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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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76 ワイバーン


 アンルネーセは俺に数日分の食料を用意してくれた。もうこれだけでほんと感謝なんだけど…さらに。さらに!


 「ここから北のザミグラッツを目指すなら、厳しい寒さから身を守らなければなりませんよ」


 と、俺に丈夫な布でできたローブをくれたんだ。堅くてしっかりした生地だ…肌触りはそんなにフカフカじゃないけど心強い。

聞けば、エルフの里に伝わる伝統の織物技術で作られたローブなんだとさ。その糸も特別なもので、このローブを着こんでいれば寒さなんてへっちゃら、という優れものらしい!

 そういえばここの里や花畑はそんなに寒くなかったから感じなかったけど、…北の大地なんだよな、ここ。野宿なんかしたら凍え死んでもおかしくないんだ…。


 俺はアンルネーセから不思議な色合いのローブを受け取って羽織り、食料を入れてもらった袋を持ってそのままエルフの里を後にすることにした。

あっさりとしたお別れだったけど、最後にアンルネーセが言っていた言葉を思い出す。


 「きっと、また会える日が来ます」


 …前もそう言われてまた会えたんだから、アンルネーセの予言はきっと当たるだろう。俺は笑って、見送ってくれたアンルネーセに手を振ってすぐにエルフの里を抜けた。

ずっと留まっていたらアンルネーセにも迷惑がかかるし、ここでゆっくりしてるヒマはない。…早く、次にやるべきことを。次に目指すのは…遥か北の氷の城、ザミグラッツだ。

 ノイモントという危機が確実に近づいている今、俺がちんたらしてるわけにはいかないんだよな。


 じろじろと見てくるエルフたちの間を足早に通り過ぎて、教えられた山道を下る。辺りは木の一本も生えていない。岩と小石と、背の低い草がぽつぽつ見える、寂しい山だ。

あとは遠くまで続く山脈、そして青い空だけ。まだまだ下山には時間がかかりそうだ…。山道を歩き始めてしばらく経つけど、俺はまだ休憩できずにいる。


 …一人旅ってこんな感じなのか。


 石に躓かないように気を付けながら、一歩ずつちゃんと地面を踏みしめて道を進む。遥か眼下に見えた深い緑の群れは森だな。けど、森に辿り着くまでにはもっともっと歩かないといけないな…この一日で下りられそうにはない。

見通しがいいのは結構だけど、こんな足場も悪くて隠れる場所もないところで魔物なんかに出会ったらもう最悪だ。…いや、ダメだ!そういうこと考えるから魔物に遭うんだ!


 考えるな、今はただ下りろ。足を動かせ…!

 

 と、ローブを羽織り直して暗示のようにそんなことを考え続けてたら…。…どれだけ時間が経ったのかも分からなくなりまして…。

景色は相変わらずだ。本当に地上に近づいてるのかも不安になる。下へと続いている細い道を信じて下り続けるしかないなんて…ここに誰かいたらこんな退屈しないだろうに…やっぱロザを連れて来たら良かったか…。


 ひゅお、と風が吹いて俺の頬をじわりと冷やす。なんか寒くなってきた、つか風吹いてきた。さっきまでは静かだったのに、山と山の間を抜けていく風が少しずつその音を増しているのに俺は気付いた。

さっき一瞬試しにローブ脱いでみたんだけどさ、…ほんと、エルフのローブってすごいんだな…。…風で凍えそうになった。慌ててローブをまた羽織ったんだけど、まだ体がじぃんって冷えてる…!

ぎゅ、とローブをきつく体に巻くように着こみ、一度辺りを見回す。…よし、前方にも後方にも魔物や獣の姿はナシ、と。日が暮れるまでにはもっと進んでおかないと…夜はもっと冷えるぞ…!


 まだそんなに厳しくはない風に晒されながら、俺はときどき水を飲みつつ歩き続ける。ジャリ、ジャリと足元の小石が音を立てるのが、確かに一歩ずつ進んでるんだぞと励まされてるようにも感じちゃう俺ってばポジティブ!


 やがて空の向こうが夕焼け色に染まるのが見えてきた。…夜が来る…。今歩いてるのは細く険しい崖のような道だから、野宿するには不安な場所だ。もう少し歩けば開けた場所に出るから、そこに着いたらもう休もう。

エルフの里に住んでるエルフだって外出するだろうに…こんな山道をいちいち上ったり下りたりするエルフの体力ヤバい。実はムキムキ……いやー、そうは見えないな。うん、転送魔法でも使えるんだろうな……俺もそんな技が欲しいです…!


 小さな広場のように開けた足場の場所に着くと、すぐに野宿の準備を始める。そう言ったってテントもないし、魔法を使えない俺が魔物避けの結界を張れるわけでもないんだけどな。安全確認と、寝れそうな場所の確保だ。

薪になるような木もこんな岩場じゃ見つからない。薪でもあれば、ラエアで火をつけて焚火にするのに…!


 薄暗くなってきた頃、アンルネーセのくれた食料袋から干し肉を出してかじる。うっすらと空に星が見え始めた。この景色は絶品なんだけど残念ながら楽しむ余裕はあまりない。

いつ魔物が湧くか分からないし…何より心配なのは、アンルネーセの言ってた『ワイバーン』だ。

 言ってしまえば『劣化ドラゴン』って感じらしいけど、攻撃されたらたまったもんじゃねーよ…。魔法攻撃ならいくらでも…だけど、ワイバーンは狂暴らしい。食べられたらどうしよう…って、どうしようもないか…!

 それが気になって、さっきからずっと空を見てる。風の唸りが少しずつ激しくなるのを聞きながら岩壁にひっそりと身を寄せるこの寂しさ…!こ、心細い…!

全く、何がトレジャーハンターになる、だ。一人旅もろくにできねぇで、そんなのなれるわけが…。


 ――――ヒュオーン…


 ふと、風の唸る音の間に別の音が聞こえ、俺は立ち上がった。大きな鳥の声のような…それにしては、鋭い音。…魔物か、と俺はすぐにナイフを取り出してしっかりと握った。ち、やっぱりいるのかよ魔物!

姿は見えない、方向も分からない。けど、空だ!空に何かいる…俺に気づいてるかどうかは分からないけど!


 じ、と薄闇に目を凝らす。と、一瞬星明りが遮られた!そこか!息をひそめ、俺は動きを止めたまま…近づいてくる『それ』を観察して…、…思わず口を開けた。


 「……小さな、飛竜…!」


 見えたのは小さな竜…いや、それは『ドラゴンと比べたら』の話で、きっと馬よりももっと大きな飛竜だ!大きな翼を広げて滑空するのは一体だけじゃない。5、6体の群れだ!

俺を見つけたわけじゃないんだろうけど、飛竜たちは確実にこっちの方面へ近づいている。…飛び去るよな、そのまま…。ここは動かず、気配を消してやり過ごすしかないな。

 もう夜が近づいているから、巣に帰るのかもしれない。ヒュオーン、とさっきの鳴き声をまた上げて飛竜が飛んでいくのを、俺は小石にでもなったつもりで見つめていた。


 と、そのときだ。


 飛竜の中でも一番小さな奴が、突然ふらりと空で力なく揺れた。…どうしたんだ?そのまま小さな飛竜はふらふらと弱った虫のように飛んで……って、こっちに来てるんじゃねーか!?


 俺が慌てた、そのとき!ズドーン、と大きな音を立てて飛竜が倒れこむように目の前の空き地に着地した!ギュウゥ、と弱弱しい声を上げる飛竜は…俺のいる岩壁のほんのすぐそこ!おいおいおいおい!?

すると他の飛竜たちもゆっくりとこっちに向かってくる!次々に近くの足場に飛竜が着地し、倒れた小さめの飛竜を心配そうに見守ってる。何匹かの飛竜は空をくるくると円を描いて飛び続けていた。

お、俺に気づくなよ飛竜たち…。もし一匹でも岩壁の方を振り返れば、もう俺はヤツらの夜ご飯なわけですが…!?


 と、びくびく怯えてローブを思い切り引き上げた俺は、また力なく鳴いた飛竜と…目が合っちまった。ぐったりした飛竜が薄く開けた黒の目をしっかり俺に合わせてる…。…あ、やべぇんじゃねぇの、コレ…。


 俺はパニックになってどうしていいか分からず、迷った末にニッコリと飛竜に微笑んだ。…何で微笑んだんだろう俺!あーバカ!認めるけど俺ってときどきほんと馬鹿!

すると、…。もう、お約束の展開が待っていましたとも。ええ。


 ―――ヒュオー……


 か細く、倒れている飛竜が鳴いた。バッチリ俺と目が合ったまま、鳴いた…。んで、そいつを囲む3体の他の飛竜が…ゆっくりと俺を振り返って…。

 

 ―――ギャオオオオッ!


 「…死んだわ、俺」


 ニッコリとした笑顔が友好的に見えてませんかね?と思いながら、飛竜たちのすさまじい声に俺は泣きそうになった。もう終わりだ。あの弱った飛竜のエサにされて死ぬんだ、俺。まさかここで。ここで!ゲームオーバーとは!

ズシン、ズシン、とゆっくり一体の飛竜が歩み寄る。んぎゃあああ目が目が目が目が恐い恐い恐い!鋭い!恐い!俺は立ち上がって逃げようとしたけど、もう時すでに遅し…。ローブの端をバクッと飛竜がくわえた!

そのままズルズルズルズルと俺は情けなく引きずられて、倒れ伏す小ぶりな飛竜の元へポイッと投げられた。…ああああ…めっちゃ飛竜さんこっち見てる…上空を飛んでる奴らもこっち見てる…!


 死んだ。これはもうダメだ。そう思うと逆に冷静になり、俺はまじまじと地に倒れた飛竜を観察することができた。…翼、怪我してる。いや、翼だけじゃない!尾も傷だらけ、…腹も、顔も…。背には一本、矢が刺さってる。


 「…人間にやられたのか」


 傷跡を見ても、これは剣や槍でつけられた傷に違いない。この小さめの飛竜は、どこかで休憩してるところを人に襲われたんだろうか。小さいと言いながらも馬よりデカいし、恐ろしい生き物には違いないけどさ…!

また飛竜の黒目が俺を見つめていた。もう動く元気もないらしい。……仲間の飛竜がギャッギャッとせかすように鳴く。この小さい奴に、早く俺を食えとでも言ってんだろうな。…そうだな、もう仕方ないよな。


 けど、元気じゃないと俺のこと食べられないじゃん。


 俺の頭に浮かんだのは全く的外れな考えだった。食べられたら俺、おしまいなのにな!あはは、と思わず笑うと飛竜たちが驚いて鳴き声をピタッと止めた。

ゆっくりと俺は倒れた飛竜の顔に手を伸ばした。ちろ、と黒の目が俺の手を追って動くけど、暴れることはない。いい子じゃん、と俺はつぶやく。


 「…痛かったよな。我慢して飛んだんだな…、少しチビだけどすげぇよお前。だから、…もうちょっと辛抱しろよな」


 顔の傷にそっと手を当てる。うお、ざらざらの肌…これが飛竜の肌なのか。ウロコもある。ドラゴンとは少し違うんだな、とあのヤンチャワガママエルピスを思い出しながら指先に意識を集中させる。


 「…癒せ、エスイル!」


 ちょっとだけ久しぶりの暖かい感覚が体中を巡り、指先を伝って外へ飛び出していった。もちろん、目的はこいつの治癒だ。どうせ食べられるなら、こいつが俺の分まで元気に生きてくれないとやるせない。

ここで本気出してリウやらラエアやら短剣術を飛竜たちに駆使しても、さすがに勝ち目はないからな。そう分かると、逆に穏やかに冷静になるってもんだ。

 その後も何度かエスイルを使う。背の矢を抜いたときは苦しそうに飛竜が鳴いたけど、また暴れることはなかった。うんうん、いい調子だ。…それから数分後、飛竜は嘘のように元気になった。


 俺と仲間の飛竜たちが見守る中、そいつはゆっくりと体を起こした。もう外見に傷は見えない。仲間の飛竜たちがギャッギャッと騒ぐ横で、俺のエスイルの術もなかなかだな、と一人で納得する。えへん。

起き上がった飛竜は、ヒュオオオ、と風の唸る音によく似た声を上げた。仲間の飛竜たちが身を寄せ、さらに上空を飛んでいた飛竜たちも下りてきて味方の回復を喜び始める。ヒュオオ、と高い音が上がり、俺も思わず笑っちまった。


 ま、喜んでるならいいか。と安堵する俺にふと浮かぶ案。むしろ、この隙に逃げられねぇかな…?さすがに見逃してくれるだろ…?


 そ、そーっと行こう。そーっと。ゆっくりと飛竜の輪を抜けようとした俺に、ヒュオッ!とあの小ぶりな飛竜が声を上げた!あ、ダメですか!ごめんなさい!


 また俺はしぶしぶその飛竜の元へ行く。体を起こした飛竜は、俺の頭よりももっと上からつぶらな黒の目で俺を見つめていた。その長めの首が傾き、俺の方に顔が寄せられる。え、もう俺食べられちまうのかよいきなりすぎ…と思ったら!


 その飛竜が顔を俺の肩に摺り寄せ、その治った大きな翼で俺を包んだ。…うおおお!?なんか…うおおお!!?改めて翼、デッケェ!俺の体がすぽっと収まる!もしかしてこれ…懐かれた?

そーっと目だけで周りの飛竜を見ると、…さっきと目つきが違う。俺に対する鋭く刺すような視線が、仲間に向けるのに似たものになってる。…あ、仲間を治してくれたから、って認めてくれたのか…!?


 恐る恐る翼をさすると、またヒュオオオ、と嬉しげな声が上がる。…犬みたいだな。やっぱり飛竜は魔物とは違って、ちゃんと知能があるんだ。いや、ドラゴンと同じ『幻獣』の一部なんだから、俺より威厳があって当然か。

スリスリと顔を寄せる様は凶暴さなんて微塵も感じさせない。そしてなかなか離してくれそうにない…。そ、そんなに嬉しかったのか。人間相手じゃないとは言え、なんか気恥ずかしいな。


 どうしたもんか、と広げられた大きな翼の中で俺が思案していると、突然周りの飛竜たちがざわつき始めた。ん?何かあったのか…?なんとか見ようと体をよじると、スッと小ぶりな飛竜が体を離して別の方向を睨んだ。


 ま、魔物だ。山の上と下、どちらにも続いている道から無数の魔物の赤い目が見える。やっぱりいたのか…!しかも、夜行性の魔物は昼間に出る魔物より狂暴なものが多いから困りものなんだよな。

クマの形から巨大な虫の形までさまざまな種類の魔物たちに、俺はため息をついた。飛竜たちに勝てる気はしなかったけど、魔物相手なら頑張れる気がする!


 服から隠しナイフを取り出して飛竜たちの輪を抜けようとすると。またも小ぶりな飛竜が俺を見てヒュオッ!と一喝!お前は動くな、と!?けど魔物どうすんだよ!

俺が言葉も通じないのに反論しようとしたとき、飛竜たちが動いた。あるやつは火を噴き、威嚇!あるやつは大きな翼を広げて旋風を巻き起こし、またあるやつは夜空をつんざくような威嚇の声を上げる!

けど魔物も全部がそれにビビって退くわけじゃない。しぶとく残る奴らには…!


 上空に舞いあがった飛竜が、空から鋭い爪で猛攻!無数にいるように見えた魔物があっという間に消えていくのを、俺はぽかーんと見ているしかなかった。


 ―――結論。魔物よりも飛竜の方が強いです。


 ただナイフを握ってポカーンとしているだけだった俺は、小ぶりな竜にまたスリスリされても気付けないほど呆気にとられて立ち尽くしていた。こいつらと…た…戦おうなんて思わなくて良かった…! 


 **


 多分この飛竜たちが話に聴いていた『ワイバーン』なんだろう。結局朝まで一緒に眠った飛竜たちを見て、ふと俺はそう思った。

昨日の夜は飛竜たちに囲まれて寝た。小ぶりな飛竜は俺をすっかり恩人だと思っているのか、寝る時もすぐ傍で寝ていた。ちょっとほっこり…、野良猫を助けてもきっとこんなに懐かないぞ。


 朝に目覚めたのは俺の方が早かった。ぐっすりと眠っているワイバーンたちを起こさないように気をつけて、そっとその場を離れる。さぁ、今日には下山しちまいたいな…アンルネーセはスムーズに下山すれば丸一日、って言ってたし。

だったら挑戦二日目の今日には下りられるだろ、けど森と平原を抜けないと街には辿り着けない。もたもたしてると食料も尽きるし、早いところ町に行かないとな。


 荷物を持ち、一度だけ眠る飛竜たちを見る。おぉ、ぐっすり。それぞれが丸まって寝てるからなんとも言えない眺めだな。


 今度は無謀な人間たちに襲われなきゃいいけど。…さぁ、俺も行こう。まだ陽が昇り切ってない朝の道を、俺は静かに踏み出した。



 それから、多少の戦闘があった。ちょっと手強い魔物もいたけど、ラエアとリウ、エスイルを駆使して片づけていく。ここまでくればもう俺も慣れたもので、そりゃニコラに比べりゃお手並み鮮やかとは言えないけど倒せるようにはなったんだし!

朝の運動にはちょうどいいだろ、これぐらいできなくてこれからどうすんだ、いつまでも守られっぱなしなんてやっぱり俺が納得できない。


 せめて自分の身は自分で守れるぐらいになりたいものだよな。


 

 それから数時間ほど経ったか?陽が昇り、少しずつ眼下の平原が近くに見えてきた頃。今日も雲一つないスッキリした青空だ、と休憩しながら崖に腰掛けて空飛ぶ鳥を眺めてたら…。


 ―――ヒュオオオオッ!


 …ん?なんか…つい最近聞いたような鳴き声が聞こえたような。そう思った瞬間、視界が突然暗くなる。な、何事だ!?慌てて陽の光を遮る上空を見上げると…何かが急降下してきた!って、…あ!

バサァッ、と大きな翼をはためかせて俺の目の前に現れたのは、あのワイバーン!…小ぶり君だ!朝日に輝くその姿は、夜はよく見えなかったけど堂々としていて立派だ。

 黒い目、大きな翼。ドラゴンは胴体がデカいけど、ワイバーンはどちらかというとヘビのように長めの胴体をしている。薄緑のウロコが新緑のように輝いて、もうケガをしていたあの弱弱しさはどこにもない。

けど、何故ここに。仲間の飛竜は?見あたらないけど…。空を眺めても他の飛竜の姿はない。こいつだけがここに来ちゃったのか、…俺を追っかけて?

 俺の不思議そうな表情にワイバーンはくるりと体を回し、俺に背を見せる。そのまま崖の傍に体を寄せ、ヒュオッと鳴いた。…まさか。


 「…俺を追っかけて、んで今度はついてきてくれるのか?…というか、乗せてくれるって感じ?」


 そ、そんな都合のいい解釈ねぇよなー、と俺が笑ったのと、ヤツが翼をバサァッとはためかせたのは同時だった。……え?いいの?

これって…飛竜の恩返し…?そんな大陸昔話じゃねぇんだぞ!?つか俺の言葉は理解できるんですね!?わたわたとしてる俺に、早くしろと言わんばかりにワイバーン小ぶり君が睨んでくる。…じゃ、…ありがたく…。


 俺はそーっと崖の方に足を向けた。崖の下は…落ちたらドヒャーじゃすまない高さだ…!思わずゴク、とのどが鳴る。けど…ワイバーンがじっと待ってくれてるのに、乗らないのは悪いよな。

何より、俺はきっともう二度と巡りあうことはないような貴重な体験をしようとしてるんだ!自慢してもダウトって叫ばれるような、ものすごく貴重な体験をしようとしてる!これにワクワクしないなんてどうかしてるだろ!


 ごつごつしてそうな飛竜の背に、俺は慎重に飛び移った。翼の付け根あたりのスペースに腰を下ろしてしがみ付くように腕を回す。わ、やっぱりウロコと硬い皮膚でゴツゴツのザラッザラだ、飛竜の体って。

俺がしっかりつかまったのが分かったのか、飛竜がゆっくりと飛び始める。さ、さすがに俺も空を飛ぶのなんて初めてだから!最初はもうしがみ付くのに必死で、目も開けられねぇ。


 ばさ、ばさと力強い翼の音が聞こえる。冷たい風が頬を切り、髪も全部抜けちまうんじゃないかって勢いでなびく。お、落ちたらどうしよう…いや、そんなこと考えるな!この飛竜を信じろ…!

やがてそーっと目を開けると…絶景!あの山から離れて、延々と続く草原と小さな林の上空を高く飛んでる!遠くには山が連なって壁のようにそびえたち、さっきまでいた山道ももう小さい。


 「すげぇー!飛んでる!飛んでるーっ!」


 アンルネーセのくれたローブのおかげで寒さもあまり感じない。それどころか、純粋な感動に体が熱くなる!ぎゅ、と拳を作って俺は続く大地を見下ろした。森があんなに小さい!家もオモチャみたいだ!

俺があまりにも騒ぐからか、飛竜が少し速度を緩めてゆったりと飛び始める。…そういえば、俺、どこに行きたいかをこいつに言ってないよな。

とんとん、と飛竜の背を叩くとヒュオーッと風に交じって透き通った鳴き声が聞こえた。


 「なぁー、お前、どこまで連れてってくれんの?…って、話しかけても返事できないか…」


 案の定、俺の叫ぶような問いには寂しげなヒューン、という声しか返ってこない。そりゃな…。エルピスみたいなドラゴンなら通訳してくれるかもしれないけどさ。

いくらワイバーンと言っても、北の果てザミグラッツまで飛んで行ってもらうなんて可哀そうだし。あそこは常に吹雪に閉ざされた地で、氷や雪に耐性がないと動物でも人間でも近づけない場所らしいからな。 

俺もそこにどうやって行けばいいのかは、これから辿り着くだろうネーディヤの町々で情報を集めて調べるつもりだったし。

だったら予定通り、近くの町にまずは行って、それから馬車なり色々使って北を目指せばいい。過酷な下山をすっ飛ばしてくれただけで有難いってもんだよな!


 「じゃあさ、この近くの人間の町あたりまで連れてってくれないか?あ、もちろん草原とかでいいから!また狩人か何かに狙われたら厄介だもんな」


 俺のリクエストに飛竜が元気な声を返す。この近くの町なら、こいつの飛ぶ速さを考えればそう時間のかかる場所にあるわけじゃないだろ。そこまでお世話になっとこう!

ギュン、と頬に当たる風が厳しくなった。あ、飛竜が速度を上げて降下し始めたのか!ひえぇぇ風がいてぇ!


 振り落とされないようにしっかりと体につかまる。俺は今度はちゃんと目を開いて、褪せた薄緑の大地が少しずつ近づいてくるのを黙って見つめていた。


 **


 誰もいない昼の草原に飛竜と俺は降り立った。ちらほらと魔物の姿が見えるけど、大きな飛竜の一睨みですごすごと去っていく。これでも飛竜のお仲間と比べたら、こいつは小柄だったんだよな。まだ他のと比べて若いのかな?

転がるように俺が背から降りると、また俺の肩にスリスリと飛竜が顔を寄せた。すっかり懐かれちまった、…命の恩人になれたのかな?確かに酷いケガだったからなぁ…。

 俺もなかなかできない体験をしちまった。山を下りてたらワイバーンの群れに出くわして食われそうになるも、怪我した一匹を治したらここまで懐かれて助けてもらった、なんて。


 犬猫にするのと同じように、けど比べて随分大きな体をさすってやると嬉しそうにヒュオオ、と声が上がる。…なんか、可愛い奴だな!

けど、いつまでもこうしてるわけにもいかない。もし魔物や動物を狩るハンターたちが通りかかったら、また襲われちまうかもしれないよな。俺はそっと体を離し、飛竜のつぶらな黒目を見て笑んでみせた。


 「山からここまで運んでくれてありがとな。群れの仲間にもよろしく伝えといてくれ」


 飛竜がパタッと小さく翼を動かした。けど、どこか目が寂しそうだ。…俺も、ちょっと惜しいかも。飛竜とこんな風に触れ合うなんて、絶対にないよな。もう一度大きな翼に触れると、意外と翼はすべすべして触り心地がいいのに気付いた。


 「…そんな目すんなよ!そうだよな、せめて名前だけでも分かればいいのに。そうだ、名前!俺、ステイトっていうんだ。一応旅人で、…いつもはシエゼ・ルキス王国にいるからこっちにはきっともう来れないけど…。

  でも、空とワイバーンに人間の決めた国境は関係ないよな。また大陸のどこかで会えたら、また背中に乗せてくれよ。空を飛ぶのって楽しいんだな!」


 そっと翼から手を離し、ワイバーンの頭を見上げる。俺の言葉に嬉しそうに目を瞬かせ、翼を誇らしげに広げるワイバーンにアハハ、と声を上げて笑っちまう。と、そのとき飛竜が俺の後ろに続く道を見た。

振り返ると…武器を持った人間が何人か歩いてくるのが見える。けどまだだいぶ遠いから、その人たちはこっちに気づいてないかもしれない。


 「…誰か近づいてるな。じゃ、ここでお別れだ。人間の中には恐い奴もいるから、…そう、お前らみたいな飛竜を恐れないような人間もいるからさ。気をつけて、仲間と一緒に居るんだぞ」

 

 長めの尾をぺちぺち叩きながら、早く飛ぶように急かす。飛竜は名残惜しげに、ゆっくりと翼を羽ばたかせ始めた。そのとき、はらりと一枚、ウロコが飛竜の体から剥がれ落ちたのが見えて思わず俺は拾い上げる。

光に透かしてみると薄緑に輝いて、とてもきれいだ。硬いし、小さな子供の手ぐらいの大きさがあるから加工すればすごいアイテムになりそうな…。


 「これ、貰っちまっていいかな?出会った記念、ってことで」


 俺の問いに、飛竜はふわっと舞い上がりながらヒュオオーン、と大きく元気に返事をしてくれた。よっしゃ!そのまま大空へ高く高く飛びあがっていく飛竜に手を振り、やつが見えなくなるまで俺は空を見上げ続けた。

竜の姿が見えなくなったのと、武器を持った男たちが慌ててこっちにやってきたのはほぼ同時だった。さっきの飛竜の元気すぎるお返事に気づいて、急いでこっちに来たんだろう。

 俺の横に来てバタバタと慌ただしげに空を見上げ、チッ、と男たちが舌打ちする。


 「あぁ、行っちまった…」「クソッ、狩ればいいカネになっただろうに!」「名声もだ!首を持っていけば、今の生活が何倍もましになるだろうよ…!」


 完全に俺の存在を無視して男たちがざわつく。…やっぱり狩人か、早く逃がして正解だったな。ちら、と男たちを見ると、大型の武器ばかりを揃えていた。大剣、長槍、長弓、派手な装飾の杖…。

そして、ガラが悪そう。顔に傷のあるおっさんがギロ、と俺を睨みつける。


 「おい坊主、どういうことだ。ありゃ、山脈に棲むワイバーンじゃねぇか。さっき、あのワイバーンとおめぇ、一緒にいたよな?」

 「…いたけど、何」


 俺も負けじとふてぶてしく腕を組んでおっさんに答える。すると、他のハンターたちも俺を囲んで話し合い始めた。…数は、全員で5人か。


 「認めたぜ、どうする」「ワイバーンと繋がりがあるんじゃないか、このガキ」「待て。結託して町を襲いに来たんじゃないか」「なら生かしておけねぇな」「落ち着け、こいつをエサにワイバーンをおびき寄せるのはどうだ」


 …なんか、ヤな予感。ジリ、と後ろに下がるとドン、と背中が一人の狩人の体に当たった。振り返ると、下卑た笑みを浮かべたオッサンが少し屈んで俺に言った。


 「よぅ、この辺のガキじゃねぇな。この閉ざされたネーディヤの国に来るなんざ、いい度胸してるぜ。おまけにワイバーンと仲が良さげだったじゃねーかよ?俺たちゃあ、魔物やバケモンを狩る者だよ。

  けどな、生きるのに必死なんだ。カネになることなら手段も選ばねぇ。………時には、狩る対象は人にも及ぶのさ、悪く思うな」


 オッサンの目がぎらり、と光った時。俺は強く地面を蹴り、高く飛び上がった。おぉ、この感じ久しぶり!ガタイのいいオッサンたちの頭上を軽く越え、呆気にとられるおっさんたちを余裕で見ながら着地!

ポカン、とするオッサンに俺はナイフを取り出して向けた。おっと、力が入り過ぎたか?指令も出してないのにリウの力が少し溢れてナイフを氷で覆っていく。ま、脅しにはちょうどいいか!


 俺は思い切り狩人たちを睨み、口元だけはニヤッと笑ってみせる。


 「ネーディヤは随分ガラの悪い狩人で溢れてるんだな。悪いけど、俺はただの旅人だよ。ワイバーンとはお別れしたばかりで、あんたらの結託して町を襲うって予測も大外れ。面倒なケンカは互いによそうぜ?」

 「…ほぉう、ただの坊主じゃねーな。跳躍力、それと魔法の素質、ワイバーンとも友好にやっていける肝っ玉。着てるローブも上物だ。……ワイバーンの代わりに、てめぇを売って金にするか」


 ほーら、やっぱりな!5人の狩人たちはそれぞれ武器を構え、俺にギラギラとした視線を向ける。…5人かー、まとめて戦えるかな?町に着くまでにちょっとくたびれそうだ。

ピリッとした戦闘の緊張感。魔物との戦闘にはない、対人戦ならではの心理の網。めんどくさいけど、覚悟はしてた。さぁ、最初の試練だ。


 「どいてくれないなら、俺も全力を持って応戦するぜ。舐めんなよ」

 「悪く思うなよ。俺たちも明日を生きてくための仕事だからな」


 …なら、悪く思うなよオッサン。俺も明日を生きていくための戦闘をしてるんだからな!ガチャ、とそれぞれが武器を持ち先手必勝とばかりに俺に襲い掛かる!

久しぶりの戦闘だ!俺は両手に短剣を握りしめる。少しずつ曇り始めた空を横目に、呑気に俺は考えていた。


 ―――随分、北の大地は荒んでるみたいだな。

 

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