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ルキスの剣  作者: 夜津
第四章 世界の行方
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89 上昇するパネル

 キン、キンと高い音が何度となく鳴り響く。掠めた刃先を目で追いながら、ニコラは次の行動を考えていた。

目の前で氷の剣を振るう男は楽しそうに顔を笑みに歪ませている。ギラギラ輝く赤の目は、自分の行動の一つも見逃さないようにも感じる。

魔族は武器を操ることには長けていない、というのはやはり本の中の話だったようだ。


 一度距離をとり、ニコラは魔剣を構えなおして眼前の魔王に笑ってみせた。


 「随分剣術が達者なんだな、魔族って奴は。何故魔法で戦わない?俺を倒したいならその方が早いだろうに」

 「間違っちゃいねぇよ。基本的に魔族は武器ってものを使いたがらねぇな。だが俺様は魔王だ、普通の奴と一緒にされちゃ困るぜ」


 ビキビキと魔王の持つ剣の氷が厚みを増した。何度か掠っただけで軽く服を裂き、金属の鎧にも易く傷をつけるその刃は確かに厄介だ。

ニコラは口角を上げながら、内心少し焦っていた。剣の腕は互角。自分が騎士団仕込みの型にはまった剣術であるのとは逆に、魔王の繰り出す剣技は変則的で掴めないものがある。

加えて相手には魔法がある。…ただの魔族でさえ脅威であるのに、この男は魔王だ。ニコラは一つ行動を進めるたびに、暗闇に足を突っ込んでいくような気になった。


 ――――さぁ、どうする。


 まだ魔王は魔法を使う気配はない。余裕だな、と自嘲気味に笑うと魔王が面白そうに笑い声をあげた。


 「ハッ、愉快だな。てめぇはトルメルさんの記憶通りの野郎だ」

 「あいつが何か言ったのか」

 「魔法で記憶を盗み見したのさ。だが、実際に会ってみて分かったぜ。俺はてめぇを気に入った。ブレずに足踏ん張って、実力差を感じながらも戦いを止めないところは褒めてやる」

 

 突然、魔王はその手に持つ氷の剣を転送魔法で『空間』に送り込んだ。武器を手放した魔王を見てニコラは怪訝な表情をする。が、魔王は涼しげに眼を閉じた。


 「俺様がてめぇを殺すのは簡単だ、ニコラさんよ。だが、その前に話をしねぇか?てめぇの目的が俺の足止めなら、それに乗ってやるぜ?」

 「…どういうつもりだ」

 

 両手をひらひらと振って見せる魔王に、ニコラはますます不信感を抱く。ギラ、と赤い光を伴って開かれた魔王の目は、凍てつく氷のようでもあったが燃え盛る炎のようにも見えた。


 「この世に楽園はあると思うか?」

 「…それがどうした」

 「なぁに、聞いただけだ。仮にあるとして、そいつは誰のために存在していると思う?」

 「…」


 馬鹿げたことを、と返そうとニコラが口を開いたとき。魔王はフ、と鼻を鳴らして呟いた。


 「あぁ、馬鹿げたことだ。仮想の世界に明確な答えなんざ必要ねぇよ。ただ、あんた自身の答えを聞かせてくれりゃ、それでいい」


 ニコラは考えを見透かされたことにはさほど動揺しなかった。魔王自身でも馬鹿らしいと笑うその問いの中身を静かに考える。この魔の王は今、俺に何を求めているか。…が、最後にはニコラは勘ぐることを止める。


 「楽園は存在しなければ誰のためでもない」

 「全否定か、いっそ潔いな。じゃあ、次の質問だ。この世に、不変の約束はあると思うか?」

 「…あると信じたいところだ」

 「なるほどな」


 ニコラの問いに、魔王は満足げに頷いた。それが何を意味するのか、ニコラの知るところではない。魔王はニィ、と笑い小さく言葉を落とす。


 「俺様は確かめたいんだ。俺が俺であることを…。…ま、そのために聖剣を破壊したいっつーわけだ」

 「訳が分からない。それがさっきの質問と何の関係がある?」

 「ねぇよ。さっきのは、昔の俺が昔の勇者にし損ねた質問だ。ニコラさんよ、てめぇの意志の持ち方はあの勇者とまるで同じだ。てめぇを見ていると、し損ねた質問を思い出した…それだけだ」


 沈黙が降りる。魔王の目は、今は氷のような鋭い煌めきを湛えている。ふと魔王が何かを思い出したのか、ニコラに向きなおって瞬きをした。


 「そういやこれも雑談だがな。ニコラさん、てめぇ、あのトルメルさんの何なんだ?」

 「は?……アイツの、何か……。……兄代わりのようなものだろうか」

 「それだけか?」

 「…どういう、」

 「ならいいぜ」


 ニヤァ、と笑った魔王に何とも言えない不快感がニコラの胸中を覆った。こいつ、何を考えてやがる?思いがけない質問と魔王の反応にニコラは眉間にしわを寄せる。だが、胸中の不快感が何者なのかがはっきりしない。

まだニタニタと笑う魔王に斬りかかろうか、と魔剣を構える。お、と魔王は目を開き、再び剣を呼び出して手に握った。


 「雑談はひとまずここまでだ。俺様が飽きるまで、剣に付き合ってもらうぜ。あぁ、それと追加だ。剣術で俺があんたに勝ったら…」

 「…勝ったら?」

 「あんたの弟分、気に入ってるから貰ってくぜ」

 「…は?おい、それは」

 

 ―――ガキンッ!


 突然の魔王の言葉に驚きを隠せなかった。あと僅かの差で防ぎ損ねるところだった攻撃にニコラは舌打ちする。既に目の前には闘志を燃やして口角を上げる魔王がいる。

また胸中の靄が増えるニコラだったが、今は眼前の攻撃をやり過ごすことに集中しなければならない。先ほどの魔王の持ち出した条件を考えると、どうも動きが鈍くなるようだ。


 顔をしかめるニコラを、魔王ゾイロスはからかうように笑って眺めていた。



 **


 

 つ、疲れた…。何なんだよあの螺旋階段…。俺の体力を根こそぎ掻っ攫っていく気か…!


 俺は今、シルと一緒に螺旋階段を上りきってある部屋に辿り着いていた。俺はその部屋のど真ん中でゴローンと呑気に横になっている…というか、のびていた。

もう体が動きません…。足が…いてぇ…。嘘みたいに長い螺旋階段を気合いで上がり続け、ようやくたどり着いたのがこの部屋なんだけど。


 ほら、見ての通り。部屋の真ん中に、絨毯一枚分はある大きなパネルがあるだろ。んで壁の一カ所にあからさまなレバーがある。あれを押すと、俺が今寝そべってるパネルが作動するんだろう。

俺と違ってバテてる様子が全くないシルは、今も部屋の隅々を確認している。部屋の中心のデカいパネルとレバー以外、この部屋には何もないらしい。


 ただ、パネルとレバーの位置が離れてるんだ。パネルに乗って進む人とレバーを押してここで待ってる人と、進むために最低二人は必要ってわけだ。

けどここには俺とシルしかいない。当然、二人で進むものだと思ってたからこれからどうするべきなのか…迷ってるんだ。


 ちょうどシルが俺の傍に来て俺の顔を覗き込んだ。


 「ダメだ。他には何もないみたいだね…。やっぱり、僕かステイトのどっちかがレバーを押して、どっちかがパネルに乗って進むしかないみたいだ…」

 「ロープとか引っかけて、二人ともパネルに乗ったままレバーを引っ張るって無理か?」

 「うん…。レバーは下から上に引き上げる式だから、重りをつけるわけにもいかないし…。どうしよっか、ステイトはどっちがいい?」

 「えー…うーん…」


 シルがゆるゆると首を横に振るのを俺はがっくりしながら見つめた。このパネルの先にはもう何もないよな?だったら行ってみたい気はするけど、ここにシルを置いて行くのも気が引けるってやつで…。

それに万が一、このパネルの先にヤバい何かがあったらどうしよう。俺、ちゃんとやれるかな。シルに任せた方がいい気がしてきた。


 けど、シルもうーんとしばらく唸ってから、ゆっくりと身を起こしてパネルの上に座り込んだ俺に遠慮がちに言った。


 「僕がここに残ったほうがいいと思うんだ。もし、細かい作業や鍵があったらきっと僕じゃ開けられないし…。僕はここでニコラさんを待って説明できるし」

 「け、けど。シルを残していくなんて…」

 「ありがとう、ステイト。僕なら大丈夫!心配しないで」


 にこりと笑うシルを見てると、あの聖セレネまでの旅を思い出す。スリに遭いかけてたシルを助けて、一緒に聖セレネを目指したんだよな。いろいろあったけど、初めての旅だったし初めての友達だったから俺には全部が新鮮だったんだ。

シルはあの時から変わらない。のほほんと微笑んでて穏やかで優しくて、なのにすごく芯も強くて戦闘も強い。俺がシルを助けたいと思ってても、結局俺がいつも助けられてる。


 今も、シルは俺を気遣ってくれてるんだ。だったら、俺もその心を受け取らないわけにはいかなかった。

じゃあ、と俺がシルに返事をしようとする…その時だった。


 ―――タタタタ………


 足音が聞こえた。シルも気づいたみたいで、ぴたっと動きを止めて今まで上がってきた螺旋階段の方を見つめる。俺もつられてそっちを見て……確かに足音を聞いた。

ニコラの足音じゃない。ニコラはこんなに軽い足音じゃないし…おまけに、二人分の足音だ。…二人分?誰か追加で来たのか?


 どういうことだろう、とシルを振り返ると。シルは険しい表情で階段が続いていた方を見つめ、すぐに壁のレバーの方へ駆け寄る。…って、ちょい待て!

シルはそのままレバーを引き上げようとレバーに手をかけた。慌てたのは俺だ!


 「シル!?いきなり何を…」

 「ステイト、後は頼むね。僕はここで待ってるから」

 「ちょっと待て、シル!」


 ――ガコン…


 俺が叫んだのと、シルがレバーを引き上げたのは同時だった。キュルキュル、と音を立てたかと思うと…俺の乗っていたパネルが動き出した!最初はぎこちなく、そしてだんだん滑らかにパネルが上へと上がっていく!

けど、シル、なんでいきなり!俺がなんとかシルを見ようとすると、シルはもう俺を見ていなかったのだけ分かった。シルはレバーを引き上げた後、真剣な表情で武器の杖を構えていた。


 …そこでようやく気付く。もしかして、…敵襲?アルバートが去ったのに?さっきの螺旋階段を上る足音が…まさか、魔族か何かだったのか?アルバートが手下を残している可能性を考えてなかった…!

それとも新しい敵か?いや、待て…敵とは限らないじゃねーか。ただ、階段を上ってきたのはニコラじゃないってことだけは確かだ。


 …ニコラはもしかして何かに気づいていたのかもしれない。あんなふざけたことを言ってたけど…もしかして…敢えて残っていたのか?…何で俺たちに、俺に何も言わずに…!

パネルは上昇し続ける。もう叫んでもシルにもニコラにも届かないかもしれない。思わずギリ、と歯を食いしばった。…悔しい。また置いてかれた気分だ。二人にいつも…俺は届かないんだ。


 けど。…もうへこんでる場合じゃない。例え戦力外通知をされても、立ち止まれない。二人が俺を前に押してくれるなら…俺は進むしかない!

頼むから…嫌な予感は気のせいであってくれ。そう思っても、俺は拳をぎゅっと握らずにはいられなかった。



 **


 シルヴェスタはレバーを引き上げた。先ほど聞こえた足音は、もしかすると…。危険信号が頭の中で鳴り響くが、友人には余計な心配をかけたくなかった。

ニコラがさっきの部屋に留まったのは、恐らく魔族の追っ手を察知したのだろうとシルヴェスタも気付いていた。足止めをしてもらっている間に、自分たちは進む以外に道はない。そう、分かっていた。


 ただ、ニコラという恐ろしい強さを誇る騎士でさえも防ぎきれない相手なら?その先を考えたくはなかったが、可能性をやはり考えてしまう。


 タタ、と二つの足音の主が螺旋階段を上りきって現れた。一人は黒い頭巾の、なんとも不健康そうな表情の青年。そしてもう一人は小柄な少年だが、両手に鋭い包丁を構えていた。

黒い頭巾の青年はその頭巾に隠されて分からないが、小柄な少年の耳はぴんと尖っている。やっぱり魔族の追っ手が、とシルヴェスタは再確認した。


 黒い頭巾の青年が部屋を見回し、うーん、と唸る。


 「ねーぇ、そこの…赤い子。茶髪のうるさそうな少年、知らない?」

 「…さぁ」


 シルヴェスタは構えた武器の杖を、さらに強く握る。ふぅん、と興味なさげに青年が頷き、再びきょろきょろと辺りを見回す。ん、と青年が上を見上げたときに声が上がった。


 「…パネルが移動してるってことは。…上、?」


 その問いはシルヴェスタに向けられているものではなかった。青年が見上げた先…、頭上を見つめたのは包丁を構えた少年だった。ギラリ、とその大きな目が鈍く光り…、次の瞬間、シルヴェスタは目を疑った。

ほぼ垂直の壁だ。棘も階段も何もない垂直の壁を…少年がタンッと勢いをつけて走り出したのだ。重力も何もないように感じさせる少年の姿は、すぐに遥か上へと消えていく。


 ぽかん、とシルヴェスタは呆気にとられて頭上を見つめた。あーあ、と眠そうな声が青年から上がる。


 「コック君、行っちゃった…。ほんとに、いくら身体強化魔法って言っても…ここまで来るとびっくりってレベルじゃないよなー…。…じゃあ、俺は…」

 

 ちら、と青年がシルヴェスタを振り返った。だるそうに、眠そうに見える黒頭巾の青年を見てシルヴェスタは僅かな寒気を背筋に感じる。ピリ、とした空気は、間違いなく目の前の黒頭巾の青年から発せられるものだった。


 「俺は、君と戦えばいいの?足止めだけど…命令だから。お手柔らかに、ね」

 「……」


 得体のしれない気配だ。シルヴェスタは、壁を駆けあがって登っていった少年のことを考える暇もなく、目の前の黒頭巾の青年に意識を集中させた。


 ―――その白い杖が、唸りを上げる。



 **


 まだパネルは上昇し続ける。どこまで行くんだろう。キューン、と小さな音を立ててパネルは上へ、上へ。ヒモで釣られてるわけでもないのに、パネルは宙に浮いたまま登り続ける。

きっとパネルから身を投げ出したり、うっかり落ちたらもう助からないだろうな。…と思うと、一度は下を覗き込みたくなる好奇心。こんなときでも気になるものは気になるよな…。


 そっと足を動かし、パネルから落ちない範囲で俺はそっと下を見た。…見なきゃよかった。もうシルがいたフロアは見えない。遠い暗闇の底に向こうの景色は沈んでしまっていた。

すると急に孤独感が押し寄せてきた。やっぱり俺、シルとニコラに会えて安心してたんだな…。じゃなきゃ、孤独感なんて今更感じるはずがない。


 ニコラもシルも、どうなってるか分からない。何に対峙してるのかも、俺には分からない。…俺にできることは二人を信じて、上へ進むことだ。…聖剣の核を見つけること!それを必ず果たして…。


 …ふと。かすかな足音が聞こえた。軽くて、最初は足音には聞こえなかった。けれどどうしてか、それが足音のように感じる。…バカだなー、浮いてるパネルに乗って上昇してるのに、何で足音なんか聞こえるんだ?


 ―――タタタ……


 …確かに、聞こえるよな。…どこからだ?上、じゃないよな。横は…あるわけがない。…下から道があるわけでもないんだ。壁でも走らない限り、足音なんて…。


 …と、思った俺が甘かったんだ。それはまるで閃光のように、壁を恐ろしい勢いで文字通り駆けあがってくる人影が見えた。…おい、冗談を言ってるわけじゃないって!文字通りだ!

けど何者なのか、まだよく見えない。まず見えてきたのは…深い緑色の髪。…どこかで見た髪の色だ。けれど、どこで…。


 そいつと目が合った、そう思った時だった。タンッと勢いよくそいつが壁を蹴って…飛んできた!

小柄な人影が宙を舞う。俺、呆気にとられて上を見つめる。人影はそのまま、両手の包丁をかざして……ほ、包丁!?



 「……ッ!」

 「わ、わぁ!?」


 ―――ドン、ガキンッ!


 衝撃が体に走る!突然壁を蹴って跳びあがり、俺にぶつかってきたそいつは…あっさりと俺を押し倒す。仰向けに倒れこんだ俺の腹辺りにそいつが跨り、その両手にあった包丁を俺の頭の横にそれぞれガキンと突き刺した…!

いきなりのことで事態が呑み込めない俺は、反射と恐怖で目を瞑る!やべぇ、殺される…そんな風に即座に考えるほどの殺気が、俺を押し倒した相手から伝わってくる。


 そっと、目を開く。俺を…怒りの炎に燃える黒の瞳で覗き込んでいたのは、…確かに俺が知っている奴だった。

その一文字に結ばれた口が言葉を紡ぐことはない。代わりにその大きな黒の目は、よく見れば誰よりも豊かにその心を表現していたんだ。……こんなところで、また会うなんて。


 「……シェ、ン…ユゥ…」

 

 恐ろしいほどの怒りと悲しみをその目に湛えたシェンユゥが、俺をまっすぐに見つめていた。


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