85 流星のように巡る
雪原の竜…それは確かにザハーロが探していた存在だ。けど俺、もっと別の想像してたな…、雪原の竜なんて言うからにはもう冷たくてツンッみたいな感じかと思ったのに。
玉座の間から別の応接室のような部屋に案内してくれたカルテリアさんは、ツンッというよりはシャンッて感じで…。そう、背筋が伸びてて上品。気高くて、でもやっぱりどこか厳格な雰囲気が漂っている。
氷の女王と呼ぶにも、カルテリアさんは勇ましい。氷でできた椅子に腰かけるときも、銀色の甲冑を脱ぐことはしなかった。…彼女の正装なのか?水色の短髪も、カルテリアさんの凛々しい表情を際立たせている気がするな。
全てが氷でできた応接室は、ただ氷の円卓と椅子があるだけ。…いや、壁には絵がかけてあるな。けどその絵もモノクロの殺風景な絵だから派手ってこともない。部屋の隅のオブジェは甲冑の氷人形。…う、動かないよな…コレ…。
「人間の食べ物はとうの昔に切らしてしまいましたので、何もお出しすることはできませんが」
「あっ、いえ!お構いなくっ!」
カチャ、と音を立てる氷の甲冑を纏うカルテリアさんに、俺は慌てて首を横に振った。勝手にお邪魔しちゃってるの俺たちなんだし……って!遊びに来たんじゃないんだってば!
ちらっと周りを見ても、一人落ち着いて静かな立ち振る舞いのカルテリアさん以外はそわそわしてる。シャハンは好奇心に溢れた目で部屋をきょろきょろ見渡してるし、ザハーロはカルテリアさんにどう話を切り出していいか迷ってるみたいだ。
俺も早くハニが隠したトルメルの道具について聞きたいのは山々なんだけど、ここはザハーロを優先した方がよさそうだし…。せっかくカルテリアさんがこうやって話せる場を作ってくれたんだからさ。
……。…なんだよこの沈黙は!居心地悪い!もういいよここは俺が話を何とか…っ!
と俺が机に手をついたとき。カルテリアさんがザハーロを見ながら表情を少し緩めた。
「…サガーノフの血を継ぐ者に再び会えるとは思いませんでした。あれから何年経つのかは分かりませんが、私は永い時を眠っていたのでしょうね」
ザハーロがカルテリアさんの言葉に顔を上げた。少し口を開き、何か言葉を紡ごうとしている。…んー、あれは何から聞けばいいのか分からないって感じか。俺は気になることを率直にカルテリアさんに聞いてみる。
「あの。カルテリアさんの言ってる、英雄サガーノフってどんな人なんですか?」
「かつてこの北の大地に『強き魔』と呼ばれる…魔物が遥かに強くなったものと考えてください、それが現れて人々の生活を脅かしました。私はその時もこの氷の城を一人で守り続けていたのですが、ある日人間がここに来ました。
ただ一人で、一際強き意思を瞳の中に秘めた魔法使いが訪れたのです。彼の名は、パーヴェル・サガーノフ。聡明そうな青年でした。彼は、ドラゴンである私に『強き魔』を鎮めるのを手伝ってほしいと依頼に来たのです。
しかし、私は氷の城を守ることを使命とし、他のことに干渉はしたくありませんでした。…が、サガーノフは私を説得して、『強き魔』をともに倒すことになりました」
…そういや『強き魔』のことは、境界戦争の話をフェイさんから聞いたときにも出てきたよな。確か、あのときは魔族が人間と戦うために作りだした存在だって話だったけど…その以前から『強き魔』の存在はあったんだな。
ドラゴンが生きていたのは境界戦争以前の話だ。…俺ってば普通の学校の生徒よりも歴史に詳しくなったんじゃね?そりゃ、机に座って勉強するよりは、こうやって目の当たりにさせられる方が頭に入るよな。
「それでパーヴェル・サガーノフが英雄に?」
「えぇ、それ以前はあの氷雪大地の吹雪に阻まれてザミグラッツに辿り着く者はほぼいませんでしたから。昔の冒険者がこの城の近くに来たとき、偶然竜の姿の私を見たのでしょう…それで北の城には竜がいると噂になっていたのです。
それを聞きつけ、無茶を承知でサガーノフは一人でここまで来たのです。最初は断りましたが、彼の目を見ているとその涼しげな表情の中に並々ならぬ決意と熱意を見たのです。私の負けでした」
ふ、とカルテリアさんがザハーロに目を向けた。髪の色と同じ水色の瞳が、少し優しげに揺れる。
「その灰色の目も、金の髪も、顔立ちも。本当にパーヴェルに似ています。しいて違いを挙げるなら、あなたの方が…少しキツいのかも。パーヴェル・サガーノフは一見冷たく見える顔立ちの青年でしたが、内面はおっとりしてましたし」
ようやくそこでカルテリアさんがフフ、と小さく…笑った!俺とシャハンは顔を見合わせてザハーロを見る。ザハーロも驚いたように目を見開き、小声でカルテリアさんに聞き返した。
「その…貴女は、パーヴェル・サガーノフとその後どうなったのですか?」
「共に『強き魔』と戦う内に、私は彼という人間に興味を持ちました。戦いが終わり、彼は人間たちに『ドラゴン使いの英雄』と呼ばれるようになるとそれを否定しました。私を使役したのではなく、助けてもらっただけだと。
その謙虚な姿勢と秘めたる強い意志を私は認めざるを得ません。その後も彼は私の良き友人であり続けました。私と彼は『最も良き友』として支えあい、…彼が死ぬと、私もまた深い眠りについたのです」
…ドラゴンは一人だけ相手を決めて、相棒にすることがあったんだとか。それを人々は『ドラゴンマスター』と呼び、強い絆で結ばれた彼らは、人間が死ぬと相棒のドラゴンも長く深い眠りにつくという。エルピスもそんなこと言ってた。
カルテリアさんの場合、それがザハーロのご先祖様のパーヴェルさんだったんだな。
ザハーロはカルテリアさんの言葉をしっかりと受け止めたらしい。やっと表情を柔らかくして息をついた。
「…本当に僕の先祖は、雪原の竜と友人だったのか」
「良かったな、ザハーロ。信じてたことを確かめることができて。氷の城はちゃんとあったし、雪原の竜も…ドラゴンも実在した。おまけにそのカルテリアさんと話ができたなんて最高じゃねーか!」
「そーだよっ!おいら事情はよく知らないけど、やっぱりこのフシギな雰囲気はドラゴンさんだったからなんだねぇ…またおいら賢くなっちゃったよーっ」
バシッとザハーロの肩を叩くと、ザハーロは嬉しそうに小さく笑んだ。…良かったな、ザハーロ。これでちゃんと胸張って帰れるぞ。シャハンなんて無遠慮にカルテリアさんをじーっと見てるし……って本当に遠慮ねぇな!
「カルテリアちゃんっ!お城とってもキレイだねーっ!おいら砂漠に住んでたから、氷なんて滅多に見ないし驚いたよっ!」
「あなたは魔族ですね。とても風の魔法に秀でているようですね…お名前は?」
「シャハン!あっ、こっちの黒猫はラフィーク!おいらの相棒なんだよぅ」
…ここまで遠慮がないともう恐怖も感じねぇよ…。格上のドラゴン様に…。けどもうシャハンだし、言っても聞かないだろうし。こいつならゾイに対しても同じ態度とりそうだな。恐れ知らず…!
けど、カルテリアさんはそんなシャハンの砕けた態度を全く気にしてないらしい。むしろ微笑ましく見てる。…上品で穏やかで凛々しいおばさん。学校の先生ってこんな感じなのかな?
と、次にカルテリアさんが俺を見た。
「あなたは……、人間…?いえ、魔族…とも違いますね。…不思議な気配を感じます」
「あ、えっと。俺はトルメルって民族で…、魔法を受け付けなかったり、魔法が使えなかったりする民族なんです。だから人間でも魔族でもないというか…」
「まぁ…。…人と魔族と竜が共存した私の時代よりも遥か昔、神話時代と呼ばれる頃に大陸を統べていた民族は魔法を持たなかったと言いますが、まるでそれに近いですね」
「…神話時代?」
「もう人間と魔族の歴史には残っていないでしょう。私も詳しくは知らない大昔の伝説ですから…。お名前は?」
「ステイト。本当はもうちょっと長い名前があるんですけど、俺はこの名前が好きなので」
カルテリアさんは『トルメル』を知らないらしい。けど、境界戦争よりも昔、ドラゴンの時代よりも昔、もっともっと昔、そんな時代に…俺と同じような民族が大陸を統べてた…なんて。…トルメルって何なんだろう、ルーツってそんなに古いの?
けどここでそれが分かる訳ない。神話時代、か。…何か書物が残ってたらいいけど…あーもう!また気になることが増えたじゃねーか!
最後に改めてザハーロとカルテリアさんが視線を合わせた。ザハーロはもう躊躇うことはなく、またいつものしっかりした口調で言葉を口にしていく。
「…サガーノフの子孫として。そして、一人の人間として。ドラゴンである貴女に、…先祖の友である貴女に会えてとても嬉しいです」
「私も、また人間に会えて…サガーノフの血を継ぐ者に会えて嬉しいです。……私が眠りから目を覚ましたのはほんの数週間前。…世界が、私の知らない世界に変わりつつあるのですね」
「現代にドラゴンはもういないとされていました。…が、どうやら少しずつ、現代にドラゴンが目覚めつつあるそうです」
「えぇ。…ドラゴン同士、意思疎通のできる者もいます。私はこの場を動かなくても、世界の流れを『察する』ことに長けていますから…、まだ私よりも力の強い竜は眠っていますが、いずれ目覚めるでしょう」
カルテリアさんがすっと立ち上がった。一度部屋を退出し、再び戻ってくるとその手に大きな本が抱えられていた。机の上に開かれた本を、俺たち3人は揃って覗き込む。
これは…うお。俺には読めない字だ。シャハンの頭にも『??』マークが見えるぞ…!けどザハーロはそれに真剣に目を通してる。ってことは、この地域に伝わる古代語なのか?
カルテリアさんが憂うような表情で言った。
「しかし、私たちの目覚めの時は今ではないのです。無理やり叩き起こされたような…そんな気さえするのです。この大陸に何かが起きようとしている…それは確かです。
この本には『災厄』について書かれています。ノイモントと呼ばれるこの災厄は、一つの時代に大きな力が集まり過ぎることで、世界に負荷がかかり引き起こされるものです。それがまた、起きようとしている…。
あまりに大きな力を受け止めきれない世界は崩れて壊れ、ノイモントと呼ばれる歪みに呑み込まれ、全てを無に還してまた一から始まるというものなのです。最強のリセットとも呼べるでしょう」
カルテリアさんの低めの声に、俺は黙ってうつむいた。…そうだ、忘れちゃいけない。力の強いドラゴンが徐々に目を覚ましつつあることはノイモントを加速させてるんだ。カルテリアさんも、弱いドラゴンじゃないはずだ。
ザハーロとシャハンは冷静だけど、きっとそれはまだ話を現実と受け止めきれてないんだろう。…いや、もう分かってるのかも。シャハンがラフィークを撫でながらぽつりとつぶやいた。
「かつてない、大きな災い」
「シャハン?」
「…あ!えっとね…、…実はね、おいら…バームス砂漠を出る前から、砂漠の長に言われてたんだ。これからかつてない大きな災いが来るから、バカのお前でもそれは理解しとけって。バカって酷いよねぇ」
「お前がバカなのはさておき、…やっぱり察する人は察してたんだな。…あのバカ魔王はなーんにも気づいてないみたいだけど…」
本当にバカなのはゾイだ。なんでこんなときに聖剣を盗むように指示しちゃうのかな…。お前魔王様だろ…分かれよ…。バカ魔王が聖剣を盗むように指示してくれたおかげで、世界は破滅へと一直線だぞ!
境界戦争が起きた頃は眠ってたはずのカルテリアさんも、静かに頷いた。
「私が眠っている間は、私の魔力を強く込めた特製の氷人形にこの城を守ってもらっていました。私は眠りながら世界をぼんやりと見ていたので、『察する』ことはできます。
確かに、私が眠っている間に争いが起きて、ノイモントが起きかけたことがあります。そのときは世界の一部が抉られ、そこが現在の魔界となったようですね。しかし、もうその比ではありません。
これから起きようとしているノイモントは、世界の一部なんて規模ではありません。世界の全てを滅ぼすでしょう。海も空も大陸も、人も魔族も動物も、私のようなドラゴンも…全てが無に還されます」
ザハーロが本のページをめくる。氷の部屋の中に古く埃っぽい匂いがふわっと広がった。
「…終焉の記録か。何故、今になって…」
「シエゼ・ルキスにあった聖剣が魔族に盗まれたんだよ。それをきっかけに、境界戦争の時に封じられた魔物が活発化して、魔族も動き出した。魔族はちょうど、魔王が力を蓄えて復活したから、人間に攻撃するつもりなんだ。
今まで狭い魔界に追いやられてた不満が大爆発、って感じか?ネーディヤはそれに利用されてるんだよ。ネーディヤ帝国のエラいさんが魔族の操り人形になってるのはそういうことだ。
おまけに魔族も人間も、ノイモントなんてもう記憶の彼方に追いやられて知識人しか知らないさ。一般人は『魔物が増えたわねー』ぐらいしか思ってねぇよ」
「…それで、聖剣は今どうなっている?」
「…謎。でも魔族が持ち去って、破壊するつもりらしいぞ。聖剣は魔の力を退ける、『神』の力が備わってるらしいから」
俺の説明も随分ザックリだな…。けどザハーロは大方を素早く理解したようだ。カルテリアさんも俺の言葉に表情を厳しくした。
「しかし、今更その楔となる聖剣とやらを取り返してももう時すでに遅し、でしょう。この流れを止めることはできません。…私より上位のドラゴンはあと僅か数体。もし最上位の『深淵の竜』が目覚めればもう…」
「その頃には、世界が大きな力の集まりに耐えかねてノイモントを引き起こす…か。神様って変だよな、境界戦争は助けてくれたのにノイモントは放置なんてさ」
「僕はこう推測するが。世界はノイモントを繰り返し、新たな進化を生み出すのではないか?それが神の意志ならどうしようもない。この世界はもう飽きた、と捨てられるのみだ」
「うぇぇ、もうおいらには難しくってよく分かんないよぅー!!とりあえず世界ヤバい!ってことでしょっ!」
あ、とうとうシャハンが爆発した。これにはザハーロもカルテリアさんも思わず苦笑いをこぼす。…そうだよなー、いきなり「ハイ世界滅びまーす!」なんて言われても困惑するだけだし。皆、そうしたくないのは当然だし。
……そうしないために、俺がいる。俺はそのためにここに来た。あと少しで…俺が可能性を見いだせるかもしれない。誰に褒められなくても、誰に非難されてもいい。俺がそうしたいから、そうするだけ。
―――この世界をまだ、続けたい。
一呼吸。冷たい空気が体内に入り込んでひんやりとする。それでも俺の指先は温かい。俺の目は冴えてる。俺はカルテリアさんをしっかりと見つめ、口を開いた。
「カルテリアさん。あなたが眠っているとき、その聖剣の勇者が…ルキスたち勇者ご一行がこの城に来てるはずなんです。その仲間のハニって奴が、この城に俺の探し物を隠したらしいんです。何か、知りませんか…?」
「…そういえば、氷人形を通してそのような一行が来たような…。あの時はただ防衛システムとして作動していただけなので、あまり意思ははっきりとはしていませんが…。…宝物庫に誰かが何かを置きに、再び訪れたような気がします」
多分それだ!俺はバッとザハーロ達を見る。ザハーロはまだ真剣に本を覗き込んでたし、シャハンも唸りながらなんとか本を睨んでる。俺の視線に気づくと、二人とも顔を上げた。
「用があるなら行ってこい。…しかし、こんな危機を知ることになるなんて。僕も論文を書いてる場合じゃないのかもしれないな……」
「おいらたち、ここで待ってるから!…うーん…だけどこの本……おいらには読めないよぅ……」
「…ありがとう、二人とも。…カルテリアさん、宝物庫に案内してください!お願いです…どうしても俺は、その探し物を見つけなきゃならないんです!」
精一杯、頭を下げる。突然の訪問者に宝物庫を見せるなんてこと、普通は許されないはずだ。それって普通に盗賊だもんな…!ここで、いいえなんて言われたら…。
けど、俺の頭に優しく手が触れられた。さす、と頭を撫でる手は…母さんってこんな風に頭を撫でてくれるのかな、って優しさで。顔をそっとあげると、カルテリアさんが微笑んでいた。
「行きましょう。こっちです、ついていらっしゃい」
**
地下への階段を降りる。氷の階段はつるつるしてて、時々踏み外しそうになっちまう。前を行くカルテリアさんが灯したロウソクの火がゆらゆらと暗闇の中で揺らめいている。
……なんか、魔王城の地下に閉じ込められた時のことを思い出してゾッとする。…もうあんなところ、行きたくない。暗くて寒くて一人で。もしセヴァダが見つけてくれなかったら、…いや、見つけてもらったんだ。考えるのはよそう。
やがて階段を下り終えると、また大きな氷の扉があった。扉には取っ手がない。どうやって開けるんだろう、と暗闇に目を凝らすと、ロウソクの灯りが扉をほんのりと照らすのが見えた。あ…何か扉にはめ込まれてる!
「この扉はこのスライドパズルを解くと開くようになっています。やってみますか?」
「…じゃあ、せっかくだからやってみます!」
スライドパズルだ!ちゃんと並べたら何かの紋章の形になるんだろうか?パネルは15枚。スペースは16枚分あるんだけど、一枚分はパネルがない。このバラバラの並びの15枚のパネルをスライドさせて、絵を完成させればいいんだな。
こういう仕掛けの宝物庫って結構多いんだよな…遺跡とかになると特に。盗賊生活やってた時は幾度となく解いてきたから問題ないけど!
それでもやっぱり難解だった。しばらく時間をかけてようやく解くと、カルテリアさんがため息をついた。
「随分簡単に解かれてしまいましたね。もっと難解なものに更新しなければ…」
「お、俺はこういうの結構やったことあるんで!…あ、扉が…!」
正しくパネルを配置させると、やがて扉がゆっくりと左右に開き始める!ゴゴゴ、と音を立てて開かれた扉の向こう、そこから光が溢れ出る。…光?…光だ!宝物庫の中にはもう明かりが灯されていて、地下室が眩く照らされる!
カルテリアさんと一緒に宝物庫に足を踏み入れると、足元でチャリ、と音がした。わわ、コインだ!拾い上げて眺めてみても、俺の知ってるコインじゃない。昔の通貨なのかも。
他にも硬貨の詰まったツボや、美しい剣や槍、杖などの武器、それから輝く宝石をはめた鎧もある!宝箱なんてドカドカ置いてあるし、コインもジャラジャラと床に溢れかえってる!うわ、奥には山のように積まれてるし!
本当ならここで『ウッヒョーッ!』と奇声を上げつつお宝の山にダイブ!…なんだけど、そんなことしてる場合じゃない!どれがハニの残したものなのか、この山から探し出す必要がある。…うわぁ…どれだよ…。
片っ端から宝箱をノックしてみる。コンコン。まぁ返事するわけないんだけど、開けちゃうのも気が引けるし…。カルテリアさんもそれっぽいものがないか、コインの山を探り始めた。
やがて一つの小さな宝箱を見つけた。両手でひょいっと抱え上げて振ってみる。コトコト聞こえるな。鍵の部分にそっと触れてみると…。
―――ガションッ!
「うお、開いたっ!」
突然宝箱が開いた!もしかしてビンゴじゃ、と思って慌てて覗き込むと……おおおおお!見つけたかも!俺がグラーバス渓谷で見つけたのとよく似た、これもアンクレットなのか?装飾品が入ってた!
あ、メモ用紙も入ってる!すぐに拾い上げて見ると、…やっぱり大正解!もう見慣れた字にすぐに指を滑らす。ハニの字だ…!
『あー、風邪引いたかも…。…おっと!ここに来てくれたってことは、グラーバス渓谷のメッセージは当然読んでくれたんだよね。…というか、よくぞここに来れたね。大変な旅だっただろう?
俺がここに隠したのは、エスイルと対になる力の【ヤーヴァス】。相手を眠らせたり、状態異常にする力で、…これは俺はあまり使わなかったな。戦闘で相手を足止めしたいときに便利かもしれない。
使いようによっては、ラエアやリウよりも強力でたちの悪い技かもしれないな。…そういえば一度、不眠症に悩まされてたルキスをこれで眠らせたことがあったよ。そんな使い道もアリ…なのかな?
それにしても……うぅ、寒いなぁここ…。俺は暖かい日差しの下で日向ぼっこするのが一番だと思うんだけど!……あー早く帰ろう!君も風邪ひかないように気をつけろよ!
最後に、君がトルメルの力を手に入れてやがてどうなるのかは、俺にも分からない。だけど、自分の信念を見失わないでくれ。トルメルの力に迷いは厳禁だ…けど、迷うこともあるだろう。
そんなときはやっぱり!誰かに相談して日向ぼっこして寝るのが一番だ!…どうか、楽しく生きてくれ。そして…優しい人であってくれ。…じゃあ俺は行く!またどこかで会おう!』
…な、なんだかいつもに増して勢いがあるというか…。…ヤーヴァス、かぁ。これが俺の持っていない最後の力だ。…これを手に入れたら、俺はトルメルの力は全制覇ってことになるんだよな?
それって、確か…何かが起きるような……。…なんだっけ?ま、いっか!
俺はカルテリアさんを振り返って手を振る。
「カルテリアさん!見つけました!このアンクレットです!」
「…確かに、あなたと同じ気配を感じますね」
金貨の山を前に腕組みしていたカルテリアさんが、俺の傍に銀の鎧をカチカチと鳴らしながら歩み寄る。俺は古びたアンクレットをカルテリアさんに見せた。…これじゃ、ただのボロい装飾品だよな。とてもすごい力があるなんて思えない。
さて、と。いよいよ…最後の力だ。俺はそっとアンクレットを握ってから、足首に装着する。…あれ、何も起こらない?カルテリアさんも黙って俺を見守る。…これで、いいのか?
そう、思った時。キィン、と急に頭の中で高い音が鳴った。……なんだ?
――――キィン!
まただ!そう思った次の瞬間、何かが凄い勢いで俺に近づいてくるのが分かった。なんだろう、気配が…。……空、から?ふいに天井を見上げて……、突然視界が真っ白にスパークした!
「うわああああっ!!?」
な、なんだ!?何も見えない!まさか何かが爆発したとか!?おいおい冗談じゃないぞ!いや、でもそれとは違うような……そうだ!何かが建物の壁を抜けて、空から…降ってきたのか!?…一体、何が…。
視界が真っ白になったのと少し遅れて、胸のあたりを強く殴られたような…いや、捻られるような、何とも言えない痛みが突然襲う。…くそ、なんだってんだ!?
呻き声をあげることもできない息苦しさはずっと続くのかとさえ思った。けど、胸の痛みが徐々に引いていく。それに伴って、真っ白になった視界が元に戻ってきた。……なんだったんだ?
ふらっと立ちくらみがしたのを、誰かが冷たい手でそっと支えてくれた。カルテリアさんだ。その心配そうな表情がハッキリと見えるようになると、ようやくため息が俺の体の内から深く出てくる。ふぅー……、びっくりした。
「大丈夫ですか?…いきなり、痛そうになさったので…」
「…え?さっき、爆発とか…空から何か降って来たとかは…」
「…いえ。突然あなたが苦しみだしたので…驚きました」
カルテリアさんは心配そうな表情を変えずに俺を覗き込む。水色の短い髪がゆら、と揺れて俺はそれをじっと見つめたまま考える。…さっきのは、何だ?そして、ふと思い出す。
以前、『トルメルの意志』…恐らくはエレアフェンさんの声が俺に伝えたこと。それは、俺がすべての力を手に入れたら…空に浮いている星が、つまり今まで死んでいったトルメル達の力の集合体が俺に降ってくるってことだった。
まさか、さっきのが?そんなに急に?けど、俺の中の力はそんなに変わってないようにも感じる。ほら、『力が溢れてくるぜフハハハー!』とか、そんな感じが全くないんだよ。
けど、さっきの痛み、光は…。そっと俺は自分の手の指輪を見つめた。……あれ?なんかちょっと光ってる?いつもよりツヤツヤピカピカしてる…?
試しに俺は足元に転がってるコインを一枚摘み上げた。カルテリアさんが俺の横で不思議そうに眺めてる。……まさか、いきなり強くなるなんてこと…。
「凍れ、リウ!」
コインに力を込める!…と思ったのに。俺の腕からギュンッと飛び出たリウの力は、コインを丸ごとビキビキッと氷漬けにするだけでは足りず俺の腕まで氷が伸びてきて…っておいおいおい!
「ストーップ!ストップ!うわ…パワーアップしてるな…」
慌てて制御にかかると、暴走したわけではなかったらしくすぐにリウは治まる。…ってことは、純粋にパワーアップしちゃったのか。あの、星が降るってのは本当だったんだ。俺にしか見えない、トルメルの力の集合体を…受け取ったんだ。
凍ったコインを投げ捨て、俺は両手を見つめた。いつも通りの俺の手。…俺の準備は整った。…後は、ノイモントを抑えるだけだ。
カルテリアさんはまだ心配そうに俺を見ていたけど、俺が笑ってみせるとまた目をそっと閉じた。
「…戻りましょうか」
俺が頷くと、カルテリアさんが宝物庫の外へ歩き出す。…その一歩、踏み出したとき。彼女が足を止め、ぱっと天井を見つめた。…いや、天井のさらに遠くを見通すような表情に俺も足を止める。…どうしたんだ?
「…カルテリアさん?」
「……砂漠の方角……何かが…」
虚ろにカルテリアさんが呟くけど、すぐにハッとなってその表情を引き締めた。素早く俺を振り返り、厳しい表情でゆっくりとカルテリアさんが言葉を繋いだ。
「戻りましょう。何かが、バームス砂漠の方角で瞬いています」
*
応接室に戻ると、シャハンがいなくなっていた。ザハーロは相変わらず分厚い本をめくり、難しい顔をしている。俺とカルテリアさんが戻ってきたのに気付くと、険しい表情で顔を上げる。
「…さっきシャハンが、砂漠の方から何かを感じたと言って城の上空へ飛んで行った。…そこの暖炉から、煙突に向かって…」
「氷の城に暖炉ってのも不思議だけど…、そうだ、カルテリアさんもさっき何かを感じたって」
カルテリアさんが説明しようと口を開きかけたとき、ちょうど暖炉からドスンッと音がした。って、シャハン!本当に煙突から見に行ってたのか…!シャハンは慌てた表情で叫ぶ。
「砂漠に何かの力が働いてる!何か…塔みたいなものが見えた…!」
「塔!?」
砂漠に塔?カルテリアさんも頷き、シャハンの言葉に続く。
「魔力でもない、別の力が働いています。もとは大きな器だったのでしょうが、もう残された力も少なく、なんとか力を振り絞ったような…そんな気配を感じます。
何かの物質が、何かの刺激を受けたかして…その塔のようなものへ姿を変えたのでしょう。…おそらくそれは、さっきの話に出ていた楔。…聖剣と呼ばれるものではないのでしょうか」
「…聖剣が、バームス砂漠に!?けどどういうことだよ、剣が塔になるなんておかしなこと、あるわけが…」
「ステイト、落ち着け。今では何が起きても不思議ではない。…だが、実際に行って確かめたほうがよさそうだな…」
カルテリアさんも全てを『察する』ことはできないらしい。シャハンが今から砂漠を見に行くのは、体力的に考えたらつらいだろう。ここまでの長旅で疲れ切ってるに違いないし…。
けど俺は落ち着いてられない。…すっかり分からなくなっていた聖剣の行方が分かったかもしれないんだ。…けど、砂漠か…。…どうしたものかな…。
ひとまず、ザハーロはちゃんと帝都に帰してあげないとな。そのためにはシャハンとラフィークは必要不可欠だ。でも俺が塔に手っ取り早く行くにも、シャハンに助けてほしい…。…ごめんなシャハン、すっかり運送係にしちまって…!
まずは帝都に帰らないと、と俺が伝えようとしたとき。またカルテリアさんが遥か天井の向こうを見通すように見て…首を傾げた。
「…何かがこの城に向かってきています。…速い。けれど邪悪なものではありません。あの吹雪をものともせず…飛んでいる……私に似た気配………、…飛竜?」
「ワイバーン!?」
カルテリアさんの言葉に勢いよく食いつく俺!飛竜、なんて聞いたらウィルしかいない。けどウィルはあの吹雪を越えることはできないはずだ。じゃあ、何者だ…!?
ザハーロが頭を掻きながらため息をつく。
「次から次に忙しいな。…カルテリア様、城の外にすぐ移動する方法はありませんか?」
「こちらに隠し通路があります。外へ出てみましょう」
カルテリアさんに案内された隠し通路を駆け抜け、城の裏手に出る。そのまま空を見上げると、相変わらず薄曇りの空が広がっている。向こうの帝都方面には強い吹雪が吹き荒れる氷雪大地…。…そこを、飛竜が?
けど、その言葉の意味はすぐに分かった。流れ星のように空を裂き、おっそろしい速さで何かが飛んでくる!…あの緑色は…やっぱりワイバーンだ!
俺たちが言葉を交わす間もなく、そいつはすぐ近くの氷の大地にズシャァッと勢いよく着地する。キラ、と緑のウロコが輝くのを目にして思わず駆け寄る。
「ウィル!?ウィル…だよな…!?」
ふるっとワイバーンが震え、首が俺の方へと動く。きゅるっとしたこの黒の目!勇ましい飛竜のはずなのにどこか犬っぽい愛らしささえも感じてしまうこいつは…!
『すてーと!オレ、修行シタ!吹雪、ヘッチャラ!前ヨリ高イトコロ、飛ベル!オレ、頑張ッタ!』
「ど、どんな修行したのか知らねぇけど…すげぇな!あの吹雪の中を!それにしてもよくここだって分かったな…」
『匂イ、追ッテキタ!………すてーと、生キテテ嬉シ。……ドラゴンノ匂イ……オバサン?』
「こらっ」
俺も人のこと言えないけど、いきなりオバサンはないだろ!カルテリアさんはもう怒るどころか、苦笑いだ。
「若きワイバーンよ、こんにちは。君の主はこの少年なのですか?」
『すてーと、トモダチ!…寂シクナッタカラ、追イカケタ』
なんちゅー素直な奴なの…。ウロコに覆われた背を撫でてると、ザハーロの半分呆れたような声が聞こえた。
「本当によく懐いているんだな…」
「まぁな……って、……そうだ」
追って来ちゃった★なノリのウィルがもう飛竜仲間からどんな目で見られてるのか分からないけど…。…ウィルに助けてもらえないかな?
俺は一刻も早く砂漠を目指したい。けど、ザハーロは帝都に無事に帰してあげなくちゃならない。そのためにはシャハンもザハーロに同行しなきゃいけないワケで…、けど今はウィルがいる。ここで別れて、俺とウィルは砂漠を目指す。
それでいいんじゃないか?聖剣問題にネーディヤ国民の一般人ザハーロを巻き込むわけにはいかないし、シャハンは自由にさせてやりたい。当然、この地を守るカルテリアさんをこれ以上巻き込むわけにも…。
…そうしよう。俺は早速ザハーロやシャハン、カルテリアさんに事情を話した。ウィルにも話したら、砂漠へ行くことはすぐに了解してくれた。だけど…渋ったのはザハーロだった。
「ここまで聞いておいてお前一人を砂漠に行かせるというのか!?だったら僕は、このまま世界が滅ぶのを眺めていろと…!?」
「…お願いだ、聞いてくれ。酷いことを言うけど…もう聖剣が戻っても世界の滅びがなくなるわけじゃないんだ。だけど、聖剣問題はシエゼ・ルキス国の問題だ。俺はそれだけでもなんとかしたい。…シエゼ・ルキス国民として、な。
それに、もう人間も魔族もドラゴンも精霊も、このノイモントを止めることはできない。…どうせ無駄なら、未知の民族の俺に賭けてくれよ。ちょっと博打に出るつもりなんだ、俺」
ウィルが翼を広げる。俺はぐっと体を伸ばした。ろくに休んでないけど…ダラダラしてるヒマが惜しいな。納得のいかない表情のザハーロに、にこっと微笑んでみる。
「だーいじょうぶ、またヘラッと戻ってくるって。また図書館で勉強しようぜ!あ、ほら、今はカルテリアさんに色々聞きたいことがあるんだろ?カルテリアさんが許してくれるなら、ここに留まって色々教えてもらえよ。
世界のことは…お前が考える問題じゃねぇからさ。あ、俺だけ背負おうってんじゃないぞ!?ただ、ちょっとだけ賭けに出るだけだから!あんまり気にすんなよ!
それとシャハンも、ザハーロを頼む。帝都まで帰してあげてくれ。カルテリアさんも、いきなり押しかけてすみませんでした」
後は身軽にウィルの背に飛び乗る。もうちょっと遊んでいたいけど、この機を逃しちゃだめだ。…ザハーロ、憧れのドラゴン大先生にちゃんと話を聞いとけよ。じゃねーと論文書けなくて卒業できなくなるぞ…!
ザハーロはまだ何か言いたげだった。シャハンはいつも通りにこにこして、いってらっしゃい!と手を振ってくれる。カルテリアさんは甲冑を着たまま、ビシッと敬礼をしてくれた。か、カッコイイ!
「ウィル、頼む!」
ブワッ、と風が巻き起こった!翼を大きく羽ばたかせてゆっくりと空へ舞い上がる。まだ心ではいろんなことに追いつけてないけど、…砂漠の異変を目指そう。聖剣があるかもしれない!
だんだんザハーロ達の姿が小さくなっていく。わ、忘れ物とかしてないよな…?ちら、ともう一度地面を見たとき、ザハーロが大きく手を振って叫んだ!
「ステイトーッ!必ずまた帝都に来い!僕は…待っているからな!」
「…分かったよ!ちょっと遅れても許してくれよなーっ!」
俺の声は届いたか?カルテリアさんたちも手を振ってくれる。精一杯手を振り返したけど、3人の姿はどんどん遠くなる。氷の城さえも小さくなっていき、空へ抜けるともう何も見えなくなった。
……。ぎゅ、とウィルにしがみつく。これからはちょっと孤独な旅になるかもしれないな。砂漠に聖剣が無くても、何か異変が起きてるのは間違いない。
それに、ノイモントは確実に迫っている。一昨日よりも、昨日よりも、ノイモントは速度を上げて世界に襲い掛かろうとしてるんだ。
俺がトルメルだってこと。いろんな人に会えたこと。今まで死なずに生き延びたこと。トルメルの力を全て集めたこと。…全部に意味があると信じよう。
「ウィル!速度を上げてくれ!」
『頑張ル!!』
飛竜は雲を裂く。俺も今、地上から見たらきっと流れ星のように世界を巡っているんだろうと感じた。
「……目指すは、バームス砂漠だ!」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ここで第3章は終わりとなります。次の章で最終章の予定です!
長い話と寄り道にお付き合いくださり、ありがとうございます…!
どうか終わりまで付き添っていただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします…!




