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ルキスの剣  作者: 夜津
第四章 世界の行方
99/131

91 新たなる継承者


 俺が叫んだ先にはノーリとシル。ノーリはのんびりと顔を上げ、俺を見つけるとゆるゆると手を振った。相変わらずマイペースそうだな…。と、反対にシルはピリピリしてるみたいだ。戦闘中…だったんだよな。


 もう戦ってる状況じゃないって伝えるために、シェンユゥに戦闘に割って入るよう頼んだのは正解だった。シルは状況がつかめてないみたいだけど、ノーリは特に驚く様子もない。

俺も移動パネルが着陸するまでに軽く飛び降り、…いてっ、足捻った……じゃなくて!


 「シル、ノーリ!今は戦うのをやめてくれ!」

 「けどステイト、この二人は魔族で…」

 「俺の知り合いだから話せばわかるし、いい奴だから!」


 シェンユゥはシルが武器を下ろしたのを見ると、構えを解いて俺の傍に来る。忠犬シェンユゥ…とか思ってる場合じゃないよな…。ノーリが俺を見ながらこくりと頷いた。


 「俺はもともと、足止め係だから…赤い少年を殺すつもりはなかったけど。久しぶり、スティ少年」

 「お前のマイペースっぷりも健在だな…この場において緊張感がゼロ」

 「…あれ、コック君も和解した感じ?」

 「まぁ、な」


 シェンユゥが、答えた俺の隣で小さく頷く。こっちは一件落着したとはいえ、ちゃんと二人に今の状況を話さないとな。それに、…ニコラのことが心配だ。もしゾイと戦ってたりしたら…かなりまずいぞ。


 シルが珍しく不満そうに表情を曇らせて腕を組んだ。説明してくれるよね?と頭の中に直接語りかけられてる気がする。俺は慌てて両手をぶんぶん振りながら、皆にノイモントとルキスのことについて話すことにした。

そうだ、今はちゃんと分かってもらわないと!時は一刻を争うんだ…!突然そんなことを聞かされたって理解できないかもしれないけど…シル達には知っておいてもらう必要がある。


 ふぅ、と一呼吸。しっかり目を開き、俺は3人を見回した。


 「いきなりで悪いけど、聞いてくれ。実は…」


 

 *


 「それじゃ、そのノイモントっていうのが…世界を滅ぼしちゃうかもってこと!?しかも、もう間もなく…?」

 「そうなんだ。それを防ぐためにも聖剣を探しに来た…のに、もう力不足らしくて…」

 

 俺の説明の後、シルは信じられないという風に首を横に振った。そりゃ、いきなり言われたら信じられないのも当たり前だよな。…けど、魔族二人は淡々としていた。


 「そっかー…このイヤな気配はやっぱり、災いが近づいてるってことだったのかー…コック君も気付いてた?」

 「…」


 むしろ、考えに確信を持たせたらしい。ノーリはめんどくさそうに目を伏せ、シェンユゥは頷く代わりにぎゅっと拳を強く握った。やっぱり魔族は『気配』とか、目に見えない力に敏感なのかもしれないな。

だったらゾイが何であんなに楽観的なのかは非常に謎なんだけど。…いや、ゾイも本当はよく考えてるのかもしれない。俺が知ることじゃないんだけど。


 かつ、とシルが一歩、俺の方へ踏み出す。うつむいてるからその表情は分からない。…ショックだよな、そりゃ…。…俺が言葉を探していたとき。


 ――ガシッ!


 「う、うわ!?」

 「ステイトは!いつから…いつからこのことを知ってたの!?」

 

 突然シルが俺の肩を掴んで揺さぶる!うわわわ!痛いぐらいに掴まれ、反射で閉じた目をそっと開けると…苦しそうな表情のシルが俺を睨んでいた。…怒ってる。俺に、まっすぐに怒ってる。ひや、と心が冷えた。


 「答えて!」

 「………結構、前から。俺が魔王城に攫われる前から…話には聞いてた」

 「…どうして……、どうして言わなかったの?ニコラさんには話した?」

 「…言ってない。…だって!余計な心配かけるわけにいかねぇだろうが!」


 ―――バシッ!


 音の直後。じぃんと左頬に痛みが伝わる。ビンタされたと気付いたのはもうちょっと後だった。俺が何も言えないでいると、シルが言葉を絞り出すように言った。…肩を掴む手の力は…肩が砕けそうなほどに痛い。


 「何もわかってないのはステイトだよ。僕が、ニコラさんが、聖セレネやシエゼ・ルキスの皆が…どれだけステイトを心配してると思ってるの?皆、大事な人たちじゃないの?そんなに僕たちは頼りない?

  ステイトばかり悩み事を背負って!抱えて!一人で勝手に決意して!…僕たちは、そんなに信頼できないの!?」

 「違う!俺はただ、いらない心配をさせたくなくて…!」

 「……ニコラさんの前で同じこと言ったら、きっとボコボコにされるよ。…ステイト、よく聞いて」


 シルの手が俺の体からそっと離れる。小さく震えるシルが顔をゆっくりと上げた。…その表情は、俺が今まで見たことないほど真剣で、意志の強さに溢れてて…そして泣き出しそうなほど、脆くも見えた。


 「僕はステイトが好き。明るくて、…ちょっと変なところもあるけど、やんちゃだけど、根は真面目で優しくて照れ屋さんだよね。誰といても気付けば皆、ステイトのペースに乗せられてるんだ。

  みんな一緒だよ。皆、笑ってるステイトを見たいんだ。一人でそんな重い物を抱えて苦しんでるところなんて見たくないんだよ!」

 「…シル…」

 「お願い。これからは周りのことも見て。君の周りには君を大事にしてくれる人ばかりいるんだから…、弱いところ見せたって、誰も迷惑には思わないんだよ」

 

 …胸が痛い。鋭くて冷たいアルバートの言葉が浮かんでは落ちて、を繰り返してたのに。重くのしかかるノイモントも、悲しい言葉の破片も、今だけは砂になって消えたような気持ちになった。


 ついつい、と服の袖が引っ張られる。シェンユゥが俺を見て、それからシルを見て深く頷いた。ノーリもぽつり、と零す。


 「スティ少年は遠慮しすぎ」


 …あ、ダメかも。俺はそっと3人に背を向けて、できるだけ明るい声を出した。…できるだけ、明るい声を。


 「わ、分かってるよ!俺だってシルが好きだし、シェンユゥもノーリも信じてる。遠慮なんかしてねぇよ!…ほんとに!…だから、……ありがとう」


 きっと俺は今、ひどく情けない顔をしてる。…嬉しかった。そんなことを言われるなんて。分かってるつもりだったのに、俺はこれでも甘えてたつもりだったのにな…。ううん、違うな。お前らが優し過ぎるんだ。

俺がつけあがってもっとワガママになったって知らねぇぞ。そうやって言いたいのに、左頬の痛みも気にならないほど嬉しかった。


 「…それじゃ、ニコラさんを迎えにいこっか」

 「…ん、分かった」

 「ついでにうちの魔王様も拾ってかないとなー…」


 シルの言葉に頷き、俺は誰より早くニコラがいるはずの部屋へ続く螺旋階段を駆け下りる。これ以上シルたちにこんな情けない顔を見られたくないのもあったけど…何でだろう。無性にニコラに会いたかった。

ニコラに会って……ノイモントのこと、ちゃんと説明しなきゃ。んで、ちゃんと言おう。


 ―――心配かけてごめんなさい、って。


 しまいこんだルキスの宝玉がほんのり温かくなった気がした。 



 **


 そんな俺の温かい気持ちを、目の前の景色は粉砕した。


 光の帯は部屋中に溢れだし、とぐろを巻く蛇にも今なら恐怖を感じないだろうってぐらい。部屋の向こうで悠然と立つ魔王は、その手から光の帯を生成し続けてる。…冷たい表情は、俺の知ってるゾイとは違うように見えた。

その少し離れた足元。…闇の魔剣は力なく、現在の主の手元を離れて転がっていた。…部屋の真ん中で倒れてるのは、……俺がいつも追い続けていた背中。


 「ニコラ!!」


 他に見えるものなんてもう無かった。あの、凛とした背中は今、地に伏してる。…紅い傷。紅い、…血が見えた。シルたちが追いついたことも気付かず、俺はただニコラの傍へ走るしかできなかった。


 …嘘だ。ニコラが、…動かないなんて。


 傷だらけで倒れているニコラをそっと覗き込む。綺麗な藍の目は閉じられ、さらさらの黒髪は砂埃にまみれていた。鎧はあちこちがひしゃげて、擦り傷がある。…顔も傷だらけで、…。


 「ニコラ、ニコラ…なぁ、ニコラ!起きてんだろ!?」

 

 冷えたニコラの手を掴み、祈るようにエスイルをかける。ニコラの体のあちこちにエスイルをかけていくと、ようやく瞼が震えたのが分かった。


 「おい、起きろニコラ!」

 「…ステイト、…か…?……はは、…俺と…したことが…、情けねぇ、な……」

 

 ゆっくりと開かれた藍色の瞳は少し彷徨うように揺れ、俺に焦点を合わせる。柔らかく笑ってみせるニコラを見て、俺はどうしようもなく不安になった。…そうだ、ゾイは!?

ゾイが、ニコラをこんなに…。キッとゾイを睨むと、ゾイは冷たい表情のまま俺ににやりとして見せた。


 「ゾイロス!てめぇ……!」

 「トルメルさん、反省してねぇみたいだな?むしろ感謝しやがれ、お前が来るまでこの騎士を生かしておいたことによ」

 「ふざけんな!」


 赤い目がギラリと輝く。すると宙に漂っていた光の帯が少しずつゾイの近くに集まりだした。…後ろの方で、ノーリの呻き声が小さく聞こえて振り返る。すると、部屋の入り口のとこでノーリ達が顔をしかめていた。…何を…。


 「ごめん、スティ少年……。この空間、魔力の圧が…キツい…。…俺たち、入れない」

 「……ッ」


 ノーリとシェンユゥは、まるで砂嵐に阻まれているように見えた。シルも魔力にあてられているのか、ふらふらしつつも魔王の発現させている光の帯を睨む。


 …あれは、魔法なのか?光の帯にはよく見れば、よく分からない文字がびっしりと浮かんでいる。俺は魔力の気配なんてわからないけど…ただ、ニコラだけは俺の傍で苦く笑っていた。


 「…魔王は…俺を、あの魔法で……葬る、つもり…だ…。俺一人を、殺す…ために…、結構なこと…を、…するんだな」  

 「…ゾイ、やめてくれ!ダメだ!魔法を止めろ!コイツを殺したら俺が一生許さねぇぞ!」

 

 ニコラが力なく微笑む。…嘘だろ。お前が諦めてるところなんて、見たくねぇんだよ…!そうだ、ゾイと組んで俺を驚かすために仕掛けてんじゃねぇの!?…そんな甘い考えが合ってるわけもなく、ゾイは退屈そうに目を閉じた。


 「いずれ邪魔になる奴を葬って何が悪い。それに忘れんじゃねぇ、俺様は魔族の王だ。元から魔族の繁栄しか願っちゃいねぇ。…今回は聖剣をぶっ潰すのが最優先事項だが、な」

 「ダメだ!今そんなことしたって無駄なんだ!お願いだから魔法を止めろ!そんなデカい魔法を使えば…世界が…ノイモントが…!」

 「黙れ」


 目を閉じたまま、ゾイが底冷えするような声で言う。それは静かな一言だったのに、この場の全ての音を奪うような迫力があった。俺も歯を食いしばって睨みつけることしかできず、冷えていくニコラの体に縋るように寄り添った。


 「お願いだから……やめてくれよ…ニコラが死ぬなんて……嫌だ、ダメだ、まだ俺、何も…できてないんだ…!」

 「ステイト、…構うな。俺はもういい。…よほどの…大魔法のようだな。……あれほどまで、具現化していれば……もう魔王も制止できないんだろう。仮に今、魔王が倒れても…魔法の発動は続くはずだ」

 「嫌だ、イヤだ、いやだ!」


 ニコラの腕に俺の爪が食い込む。ニコラはただ、穏やかに笑っていた。俺を見てそっと俺の頬に手を伸ばし、傷が消えゆく指先で撫でる。


 「……ステイト、俺に今、できることはあるか?」

 「それはこっちのセリフだ!俺、今どうすればいいんだよ……、何か言えよ…」

 「…いや。ただ言わせてくれ。…お前がいて、良かった」


 藍の目が揺れることなく、俺にまっすぐ語りかけてくる。何で諦めてんだよ…そんなこと、ヨボヨボの爺さんになってから言うことじゃねぇのかよ!?お前、兄さんいるんだろ?弟もいるんだろ!?

そう言って殴りたかったのに、俺は歯を食いしばって震えるしかできなかった。何も、言えなかった。


 魔法の帯は今、ニコラの近くへ這うように流れ出して来ていた。俺が薙ぎ払うように帯に触れても、俺の手の周りだけ解けて…また再構築されちまう。確実にニコラだけを、魔法は狙っていた。


 なぁ、ゾイ。何でニコラだけ殺すんだよ。俺、お前のこと死んでも恨み続けるぞ。お前なんて聖剣でタコ殴りに………。



 ………聖剣?


 「…ルキス!」


 俺はとっさにルキスの宝玉を取り出した。…温かい、大丈夫だ、もう一度現れてくれ…!俺は宝玉をニコラの胸に押し当てた!魔を退ける聖剣の力が凝縮された、この宝玉なら………!

視界の隅に、驚くニコラの表情。ゾイの方から聞こえたのは、ハッと息をのむ音。…次の瞬間には、光の帯が一気に爆発するように溢れて……!


 光の大爆発がここの全てを呑み込んじまう、と思ったその時。一陣の風が…見えない力を洗い流すように吹いた。


 『…この程度の魔法、ノイモントの脅威と比べればなんてことはないな』


 ニコラと俺を庇うようにそこに立っていたのは、勇者の幻影。振り返って、優しく笑むルキスがいた。……間に合った…!


 『懐かしいな。魔王か…とんでもない死闘だったのは覚えている』


 チッと舌打ちが聞こえる。ゾイだ。魔法がルキスの出現でかき消されたことより、ルキスの存在自体に顔をしかめているようだ。


 「ルキス、てめぇ…そういうことか。聖剣には聖剣の持ち主の魂まで縛られてるってわけかよ。気に入らねぇな」

 『俺の魂はもうぼろぼろだ。が、聖剣の力を舐めないでくれ』


 それより、とルキスがニコラを見た。ス、とルキスがニコラの元に膝をつき、手を伸ばす。


 『まるで昔の俺を見てるみたいだ。俺も戦闘で酷いケガをして…早とちりしたトルメルの仲間が大泣きしたよ。…君はまだ、生きるだろう?』

 「…あなたは」

 『俺のことは気にするな』


 ニコラがルキスの手を取って起き上がる。…え?おかしい。ルキスは幻影だ。幻影に触れることはできないはず…なのに。そっと俺がルキスに触れようとしても、やっぱり何にも触れられなかった。…何故ニコラは触れられたんだ?

ルキスは全てを分かってるみたいだ。まだ呆然と見上げるニコラに、ルキスはその手を掴んだまま言った。


 『だが…もし世界が今から滅ぶとして。世界を救えるかもしれない希望を君に託せると俺が言えば、君はどうする?』

 「…え?」

 『その代わりに、君の魂は聖剣に縛られることになる。……君ならきっと聖剣の継承者になれる』


 …ニコラが、聖剣の継承者の資格を……持ってるのか?ルキスに認められるほどの…。…勇者ニコラか、と想像できる俺もどうなんだろうな。

と、そこにシルの叫び声が上がった!


 「ステイト!」

 「っ!?」


 咄嗟に服の袖の短剣を引きずり出し、『気配』がした方へ力いっぱい振りかざす!ガキンッと硬い音、そして衝撃。そこには氷の剣を握るゾイがいた。…その目は赤く、鈍く輝いてる。


 「させねぇ!継承なんざ認めねぇぞ!」

 「ゾイ…今度こそ邪魔させないからな。俺が…俺が相手だ!」


 ゾイは聖剣継承の邪魔をするつもりか…!ここで俺が踏ん張れなくてどうする!短剣をしっかり構え、ニコラたちを背に俺も叫ぶ!


 「燃やせ、ラエア!」


 ゴォウッ、と熱が俺の手から噴き出す。俺の短剣はラエアの炎に包まれ、ゾイの氷の剣を少しずつ融かす。チ、と舌打ちしてゾイが一歩下がった時、その足元からまた炎が!


 「業火!オロドルイン!」


 シルだ!部屋の後ろで詠唱をしてたのか!シルの強力な火の魔法がゾイの足元にまとわりつき、一瞬ゾイの動きを止める。忌々しそうにゾイが顔を歪ませた…そこへ俺が飛びこむ!


 「らぁっ!」

 「ッ!」


 真正面から、ゾイの肩辺りに短剣を沈ませる!避け損ねたゾイから赤の飛沫。ピシャッと俺の頬に散った時、ゾイの手が俺の胸倉をつかんだ!くっそ、息が…。


 「そんなにあの騎士が大事か。アイツはお前にとって何なんだ?」

 「あぁ、大事だ!…ニコラは……俺がいつか倒さなきゃいけないからな!それまで元気じゃねぇと、俺の目標がなくなっちまうんだよ!……ゲホッ」


 突然投げ飛ばされ、固い床に頭をぶつけて転がる。…いってぇな、ったく!視界の端、ノーリはどちらに手を貸すこともなく状況を見守り、シェンユゥは悩んでいるように見えた。シルは次々に魔法を詠唱し続けるも、ゾイの魔法に阻まれる。

それでも、今は時間を稼がなきゃ…!


 俺はまた立ち上がって炎を纏う短剣をゾイに突き出す。今度は軽くよけられ、俺の手首を掴みとグイッと捻る!思わず短剣を取り落したとき、シルの魔法がまた炸裂した。けど、ゾイの背中で爆発した魔法はもうゾイを怯ませない。


 「人間ごときの魔法に、この俺が負けると思ってんのか!?」

 「くっ!」


 詠唱無しで…!シルが突如目の前に現れた氷の剣を、かろうじて避ける。シュッと靴を裂いた氷の剣は後ろの壁に当たり、粉々に砕け散った。…あれがマトモに当たってたら……恐ろしい。

俺もなんとかゾイの手を振り払おうとするけど、ゾイは魔族とは思えないほどの力で俺の手首を捻りあげる。そのまま体を引き寄せられ、俺はゾイに後ろから抱かれるような格好になった。


 ただ、俺の首元には氷の刃が添えられている。その刃先が首に当たり、チリッと痛みがした。


 「……魔王の癖に、剣術も体術も達者ってわけかよ」

 「見くびるんじゃねぇ。…おい、そこの赤髪の人間。これ以上邪魔すんなら、こいつぶっ殺すぞ」

 「…」


 ゾイは本気なのか…?体勢のせいでその顔は見えないけど、魔王城にいたときでは聞いたこともないような冷たい声だった。ノーリはそっと目を逸らし、シェンユゥは下を向いて震えている。その拳も強く握られ、同じように震えていた。

チリッと首の痛みが増す。ゾイが俺の耳元でささやいた。


 「てめぇはあと数百年は氷の棺の中で眠らせてやる。あの騎士も、ルキスの幻影も、人間どもも皆消し去って、魔の世界を作り出す」

 「ノイモントはどうするつもりだ。もうすぐそこまで迫ってんだぞ…!」

 「聖剣を破壊し、古に封印された『大なる魔』を呼び出して…災厄ごと破壊する」

 「ダメだ…それじゃ逆効果だ……一つの時代に力が集まり過ぎることがノイモントを呼んでるんだ!ノイモントは世界の全てを……うぐっ」

 「黙れ。黙れねぇなら舌を抜くか喉を掻っ捌く」


 こんの分からず屋が…!魔王なんてクソくらえだ…!けどいよいよゾイが俺に、新しく取り出した短剣を突き出そうとすると、俺も何も言えなくなった。あの短剣はきっと…トルメルの体質を封じ込める効果を持ってる。

そう聞かされたわけでもないのに、どうにも嫌な予感がする。ぶわっと冷や汗が出て、その刃が近づくたびに呼吸が乱れる。や、やべ……視界が歪んできやがった…。


 …間に合わなかったのか…?


 意識が混濁する中。…俺の頭の中を埋めてく靄を、…巻き起こった光と風が吹き飛ばした。


 ―――ドォンッ!


 「…チッ」


 ゾイの舌打ちと共に、俺は地面に投げ捨てられる。と、さっきまでゾイがいたところにズドンと何かが振り下ろされた。シュゥッ、と闇色の靄を吐き出すそれは……魔剣。

薄目を開けて見つめた魔剣は、いつもと少し違っていた。それは、闇の魔力を放出する一方で…どこか神々しささえ感じる光を放っていた。…あぁ、大丈夫だったみたいだ。


 ふつふつと流れる言葉が聞こえてくる。詠唱。それは聞きなれた低い声。その声が、古の勇者の声と重なる。


 「……紐を結びし者、縁を天まで繋ぎ止め、誓いし者、古から宙の果てまで声を訳す」

 『受け渡す者、地に落つ足音を瞳より失いても、違えぬ証を刻む』

 「与えられし者は与えし者」

 『守護は継がれた。我が意志は星の契の元。さぁ、新たな者の名を名乗れ』


 見上げた剣の主は黒髪を風にはためかせる。幻影が…ルキスの光は、新たな継承者に吸い込まれていく。ルキスの宝玉も光の塊になって、幻影を追うように消えていく。


 …いつかどこかで見た勇者の姿が、目の前の光景に重なった。


 「継承者、我が名はニコラ・シフィルハイド!その志は一つ、」


 ザリ、と砂を踏む音。俺に背を向け、魔王に剣を向けるニコラが……本物の勇者に見えたんだ。


 「全てを守り抜く騎士となることだ!」


 キィンッと澄んだ音が響いたとき。ギギギギ、と壁が、床が軋みだす。まさか、…ニコラが聖剣の継承の儀を終えたことで…聖剣の塔化が解除されようとしてるのか!?

ようやく我に返った俺は、喉が痛むのも忘れて叫ぶ!


 「まずい、塔化が解除されるぞ………!」

 

 シルたちが息をのむのが聞こえた直後だった。ただ凛として立つニコラと、それを睨むゾイの二人だけが動じることなく。


 ―――ガガガガガガ……!


 激しい光と共に……塔が崩壊を始めた。俺たちはなすすべもなく光に呑み込まれる。やべぇ、と目を瞑ったとき…。



 俺の手がしっかりと、大きな手に握られた。大丈夫だ、と聞こえた声に…俺はそのまま身を任せる。少しだけ開けた目は、光以外を映せなかったんだけど。

  

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