも院であるフューラーからして「北方」と呼ばれる魔術師協会の出であり、未だに繋がりアリと聞く。

 発端が「西方」とされる「COINS」からしたら危険視して当然。されど、その位・実績・実力を考慮して軽んじた立場にも置けない……だからこその、ネメシス最高経営責任者なのである。フューラーは自ら「COINSのため」と理解を示して故郷を離れたが、名称から北方特有のサルメ(旅行召喚師)号を外さないのは、その図太い神経と揺るぎない度胸を意味するものであろう。

 ネメシスの下部組織として、先述のマスクスは存在する。これも雑務班であることには変わらないが、内容としては幾分にも危険なものが多いのが特徴。具体的には個人の生死を直接左右する局所的業務が多い。柔らかく言えば、人殺しと護衛である。

 マスクスもネメシスの一部であるからには、構成員は生粋の「COINS」ではない、もしくは操縦不能のような人材が蔓延っており、これを統率するには卓越した運営能力を必要とする。

 興りは直接フューラーが操作する、繊細で切れ味鋭い1チームに過ぎなかったが、これの制御のせいで彼女は院として多大な負担を受けていた。そこに、これも流れ者で何をしでかすか解らない少女ロイが加わり、彼女が指揮を執るようになったことで独立営利組織、マスクスが誕生したのである。


 高山ユウキが「勇者になる」と意気込んで飛び込んだ世界。そこで配属されたのは……そんな場所だった。




<SCENE-3:過程と>


 カイエキは無知な少年に、世界のことを様々に教えてくれた。

 最初には自分達の組織であるネメシス、及びマスクスのこと。それに伴い「COINS」についても触れたが――。

『こいんず……カイエキさん、それってつまりラヴ・アンド・ピースですね??』

『む?』

『アレですね、大人の世界の“建前”ってやつスね! 世界平和宣言っスよ! ほんで、組織はそれに募金していると……』

『むむ??』

 ――と。これまたカイエキの話し方もあって、どうやらそれを合言葉や慈善活動の市民団体のようなものだと認識したらしい。大きな誤解だが、大体合っている。


 教育者は「危険」となりうることをよく説いた。あんまり堅気ではない組織で生きる上で、それは何よりも重要な知識だろう。

 カイエキはロイから『アレを育成してほしい。あなたなりに厳しく、人格や個性が変わって笑顔が失せるくらいで構わないわ。ただ、死なないことが望ましい……しょうがないわよね。ヒュウの願いだから』と、口惜しそうに言われていた。しかし、それとは別に。

 長く生きる彼は、人の内面や能力を測る眼力を会得していた。そのカイエキは実際にユウキと接して……内面的にも能力的にも、とてもではないが裏の世界で――いや、一般の社会ですら危ういような気がして。

 なんというか、力が及ばない、というか、まだ少年だからとか抜きにして、その……ハッキリ言ってしまえば・・・・・

(こいつは“死ぬ”ぞ。生半可な保護では、間違いなく、死ぬ。

 ――幻想歩きはこの少年を“いずれ世界に必要だ”と評価したらしいが……難しいものだ。現時点で力無いのは仕方がない。だが、それ以上に。私のこの目が節穴でなければ……悪いが、彼にはおそらく伸びるべき伸びしろが――)

『楽勝っスよ! へへへ、案外チョロイもんすね。一発撃ったら、もう、なにも怖かねぇや!!』

『あ、こら。防音ヘッドホンを……』


“ズガァンッ!!!”


『――っっっアあああああ!!! うるっせぇえええええ!!! 耳がっああああああ!!!』

『戯け、すぐに調子に乗るでない! ああ、叫ぶな、五月蠅いのぅ』

 ――ハッキリ言って。カイエキの老獪な眼は、ユウキ少年に殊勝な輝きを見いだせなかった。少年は、何をやらせても中途半端にダメだったのだ。

 手っ取り早い護衛手段として拳銃を扱わせてみたが、すぐに油断する彼では所持しているだけで危うく、第一、射撃の才能がまるで無いので意義がない。


『・・・・・(ジリジリ)』

『どうした?』

『・・・・・(ジリジリ)』

『こら、いつまでもそうやって微妙に前後しているだけでは、埒が明かんぞ』

『――ねぇ、師匠?』

『なんだ?』

『一度ナイフ仕舞ってくれない? それか、偽物のやつ使うとかさ。危ないよ?』

『いや、だから。いつまでもおもちゃを相手にしていては、得物を持つ相手への対処など、到底実際にはできないではないか』

『だって、触ったら血がでるもの……』

『動かさないから。ほら、大丈夫』

『・・・・・(ジリジリ)』

『――いや、おい。いい加減にしなさいっ! ……ええい、もう! こうなったらこちらから……』

『イっ!? キャぁあ! 危ないよぉ!』

『逃げるな、訓練にならんぞ!』

『イヤぁ、イヤぁ、死にたくなぁーい! 死にたくなぁーい!!』

 まったくの戦闘素人である彼に武術を教えようともしたが……精神面からして隙だらけなのは変わらず、度胸が皆無。それに間合いの把握が致命的にできないので、相手が素人でない限り、実戦で役立つことはほとんどないだろう。


『――はい、では、ここまでで何か質問はありますか?』

『・・・・・ありません』

『おお! それは素晴らしい。これまでの無理解がウソのようですな。ではさっそく……』

『先生、勘違いしないでいただきたい。――ボクは、“理解できたことなど何もありません”、と言ったのです!!』

『――――若人よ、戯れは既に十分。せめて取り組む姿勢を買いたいものだが』

『ふぇぇぇん、全然解んないよぉぉ! 魔法使いたいよぉ! 勇者たるもの、光線の一つも放ってみたいよぉ!』

『これは……如何したことだろう、Mr.スクゥエイマ?』

『すまんな、プリズムよ。授業を続けてくれ。こやつには根気をもって当たりたい』

『見定めるか。一向、構わないが――望みは薄いと助言させてもらおう』

『……もう、知っている』

 フューラーが未来を信じているとのことで、ならば魔術の長でもあるか、とやらせてみたが……動的な現象は一切起こせない。というか魔力が「無い」に近い潜在性。少年には不可能なのだが、仮に彼がボンヤリと手を光らせる魔術を理解したとしても、使用すればそれだけで瀕死になるだろう。魔術に関する基礎知識は得たが、それだけである。


 身体能力も平凡で、かといって「努力」の才能があるわけでもない。人目を盗んで楽をする技術だけがグングン伸びて、どんどん効率は落ちていく。

『あっ、しまったな。ふくらはぎが異常を起こしてしまったぞ?』

『……それは一昨日使った手ではないか。しかも、開始2分でそれはないだろう』

『違うんだな、コレが。いわゆる“癖になった”というもので、ここで無理をすると後々に響くんですよ。長期的な視野でここは休息をとるのも重要だと、ボクは思いたい。自分の身体だからね、自分がよく解るんだ』

『私から見て、その程度なら訓練を続行――せめてノルマは達成するべきだと思うが?』

『カイエキ、解ったよ……あなたがそこまで言うのなら……』

『ほぅ、素直だな』

『うん。一時間ほど休んでから再開することにしたよ。アドバイス、マジ感謝☆』

『…………』

 カイエキは他にも色々と試した。事務方の可能性も考えて教え込んでみたが……そこはさすがに若さからくる吸収力。覚えはそこそこに早い。だが、有能かと言うと微妙なラインで。定期的にミスをしないと気が収まらないのか、というほどに「ここぞ!」で抜けを出す。

 まぁ、それでも細かい報告などを任せられる程度には育ち、ユウキ少年はまったくの役立たずということもなくなった。いなくても大差ないくらいだが。


 鱗の客人、カイエキへの期待は大きい。組織の依存度は相当なものだった。だが、本来可能なレベルに高い難度の依頼も、付属する不良品がブレーキとなり、彼は以前より満足な活動をできずにいた。

 マスクス内部からは「何故、NINJA殿はあんなものを連れているのだ?」「弟子や部下とするにも、疑問なものだが……」「傍から見る我々でも察する程度なのだから、あの彼が知らない事もなかろうに」――と、変な意味でユウキ少年は周知されていたようだ。

 問い詰められても仕方ないほど、カイエキは本来に比して精彩を欠いていた。しかし元より「お節介」な人柄で、彼が任務の果てに困り人を拾うことは前例としてあった。何より、問い詰めるには大変な勇気が必要な相手なので、誰もが疑問を胸に仕舞い込んで当たらず障らずの距離を保っていたのである。



 そして一年が経過――。

 コバンザメのように寄生するユウキ少年は、それでも少しずつ現場を知り、世界を見た。

 だが、彼は未だ知らない。大前提の願いである「妹を護る」ということについて、最も重要である事柄。


 一体、何が“妹の危機”となり、そして、それがどうして“世界の危機”に繋がるのか?


 そのヒントすら知ることができず、焦り。

 思ったよりも特別な何かを得ない自分に、焦り。

 前の世界よりも、一層“凄い”現象や人々があるというのに――――


(――ああ、あれから一年か。なんてこった、もっと長く感じたよ。しかし、この一年で俺は……色んなことを知ったな。学校の風景が懐かしい。そう言えば、ミノル。9巻は買ったか? 黄金騎士は連載再開したか?

 ミノル。こっちの世界な、普通に魔法使いが居たよ。そんで、カワイイ女の子もいたさ。でもな、笑っちゃうよ。俺のパーティは未だに、俺とデカい爺さんだけなんだよ。しかも超マッチョだぜ。魔法全然使わねぇの。


 それでな、ミノル――俺、色々学んだよ。車、運転できるんだぜ? それにお前、拳銃、撃ったことないだろ? ハハ、これが難しいんだ。まったく当たらなくて。師匠からはもう、所持することも禁止されちゃってさ……ん、あれ?


 そういえばそうだな。俺、色々知ったけど……。


 俺は、何が変わっ――――)



『―――いたぞぉ! こっちだ! 集えぃッ!!』




<SCENE-3:現状。>


 某国の荒野。峡谷に半分埋もれて存在する、ある施設。

 警報が鳴り響き、警備兵がわらわらと、アサルトライフルを小脇に駆けまわっていた。どうやら侵入者があったらしい。ここは秘密のアジト。侵入者は生かして返せない。


 ――恐怖におびえて物陰にうずくまると、混乱の内は「どうしよう」「助けて」「死にたくない」「痛い思いは嫌だ」などの言葉が脳をグルグルする。

 だが、危機的状況に多少の間が生じると、心を落ち着かせるためだろうか。ふと、過去の楽しい思い出や親しい人の記憶が蘇ったりするものだ。【ユウキ少年】は今、まさに。そんな心情変化をなぞっていた。

「いたぞぉ! こっちだ! 集えぃッ!!」

「うひゃぇい!!?」

 心臓が飛び出そうなほどに、ユウキは驚いた。積まれた段ボールの影で現実逃避に勤しんでいたところ、強いライトに突然として照らされたのだ。思わず立ち上がって、わざわざ目立つような叫びを上げた。

「撃つか、殺すか!?」

「いや、待て。生きたままだ。口を割らせてから、それから殺そう!」

「了解! おい、そこの侵入者! 今は殺さないから、大人しく投降してもらおうか!」

「武器を捨て、壁に手をついて背を向けろぃ! まだ殺さないから!」

 銃を構えた4人がじりじりと迫る。しかし、随分と大きな声の相談である。これだけ「殺す殺す」言われたら、誰だって大人しくするわけもないだろう。まぁ、ビビってしまったのなら大人しくもなろうが……。

「そ、そ、そんなん言われて・・・誰が捕まるかよぉっ!!」

 ユウキ少年は――ビビった。確かに怯えてしまった。しかし、彼は恐怖に対して硬直し、大人しくはならなかった。狼狽して取り乱し、「きゃぁきゃぁ」悲鳴を上げて段ボールを登り、闇雲に逃走したのである。落下して右肘を痛めたが、かまわず逃げた。

 そんな有様では、武装して鍛えられた兵士から逃げられるわけもない。あっと言う間に再び追いつかれ、威嚇射撃にたまげてドンドン行き止まりへと誘導されていく。

「ウソだろっ、壁ぇぇぇええ!?」

 袋小路に入って振り返る。視界の先には、バッチリ狙撃態勢を構える4人の兵士。

「逃げられんぞ!」

「ひゃぁ、我慢できねぇ! 銃撃ダァッッッ!!」

 追い詰められた得物を見て、興奮した兵士が今にも引き金を引こうとしている。

(こ、こんなところで……!?)

 ユウキ少年は涙を流し、壁にすがって言葉になっていない、言い訳のような命乞いのような、何らかの声を出していた。

 その時である。

 突然と、ユウキから見て左側。袋小路の壁が……“破裂”した。


 舞い散る金属片、アスベスト粉――。それらを風圧で払いのけ、白い三角形の影がユウキと兵士4人の間に立ち塞がった。飛び出してきたそれが身を起こすと、金属の擦れる摩耗音がシャリシャリと奏でられる。その頭頂は、危うく袋小路の天井に接してしまいかねないほどに高い。

 白いフード付きのコートを纏ったその“巨漢”は、目元以外を覆ったマスク越しに、くぐもった低い声を響かせた。

「自負が過ぎるぞ、小僧。単独行動はお前にまだ早い……」

 巨漢の【カイエキ】は、悠然と振り返ってユウキに説教を始める。涙目のユウキは、「どこ行ってたんだよぉ!」と逆ギレした。

「な、なな、なんだ、お前は!?」

「ひぃっ、撃ってしまえぇ!!」

 まるで怪物を目撃したかのように兵士達はどよめき、次々とがむしゃらに銃口を熱くさせた。アサルトライフルの銃弾が無数に飛び出し、薬莢がカンカンと跳ね回る。そして、けたたましい銃声の中に「キンキン、チュイン」――と、金属が弾かれる鋭い音が紛れている。

 横殴りの豪雨のような銃撃が続く中。カイエキはこれも悠然と、余裕をもって兵士達へと向き直る。彼は銃声に紛れて「すまんな――」と呟いた。

 カイエキが鱗に覆われた腕を晒す。濃い緑色に、金属の光沢がある。

 巨漢は一度、腕を組むような仕草をすると、緩慢な振り返り動作からは想像もつかないような鋭い所作で両の腕を振り、広げた。

 1つ1つが5センチ辺はあるだろうか。厚みがあり、丁度将棋の駒のように5角形な鱗が――無数の金属の“刃”が。袋小路の空を裂き、兵士達の身体を襲撃した。

 獣の咆哮のような、耳をつんざく悲鳴と血しぶきが上がる。鱗のカイエキが放つ、金属刃の弾幕が相手となっては……。兵士の着込んでいた防弾ベストなど、そこらで市販されているTシャツと変わらない。

「――ここで失う訳にはいかんのでな。得物をもって人を襲ったからに、覚悟はあったのだろう?」

 カイエキは、変わらず金属の光沢がある腕をコートの袖に仕舞い込んだ。うめき声はしばらく残っていたが、やがて、そこには静寂が訪れる。

「さて、ユウキよ。お主はどうして私の言いつけを無視して……む?」

「・・・・・」

「むむ、ユウキ……なんだ、その子山羊のような瞳は?」

「・・・・・う」

 少年は、潤んだ瞳で巨漢を見上げている。

「まぁ、これにて懲りてくれたのなら、あまり多くは語らん。散々言い尽くしたことだしな、自重の心得は」

「・・・・・うっぷ」

 少年は、真顔で硬く口を閉じている。若干震えているようにも思われた。

「なんだ、頬を膨らましてきおる。それで泣くのか? ……泣かぬのなら、その風船顔は何事だ?」

「・・・うっぷ、うぉっ――――」

 少年は頬を膨らませ、堪えるように眉間にシワを寄せた。そして、カイエキはここで気が付く。

「あっ、なに。ああ、お主まさか………いやいや、イヤ! 壁を向け、壁をォ!!」

 少年は兵士達の散り様を見て、ショックで吐き気を覚えていたのである。この一年で人の死は初めてでもないのだが……未だに慣れない。



「やめっ、アアアアアア゛っ――――!!?」


「うぉっ、オゲロゲロゲロッ――――!!!」





 COINS-STORY AGE・ZERO

 SECTION「過程と現状」― end


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