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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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77 工房ラドーニ



 町に着くと、どこか人々は静かで活気がない。空はピッカピカに晴れて清々しいくらいだってのに、…何だろうな、この冷めきった感じは。

小さな市場を歩く人はまばらで、誰もが早足に歩き去る。道行く誰とも目を合わせようとしないけど、何故か視線は感じる。正直、あまり居心地はよくねぇな。


 ワイバーンと別れた後ガラの悪いハンターたちと戦うことになった俺は、さっさとリウやラエアを駆使して男たちを倒し、野宿した後に朝を迎えて今この町に着いたわけなんだけど。

そういや町の地図もないどころか町の名前も知らねぇや。規模は小さいけど『村』よりは『町』と呼べるほどのここで、俺は宿を探していた。


 やっぱりこの町にいる人の髪の色や顔つきはシエゼ・ルキスや聖セレネにいる人々のそれとは少し違う気がする。特に髪の色なんか、金や銀ですんごく綺麗。たまに黒髪も見かけるけど。

びっくりなことに、シエゼ・ルキスじゃありきたりな茶髪は全く見かけられない。おかげで俺は目立ってしまってるらしく、さっきからずっとあちこちからの視線を感じる。


 …この閉鎖的なネーディヤ帝国で、いかにも『外国人』な俺は異端なんだろうかね。複雑な気持ちできょろきょろしてると、建物が並ぶ中にやっと宿の看板を見つけてほっと一息つく。

そうだ、さっさと宿に籠って次の町に行く計画を立てないとな。どうも外じゃ、ジロジロ監視されてるようで落ち着かねぇ。俺も道行く人々に交じって足早に歩き始めたけど、背中に刺さるような視線は宿に入るまで消えることはなかった。



 ガチャ、と木の扉を開けるとすぐにカウンターが見える。読書をしているおばさんが座っていて、俺を見ると少し目を丸くした。む、ここでもそんな反応か、と俺が思うのとは逆に、おばさんはにこりと笑ってみせる。


 「珍しいね、茶髪の坊やが一人。連れはいないのかい?ネーディヤの子には見えないけど」

 「あ、えっと」


 お、思ったより普通の対応!もっとこう、…異国人かよ、みたいな冷たい対応をされるかと思ってた。外を歩いていたときに感じた好奇と警戒に満ちた視線とは違い、宿のおばさんはどこかお節介そうだけど温かみのある感じがする。

俺が驚いちまったのが顔に出たのか、おばさんが俺を見て小さく笑った。


 「いいんだよ、あたしゃずっと宿をやってるからね。特に異国の客をうちは泊めることが多いのさ、だから慣れてるし余計な詮索もしないよ。泊まってくかい?料理をつけて一晩…そうだね、この値でどうだい」


 おばさんが提示した宿泊代はちょっと割高。けど、この際ワガママ言えないし…それに、どうやら俺はアタリを引いたらしい。おばさんの言い方だと、他の宿じゃ異国人の客は歓迎されないようにも聞こえる。

さすがネーディヤ帝国だ、帝都でも何でもない田舎町でもヨソ者への風当たりは強いようだな。俺は宿泊手続きを済ませ、おばさんから部屋の鍵を受け取ってすぐにその部屋に向かう。

案内されたのは素朴だけどなかなかいい部屋で、一人でくつろぐにはちょうど良さそうだ。おばさんに礼を言うと、おばさんは部屋を去る前にこう言い残していった。


 「この宿は異国からの旅人が多いから、まだ不慣れなら談話室に行って情報を集めたらいいよ。あたしはネーディヤの人間だし、旅人の苦労は旅人にしかわからないだろうからね」


 談話室、か。…ここが異国からの旅人がよく泊まっていく宿ってことなら、確かに情報は集まりやすいかもしれない。それに、そもそもこの国は今鎖国中で、ネーディヤの外から来る旅人を拒んでいるはずだ。

俺はものすごく特殊な方法で入国しちまったけど、他の旅人もそうぽんぽんと軽く口に出せるような入国方法はとってないと思う。おばさんの言った通り、『旅人の苦労は旅人にしかわからない』よな。


 小さな部屋を見回して俺はため息をついた。もし寝坊しても誰も起こしてはくれないし、夜に退屈になっても誰も話には付き合ってくれない…一人部屋だ。一人旅なんて、…あれ?初めてじゃね?いや、前にもあったっけ?

聖セレネを目指してた時はシルがいた、それに南国行きではニコラがいた。…北の帝国では、俺のお一人様モードってわけか。不安がないわけじゃねぇけど、ちゃんとやっていかないとな!

 荷物を適当に床に放り出して、ごろんと転がったベッドは固い。少し埃っぽい匂いを吸い込みながら、俺は少し休もうと目を閉じた。



 **


 この宿に食堂はないらしい。だから雇われの宿の人が部屋に直接、料理を運んでくれる。昼ご飯を終えた俺はまた宿の人が皿を回収しに来てくれるのを待ち、皿を返し終えるとすぐに談話室に向かった。

情報は大事だぞ?だって俺、まだこの国での振る舞い方も分からないし詳しい地図も持ってないし。氷の城ザミグラッツの情報ももっと欲しいし、…ついでにネーディヤ帝国の現状を知ることができたら儲けものだな。

 一階の廊下を少し歩くと大きめの扉を見つけた。壁の張り紙にはシンプルに『談話室』の文字だけ。扉の取っ手を掴み、ぐいっと開いて見渡すと意外にも談話室の部屋は広かった。…って、本当に広い!


 小さなカジノみたいだ!ビリヤードか何かができるテーブルがいくつかと、円卓もいくつか。奥のカウンターには人はいないけど、その後ろの壁の棚にはトランプやボール、楽器などが雑に入れてあるらしい。

もちろんソファもちゃんとあるぞ。今も何人かのオッサンが奥のテーブルでカードゲームで賭けをしてる向こうで、ソファにだらっと寝転がってる人までいる。じ、自由だな…。

俺が入ってきても特に注目はされなかった。いや、気づかれてないのか?さて、誰に話しかけたらいいのか…。暇そうな人、いないかな?


 オッサンたちのカードゲームの輪に入るのは遠慮したいし、かなり奥のソファでは男女がイチャイチャしてるのも見える。そんなの自分たちの部屋でやれよ!とはさすがに言えない!けど言いたい!くそ…!

あとは何だ?飲み物を片手に、何かを熱く議論してるテーブルもあるな。かと思えば、一人で本を読んでいる人もいる。武器の手入れをしてる人もいるし、ひとまずここは客の集合場所になってるみたいだな。


 俺も飲み物を貰いに行こう、と一歩踏み出したとき。ちょうど近くの椅子で読書をしてた青年が本を閉じて顔を上げ、俺と目が合った。おっ、俺と同じ茶髪!

俺と目が合った青年も、お、と小声でつぶやいて俺に手を振った。


 「よぅ!少年も茶髪かー、どこから来たんだ?」

 「シエゼ・ルキスからだよ。おにーさんは?」

 「おぉ、俺はアルギークからだ。ちょーっと闇ルートの商売で…って、純粋そうな少年に言うことじゃねーか」


 はは、と笑う青年は見た感じ20代真ん中ぐらいか?人の良さそうな笑顔だけど、確かに駆け引きの巧そうなニオイがする。やっぱ盗賊生活が長かった俺は、そういう人ともつながりがあったわけで…。言葉にしづらいけど同じ雰囲気だ。

青年が手招きするのに頷き、俺も近くの椅子に座った。長めの茶髪の青年は俺をじーっと見て、くすっと笑う。


 「前言撤回。少年もちょーっとワケアリな匂いだ」

 「惜しい。今は一般人だ。シエゼ・ルキスの王都で盗賊やってた時期があったけど、もう足は洗ってるから」

 「ふーん。じゃ、少年は何でこんな鎖国中できな臭いネーディヤに来ちまったの?」

 「氷の城、ザミグラッツに用があって」


 俺の声はそんなに大きくはないから、隣にいる青年にしか聞こえてないだろうと思った。けどそれは違ったみたいで、『氷の城』と言った瞬間に談話室のあちこちから俺に視線が飛んでくる。…ん?そんなにまずいことじゃないよな?

首を傾げると、青年が苦笑しながらおいおい、と俺に返事を寄越した。


 「そりゃ、無理な話だぜ。つか、氷の城なんてお伽噺だ。噂じゃよく聞くけどな…北の最果てにある氷の城を恐ろしいドラゴンが守り、おまけに人の力じゃどうにもならない厳しい吹雪で閉ざされてるっつーんだから。

  氷の城どころか、あの北の地…ドゥラーク氷雪大地には人間じゃ足を踏み入れることすら不可能さ。もし行ってみろ、すぐに吹雪に体は凍え、風に舞う氷の破片がその体をずたずたに切り付けるぜ。

  今も帝国政府が何度も調査隊を送り込んでるって話だが無事に帰ってきた隊はないらしい。少年、悪いことは言わない…それは諦めて国に帰りな」


 …何それ恐い!え、え!?そりゃまぁ寒いだろうなーぐらいは思ってたけど…そんなにヤバイの?吹雪は予想してたけど…氷の破片が風に、って恐い!

ポカーンとする俺の肩をポンと叩く青年。うっ、優しいなチクショウ!すると近くで話を聞いていたらしい一人のお姉さんもずいずいっと俺たちの会話に混ざってくる。


 「そうそ、およしよボウヤ。仮に氷雪大地を抜けても、城にはドラゴンがいるって噂よぉ?もちろん誰も本当に見に行ったわけじゃないけれどねぇ…。あたしはネーディヤの人間だけど、ちっちゃい頃から聞かされてきたわぁ。

  北の果ての氷のお城、ドラゴンの守る氷のお城、宝も氷に隠されて、誰もを拒むザミグラッツ。そんな歌まであるんだから」

 「…やっぱ、ムリかな?」

 「帝国政府の腕利きの軍人もパッタリなんだから、ボウヤに行けるわけないでしょぉ?」


 くすくす、とお姉さんが笑うと近くのテーブルにいるオッサンたちも酒で顔を上気させながらハッハ、と笑う。ムッとするけど確かに言い返せないな…厳しい吹雪、そして…ドラゴン。

エルピスのときは、ドラゴンつまりエルピスが『ヒトギライ』じゃなかったから良かったけど、もしザミグラッツを守るドラゴンが本当にいてこの現代の世界で目覚めていたら…誰もを拒む氷の城のドラゴンだ。…ダメかも。


 気の毒そうに笑った闇商人の青年が、またポンと俺の肩を叩いた。

    

 「ま、あんなところ金を積まれたって行きたがる奴はいないさ。命は大事にしろよ?このネーディヤは、少年のいたシエゼ・ルキスみたいにほのぼのとはしてないからな。

  もう知ってるかもしれないが、この国で俺たちみたいな異国人は立場が良くないのさ。ちょっとマズったりしたらすぐに憲兵に連れてかれることも少なくない。

  あと助言するなら、魔族には逆らうなよ。この国を支配しているのは実質、魔族の連中だからな。あいつらに逆らったら、面倒事じゃすまなくなる」

 「そんなに魔族がうじゃうじゃいるのか?」

 「他の国と比べたら多いと思うぜ。あいつら、人間を見下してるからな。けど耐えろよ…ここはネーディヤ帝国だ」


 青年が遠くを見るように顔を上げて言った。青年の声が談話室にぼやーっと響く。ここにいる誰もがその言葉をしっかり理解してるようで、うんうんと頷く人も何人か見える。…成程な。だいたいネーディヤ帝国の雰囲気は分かった。

ありがと、と青年とお姉さんに礼を言うと、二人ともにこっと笑う。なんだ…ちょっと警戒してたけど、親切な人もいるもんだな。いや、この宿にそういった人が集まってるのかもしれない。

 表には出づらいような、少しの影を纏ってネーディヤに滞在する人たち。彼らこそ、助け合いや人との繋がりを何よりも大事にするってのは…俺も盗賊時代に学んでいることだ。俺は基本ぼっちだからそういうのは直接は縁がなかったけど。


 あとは他愛のない話をしながら他の客たちも交えて盛り上がった。カードゲームに入れてもらったり、ゲームのイカサマ術を習ったり…って良い子は真似すんなよ!もちろんちゃんとイカサマせずにゲームもしたからな!

ネーディヤの現状、それは俺が察したものやアンルネーセが教えてくれた通りだったしいくつかの情報も手に入れた。ちゃっかり地図も手に入れたし、何より闇商人のおにーさんってば世話焼きで!


 「けど、あの氷の城に用があるなんてなかなかないことだしな、アドバイスもしてやるよ。そんなに気になるなら、ここより北の帝都に行きな。そこにはたくさんの情報が集まる大図書館がある。

  旅人でも無料で利用できるし、そこになら氷の城ザミグラッツの情報もあるだろうな。思い出作りにでも寄ってみたらどうだ?あぁ、異国人だと目立つのが嫌ならフード被るなり髪染めるなりすりゃいい」


 俺が談話室を出るまで俺の相談にも乗ってくれたんだよな。なんで、って聞いたらおにーさん、また苦く笑って最後にこう言ったんだ。


 「アルギークに残してきた弟を思い出して、さ。俺もさっさと仕事終わらせて帰るか」



 **


 ひとまず、俺のすべきこと。それはこのネーディヤ帝国の帝都に行って、話に聞いた大図書館とやらで情報を集めること…でいいのかな?そりゃまぁ、いきなり丸腰で氷の城を目指すわけにもいかないし。

じゃあ帝都までこの町からどれくらいかかるんだと思ってまた他の客に聞きまわったら、…なんと。馬車で三週間以上はかかるんだとさ。…わぁ、遠い。


 でもそれだけなら仕方ないか、って思うだろ?いやいやいや。よーく考えてくれ。馬車で、三週間以上。…お値段は?…ハイ!ろくにお金も持ってない俺がすぐに利用できるわけがありませんっていうお値段!

いや、俺が仮に今、自分の全財産を持ってきていたとしてもそれが吹っ飛ぶくらいのお値段だったんだ。……どうしましょう。


 なんとかできるだけ速く安く帝都に行きたいって言ったら、これも報酬が高値だけど、転送魔法で帝都まで送ってくれる魔族もいるらしい。ただこの魔族に払わなきゃいけない金もべらぼうに高いから、もうね…。


 「…ふーむ…どうしたもんかな…」


 一夜明けて、朝。窓から差し込む朝日に目を細めながら、俺はベッドの上で途方に暮れていた。今持っている金も、このまま宿代に使ってたら一週間で底をつくだろう。…働こう。お金を稼ごう。それから全てが始まる…よな…。

さっさと準備して朝飯を貰ってから、また俺は町に出た。宿のおばさんに聞いた町の広場をめざし、そこにある依頼掲示板から依頼を受けてお金を稼ぐってわけだ。そういやシルと会ったフィリナの町でもそうしてたな。


 あの頃は魔物なんてもうすっげぇ恐い存在だったから、魔物討伐依頼はシルに任せて俺は採取依頼とかにまわってたけどやっぱり魔物討伐依頼の方が報酬は高めだ。今の俺ならそんな依頼でもこなせるはず!


 市場の方から声が聞こえるから、少しずつ人が増えてきたみたいだ。相変わらず町を歩くと、町に住む人たちが異国人の俺を遠慮なくじろじろ見てくるのを感じる。けど、依頼掲示板を見つけるとその近くにも異国人の旅人は何人かいた。

やっぱり旅人はこうやって金を稼ぐのか、と思いながら俺も依頼掲示板を覗く。魔物討伐依頼が多いな。町を出た草原、少し遠くの川、農地の警備、場所もいろいろだ。

 手頃な依頼は、と。同じく掲示板の前で立ち止まる旅人達と一緒に掲示板を見てると、ふと一つの依頼が目に入った。


 『探しもの』


 あぁ、よくある採取依頼だな。何気なく目を通し…俺は固まった。こ、これ…。


 『求ム:飛竜のウロコ

  報酬:三十万G以上

  概要:一枚でも構いません。飛竜のウロコを探しています。

     私は老いた道具加工職人ですが、飛竜のウロコを使って道具を作るのが夢なのです。

     詳しい話は実際にお会いしてお話しいたします。D地区の外れにある工房『ラドーニ』にお越しください。

  依頼人:D地区在住 グストフ』


 俺は思わずその依頼の紙を手に取っていた。…ひ、飛竜のウロコ!それ、あのワイバーンに貰ったやつだよな!?おまけに…ほ、報酬!三十万G以上だと!?おっほ!?俺の今の持ち金の何倍ですかこれ!?

ハイ即決。ありがとうワイバーンの小柄君…お前のウロコは俺の資金とさせていただきます本当にありがとうございます…!


 他の依頼には目もくれず、宿にも戻らず俺はすぐにこの町のD地区に向かう。この町はパビエークって町で、ちょうど北東、北西、南東、南西の4つにブロック分けされてるんだけどD地区ってのは南東ブロックだ。

宿があるのは町の北東部にあるA地区。依頼掲示板はその西の北西B地区。たいして大きい町じゃないけど、目的地を探しやすいのは便利だな。


 D地区はどうやらこの町での職人街になってるらしい。アトリエ、工房、専門店の看板がずらりと通りに並んでいる。まだ若い職人たちが重そうな丸太を運んでいくのを横目に、俺は足早に工房『ラドーニ』を探す。

D地区の外れってあるからもうちょっと町の外に近い場所なんだろうな、と思いながら足を進めるとやがて町の整備された石畳の道が消え、土の地面に変わる。ほんとに町の外れだ。


 そして、俺がようやく見つけた工房『ラドーニ』は、…なんというか…古く、ぼろい工房だった。看板は薄汚れて字は消えかけてるし、建物も全体的にぼろっとしててくすんでる。D地区職人街と比べると…正直貧相だ。

これは職人街に戻ってウロコを売りとばしたほうがいいんじゃ、とも思うけど…。工房の前で改めて依頼の紙を見つめる。


 『私は老いた道具加工職人ですが、飛竜のウロコを使って道具を作るのが夢なのです』


 どうもこの一文が心にひっかかる。依頼人、グストフさんっていうのか?その人の長年の夢だって言うなら…叶えてあげたって悪いことはないよな。

ぼろい工房を眺め、ため息をつきそうになるのを首を横に振って打消し、俺は力強くドアノブを引いた。ギィィ、と軋む木のドアの先に……うわあああ!


 薄暗い入り口にホワッと淡いオレンジの光が!…これ、ランプだ!中に綺麗に加工された光の精霊石が入ってる!ランプのデザインも凝っていて、作り手のこだわりとそれを実現できる実力がこれを見るだけでよく分かる…!

つられて壁を見ると、カチ、カチと時を刻む大時計がある。…こりゃ、ホンモノのいい品だ。どこかの屋敷で飾られてるような風格がある!


 あっという間に工房の中に並ぶ作品に心を奪われ、うおおおぉっと声をあげながら次々に作品を見ていると、ホッホ、と穏やかな笑い声が奥から聞こえた。


 「珍しいですのぉ…、この老いぼれの工房に客とは」

 「…あっ!えっと、こ、こんちは」


 うおー!びっくりした!奥から出てきたのは、白い髪と白いひげがモッサリした小さなお爺さんだった。絵本で見たドワーフみたいだな、と思いながら俺は慌てて頭を下げる。挨拶もなしに勝手に作品を見てるなんて失礼だよな…!

慌てる俺にお爺さんはまたひげを撫でて、ホッホ、とフクロウみたいな声で笑う。


 「おや、茶色の髪ですかな。すると、異国からこのネーディヤにお越しなさったとか?」

 「あ、はい。シエゼ・ルキスから…」

 「ほぉう、シエゼ・ルキス。私も若い頃には王都で職人見習いをしていた時期がありましたな」


 小さくてつぶらな目がなんともかわいいお爺さんだ。異国人の俺に対して、嫌な顔をするかなと予想していたけどこれもまた見事に裏切られる。むしろ俺が異国人であるのを楽しんでいるように、お爺さんはひょこひょこと歩き回った。


 「お若いのに、遠いところからここまでよくぞ来てくださいましたな。この老いぼれ、道具加工職人グストフの寂れた工房でよければお好きなだけ見て行ってくだされ」


 やっぱりこの人が依頼人のグストフさんだ!お爺さんが棚の上の作品の埃を払いながら優しく言うのを、俺はハッとして見つめた。そ、そうだ、ただのお客として来たんじゃなくて!

ずいっと依頼の紙を持ち上げながら俺は勢いよくグストフさんに歩み寄った。


 「あの!依頼掲示板で、飛竜のウロコを探してるって依頼を見たんですけど!」

 「む?…おぉ、そう言えばそんな依頼を出しておりました。えぇ、私の夢なんです。若い頃に師匠が飛竜のウロコを使って小さな笛を作ったのを見たことがありましてな。犬笛のように小さなものです。

  若い私は好奇心に勝てず、師匠がいない間にその笛を触り、うっかり壊してしまったのです。あのときの師匠の落ち込みようは今でも忘れられません。それで今度は私が……っと、おっと。勝手に話を進めて申し訳ありませんな」


 グストフさんは俺に木の椅子をすすめてくれた。テーブルを引っ張り出し、奥の部屋から水も出してくれる。…なるほど、グストフさんにはそんなことがあって…。俺はグストフさんの言葉に首を振った。 

 

 「いや、是非聞きたいです!俺もその飛竜のウロコの依頼で、助けになれるかもと思って来たんで」

 「おぉ…それは嬉しい!では、もう少しお話しさせていただきましょうかの。今は世間でも飛竜が山に出た、と噂になっておりますが、その昔からずっと飛竜はどこかに隠れ住んでいたのだと思います。

  師匠は莫大な金と時間と労力を費やして一枚の飛竜のウロコを手に入れました。もう60年以上昔の話ですな。師匠はウロコを加工して、犬笛ならぬ『竜笛』を作ろうとしたんです」


 りゅう、ぶえ?俺がグストフさんの顔を見上げると、そのもふもふした白いひげを触りながらグストフさんが頷いた。


 「師匠は竜笛を作り、飛竜を呼んで操ろうと考えていたのだと思います。いや、師匠は生き物が好きな方でしたからのう…単純に飛竜と仲良くなりたかったのかもしれませんな。

  しかし、私が完成した竜笛を壊してしまい…それでも師匠は私を責めなかったのです。人間は好奇心には勝てない、そして好奇心がなくなることほど不幸はない、と語られました。しかし師匠は当然、落胆していました。

  あれほど申し訳ないと思ったことはありませんなぁ…。今でも師匠を思い出します。師匠はとうの昔に亡くなりましたが、次は私が師匠の遺志を継ぐことにしました。竜笛を再び作ろう、と。

  ですがまぁ、その肝心の材料をどうしても手に入れることはできなかったのです」


 それで、グストフさんは飛竜のウロコを探し続けていたのか。ポケットにつっこんでる飛竜のウロコを触りながら、俺はグストフさんの悲しげな顔を見て力強く言う。…お爺さんの夢、俺が助けになれるはずだ!


 「俺…つい最近、飛竜に命を助けてもらったんです。それで、そのときに一枚のウロコを貰いました。これ、良かったら…使ってください!」


 すぐに飛竜のウロコをグストフさんに手渡す。小さな子供の手ほどの大きさの、光に透かせば薄緑に輝く綺麗なワイバーンのウロコだ。ぐ、とグストフさんに握らせると、グストフさんはつぶらな目を大きく見開いて震えた。

 

 「こ、これは…!いや、そんな、まさか……あぁ!師匠の持っていたウロコ、そのものじゃ…!…おぉ、おぉ!もう一度この目に映すことが叶うとは思わなんだ…!」


 あぁ、と声をあげてグストフさんがウロコを色んな角度から見つめる。その嬉しげな様子に俺も胸の中が温かくなった気がした。薄暗くレトロな工房内で淡いランプに照らされ、ウロコの色はさらに輝いてる。

ぱっと顔を上げてグストフさんが俺を見た。その目はウロコにもランプにも負けない輝きを灯し、ご老人とは思えないほどの強い生命力に溢れている。


 「本当に、いただいてしまっても…!?」

 「勿論です!あ、けど…もし竜笛を作るなら…良かったら俺にも竜笛を見せてください!あ、単なる好奇心なんですけど…」

 「ええ、ええ、もちろんですとも!完成すれば、あなたに竜笛を差し上げましょう。私はウロコを探していましたが、本当の願いは昔からただ一つですからな」


 グストフさんが椅子から立ち上がる。小柄なお爺さんだけどその背をしゃんと伸ばし、腕まくりする姿は頼もしくまさにベテランの職人!俺に背を向けていても、その表情は明るいと俺にも分かる。その声が、力に満ちていたから。


 「竜笛を『作る』こと。これさえできるのなら、他に望むものなどありはしません」


 俺はグストフさんの背をじっと見つめる。例え古びた工房に見えても、ここはきっとグストフさんが一番その力を発揮できる立派なステージなんだ。職人、かぁ…俺も小物を作るのは好きだから憧れる!

俺もそっと椅子を立ち上がって、グストフさんが次々に作業道具を持ち出すのを見せてもらうことにした。見たことない道具がある!すげぇ、と思わず机に両手をついて声を上げると、もふもふと髭を動かしてグストフ老人は俺に微笑んだ。


 「あぁ、興味があるのでしたら作業を見て行かれますかな?私に職人としての弟子はおりませんが、もしこういった作業に興味がおありなら是非この老いぼれがお教えいたしましょう」

 「いいんですか!?じゃ、じゃあ是非!俺、こういう作業好きなんで…!」

 「ホッホ、なら私を手伝っていただけますかな?師匠の口癖でしたなぁ…想いを込めれば道具は強くなる。私とあなたで想いを込めるなら一人で作るときの2倍分、道具に想いが込められてきっと強くなるのでしょうな」


 道具に、想いを。その言葉を聞いたとき、手の指輪がほんのり熱くなった気がした。…リウとラエア、その指輪もハニとルキスの二人分の想いが込められている。きっとグストフさんの師匠が言ったことは間違いないぜ…!

机の上に並べられた作業道具、そして布の上に丁寧に置かれたワイバーンのウロコ。そして本物のベテラン職人、グストフ老人。アシスタントは俺!


 俺はすっかりお金を稼ぐことも忘れ、今からこの工房で繰り広げられるだろう熟練の職人技と『竜笛』を想像して胸を躍らせる。…竜笛って、どんなのなんだろう?やべぇ、すげぇ楽しみだ…!


 その竜笛を使うことができれば、あのワイバーン…小柄なあの飛竜を呼ぶこともできるのかな?いや、それは完成してからの話だ!いよいよ始まった加工作業に、俺は時計の針の音も聞こえなくなっていた。


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