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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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75 エルフの里と秘めた計画

 次に目が覚めたとき、俺の目に映ったのは青い空。

…あぁ、良かった。とりあえず、海の真ん中に転送されちまうような事故は起きなかったわけだ。


 棺桶のような箱の中で俺はゆっくりと手を伸ばし、蓋を内側から開ける。そっと身を起こし、俺は恐る恐る周りの景色を見る。…と。……そこは確かに知らない場所。


 まず、一面の花畑。あれ?また城の『中庭』に来ちまったか?と思うぐらいの、もうすんごい花畑!けど、遠くに見えるのは高い山、しかも上の方は真っ白で、灰色の岩壁がむき出しになってる。

辺りを見回しても延々と花畑が続いてるだけで、木は一本も見えない。心なしか、空気も薄い気がするし…ちょっと肌寒いかも。

 俺の入ってる箱の下敷きになった花たちは揃って白く、近くの花たちもそよそよと風に吹かれて揺れてる。この光景はそりゃ確かに言葉を失うような絶景…なんだけど。


 「…お花畑…まさか俺、死んだのか?」


 ヒュオオ、と風が吹いて、花の香りを運んでいく。ついでに俺のか細い独り言も風に攫われ、………ここどこだよ!?急に現実感がきた!以前見た旅の本を思い出せ…この光景に似た風景はどこだ?…高原だ!高い山の、花畑!

じゃあここ、どこの国のどこの高原だ?いや、本気で死んじゃってここが天国とやらだとは思ってねーよ!?


 白い花が視界一面に広がり、遠くに見るのは雪をかぶった連なる山脈。そして、どこまでも深く澄んだ青い空だ。なんだったらこの花畑の坂を転げまわりたいぐらいの、のどかな景色。


 「…どうするかな…」


 ちゃんとカバンや荷物があることを確認して、俺はため息をついた。そういえば食料もそんなにない。どこかの町に近い平原にでも飛ばされれば良かったのに。これじゃ、花ぐらいしか食べるものが…いや、食べないけど…。

青い空に鳥が飛んでいくのをぼーっと眺めながら、俺は途方に暮れた。ひとまず魔王城を脱出できたのはいいけど、その後のことは無計画だったし。なるようになぁれ、って感じで。


 ここにずっといても仕方ないか。歩き回ってみよう…できれば下山して町でも探したいな。俺の持ってる僅かな食料と、俺の我慢を考えてみると…元気に活動できるのは頑張って三日だな。

まして、こんな自然豊かな場所だ。魔物も絶対にいるし、魔物じゃない動物でも狂暴な奴が…クマとか出てもおかしくない!


 ちゃんと短剣を装備し、リウやラエアの力も使えるか試しておく。しばらく激しい運動してなかったけど、きっと足の力や体力もそんなに衰えてないはず。そう…山を舐めちゃだめだ!王都にたまに来る登山家のおじさんがそう言ってたぞ!

さて。いい加減動きますかね…と俺が箱をそのまま放置して花畑の中に足を踏み入れたとき。


 「ここは聖地・オルディネの花畑。忘れられた高原に隠された、我がエルフ族の聖地」

 「へっ?」


 涼やかな、けれど淡々とした声が聞こえた。ざわ、と花畑の花が揺れた向こうに、凛とした姿で立ってこっちを見ている人がいる。…さっき、エルフ族って聞こえたよな?俺は返事するのも忘れて、その人がこっちに歩み寄るのを見つめた。

まっすぐ伸びた背。長くウェーブした美しい銀の髪、尖った耳。そういえば普通の魔族よりももっと耳が長く尖っている気がする。表情は作り物のような無機質なもので、その感情は読めない。

 …あれ、この人、どこかで見たような…。


 立ち尽くす俺の目の前に来たその人は、確かに見覚えがある。エルフ……、あ!思い出した!


 「もしかして、ユハ行きの馬車にいたエルフ!?」

 「…あの時の少年でしたか。通りで、知った気配だと…しかし、雰囲気が少し変わりましたね」


 優しく微笑むこともなく、表情が変わることもない。そのエルフは俺を覗き込むようにじろじろと見て、一人で頷いてる。…そうだ、あのユハ行きの馬車で…俺がミチテラシっていう鳥と戯れていたときに少し話をしたエルフだ。

確か、世界の異変がどうたらこうたらで旅を始めた、って言ってたような。あのときは黒装束に身を包んでいたけど、今は違って白と緑と青の糸が縫いこまれた動きやすそうな服を着てる。こっちが正しい衣装なのかも。

 またどこかで会うことになるかも、というこの人の予言は当たったってわけだ。


 「…あの。エルフ族の聖地ってことは、この花畑は立ち入り禁止…とか?」

 「オルディネの花畑は、彷徨うものを招き入れるのです。来たいと願って入れる場所ではなく、自らの意思で訪れることができるのはエルフ族のみ。君はこの花畑に招かれたのです、安心なさい」


 うーん?つまり、花畑が俺を導いたってことで合ってるのか?そんなことあるの?…とつっこんでたら説明で夜になりそうだ。って、今が朝なのか昼なのかも分からないけどさ。

エルフは銀髪をなびかせてふわりと来た方を振り返る。どうしていいか分からずおたおたしている俺に、エルフが声をかけてきた。


 「詳しいお話はこの先にあるエルフの里でお話ししましょう。我らが聖地に現れた旅人は、我らが里に招くのがしきたりです。ついておいでなさい」


 そこからは俺を置き去りにさくさくと花畑を歩いて行ってしまう。…アッサリしてんな、おい!この人だけがこんなにアッサリ薄口なのか?いや、今まで俺が会った人たちが濃すぎたのか?

けどこのままだと本当に置いてかれて見失いそうだから、俺も慌ててついて行く。何考えてるかイマイチ読めないエルフに、俺は早足で追いつこうとしながら叫んだ。


 「おい!」

 「…はい?」

 「あんたの名前は?…俺、ステイト!」


 お、追いついた!この人意外と足早だな、と息をつきながら隣にくると、不思議そうに見下ろされた。その人形のような中性的な顔がぽかんと口を開け、少し立ち止まって俺を見る。あ、なんかやっと表情が見えたな。

明らかに不思議そうに俺を見るエルフが、ちょっとだけ口元に弧を描いて静かに答える。


 「エルフは名を聞かないのです。調和を好み、故に干渉しすぎることを良いと思わない。名は体を表す、という言葉をご存知でしょうか。名を知れば、本質を知ることになるのです。つまり、干渉を起こす」

 「…だから、名乗れないのか?」

 「いいえ。私もエルフ以外の者と関わり、名を聞かれたのは数百年ぶりなものですから。…私は、アンルネーセ。好きに呼んでください」


 アンルネーセはまた前を向き、さっさと歩いていく。どこか独特なペースだな、エルフって。白と緑に埋められた花畑を進んでいくその姿は、やっぱり物語の絵のようだと思った。


 …って、待って待って待って!置いてくなーーーっ!!



 **


 このエルフの里は、聞けばネーディヤ帝国の南西部の山岳地帯にひっそりと隠されてるんだってさ。つまり俺が魔法陣に転送された先は、あの鎖国中で不気味だと噂のネーディヤだったってわけだ。

俺もあまり細かい地理は覚えてないけど、大陸の北に広くズドーンと構えるネーディヤの東側に、魔界にもつながってるバームス砂漠があって。その反対側のここ、西側には山岳地帯が広がってる。

険しく高い山が連なりずっと冠には雪が積もってて、おまけに最近じゃワイバーンと呼ばれる空飛ぶ竜の姿の生き物もよく現れるらしい。ドラゴンほど賢くはなく、その劣化版って感じらしいな。あ、魔物じゃないんだとか。


 聖剣騒動が起きる以前からもよく魔物が発生し、おまけに動物も並外れて強いからネーディヤの人間はこの山岳を恐れ、近寄らないとのことだ。だから『聖地区オルディネ』と呼ばれ、エルフが隠れ住むだけらしい。


 ……っていうのを、まず俺はアンルネーセに教えられた。


 アンルネーセが俺を案内した先は、石壁の家が並ぶ小さな村だった。花畑を抜けて背の低い草が生える原っぱを歩き、やがてぽつぽつと家があるのが見えたから多分ここがエルフの村なんだろうな。

ところどころに黒い石の不思議なオブジェがあって、決して華々しいわけじゃなくどこかの遺跡のような神秘的な何かを感じる。オブジェの形はさまざまで、動物や人型が多い。ふーん、おもしろいな!

歩いてるとやっぱり他のエルフたちが俺をじろじろと見てきた。家からそっとドアを開けて覗く奴もいたし、目の前までずんずんと歩いてきて黙ったままじっと見てくる奴もいた。ほとんどが遠くから様子をうかがってたけどな。


 よそ者観察って感じが強い。なんだか視線が痛いほどだ。同じように美しく似た顔をしたエルフたちに見つめられるのは、人形がいっぱいある部屋に一人でいるような気分になる。不気味ってわけじゃないけど、居心地悪いかも。

前を歩くアンルネーセは一言も話さずまっすぐ歩き、やがて一つの石壁の家に入った。そこがアンルネーセの家。家の中には机とベッドと椅子ぐらいしかなく、がらんとして物寂しい。もっと家具置けよ。


 それからアンルネーセにさっきの事情を聞いたっつーわけです。俺が話の間に質問を挟んでもアンルネーセはちゃんと答えてくれる。この独特の淡々としたテンポはエルフ族ならではなのか…?

いっそそっけなく思えてくるけど、アンルネーセにそういうつもりはないらしい。むしろ、俺といういきなりの客を家に招いて質問に答えるという異常な事態を、全くなんとも思ってないことが心配だ…。


 「とりあえず、ここがネーディヤ帝国の南西部、聖地区オルディネっていう山岳地帯の中にあるエルフの里だってのは理解できた。でも、おかしくねーか?エルフは森の申し子なんて言われるのに、木の一本も見えないここに暮らしてるなんて」

 「エルフの隠れ里は大陸各地にあります。他の里は森に隠され、守られていますから。ここはその森から追い出されたエルフのはみ出し者たちが暮らす里ともされています」

 「…アンルネーセも、そのはみ出し者?」

 「いいえ、私は前にも言いましたが世界の各地で起きる異常を観測している旅の身。この家も借家なのです。私の本当の家はシエゼ・ルキス王国の範囲のとある森にあります」


 アンルネーセが銀の髪を一つに結いあげるのを見ながら、俺は机に肘をついた。エルフにもいろいろあるんだな、魔族の中でもエルフはエルフとして独立しちゃってると言うか。

飾り気のない質素な部屋は王都の俺の部屋よりシンプルだ。人と魔族がたいして変わりはない、っていうのは魔王城で暮らしてみて分かったけど、エルフは少し浮いてて謎めいてる気がする。今も、俺が話題を持ち出すのを待ってるようだ。


 受け身で保守的。何かの本でエルフについて読んだことがあったけど、確かに社交的とは思えねーな。


 だからって隠れ里とかこんな誰も寄りつかない山の中に籠らなくてもいいのによ。外の世界は広くていいのに。まぁ、エルフの生活スタイルにケチつけたいんじゃないし、と首を横に振りながら俺は口を開いた。


 「そうだ。ここから人間の暮らす町まで、どれくらい距離があるか教えてほしいんだけど」

 「何事も起きず下山するのに丸一日と、平原を歩いて三日。ですが、山はもちろん平原にも危険な魔物や動物が出没しますから、一週間はかかるでしょう」

 「…。…い、一週間…。…雪山じゃないだけマシか…」


 もしこの山が雪山だったらもっと下山は難しいだろうな…。木も林もない岩の山だから見通しはいいだろうけど、もしさっき話に出た空飛ぶ竜・ワイバーンなんかに狙われたら終わりだ。

それに噂のネーディヤ帝国だ、人の町についても何かヤバいことが起きたって不思議じゃないよな…。って、そうそう!ネーディヤ帝国の現状だ!完全に鎖国を決めてるし、帝王も謎に包まれたままという未知の帝国に来ちまったわけで。

どう見ても異国人の俺がうろうろしてたら即刻捕まる、なんてこと…はないと思うけど、もしかしたらってこともあるだろ?当然、情報は欲しい。


 「ネーディヤ帝国って、今どんな状態なんだ?他の国には情報一つ流れてこないし…」

 「帝王は人間の青年ですが、国を動かしているのは魔族です。前帝王が退位して以来、新たな帝王は魔族と手を結んでいますね。人間でありながら魔力を求め、魔力を主な資源として国を動かしています。

  最近では人間の魔族化を試みるなど、怪しい実験の噂も耳にします。一般国民の生活は貧しく、魔法使いは裕福な者が多いです。武と魔法に秀でていれば、家がどんなに貧しくとも出世できるでしょう」

 「…魔族と手を結んでいる?」


 表情一つ変えず、書類を読み上げるように平坦な口調でアンルネーセが言う。その事実は…、やっぱりどこかくさいな。俺の繰り返した言葉に、アンルネーセは小さく頷いた。


 「人間同士で手を組むより、強大な魔法の力を持つ魔族と手を組むことに利益を見出したのでしょう。実質は国自体が魔族の思うままです。もし魔族が本格的に人間の世界を侵略するときが来れば、ネーディヤはその始まりの地となるでしょう」

 「…」

 「現在は大量の魔力を消費して攻撃をする巨大砲台を密かに作っていると国内では噂されています。ラッスヴェート計画と呼ばれています」

 「…大量の魔力……そんなのダメだ!そんなことしたら、……あれが、また加速して…」

 「ノイモントですね」


 さらりとアンルネーセが口にした単語に、俺は拳を握りしめて顔を上げた。…やっぱり、エルフは危機を知ってる!力が集まり過ぎることで起きる災厄・ノイモント…やっぱり確実に、世界に近づいてるんだ。

あの魔王め…もっとしっかり注意しとくべきだったな。…でも、ゾイは遥か昔の魔王の記憶を持ってるのに、ノイモントの恐怖は知らないんだろうか。…いや、魔界なんてのができたのはノイモントが起きた後だ。

魔王という存在が作られたのは、もしかしたらノイモントよりも後のことなのかもしれない。そうなら…ゾイはノイモントを体験した記憶は持ってないってことか。


 分かるよ。その怖さを知らない者に、迫る危機への準備はできないっつーこと。俺だってまだ現実味がないと思ってるし、ほら、喉元過ぎれば熱さを忘れるって言うじゃん。恐さを知ってても時間が過ぎれば忘れちまう。

今世界にノイモントが迫っていることを知ってる者はかなり少ない。その上、それがどんなにヤバいかを正しく理解してる者は…果たしているんだろうか。


 アンルネーセが、またうつむいて机を睨む俺に声をかけた。


 「…確かにノイモントは迫っています。人間の王たちはもちろん魔族の王ゾイロスでさえ、ノイモントに対抗する力はありません。きっと、シエゼ・ルキス王国を守ってきた聖剣でも力不足でしょう。

  術はもうありません。少なくとも、時代の観測者として様々な情報を集めてきたエルフ族の中で、ノイモントをなんとかする方法を知る者はいません」

 「…だろうな。ゾイは呑気なこと言ってたけど、やっぱり大丈夫なわけがないよな。……だったら、」


 俺はゆっくりと顔を上げた。実は、あの南国に行ってから心の奥でずっと考えていたことがあるんだ。俺にノイモントやトルメルについて一方的に語ってきた『トルメルの意思』、あとエレアフェンさんの手紙。

あれを繋げて、俺には一つの可能性が見えていた。もちろん確証はないし、今も確かめることはできない。けど…アンルネーセなら、俺の考えに意見をくれるはずだ。

 何も映さず無機質なようにも見えるアンルネーセの目が、確かに俺を映している。俺はまっすぐにそれを見て、言葉を紡いだ。


 「トルメルである俺なら、何かできないかな。楽園と呼ばれる絶対安全シェルターを作れるらしい俺なら、ノイモントから何かを守れるんじゃないか?」

 

 そのとき、アンルネーセの目が一瞬輝いた。パチ、と瞬きをして明らかにその心が動いたのが分かった。『トルメル』ってほんと効果抜群だな…!


 「…やはり、人間ではなかったのですね。通りで、ミチテラシが懐いたわけです」

 「あんたの読みが外れたのは残念かもしれないけど、俺は自分のことを人間だと思ってるぜ」


 にや、と俺が笑うと、…笑った。にこ、と…にこっと微笑んだ!アンルネーセが笑った!エルフって笑うのか!…あ、さすがにその考えは失礼かな。

アンルネーセは柔らかな表情で俺に笑み、そうですね、と口を開く。


 「随分昔に、トルメルについて…聞いたことがあります。それは魔力とも違い、神の力とも違う全く別の力を持つ種族だと。

  彼らは絶海の孤島に彼らだけの楽園を築き上げ、誰にも知られることなく暮らしていたそうですね。そのときから島には不思議な守りがかけられていたとか。

  島を守るその守りの力は、その島が楽園たる理由でもありました。君の言う絶対安全シェルターです。しかし、それを島全体に張るにも、かなりの力が使われたのでしょう。

  その守りは絶対安全の守りです。その領域より外の外敵から、何があっても内側を守れるものですから…。さすがに、神の力を持つ聖剣はそれを超えてしまうことができましたが」

 「けど、その守りってのはトルメルの民が…ハニって人が自分から島を出て行ったときに壊れちまったんだろう?」

 「そう伝説には残っていますね。島の民自らが出て行くことは、その内側で暮らしていくことを契約にして張られた守りを裏切ることになりますから」


 ふぅむ、難しい!けど、頑張って食らいついていかないと!俺はぐい、と体を前へ乗り出し、話に集中する。アンルネーセも古い記憶を引き出すように目を閉じ、応える。


 「その守りは、トルメルの持つ4種類の力全てを使いこなせる者が…その力と命を削ってかけた、と推測されています。強い願いと強い力を兼ね備えた者だけが叶えられる絶対安全の守りです」

 「…どうやってそれを作るかは分からないよな、さすがに」

 「…魔族の人体実験によると、この条件を満たすトルメルの民が魔王城の牢獄にとらわれて実験体となったときは、どうやっても成功しなかったそうです。場所の条件…つまり、その絶海の孤島で行うことも条件の一つかと」

 

 だからあの声は、俺に島へ行けって言ってたんだな。4種類全ての力が使えるようになって、それから島へ行って『楽園』を再生させる。それこそが、あの声の言っていた意味。

けれど、命を削ってってのが恐いな……恐いな!いや、命を犠牲に、とは言ってないんだ、命と引き換えにってわけじゃないよな!?それはやだ!困る!俺だって生きたいんですよ!

うおおお、と一人で唸る俺に、ふとアンルネーセが疑問を口にした。


 「君は、島に守りをかけて助かるのを目標にしているというわけですか?」


 うっ。また無表情に近い顔で、けれど本当に心から単純に疑問だ、という声で言われると…責められてる気分だ。お前だけ助かりたいのか?みたいな!けどアンルネーセはそんなつもりで聞いたんじゃないだろうし、俺も首を横に振る。


 俺の真意はもうちょっと先にあるんだ。


 「いんや、もっとスゴいことを企んでる。俺は…島だけとは言わず、世界全部にその守りを張るつもり。もちろん、そんな規模でするのに俺の力が十分だとは思ってねーよ?」

 「ええ、明らかに力不足でしょう。それに、ノイモントはどうするのです。君が大きな力を使うのなら、守りを張る前にノイモントが訪れるはずです」

 「…ノイモントを利用した後、世界に守りを張る」


 分からない、という表情でアンルネーセが俺を見る。こうして見ると、エルフも表情豊かだ。知識の探求者エルフは、その知的好奇心が満たされることを知らないんだろうかね?俺は一つ深呼吸をして、また話し始める。


 「ノイモントはきっと近い内に起きる。聖剣騒動もあるし、ネーディヤでそのラッスなんとか計画とやらも動いてるし、魔族たちもノリノリ、おまけに世界中で大きな力を持つドラゴンたちも目覚めつつある。

  これでノイモントが起きない方がおかしいっての。だから俺は…ノイモントの発生を待ち、それを自分の力にする」

 「そんなこと、できるわけが…」

 「トルメルは4つの力を同時に発動させると、力の変換をすることができるんだとさ。ノイモントはたくさんの力が集まってできた歪だ、けどそれ自体が強い力の塊。ぐちゃぐちゃになった力の塊のはずなんだ。

  トルメルの力変換の術はエレア・フェンって呼ばれてる。ノイモントをその術で丸ごと俺の力として、トルメルの力に変換して俺が溜め込む。んで、最後にさっき言ってた守りを世界に張る。

  こうすれば、ノイモントの危機は回避できるし、守りが続く限りこの世界にノイモントは二度と来ない。……ってシナリオはどうかな」


 ニヤ、と口角を上げて俺はアンルネーセを見た。けれど、アンルネーセは厳しい表情で首を横に振る。


 「…理論はそれでいいでしょう。けれど、力の変換は禁忌です。それに、君がノイモントの強大な力を全て受け入れられるとも思いません。仮にできても…そんな規模で守りを張れば、」


 ―――君の命を全て差し出しても、技の発動には足りないはずです。


 ……そこが、問題だ。説明しながら俺も思ったよ、…命を削って、っていう条件なら多分、俺…命、足りない。俺の命一つで、世界と世界の未来を支えるなんて…きっとできないし足りない。それに俺、死にたくない。


 目の前で話を聞いてくれているのがアンルネーセで良かった。もし長い付き合いの人が目の前に居たら、俺…こんな相談できなかった。ヨーウェンさんになんて絶対話せない。エリネヴィステさんなら絶対に引き止めるだろう。

シルに話せば殴られるかもしれないし、ミンミも俺を引っ叩くかも。ニコラになんか話してみろ…それこそ俺の命が足りませんよ。

 思わずそれを考えて笑いそうになった俺に、アンルネーセもさすがに訝しむような視線を送る。いや、と手を振りながら俺はやっぱり笑っちまった。


 「大事な人がいっぱいできたんだ。ガキのときは、あんなにいい人たちに会えるなんて夢にも思わなかった。世界全部を守れなくたって、可能性があるなら俺はやりたい。

  死にたくないし、死ぬつもりはないぜ?命が代価になっても俺はきっと抗うよ」

 「…では、覚悟は…」

 「そうだな。話してる間に…覚悟はできた」


 しん、と質素な部屋に沈黙が降りる。しばらくして、俺のパッチリ目力にアンルネーセがため息をついた。


 「なら止めません。オルディネの花畑が導いた君の信念を邪魔することは観測者のエルフの役目ではありません」

 「けど俺の疑問に対する答えは与えてくれるんだな」

 「欲しがるなら与えるだけですが…その様子では、まだ知りたいことがあるようですね」


 エルフってのはそっけないけど物分かりが良くて助かる。俺は肩の力を抜いて、自分の荷物から地図を引き抜いた。


 「氷の城ザミグラッツの場所を教えてくれ。あと、次の町に着くまでの食料も恵んでください…」

 「…ザミグラッツは北の大地の果てです。地図では…ここですね。食料は…分かりました」


 アンルネーセがネーディヤ帝国の北のある一点に印をつけるのを見て、俺氏思わず苦笑い。…めちゃ北じゃねーか!凍る!さすが氷の城!もうほんとなんでそんなとこに最後のトルメルの力を隠すかなハニの馬鹿!

…と昔の大先輩に文句を言えるわけもなく。こりゃ、また頑張らないといけないなぁ…。


 アンルネーセが食料を奥の倉庫から出してくれるのを見ながら、なんとなく俺はリラックスしてくつろいでいた。いや…溜め込んでたことを全部言えたからスッキリって感じで。


 「なぁー、アンルネーセってさ、男だよな?」

 「エルフは性別にこだわりません。皆、同じような体型に同じような顔ですから。ですが、私は一応女ですよ」

 「………えっ」


 …勝手に男性かと思ってました…。…一晩泊まって行こうと思ってたけど、…早く出発しよう…。さすがに俺も女性一人暮らしのところにお邪魔して寝る気はないからな!と、俺の考えを読んだのか、サラッとアンルネーセが言う。


 「泊まって行ってもいいのですよ」

 「いや!いい!遠慮する!もう大丈夫!食料貰ったらさっさと出て行って下山します!」

 「…からかっただけです。けれど、本当に泊まって行っても私は気にはしませんが」

 「俺が気にする!」


 そのとき、壁にかけられていた時計がポーンと音を立てた。…昼過ぎ、か。アンルネーセは簡単に調理のできる食材を袋に詰めながら、また僅かに俺に微笑んで見せた。


 「…では、お昼ご飯はご一緒しましょうか」

 「…うん」


 もし俺が王都に戻って本を一冊書いていい、と言われたら、俺はきっとこんな本を書くだろう。


 ―――『エルフ、実はよく笑う不思議の民』


 ………意外と売れる気がするのは、俺だけかな…?


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