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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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82 氷雪大地を目指して

 作戦会議をした後、俺たちは一度解散になった。ザハーロは寮に置いてある荷物をまとめるらしいし、シャハンも帝都内をラフィークと一緒に歩き回りに行った。

んでいつ出発するのかというと……。…なんと!明日!話が急すぎる!心の準備なんて大して必要ないのかよ…?


 だって必要なものはザハーロが今日中に揃えるって言い切ったし、シャハンも準備はないのか聞いたら「おいらは毎日が旅だから!」とのお返事。俺も改めて準備はと言われても特に思いつかなくて…。

ならさっさと氷の城を目指そう、善は急げだ…ってザハーロがサクッと決めちゃったんだよ。確かにだらだらしてるよりはいいけど、まさか明日に出発だとは俺も考えなかった。

明日の早朝に帝都の北出口に集合な!ハイひとまず解散!というわけなんだけどさ。…ほんとに大丈夫なんだろうか…俺すっごく不安…。


 帝都内では、ちょっとハプニングがあったにせよ氷の城や氷雪大地の情報は掴めた。それどころか、けっこう事情に詳しそうな人材…つまりザハーロが同行することになって。

進むには問題があった氷雪大地の件も、シャハンがアッサリ手伝ってくれることになって。なんか、拍子抜けするほどにうまくいってるよな?


 俺は窓の外の空が夕焼けに染まっていくのを見ながらベッドに転がる。目を閉じると、この今日のドタバタでたまった疲れがふわーっと浮いていくような気がした。…帝都滞在、僅か二日ってどうなの。

そりゃまぁ、この帝都は俺が他に行ったことのある町と比べたら随分居心地が悪いけどさ。異国人の身分証明書を持つ俺じゃ立ち入ることのできない帝都中心部では、今でも不透明な厄介事がうごめいてるんだろうに…。

厄介事に巻き込まれずに済みそうなのは結構だけど、…ちょっと心配だ。魔族に支配された帝国。閉ざされた社会。はっきりとは見えてこないこの国の現状…。気にならないわけがないだろ。


 もしこの国が暴走して、シエゼ・ルキスや聖セレネ、他の国に争いの火種をまいたりなんかしたら…。俺には関係ない話なのに、漠然とした不安を感じる。

もちろん俺一人で何でも解決できるわけじゃねーよ?んなこと分かってる。俺がいくら努力したって、この国の中で起きてる閉鎖的な何かを洗い出すことなんてできない。

俺がいくら頑張ったってできないことなんて山ほどあるなんて、よく分かってるんだけど…。…ええい、今は俺のやるべきことに集中だ!ノイモントをなんとかして世界の危機が救えたら何でも付き合ってやる!


 ぱ、と目を開くとさっきよりも空が深く朱く染まっているように思えた。


 **


 「…んで。なんで俺のベッドにお前がいるの」

 「んー?宿のベッドだからステイシアちゃんのじゃないよー?」

 「そういう意味じゃねぇよ!」


 そういやシャハンって今日どこで寝るんだろう、ってどうして考えなかったんでしょう俺!夜になって、食堂で夕飯食って、部屋に備え付けの風呂に入って、風呂上がって部屋を見たらこれだよ!

ベッドの上でシャハンとラフィークがごろごろしてるんですよ!何やってんだよこの部屋一人用!つか部屋鍵かけてたんだけど、とドアを見ると開いた形跡はない。…ってことは…窓から入ったのか…。

風の魔法を自在に使えるシャハンは普通に空飛べますもんね。そりゃ外から開いてる窓探して入れるよね。俺ってば窓に鍵閉め忘れてたからウッカリ☆


 …じゃなくて!どうしよう、これってもう一室とるべきだよな…?無断宿泊になっちまうし…。ごろごろーっとベッドの上で楽しそうなシャハンに、俺はため息をつきながら財布を見せた。


 「こら、お前らがそこにいたら俺、今日寝れないんだけど。今から一階にいる宿の管理人かスタッフ探して一室とってこい。俺のお金使っていいから」

 「えー?一緒に寝よっ?」

 「…あぁもう」


 ベッドの上で跳ねるな!…全く、何で魔族ってこんなにフリーダムなんだよ…。前にも俺、似たようなことをシャムロック三兄弟に注意した気がするんだけど…?

なんとかシャハンを説得しようとベッドの傍まで行くと、シャハンがちょっと嬉しそうにシーツを握っている。


 「シャハン?」

 「…おいらね、ずーっと野宿してたから…こうやって宿にいるのがなんだか不思議で。おいら、まだネーディヤには来てなかったんだけど…他の国じゃ、おいらが魔族だって分かったら宿を貸してもらえないところが多くて。

  まーったく気にしてないよ?それにおいら、お金もろくに持ってないからね。食料は森や川から直接ゲットだったし岩場や木で十分寝れたし!…それにね、」

 「ん?」

 「…おいら、大陸を旅して分かったよ。砂漠に閉じこもってばかりじゃ分からないことばかりだねぇ…。海って綺麗だし、森の空気は美味しい!人間はけっこうおいらに冷たいけど、ステイシアちゃんみたいな人もいるし!

  あとはステイシアちゃん、やっとおいらを頼って呼んでくれたよね。おいら、自分からは求められない限り誰かを助けることはしないって決めてるから…頼られたら張り切っちゃうんだよなー」


 ごろごろっとベッドの上を転がり、シャハンはようやく体を起こした。いつも頭に巻いてた白い布がずり落ちて首元にマフラーのようにかかってる。

シャハンがこんなに落ち着いて、しみじみと語るなんてちょっと違和感だ。けど俺もベッドに腰掛けて黙って話を聞いていた。


 「おいらにもできること、あるよなって思ったりしちゃうんだ」

 「…珍しいな。お前もっと単細胞で元気だけが取り柄だと思ってたのに」

 「ムッ!おいらだってこれでもよぉくよぉーく考えてるんだよぅ」


 ラフィークが俺の元に寄ってきたから手を伸ばして少し撫でてやると、嬉しそうにミィと鳴き声が上がる。シャハンが俺とラフィークを見ながら明るく笑った。


 「…おいらさ。魔界と人間界の境界である砂漠に住む一族としてずっと考えてたんだ…人間と魔族、どうにかして仲良くなれないかなって。ステイシアちゃんを見てると、きっと何とかなるって思うんだけど」

 「…俺も魔王に出会って話して…他の魔族とも話したんだ。人間と何も変わらねぇよ。ヤな奴もいるしイイ奴もいる。恐いし、ムカつくし、ほっとするし、笑えるし。…一緒に生きてくのは不可能じゃないと思う」

 「魔王様にも会ったんだ?すっごいね!おいらなんて魔王様の名前も知らないや」


 出会うたびに異様なテンションの高さだと思ってたけど、シャハンだっていろいろ考えてるんだな。アハハ、と声を上げて笑うのは普段と変わらないけど、ラフィークに手を伸ばすシャハンの横顔は少し大人びて見えた。


 「ごめんね、いきなり変なこと話しちゃって!最近ずっとラフィーク以外と話してないから寂しくて!けどおいら、ステイシアちゃんに呼んでもらえたしザハリスちゃんもきっと悪い人間じゃないし、旅が楽しみだなっ」

 「ザハーロは真面目すぎるだけだと思うからガンガン話してやってくれ。…シャハン、ありがとな。いきなり呼んだのに助けてくれて」

 「むしろ呼んでくれてありがとねっ!さぁて、んじゃおいら今日も野宿するから!また朝になったら…」


 ラフィークがシャハンの肩に乗ると、シャハンはまた白い布を頭に巻き直してベッドから降りた。窓の方に歩いて行くシャハンを…俺は慌てて引っ掴んだ。自分でもシャハンの腕を掴んでからハッと我に返る。

シャハンがビックリ顔で俺を見て、俺も自分のしたことにびっくりしたままシャハンを見上げる。…そ、そこまで聞いて野宿させるのは…なんだか心が痛い。俺は後ろ手に財布を隠しながら小さく笑ってみせた。


 「…じゃ、今日は一緒に泊まろうぜ。風呂入っとけよ、その間に俺が宿の人と話してくるから」

 「………、…ありがとう、ステイシアちゃん!やっぱりあんたっていい人だねっ!」


 シャハンは一瞬ぽかんとして、俺の言葉の意味を考えてるようだった。けどすぐににかーっと笑顔になって、ラフィークがいるのも気にせず俺に抱きつこうとする!…でも俺はスッと避けて、シャハンがベッドに倒れこむのを見て笑う。


 「やったーっ、お泊りだっ!ラフィーク、ステイシアちゃんとお泊りだーっ!」

 「お、大人しくしとけよ?他の客も泊まってるんだしさ」

 「…あっ。でもおいら、お風呂の使い方わかんない」

 「……あーもう分かったから待っとけ!」


 キャッキャとベッドの上ではしゃぎ始めたシャハンは、俺と同じくらいの歳ごろの少年に見える。けど高い声で猫と戯れながら笑うシャハンはもっと子供っぽい。なんで魔族ってほっとけない奴が多いんだろうな?俺がお節介なのか?

宿の人にどう説明しようかとちょっと悩んだけど、心から嬉しそうに笑ってるシャハンを見てなんとでも言い訳してやろうと思っちまった俺はやっぱりお節介なんだろうな…!


 *


 魔族を一人と猫を一匹、追加で泊めてください…なんて俺が頭を下げに行ったらワケアリだと思われて宿代がタダになりました。…あれ?なんで?

俺が引きつった顔で宿の人に頼みに行ったら、どうやら魔族に俺が恐喝されてるとでも勘違いされたらしい。タダで泊めてやるから厄介事は起こしてくれるな、と逆に頭下げられちまった…。

うーん。嬉しいような、切ないような…。けど俺が何を説明しても宿の人は首を横に振ってたから、俺は大人しく部屋に戻った。


 部屋に戻るとシャハンがベッドにごろーんと転がって目を閉じてるのが見えた。ラフィークも枕もとで丸まってて、二人とも…いや、一人と一匹か?両者ぐっすり眠ってしまってた。…疲れてたんだろうな。

とくにシャハンなんて静かなのが本当に不思議なくらいだ。寝言の一つも言わないし、いびきもかいてない。スーッとも聞こえてないから思わず俺はこいつが息してるのか確かめる。うん、寝てる。爆睡だな。


 そういえば俺、シャハンのことはあまり知らないな…。占領されたベッドの上を眺めながらそんなことを思う。お調子者でうるさくて、明るいシャハン。んですごく頭の良さそうな猫のラフィーク。不思議なコンビだ…。

これから氷雪大地でどれだけ世話になるか分からないけど、一緒に頑張っていけたらいいな。あ、もちろんザハーロも!


 さて。ベッドはすっかり占領されちまったし…。俺はソファで寝るか。寝る準備をし終えた後、多少寝心地は悪いけどソファに横になる。目を閉じると妙な安心感が出て、すぐに眠りに落ちていけた。



 **


 「ウィル…こいつらは警戒しなくても大丈夫だからさ」

 

 朝の草原に飛竜が舞い降りる。早朝、シャハンを起こして宿をそっと出てから集合場所でザハーロと合流、さっさと帝都を出たんだ。んで約束通り、飛竜のウィルをまた呼ぶ。もちろん帝都から少し離れた草原で、他に人の姿は見当たらない。

俺がワイバーンを呼ぶ、って言ったらシャハンは声を上げて喜んでた一方、ザハーロは無言で目を爛々と輝かせていた。ふ、二人ともめちゃくちゃ期待してるな…。

けどヒトギライのウィルが素直に来てくれるか少し心配だったんだよな…。もちろん、竜笛を聞きつけたウィルは、こんな朝なのに文字通り大空から飛んできてくれた。


 ただやっぱり、俺の隣に知らない人がいることがウィルを困らせたようだ。着陸した後も、俺じゃなくてシャハンやザハーロをずっと見つめてたし…。


 『…すてーとシカ、乗セタクナイ…』

 「あぁ、俺もそのつもりだったから。だよな、シャハン、ザハーロ?」

 「うん!ステイシアちゃんはそのワイバーンくんに乗ってくんだよねっ?おいらはザハリスちゃんを風魔法で運ぶから大丈夫!」

 「…ドラゴンを学ぶ者なら誰でも飛竜に憧れるが、当然尊敬もする。乗ってみたいのは本音だが……」


 ウィルがキュルッと瞳を動かしながら呟いた言葉に俺たちはそれぞれ頷いたり笑ったりしてみせた。特にザハーロは残念そうだけど、そう思ってることを気取られまいと必死に顔を背けてるのが微笑ましい…。

あ、ウィルを呼んだのは氷雪大地までできるだけ速く移動するためだ。歩いて行くとまたとんでもない時間がかかっちまうからな!


 俺はウィルに乗っていくからいいとして、人嫌いのウィルが見慣れないシャハンやザハーロを素直に乗せてくれるとは俺も思ってなかった。だから、二人の移動についてはシャハンに任せることにしたんだ。

シャハンは魔法で風を意のままに操れるだろ?ほら、いつも飛んでるじゃん。初めて会った時も、捕まってるのを助けた後は空を飛んで去って行ったし、渓谷で再会した時もやっぱり飛んでたし。

じゃあ一緒にザハーロも飛ばしてくれないかな?と頼んだら、お安い御用とのお返事!俺も飛ばしてほしいんですけどね、俺はトルメルですからね。シャハンの魔法で作る風の恩恵には与れないわけですよチクショウ!


 そんなわけでウィルを呼ぶ前に相談してたんだ。ザハーロに「お前、飛びたくないか…?」って聞いたら「…そのまま?」と聞き返された。顔ひきつってた。そこでシャハンが提案した案がこちら。


 「…本当に僕はこれに乗るんだな…?」

 「大丈夫だよザハリスちゃん!ちゃんとおいらが操ってるから、ザハリスちゃんは座っててー!ほら、おいらはこう見えて風魔法極めてるから!」


 俺がウィルの体をナデナデしてなだめてる前で繰り広げられる光景をどうぞ。ザハーロが心細げに持ってるのは…ただの掃除道具である箒。フサフサの掃除しやすそうな箒。子供たちが剣術ごっこに使っちゃう箒。…ホウキです。

シャハンがどっかの空間に保存してたらしい箒をピョッと取り出してザハーロに笑顔で渡したときには俺も困惑した。バーンと胸を張ったシャハンが言うには、昔から使われてる飛行道具の一種らしい。


 どうみてもただの古そうな箒だけど、どうやらこれには歴史があるらしい。なんでも、昔から風魔法を使えた魔族は箒に腰かけたり跨ったりして空を飛んでたんだとか。

普通の風魔法で体を飛ばすとなると『命』を魔法で直接運ぶことになるから、たくさんの魔力を消費する上に技術も必要となる。だから箒、ある地域で絨毯なんかも使って、それに乗って箒などに魔法を付加させることで効率化を図ったらしい。

箒や絨毯に『風の力を付加させて飛ばす』っていうのは、直接生き物の体を運ぶよりも随分楽になるし安全だし術者も疲れないってのが長所なんだとさ。

 

 じゃあ人間も飛んでて不思議じゃないんだけど、直接命を運ぶのはもちろん人間の魔力だと力不足で、箒を操れるのも僅か数分といったところだから実用化にはならなかったんだとさ。以上、シャハンとザハーロの知識より引用!

魔族の持ってる魔力の量は人間と比べ物にならないんだな…。


 まぁつまりシャハンの持ってた箒にシャハンの魔法を付加させてシャハンがサポートし、それにザハーロが乗って飛んでいくってわけ。シャハンは自分の体を飛行させながら箒を操ることなんて造作もないようだ。…ほんとにこいつスゲェ。

俺はウィルのお世話になって、ひとまず氷雪大地に近い町まで今日は飛んでいくつもりだ!計算上、今日一日飛んでいけば日暮れぐらいにはどっかの町に着けるだろ、ってことになってる。

 

 さすがに飛竜のウィルでも氷雪大地の吹雪の中を飛んでいくことはできないし、そんな無茶させたくない。だから氷雪大地の手前まで、またお世話になるんだ。ザハーロが箒を眺めて顔をしかめてるのを横目に、ウィルにそのことを説明する。

ウィルはすぐに分かってくれた。


 『オレ、頑張ル。すてーと、氷ノ大地マデ連レテク。ソノ先、オレ、行ケナイ…悔シイ』

 「無事で帰ってくるからさ!まずは氷雪大地までよろしく頼むぜ、ウィル!」

 『…分カッタ!オレ、…すてーとイナイ間…修行、頑張ル!』


 しゅ、修行…!感心して見上げるとウィルはバサァッと翼を広げた。んーっ、やっぱり竜はカッケェ!俺がじぃんとしてる後ろでは、恐る恐る箒に腰掛けようとするザハーロの姿が。

ちら、と振り返るとちょうどザハーロが箒に腰掛けたところだった。…まぁ、跨ると痛いからな。深くはつっこまないけど。


 ザハーロが箒に腰掛けたとき、ヒュッと箒が浮いた!ふわーっと浮いて少しずつ上昇する箒、それとちょっと青ざめて箒の柄を握りしめるザハーロ。俺の目線ぐらいの高さまで浮いたとき、それはピタッと停止した…!

あんな座り方してたら箒が回転して体が振り落とされるんじゃないかって思ったけど、ザハーロはちゃんと座れてる。そのことにザハーロも驚いてるのか、恐怖で引きつっていた顔を好奇心あふれたものに変えて箒を握り直してる。


 「…あ、安定している…。手を離さない限り、落ちそうにはない…」

 「でしょっ!もちろん手を離したら落ちるけど、そうなってもすぐ助けてあげるから安心してくれていいからな~。あ、空を飛ぶと寒いけど、少しあったかい風を吹かせておくね」


 ザハーロがシャハンの言葉に目を輝かせてる…!あ、あれが尊敬の眼差し…!灰色のキツそうな目が見開かれ、純粋に感動を表情で表してる!こう見るとザハーロって本当は表情豊かなんだな。

シャハンも両手にピースを作って、自分もふわーっと浮いて見せる。詠唱も全くなしに自然にやってみせるのはシャハンが本当にすごい魔法使いだってことを証明してるようだ。


 話がまとまったところで俺もウィルの背に乗り、さっそく出発!ウィルが翼をはためかせて地を蹴り舞い上がると、俺にもフワッと浮遊感が訪れる!う、うおーっ!やっぱり緊張する!

ゆっくりと上昇するウィルの背から、恐る恐る下を眺める。シャハンがラフィークを肩に乗せたまま宙を自在にひゅんひゅん動き回る横で、ザハーロは控えめにゆっくりと飛んでいた。それでももう結構な高さだぞ!


 少しずつ、草原に見えていた木が小さくなっていく。離れていた帝都がよく見えるな…。森も山も湖も岩場も町も、何もかもを見下ろせる。鳥ってこんな風に世界を眺めながら飛んでるんだな。

色鮮やかとは言えないけど、綺麗な眺めだ。ウィルにしっかり掴まって改めて景色を眺めると、思わずため息が出た。


 シャハンはときどき俺とウィルの飛ぶ高さまで上がってきたり、俺たちと比べると低空を静かに飛んでるザハーロの緊張をほぐしに行ったりと楽しそうだ。そんなシャハンに慣れてきたのか、ザハーロの表情も少しずつ穏やかになっていく。

昼を過ぎる頃にはザハーロも箒の扱い方をシャハンに教えてもらって自由に使えるようになってた。対応能力高いな!ときどきシャハンのおしゃべりに付き合ってるザハーロを見てると、もう「魔族だから」と遠慮してる様子もない。


 良かった、と俺も一人口元をゆるめてウィルの体にしっかりくっつく。ちょっとひんやりしたウィルの体と、たまに聞こえるシャハン達の声がなんとも心地よくって…。



 **


 ………?あれっ……、あれ?俺、何してた?ハッと気づくとずーっと向こうの空が微かに橙に染まり始めていた。…え、空…あ、そっか!俺、ウィルに乗って空の旅の真っ最中だったんだ。

きょろきょろすると、シャハンがラフィークと共にニヤーッとして近くを飛んでるのが見えた。な、何だよその表情。ウィルに掴まったままシャハン達を見てると、もうちょっと下の方から声が聞こえた。


 「ステイト、眠っていたぞ。呑気だな」

 「あっ、ザハーロ…やっぱ寝ちゃってたか俺。どれくらい寝てた?」

 「さぁ…僕とシャハンが、お前が寝ていると気付いてから3時間ほどになるか」

 「…よぉく寝てたな俺」


 すまし顔で箒に乗ってるザハーロは、ローブのような学生服で片手に魔法書。すっかりサマになってるその姿に俺は苦笑した。おとぎばなしの魔法使いそのものだな、あとはとんがり帽子だけだな!

シャハンも笑いながら俺に向かって叫ぶ。


 「きっと日が落ちるくらいになれば氷雪大地も見えてくるほどの場所に行けるんじゃないかなー?」

 「あと数時間か…。よっしゃ!ウィル、もうしばらく頑張ってくれ!」

 『頑張ル!』


 空の旅は地上ほどハードモードじゃないからいいな。魔物もそんなにいないし!いよいよ氷雪大地が近づいてきたのか、と思うと遠い地の果てに目を凝らさずにはいられない。遥か眼下の地上では森がずっと続いていた。

黒色にも見える森は大地を染めるように覆ってる。あの森を歩いて抜けるのは確かに大変そうだ…。眠気を振り払うように首を振り、俺はまたウィルの背に抱きつく。


 …さぁ!明日には挑戦するぜ、ドゥラーク氷雪大地…!待ってろよ!


 **


 日の沈む頃、延々と続く黒い森の上空を抜けて灰色のような土の地面が広がる場所の上空へ。そこにぽつりぽつりと小さな明かりが見えるけど…村かな?そんなに大きい町じゃないみたいだ。

ずっと地上を眺めると、その村から北へどんどん進んで行けばやがて白色の世界が広がっていた。…あれが、氷雪大地か…!


 吹雪に閉ざされたドゥラーク氷雪大地が見えたところで、シャハンが声を上げた。


 「ねぇっ、あの村でいいんじゃないかなぁ?ザハリスちゃん、地図持ってるー?」

 「…あの村は人が住める地域では最北にあるハロドニイ村だ。氷雪大地に挑む者が多く泊まっていくため宿が多く、また帰ってくる冒険者もいないことから『氷の棺村』なんて呼ばれることもあるそうだ」


 こ、氷の棺村…!その言葉に一瞬魔王様を思い出したけどすぐに頭の外に追い出す。…俺がまたゾイに捕まったら氷の棺に百年閉じ込めの刑…なーんて!ねぇよな!はい忘れた!それよりその村だ!


 「降りよう!シャハン、ザハーロ、大丈夫か?」

 「まっかせといて!じゃザハリスちゃん、箒に掴まっててねっ」

 「分かった」


 先にザハーロとシャハンが灰色の大地へ降下していくのを見送り、少し遅れて俺はウィルに声をかけた。

 

 「俺たちも行こう。ウィル、頼む」

 『…すてーと。…氷ノ大地、寒ソウ。痛ソウ。…オレ、心配』

 「だーいじょうぶ!約束しただろ、いつか一緒に王都で遊ぼうぜ、って。それより俺もお前が心配だよ、ウィル。修行って…あまり無茶すんなよ?」


 スッと背を撫でると、ウィルは羽を動かして少しずつゆっくり降下していく。風を切る音とともに、ウィルの声がハッキリと聞こえてくる。


 『オレ、モットすてーとト、話シタイ。強クナッテ、ヒトガタナリタイ。ナカマ、オレノ話ヲ聞イテ、修行始マッタ。…オレ、頑張ル』

 「すっかり口癖だな、その『頑張ル』。…けど、そっか。俺も…お前と王都で遊んで、改めて俺の友達とかをちゃんと紹介できたらいいな」

 

 あー、地面が近くなってきた。ちょうどザハーロが箒から飛び降り、シャハンも地上に足をつけたところだった。ウィルがバサッと翼をはためかせてゆっくりと地上に降り立つと、俺は身軽に飛んで着地!

また帝都に着いた時みたいに別れを嫌だとゴネられるかと思ったら、ウィルの様子は違っていた。着地した俺を見て瞳をキュルッとさせた後、力強く、けれど明るい声をウィルは聞かせてくれた。


 『オレ、楽シミ!マタ、すてーとニ、会ウ!修行、頑張ル!ダカラ…』

 「…うん」

 『……すてーとモ…すてーとノ、トモダチ…モ…、頑張レ…!』


 そう言い残すとウィルはもう俺の返事も待たずに、また翼を広げて大空へ舞い上がって行った。暮れの空にその姿が見えなくなるまで見送る。ウィル…さっき俺の友達も、って言ってたな。ちょっとだけ…認めてくれたんだ。ヒトのことを…。

ウィルの姿が見えなくなって、シャハン達を振り返る。シャハンはラフィークを撫でながらニカッと笑い、ザハーロも箒を持ったまま俺を見つめていた。目が合うと小さく頷かれる。


 「…行こうか。村はすぐそこだ」

 「おいらお腹空いたーっ!何か食べたいよなっ、ラフィーク!」

 「ミィ」


 先に村の灯りの方へ道を歩き出した二人の後ろから俺も後を追いかける。…今日ここで寝て、問題がなければ明日には氷雪大地に挑戦するんだ。…俺の最後の力、ヤーヴァスが眠る氷の城…ザミグラッツを目指すために。

そうなればドラゴンがいるかもしれない。氷の城はきっと簡単に進める場所じゃないだろうし、当然城に着くまでに…今までここに挑戦した人たちのように力尽きるかもしれない。


 けど。ウィルみたいにまた会えることを楽しみにしてくれる奴がいるし、ここで力尽きるにはやり残したことが多すぎる!チャリ、と首元で鎖が小さく鳴り、俺はそっとそれを片手で包んだ。

大丈夫だ。俺は強くなった…はず。あんなに使えなかったリウはお手の物だし、エスイルもだいぶ使い込んだ。ラエアはもう自由自在だし…体術や剣術だって数か月前と比べりゃ格段に違うはずだ。

それにシャハンもいるし、ザハーロもいる。…きっと、大丈夫だ。今はそれを信じて進まなきゃ、だよな!


 って、置いて行かれちまう!慌てて小走りに、俺も二人を追いかける。今日は曇り空で星は見えないけど、どんよりしたこの空が晴れる日をまた待とう。



 片手で握るペンダントが、少しだけあたたかく感じたのはきっと気のせいだ。


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