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ルキスの剣  作者: 夜津
第四章 世界の行方
96/131

88 追跡者

 

 …それにしても、この塔どうなってんだ?

 階段を上ったり、パネルに乗って移動したり、隠し扉をすり抜けたり…ときにはロープ一本をよじよじと登ったり。アスレチックか、と思いながらさらに上を目指す。


 聖剣ってよく分かんねぇな…。ただの物質だろ?いくら不思議な力を持ってるとしてもぶっちゃけ剣じゃねーか。それが塔になったりするか?

おまけに内部はこんなにごちゃごちゃしてやがるし…。


 今もヒューンと高い音を出しながら上部へ移動していくパネルに乗って、俺は首を傾げている。塔化するなんて誰も考えてなかっただろうけど、わざわざ上るのも面倒くさい仕様にしなくったっていいのにさ…。


 むむむ、と唸る俺の隣でシルが呟く。


 「最上部はどうなってるのかな…」

 「アルバート・イグジーは完全には攻略できていないと言っていたな。厄介な仕掛けでもあるのだろうか」


 シルとニコラが、果てなく続く頭上をぼんやりと見つめている。このパネルの移動速度はけっこうゆっくりだから、もうずいぶん長い時間このパネルに乗っている気分になるぞ…。

と、俺も見上げてみるとようやく天井が見えてきた。パネルはしばらく上昇し続けた後、音もなくピタッと止まる。ようやく次の階に到着だ。


 さぁて、どんな面倒な仕掛けがあるのか…。少し構えながら俺たちが進むと、…。あれ。行き止まりじゃねーか…。


 部屋を見回しても、普通の小部屋。まぁシエゼ・ルキスにある俺の部屋よりは広いけど、あくまで部屋だ。ホールみたいに広いわけじゃない。おまけに俺たちが来たパネル以外、移動パネルは見当たらないし道もない。

梯子もロープもないし。当然窓もない。円状の部屋、そしてぐるーっと壁。穴も何もない天井。…本当に何もない…。


 驚いたのは俺だけじゃなくて、シルたちも同じみたいだ。ぽかーんと言葉を失くして部屋を見回してる二人を見て、俺は遠慮がちに小声で言った。


 「…道かパネル、間違えたとかはないよな?」

 「それはない。お前も見ただろう、アルバートに遭遇した部屋からここに来るまで分岐ルートはなかった。隠し扉やパネルも漏れなく調べたはずだ」

 「そうだよなー…なのに行き止まりか。アルバートが言っていたのはここのことだったのか?」


 俺とニコラの会話の横で、シルは壁に歩み寄って行く。コンコン、と壁をノックしていくけど、やっぱり隠し扉やすりぬけ扉はないらしくゆるゆると首を横に振っていた。


 「ダメだ…、何か隠されてる感じでもないや。本当に行き止まり…なのかな…」

 「ここまで来てそりゃねぇよ。もうちょっと詳しく調べてみようぜ」


 俺の提案にすぐシルとニコラは動いてくれた。部屋には家具や装飾も何もない。だったら調べられるのは壁と床だけだ。シルは引き続き壁を、ニコラは床を調べ始める。

俺はどうするかなー…。…ひとまず両方見てみるか。


 まず自分の足元からよく見てみる。灰色のひんやりした床には、ときどき色を持つ光が流れていく。血液の流れみたいだ、なんて思いながら光の筋を追ってみても何も見つからない。

ニコラをちらっと見ても、何か見つかったような感じじゃない。ニコラは手で床をさすりながら、何か文字が刻まれてないかまで探っているらしい。やけに手馴れてるな…。

  

 ふとその真剣な横顔に、ちょっと前の王都でのある出来事を思い出す。いや、ほんとにとりとめもないことなんだけどさ…。

まだ聖剣事件が起きる前だったか。いつものように、町警備でふらふらしてるニコラを見かけて喧嘩ふっかけてた時だったんだけど。ちょうど近くを、身なりのいいおばさんが困った様子でうろうろしてたんだ。

俺はおばさんに気づかなかったんだけど、ニコラはすぐにおばさんが困ってる様子に気づいた。そんで、俺にちょっと待ってろって言っておばさんに声をかけに行ったんだ。


 どうやらおばさんは、大事な指輪を落として困ってたらしい。それを聞いたニコラは、すぐに地面に膝をついて指輪を探し始めた。しばらく俺は気まずい気持ちでその様子を眺めてたんだけど、突然ニコラが顔を上げた。

膝をついたままおばさんに笑顔で指輪を差し出すニコラは、本当に好青年だと思う。無事、指輪が見つかって大喜びのおばさんは、何度もニコラにお礼を言って去って行った。


 そのときのニコラの笑顔は、人づきあいのためじゃなくて心からの笑顔だったんだろう。見知らぬおばさんのために膝をついて地面を見つめる騎士なんて、その時以来俺は見ていない。

あのときの俺はまだ改心しきれてないこともあって、きっと俺なら指輪が見つかっても隠して、あとでこっそり売り払っちゃうかもしれないなんて考えてたんだ。あのニコラの笑顔がなければ、俺はまだそう考えていたかもしれない。


 あの日は気まずくなって無言で帰ったんだけど…。思えばそういうこともあったな。あの指輪を探していた横顔が、今こうして床を見つめるニコラの横顔と重なって見えた。


 …と、ニコラが俺の視線に気づいたらしい。


 「どうした、ステイト。何か見つかったか?」

 「あ…いや。何でもない」


 曖昧に笑って誤魔化すと、怪訝な顔でまたニコラが作業に戻る。俺はそっと立ち上がり、シルが何をしているか見に行くことにした。


 シルは壁の一カ所を睨んでうーん、と唸っていた。…でも、別に壁に何かあるわけじゃないよな?俺も壁をよく確認してからシルに声をかけてみる。


 「…何かあるのか?」

 「あ、ステイト。ちょっとこの壁、おかしいなぁと思って…。ほら、ここ。ここだけやけに壁が柔らかいというか…」

 

 壁が柔らかいって何だ?シルが指さした箇所を触ってみると…、うーん?よく分からない。フツーに壁だけどな…。けっこう硬いぞ?

ちょうどニコラが床を調べ終え、こっちに来て一緒に壁を見ることになった。けどニコラも首を傾げている。


 「床には何もなかった。そしてこの壁のこの箇所か…。確かに、周りとは少し違うようだな」

 「ですよね…何でしょう?」

 「違いが分からないのは俺だけですかそうですか…」


 ニコラもシルもこの壁に違和感を抱いてるらしい。一方、俺はさっぱり何が違うのか分からない。自分の指先の感覚じゃ何もわからない俺は、刃こぼれしたナイフを取り出して少しだけ壁をひっかいてみた。

すると。他の壁にはナイフは傷一つ与えられなかったのに…シルがおかしいって言った箇所だけ、うっすらと傷が入った!おぉ、と俺たち3人が声を同時に上げる!


 「やっぱりここ、何か違うんだ!ステイト、思いっきりグッサリ刺せる?」

 「や、やってみる」


 今度は遠慮なく、グサッと!勢いよく突き刺したナイフは、それでも深く入ることはない。感覚としては…そうだな、木材をひっかいてる感じ。けど面白いのはこれからで、少し時間を置くとその壁の傷がスゥッと消えちまったんだ。


 つまり、文字かシンボルかを記すことはできるけど、すぐに消えちまうってわけだな。パスワード的な何かがあれば、次の仕掛けが起動するかも!

…けど、文字もシンボルもパスワードも心当たりなんてないぞ?俺の考えたことと同じことを考えたのか、シルもうーん、と頭をかいた。


 「何かを記せってことかな?けど、何を彫りこめばいいんだろう…。塔の中にはそれっぽいものはなかったし…」

 「これは聖剣だよな。聖剣の柄に何かシンボルって彫られてたっけ?」

 「いや、俺も騎士団の研修で聖剣については少し学んだが、いたってシンプルな剣だ。装飾にもシンボル的な物はなく、宝玉こそはめられているが…それだけだな」


 壁の一部を睨んで、俺たち撃沈。ここで詰むとは…そりゃアルバートも分からないワケだ。


 改めてどうしようもなくなった俺たちは、とりあえず片っ端から思いつく言葉やシンボルを刻んでみることにする。例えば『聖剣』とか、聖剣の名前である『セインレム』とか、国旗のシンボルとか。

でもなかなか正解が見つからず、刻んだ文字はスゥッと消えていくのみ…。あぁぁ、と頭を抱えてしゃがみ込んだ時、ちょうど俺の足元をあの光の筋が走っていった。


 この光も何なんだろう、と思って光を追うと、床をつぅっと走っていく光はさっきの『柔らかい壁の一部分』へと吸い込まれるようにして消えていく。うぐぐ…この先に何かあるよー、とばかりに…!

シルなんていよいよやけっぱちになって、アルギークの歴代の王様の名前を彫り始めた。ぶつぶつ人名を呟きながらゴリゴリ壁を削る様子はちょっと怖いぞ…。


 ……王様?


 ま、待てよ。さっき、俺は…ルキスの記憶を見た。…そうだ、この聖剣はルキスのものだ!ルキスは俺たちのシエゼ・ルキス王国の建国者、つまり最初の王様…!

もしかしてルキスの名前こそ、キーワードになってるんじゃないか!?


 「ごめんシル、ちょっと貸して!」

 「へっ!?」

 

 俺、慌てて跳ね起きてシルからナイフをかっぱらう!ニコラとシルが驚いてるのを横目に、ガリガリッとナイフを突き立てた!書いた文字は勿論…『ルキス』!

よっしゃ、と手を止める俺。ニコラとシル、無言で見守る。壁の文字、………虚しく消える。…嘘だーっ!


 「違うのかよーっ!絶対そうだと思ったのに!くっそー…」

 「ルキス、でもダメか…」


 俺の叫び声とシルのため息がもわーんと部屋に響く。嘘だろ、絶対にいけるって思ったのに…。じゃあ他に何があるんだ?もう俺にはお手上げだ…。

けど、数秒おいてニコラがハッと息をのんだ。ん?何か思いついたか?シルと俺が顔を上げると、ニコラが腕を組んで目を閉じている。…どうした?


 「ニコラ?」

 「…いや、もしかしたらルキスで半分合っているかもしれない。聖剣の宝玉に、ルキスの名前が彫られていたことを思い出した。…だが、確かフルネームだったはず…」

 「今の王はジギスさんだよな。ジギスムント・シエゼ・ヴィン…だっけ?」


 俺が呟くと、シルとニコラが信じられない、とでも言うような表情で俺を見ていた。…な、何だよ!?


 「俺何か変なこと言ったか!?」

 「いや、ステイトがまさか…その、そんなに長い名前を憶えているなんて…」

 「シル…俺をどれだけ馬鹿だと思ってんだ…。…俺、他人の名前はすぐに覚えられるんだよ。シルはシルヴェスタ・ネフィア・アルギークだろ」

 「わわ…僕ちょっと感動しちゃった…」

 「…」


 どうやら底なしの馬鹿だと思われてるようだ。もういいよそれで…。…でも他人の名前をすぐ覚えられるってのは本当だからな。興味が薄いと忘れちまうけど…。つか、皆そんなもんじゃねぇの?

嬉しそうなシルと、カンペでも持ってんじゃねぇのかって目で疑わしげに見つめてくるニコラさん。馬鹿騎士、てめぇはその失礼な眼差しを止めろ!


 …で、でも。俺だってルキスのフルネームなんて存じ上げませんよ?いや、多分図書室にこもってダラーッと本を読んでた時には見かけてるんだろうけど…歴史を語られてる時に聞いたことあるのかもしれないけど…。

少なくとも今は覚えてないからどうしようもありませんがな。俺が首を横に振ると、シルもやっと表情を戻して苦笑いした。


 「僕も、アルギークの王様は言えるんだけど…お隣の国になるとそこまで詳しく学んでないから…ごめんね。ニコラさん、思い出せますか?」

 「もう少しで思い出せそうなんだが…ルキス……クラ…なんだったか…」

 「…あれ?どっかで聞いたことあるかも」


 ニコラの唸り声に、俺はどこかで聞いたことがあるような何かを感じた。ルキス・クラ…なんとか…なんだ?俺、どっかで聞いたことあるような…。……あ!


 突然思い当たったのは、ハニの日記!王都の書庫に厳重保管されてある日記を見せてもらった時、ハニがルキスの名前を書いてた気がする!えっと、なんだ、なんだっけな…。


 「「ルキス・クランツ!」」


 思い出したー!と思ってあげた声が、絶妙にニコラ氏の声とハモる。…ハモった…何故…!


 「お前な!ハモんなよ!そして思い出したならさっさと言えよバカ!」

 「お前の事情を俺が知る訳ないだろうが…。むしろお前が知っているとは思わなかった」

 「まぁまぁステイトもニコラさんも落ち着いて…。英雄ルキスさんはルキス・クランツでいいのかな?早速彫ってみようよ、ね?」


 示し合せたわけでもないのにハモると気まずいよな!?え、俺だけ?そしてやっぱり失礼だなニコラてめぇ…!シルの仲裁が無かったら跳び蹴りコースだったぞ!

ここはシルに免じて…とかぶつぶつ言いながら俺はまたナイフを握る。カリカリ、と彫りこむ文字は…ルキスのフルネーム、『ルキス・クランツ』だ。


 …よし。俺が彫り終えると、シルもニコラも壁をじっと見つめる。俺も祈るような気持ちで壁を見つめる。頼むぞ………、…あっ!


 突然壁がギンッと光った!床や壁を這うように通り抜けていった光の筋も一斉に輝いて、音もなく壁がスライドしていく…!壁の向こうには…うおっ、螺旋階段!これもまた果てしない…!

数歩前へ乗り出して螺旋階段の先を見上げると、次のフロアが見えないほど長く続いている。嘘だろ…これをカッツンカッツン登るのかよ…俺の体力のなさを舐めるなよ…?


 半ば絶望的な表情で振り返ると、シルも苦笑いしていた。


 「…シル、ニコラ、今から訓練の如く螺旋階段ダッシュだぞ…俺もう帰りたい」

 「せ、せっかくここまで来たんだから!あ、ほら、もしかしたらすごく珍しいお宝とか…あるかもしれないよ?」

 「オレメッチャガンバル」


 …ハッ!?シルってば俺の扱い方が上手になってる…!恐ろしい子、と見つめるとシルはいつもの表情でのほほんスマイルなもんだから、俺も思わず力のない笑みが出た。

けど。ニコラを見ると、なんだかおかしいぞ。俺の言ったことも聞こえてないのか、何故か部屋の後ろの方…つまり俺たちがパネルに乗ってこの部屋に入ってきた方を見ている。


 どことなく横顔が険しく見え、俺はニコラに歩み寄った。


 「ニコラ?どうした?まさか腹でも壊したか?」

 

 なーんて、と言いながらゲンコツが飛んでくるのを予知してガード体制をとる。…とったのに、ニコラは険しい表情のまま、俺を見ることなく小声で言った。


 「…そうだな、少し壊したかもしれない。…悪いが、お前たちは先に行ってくれないか?俺は後ですぐ追いつく」

 「は?マジで?」


 そんな返事がくるとは夢にも思わなかった俺は、ぽかんとしてニコラを見上げた。ニコラはちらっと俺を見た後、シルを振り返って小さく頭を下げる。…え、いきなりどうした?


 「シルヴェスタ、負担をかけてすまないな。このバカをつれて先に行ってくれ」

 「ちょ、おい、ニコラってばどうしたんだよ?なぁシル、変だよな」

 「………分かりました。ここは先に行こう、ステイト」


 シルも不思議がるかと思ったのに、シルはニコラの険しい表情を見て頷いた。…おかしいよな。腹を壊したようには見えない。けど、部屋には何もない。アルバートだってもう遠くへ逃げたはずなのにさ…。

こいつは何が引っ掛かってこんなことを言ってるんだ?シルが俺の腕を遠慮がちにそっと引いて先へ進むことを促してくる。…それでも俺は納得できずにニコラを見上げた。


 ニコラは険しい顔を少し緩め、…いや、王都で俺に悪ふざけの冗談を言う表情で笑ってみせる。


 「何だ?そんなに俺がいないと不安か?少し離れた間に随分とおとなしくなったな」

 「ば、バカなこと言ってんじゃねぇよ!そんなわけねぇだろうが!……けど、いきなり…、お前何が気になってんだよ」

 「言っただろう、ちょっと腹を壊したようだ。…大したことはない、ここで少し休んですぐに追いつく」

 「休みたいって表情じゃねぇだろ。…むしろ、…」

 「…。…ステイト」


 ぐずる子供をなだめるように微笑んだニコラが、また大きな手で俺の頭をぐしゃっとなでる。…正直に、俺はこれをされると丸め込まれてしまうらしい。


 「そうだな…。ステイト、お前が俺と一緒でないと不安で足も動かないと言うなら、ずっとついて行ってやるが…言えるか?」

 「い、い、言えるわけないだろバカニコラてめぇ!もういい!お前なんてずーっとここでちんたら休んでろ!バーカ!」


 こ、こ、こ、こいつ…!笑いながら言うな!んなこと誰が言うかこのバカ騎士!慌てて俺はシルを引っ張って螺旋階段の方へダッシュ!シルが驚いたように声を上げるけど、俺は非常に慌ててたからシルを気遣うこともできなかった。

それもこれも馬鹿騎士のせいだ!……それでも、妙に不安だった。何がニコラをあの部屋に留めているのか…分からない。おかしな胸騒ぎが、螺旋階段を上る激しい足音と共に込みあげてきてどうしようもなかった。


 

 **


 二人の少年が去ると、騎士はため息をついた。さすが、アルギークの王子殿下は察しがいい。それに比べてよく知った少年は、久しぶりだというのに全く変わらないようで笑いが出そうになった。

騎士ニコラはその考えに少し肩をすくめる。…何も変わっていないわけではないな。どこがどう変わったとは言いにくいが、少し大人びた気もする。


 いつまで兄のように接することができるだろうか、と自問することも幾度となく繰り返してきた。少なくとも、ここで終わらせるつもりなどニコラには全くない。


 ピリ、とした空気が部屋に張り詰める。二人の少年が去り、ニコラが退くことなく待ち構えてからは気配も色濃くなっている。ニコラは魔剣を呼び出して構えた。


 「…恐ろしい気配だ。魔族か?」


 誰もいないはずである部屋に、ニコラは確かに『誰か』に問うように呟いた。ふん、と鼻で笑う音とともに、空気がジワリと揺れて三つの人影が突如部屋の中に現れた。

一人はニコラと同じぐらいの身長の、オールバックにまとめ上げた銀髪と赤眼が特徴的な青年。不敵な笑みを浮かべ、犬歯を牙のように口元から覗かせている。

その後ろにだるそうに控えているのは黒い頭巾をかぶった青年だった。半分しか開いていないような赤の目は、欠伸と共に閉じられる。

もう一人はかなり細身で小柄な少年だ。…しかし、ニコラはこの小柄な少年を恐ろしく感じた。このピリッとした気配…殺気にも似たそれは、小柄な少年が発するものだと気付いたからである。


 黒い頭巾の青年はその頭巾に遮られて顔がよく見えないが、他の二人は揃って尖った耳をしている。魔族だ。ニコラはアルバートとの戦いを思い出し、これからの苦労を思って苦笑した。


 「魔族だな。アルバートの仲間か?」

 「…あんたが騎士、ニコラか。噂はかねがね聞いてるぜ」

 

 銀髪の青年がまじまじとニコラを見ながらニヤリと笑う。その視線がニコラの持つ魔剣へ移ると、ほぅ、と感嘆の声を漏らす。


 「マジでその剣使ってるんだな。…随分活用してくれてるな」

 「…この剣の職人か?」

 「元、な。それを作ったのは俺に違いねぇが、一方では俺でもない」

 「意味不明だ」


 なんだコイツは。ニコラは魔剣をしっかりと構え、得体のしれない三人組を睨みつける。銀髪の青年はからかうように鼻を鳴らし、黒の頭巾の青年はまだ欠伸をしている。

余裕を見せている様子が空恐ろしい。そして、相変わらず鋭い気配を放つ少年が、両手に包丁を構えていることもニコラにとっては不気味だった。

 銀髪の青年がひらひらと手を振る。


 「まぁ、ひとまず落ち着こうぜ。俺様はゾイロス。こっちのダルそうにしてやがるのがノーリ。んで、こっちでピリピリしてんのがシェンユゥ。見た通り、魔族だ」

 「…お前たちは俺のことを知っているようだな」

 「あんたの可愛がってるやんちゃな猫から聞いたぜ。…俺様たちはその猫に仕置きをするために来た。あ、ついでに聖剣も破壊していくぜ」

 「何をふざけ……、…まさか」


 にやにやと笑う青年、ゾイロスをニコラはさらにきつく睨む。くあぁ、と長い欠伸を終えた黒の頭巾の青年、ノーリが眠たげに言った。


 「じらしとか必要ないですよー、魔王様。つか俺、眠いんで帰っていいすか?」

 「帰るな」

 「だーって…コックくん、もう待てないみたいだし…。スティ少年、どうなるんすかね。コックくーん、スプラッタはダメだよー?」

 「生け捕りだ。シェンユゥ、殺すなよ」


 眠たげになんて物騒な会話してやがる、とニコラは舌打ちした。やはり、アイツ絡みか。ノーリの出した名前にニコラは頭痛でも起きそうになった。

話に聞いていた魔王。この目の前のチンピラのようなオールバック野郎が、魔界の王か。


 ニコラはもう一度素早く三人の様子を観察した。魔王・ゾイロスはまだ仕掛けてくる様子はない。控えているノーリはめんどくさそうにしている。しかし、シェンユゥと呼ばれた…どうやら料理人らしい少年には、表情が一つも見えない。

ただ、恐ろしくピリピリした気を放ち、ニコラの立ちふさがる通路の奥を睨んでいる。…ステイト、お前はこいつに何をやらかしたんだ…。思わずニコラが代わりに謝りたくなった。


 もちろんそうもしていられない。自分が残ったのは、この魔族たちの気配を察知したためだ。ここで足止めし、聖剣についてはシルヴェスタとステイトに任せる。言わずともシルヴェスタは真意を分かってくれたようだった。

シルヴェスタがいるならステイトもちゃんと動く。それはニコラも確信していることだ。ここで百の軍勢が押し寄せようと、ニコラは命を懸けてここを守るつもりでいる。


 「…何だか知らないが、俺はお前たちを…ステイトに会わせるつもりはない。当然、聖剣にも指一本触れさせない」


 闇の魔剣が魔力の靄を吐き出す。ニコラは自分の魔力には多少の自信があるが、相手が魔族となれば話は別である。まともに戦えば、魔の王であるゾイロスを前に渡り合うのは難しいだろう。加えて二人も敵がいるとなると尚更だ。

下手をすれば命を落とす戦いになるかもしれない。その覚悟は最初からしていた。先ほど、冗談を言うと真っ赤になって慌てて走り去った少年の後姿を見て、その決意はさらに固くなっている。


 そんな様子のニコラを見て、ゾイロスが目を見開いてニィッと口角を上げた。


 「まさに、騎士だな。護る者の表情…まるで勇者だな。が、勇者が魔王を倒すのが常だと思うな。俺様を止められると思うんじゃねーぞ、人間ごときが!」

 「俺は勇者じゃない。騎士の見本にもならないだろう。が、人としての信念は持ち合わせているつもりだ。…俺は、お前を止める!」


 ゾイロスは転送魔法でしなやかな剣を取り出すと、構えてその刃に氷を付加させる。バキバキ、と音を立てて発生した氷が刃を包み、やがて金属の刃よりも鋭く固い氷の剣を作り上げた。

ニコラは武者震いする。魔族であり、魔の王であるゾイロスは、まずは剣術で相手をするようだ。魔法という有利な土俵に立つ前に、剣で戦えるとは。


 知らず知らず、ニコラの口角も上がる。それは、強者を前にした戦士の、遥か高みを目指す剣闘士としての興奮だった。


 

 *


 「コックくーん。なんか魔王様戦い始めたし、俺たちどうするー?」

 

 向かい合い、互いを睨みながら不敵な笑みを浮かべる黒と銀の剣士たちの脇。隠し持っていたアメをぽりぽりかじりながら呑気にノーリはシェンユゥを見た。

できればさっさと帰って昼寝でもしたい、というのがノーリの本音である。正直、聖剣問題なんて彼にとってはどうでもいいのだ。なら何故動いたのか、そのきっかけはこの隣の小柄な料理人と同じである。


 城で初めてこの料理人に会った時。ノーリは、この少年がトルメルの少年によくなついていると感じた。トルメルの少年もまんざらでもないようで、微笑ましく少年と会話していた。

どうしてかあのトルメルの少年は、周りを巻き込んで自分のペースに持って行ってしまう。可愛げがあるわけでもなく、特別美少年ということもなく、大変素直だがわんぱくで懲りない性格をしている…そんな少年だ。


 ノーリ自身も、そんな自由な少年を好いている。魔王が少年を閉じ込めたときも、彼が逃げ出すことは薄々予想していた。また城が静かになることまで予想済みだったのだが…。

少年が去った後、思いのほか自分も寂しく感じてしまった。また会えたらなぁ、程度に興味を持ったのである。…しかし、そんな自分を上回る気持ちを抱いている者がいた。


 隣のシェンユゥである。いったい何が起きたのかは知らないが、並々ならぬ寂しさと憤りをこの小さな料理人は抱えているらしい。


 魔族にしては珍しい種族であり、得意な魔法も自己強化魔法。戦闘スタイルは自己強化魔法を生かした、圧倒的な速さと力強さを兼ね備えた近接対戦。そんなシェンユゥはある意味、敵なしなのである。

恐らくノーリも、自分が黒狼である魔物の姿に戻って戦ってもこの少年に勝てないだろうと考えている。魔王様も恐ろしい兵士を隠し持ってるもんだ、と口には出さずに感じていた。


 そんなシェンユゥが、トルメルの少年に再会を望むのは復讐のためなのだろうか。


 ノーリはそのあたりについては分からない。自分はまたトルメルの少年に出会えるのなら、と思ってやってきた。他愛もない話をだらだらしたいだけだ。

城で留守を守るシャムロック三兄弟も同じだろう。あの数日、数週間、少年と共に過ごした魔族たちは、不思議な平穏をもたらしたトルメルの少年を取り戻そうと必死なのだ。

そのことについてはきっとシェンユゥも同じなのだろうが…何故そこまで燃え上がっているのかは、魔王も分かっていないだろう。


 すべてはこの少年の知るところだ。シェンユゥはノーリの問いにゆるゆると顔を上げ、無言で奥へと続く通路を指した。…騎士が魔王様との戦いに気を取られている間にすり抜けちゃおうってわけか。

なら機会を待たないと…、とノーリが思った時。風のような速さでシェンユゥが走りだし、奥の通路へ駆け抜けていった。騎士はあまりの速さに気づいていないようだ。…いや、魔王とのやり取りに気を取られているのかもしれない。


 仕方ないな…。


 ノーリも小さくつぶやき、頭を掻いて体を伸ばす。次の瞬間、普段の彼の行動からは想像もつかないような速さで、獣が獲物を追うように彼は奥の通路へと走り抜けていった。

 


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