7 湖の町へ
トーシェの森の入り口に着いた頃には、もう空一面が塗りつぶしたような橙色。
向こうのほうは薄暗くなってて、もう一番星が見える。
ガラガラガラと迷わずに馬車は森の中へ続いている一本道を進んでいった。あー、森の匂いだ。フィリナの朝の森とは違う匂い。
深くて少し湿気てるような、でも木の独特のにおいが漂っている。
夕方でも鳥や小動物が馬車の上から森の中に見れて、なんか楽しくなった。
「あっ、あの鳥すげー。光ってるぞ」
「本当だ」
森の中の木にとまってる一匹の白い鳥。でもうす暗がりの中でぼーんやりと輝いてるような。まさか、鳥界のスターか!?
「おおっ、こりゃラッキーだな。あれはミチテラシだ。光の魔力を蓄えた知性のある鳥だってユハじゃ言われてるな」
「見かけたら何かあるのか?」
「いや、珍しいだけだ」
キッパリ。なんだよー、ちょっと期待したじゃんかー。こういうのって見たら幸せになるとかあるだろ!
ガルデの現実的な言葉にむすーっとしていると、鳥が枝から飛び立った。
おー。ほんとにぼんやり光ってるな。片手に乗りそうな小さい鳥が、森の中をほんのりと照らしている。
ミチテラシが森の奥に消えていったのを見送り、また俺は道の先を見つめる。
小川の流れる音が聞こえてくる。車輪と馬の足音を響かせている馬車の上からでも、そのささやかな自然の音が聞こえる。
癒しだなー、ここにいるだけで心が落ち着くぜ。もう将来は自然の中で暮らそうかな、俺。
しばらく森を進むと、木と木の間から空が見えた。もうオレンジ色から紫色になってて、だんだんこれが藍色になってく。
王都で見る景色とは比べ物にならないな。空気もきれいだし、ざわざわしてないし。
隣を見ると、シルもぼーっと上を見上げていた。すぐに俺の視線に気づいてニコッと微笑み返してくれたけど、また上を見上げてた。
夜の訪れか~。あまり退屈しない旅だったな。
そのとき、流れていく景色にまた光が現れた。なんだ?森の奥から…。
あ、さっきのミチテラシだ。ほわんほわんした淡い光が森の奥から飛んでくる。あっというまに距離が近くなり、馬車と並走するように森を飛んでいる。
「ミチテラシってあんなに人懐っこいんだな」
「いや、俺も何度か見たことがあるが大抵は人に無関心だ。珍しいな、ほんとに」
ガルデも、空を見ていたシルもミチテラシを見つめる。ふと前の席を見たら、おばさんは寝ていたけどあの黒マント黒フードの旅人もそっちを見ているようだった。
ひゅ、と鳥が宙で舞う。わっ、きれーだなっ!ひらひら、と飛んだかと思うと馬車のほうに思い切り近づいてきた。
気付いたら俺は手を伸ばしていた。シルとガルデに挟まれて座ってる俺は、シル側に身を乗り出し、ミチテラシに手を差し出していた。
「おいおい、まさか乗るわけねーだろ」
ガルデが笑う。でもシルは不思議そうに、前の席の黒い旅人は俺を見ていたようだ。俺はただ鳥に目を奪われてたけど。
でも、導かれるようにミチテラシは俺のてのひらにとまった。軽い。チュピ、と小さくさえずって俺を見つめている。
小さな目。ほんのりと発光するその体に、思わず俺はわぁ、と感嘆の声を上げた。
「すげー。お前、きれいだな。人好きなのか?」
―――チュピッ
…お…お…お…おぉ…!
ぅぅうっはあああっ!可愛いいいいいっ!俺、超スマイル!指でそっと体に触れると、指にすり寄ってきた!ぎゃあああっ!
「し、しっ、シルッこれ、こ、小鳥、かわわわ」
「落ち着いてステイト」
シルがにっこり笑って俺の肩をたたくけど、俺の興奮は誰にも止められねーぞ!かか、かわっわわああッ!
俺の掌で丸くなり、光るミチテラシ。こんなのアリシアが見たら、『スティ、ずるい!アリシアも!!』だな。
しかも掌がほんのりとあったかい。うわーっ、何この可愛い小鳥!
俺がミチテラシの小さな頭を指でもふもふしてると、黒マントの旅人が初めてしゃべった。
「ミチテラシは人に懐かない。君は人ではないのですか?」
「へっ!?」
な、なんつーこと聞いてくるんだ。俺が人じゃなかったらなんだってんだ。
意外にも落ち着いて澄んだ声がフードの中から聞こえてくる。男とも女ともつかない声だった。
しかも、『人じゃないのですか?』ってバカにしてんのか、とも思ったが、けっこう相手は本気で疑問に思ってるらしい。
「人に決まってんだろ。たまたまこのミチテラシが人好きってことじゃねーの?」
ほれ、シル。触ってみろ。俺はミチテラシが乗ったてのひらをシルに近づけた。シルがそっと指を伸ばすと、ミチテラシがぴゃっと起きて飛び上がる。
パタタ、と飛んで俺の頭にもふっ、と着陸して沈黙が降りた。
「…」
「ご、ごめんシル。そんな悲しそうな微笑み向けられても…」
シル…動物好きなんだな…。もう泣きそうな笑みを浮かべてる…。うぐっ、罪悪感。
じゃ、俺もしかして人間だと思われてないのか?
「そ、そういうあんたこそ何者なんだよ。動物学者か?」
「私は人ではありません。だけど、人より生き物に詳しいでしょう」
そう言って、黒いフードを取る。
…!?
ファサッと流れるウェーブした銀の髪、人形みたいに綺麗だけどどこか無機質な表情。中性的で、性別は分からない。
でも、何より驚いたのは銀の髪から見えた、尖った耳。
「み、耳!」
「エルフを見るのは初めてですか?」
「初めてだ…」
ぽかーん…。作り物みたいな綺麗さだ。絵にできそう。驚いたのは俺だけじゃなく、シルもガルデも目を見開いている。
エルフって実在してたんだな…。エルフは人ではないから一応『魔族』だけど、魔族の世界に閉じ込められずに、エルフ独自の里に住んでるって聞いてた。
それでも遠いところだろう。言っちゃ悪いけど、こんな辺境の地でお目にかかれるような種族じゃない。
銀髪のエルフはミチテラシを見つめながら言った。
「私は数日前からの『世界の乱れ』を知るためにエルフの里を出ました。
この数日だけで、世界各地に異常が見られています。これもそうなのかもしれませんね。
確かに君は、人間のようですから」
淡々としてるなぁ…。とてもきれいな人だけど、なんかさみしい感じだ。
俺はまた頭の上に手を伸ばす。すると、おとなしくミチテラシがその上にちょこんと乗った。
チュピチチ、とさえずるのは何とも可愛い。けど、これが本来ありえない姿なんだと思うと…切ない。
そのとき、前方から運転手のバルクスさんの声が聞こえた。
「そろそろ森を抜けるぞーっ」
シルとガルデは黙って小鳥を見つめている。エルフもおとなしい小鳥に何か考え事をしているようだ。
俺もミチテラシと目を合わせた。
「じゃ、お別れだな。また会おうぜ」
――チュピピッ
そしてまた、何もなかったみたいに森の中にミチテラシは羽ばたいていった…。ああ、掌のぬくもりが寂しいぜ…。
…あれ?さっきまで小鳥が乗っていた掌に、小さな金属の指輪が残っていた。
さびかけの金属の、少し傷の入ったものだ。よーく目を凝らすと、何かが掘ってあるような…。ただの傷か?
「シル、これって何かの魔法道具?小鳥が置いて行ったみたいだ」
「…うーん、見た感じは普通の指輪だね。魔法道具なら、魔力を閉じ込めた石とかがはめられているし…」
シルも不思議そうにそれを見ている。ガルデに聞いても、ただの指輪だな、と言われた。前を見るともうエルフはまたフードをかぶってこれからの先を見つめていた。
なんだろ?ま、いいか。ミチテラシが餞別にくれたのかもなっ。もらっとこ。
やがて木がまばらになりだした。密集した森を馬車が抜ける。おっ、視界が開けた!
…っうわああぁあっ!なんだここ!
目の前に広がってるのは、ちらほらと木が生えてるけど、草原に点在する湖!もうこれは湿地じゃね?
広々とした草原に、井戸くらいの大きさからどでかいやつまで、とにかく湖があっちこっちにある!
湖と湖は繋がってたり繋がってなかったりだけど、水脈は同じだろう。緩やかな高低差のある湖の草原だ。
「ここがユハの名所だ。まぁまたユハ滞在中にでも見とけ」
「よっしゃ。シル、行こうな」
「うん。あ、向こうに明かりが見えるよ」
シルが前方を指さす。ほんとだ。たくさんある湖と川の平野の向こうに、小さく明かりの集まりが見える。あれがユハか!
「あと少しで着くな。着いたら今日はもう休んで、明日からいろいろ見て回れ!なんなら俺が案内してやる」
「楽しみにしとくぜ。でも、まずは水龍のことだな」
「うん。何事もなかったらいいけど」
俺たちは確かに、通りすがりの旅人だ。もともとは聖セレネに行くための中継地点だし。でもお金もためないとだめだし、結局は滞在する。
だったらユハの町が抱えてる問題に多少触れても大丈夫だろ。まぁ、結局水龍の様子も元に戻ってたら何もなくて済むけど。
ガルデはそんな俺たちに、デカい手でガシガシと頭をわしゃわしゃしてきた。
「旅人のお前らがいらない心配しなくてもいいんだぞ!さ、今日の晩飯は俺の嫁さんが自慢の料理をふるまってくれる」
「嫁さんどんな人?」
「俺の幼馴染で、俺に魔法を教えたやつさ。ユハじゃ一番の水の魔法使いだ。坊主たち、水の魔法を教わるなら俺の嫁に教えてもらえ」
「だってさ。シル、どう?」
俺は魔法の類はまーったくダメだからまずムリだな。シルは火魔法が得意だけど、魔力はあるしいけるだろ。
シルはすぐに頷いた。
「うん、ぜひ習いたいな。僕はまだ火魔法しか使えないし」
「おう!喜んで教えてくれるぜ」
火魔法しか使えないのか。得意を極めてたって感じなんだな。俺も自分の属性とか知りたいなぁ…聖セレネで格安で誰かに占ってもらお。
そうこう話してるうちに、だんだん遠くに見えてた明かりの群れが近くに見えてきた。建物も見えてくる。
これならあと20分もかからないな。新しい景色に、俺は多分めっちゃくちゃキラッキラしてたと思う。
「ユハ着~。時間通りだな」
馬車が町のはずれに泊まる。もう頃は夜だ。月明かりが照らして、さらに大きな月を湖が反射してすごく幻想的。
運転手のバルクスさんにお金を渡して降車する。前の席に座っていたおばさんは町のほうへ、あのエルフは次の馬車を探しに消えた。
あのエルフが去り際に、俺とシルに言っていた。
『君たちはどこか不思議ですね。またどこかで会うことになるかもしれません』
それだけ言って消えてった。なんだアイツ。やっぱエルフって運命とか未来とか分かるのか?うーむ。
ガルデも「エルフに会うなんてネタ、一週間あっても会話の種にできるな」とか言ってるし。ま、出会うことがあるなら名前でも教えてもらうか。
ひとまず、俺は改めて風景を見回してみた。
民家の集まるユハの中心地は、町というより村、って感じの小さな場所だ。湖や川を挟んで民家がところどころに建てられてる。
水の多い場所だからか、建物は土台の足が長い。高床式建築とか言うんだっけ?しかも、全部木でできてる。
夜だからあまり人けはないけど、ユハの住民はどうやら民族衣装みたいなのを着てるらしい。でも、ガルデは動きやすい商人服だ。
さらに、この村のだいぶ奥はもうデカい山が視界の右から左へぐーんと伸びてる。あれを越えてくのは大変そうだなー。
つまり、地理的には山のふもとに広がる大水源のそばに家があるって感じだ。
居住区は足元に砂地が広がってる。町の中心には、龍がかたどられた小さな噴水があった。
「ま、水龍や神子のことは明日だ。もう今日は俺の家にまっすぐ行くぞ」
「ユハの町は関所とかないのか?」
「見ての通り、フィリナや王都とは違って自然にあふれる小さな町だからな。騎士も駐在してないし、自由なモンだぜ」
去る者追わず、来る者拒まずの自然の町ってわけか。自給自足の生活をしてるんだろうし、あまり商業的なつながりはないのかも。
俺とシルはガルデの後をついていった。湖が多いっても、このへんの足元が濡れてるわけじゃない。ちゃんと整備されてるんだ。
しっかし、落ち着いたところだな。ずっと水の流れる音が聞こえるけど、それ以外の音はあまり聞こえない。
家と家、湖と川のわきを通り抜けて、俺たちは中心部から少し離れた場所に着いた。
いくつかの建物が並ぶ。民家がいくつかと、ちょっと大きめの建物が一軒。ガルデが大きい建物を指さした。
「ここはユハの子供から大人まで、誰でも利用できる学校だ。時間、曜日でやることはバラバラだが、魔法授業もあるし面白いぞ」
「ガルデさんもよく行くんですか?」
「俺は狩りと商売について、サークルを開いてるからそのときに顔出しに行くぜ」
つまり、学校でもあり集会場でもあり、みたいな感じか。なんか楽しそうだ。
俺とシルが学校を見てると、一軒の民家の扉が開いた。お、とガルデが声を上げる。
「メネ!今帰ったぞ!」
「おかえり。フィリナはどうだった?」
わわ。民族衣装の女の人が出てきた!ガルデのほうが年上だな。女の人は若いわけじゃないけど、きれいな人だ。
俺は母さんとかいないから分かんないけど、多分いたらこれぐらいの年の人だな。
黒髪を一つに束ねて、優しく夫の帰りを迎えてやる奥さん…。理想的だな。
女性・メネさんが俺とシルを見て、あらっと声を上げる。
「その子たちは?」
「フィリナから一緒に来た。二人ともしばらくユハにいるらしいから、泊めてやれねぇか?」
ぐい、と親指でガルデが俺たちを指す。メネさんがにっこりと笑って手を振った。
「大歓迎よ!部屋はあるわ、皆上がってちょうだい。今日は魚の甘煮を作るわ」
「すみません、お邪魔しまーす!」
「お世話になります」
いい人!奥さんめっちゃくちゃいい人!あんな嫁さんどうやってゲットしたんだよー、なぁなぁガルデ。
メネさんが奥に入った時、俺は小さい声で冷やかし的にガルデに聞いた。
「奥さんめっちゃ優しい人だな」
「普段はな。でも間違えるな。…俺よりつえーぞ」
…ファッ!?
あ、魔法の力的な意味でか。なるほどな。さっきも聞いたぜ。ふむふむと頷く俺に、ガルデは遠い目で語る。
「…怒らせたらヤバい。前は町の若手二人がぶっ飛ばされて、加えて俺が相打ちになった」
…ファッ……?
シルの笑顔、凍りついてる。微笑み王子も負かすギャップの可能性…。よ、よし。お気に触れるようなことはいたしません…。
木の階段を上がり、玄関から食卓へ俺たちは招かれた。荷物もとりあえず持ったまま。
メネさんとガルデが商売結果の話をしてる間、俺とシルは荷物整理して待っていた。
すぐに料理ができたみたいで、テーブルに座らせてもらった。うわ、いい匂い!独特の、嗅いだことない不思議な煮込みの匂いだ。
「さ、召し上がれ。東方のミソっていう調味料で甘煮にしたの」
「ミソ煮込みか!こりゃ美味いやつだぜ、さぁ坊主どもも食いな」
ミソ?初めて聞いた。勧められるままに、ぱくっと一口頬張る。……!?
「う、美味い!」
「不思議な味…僕も初めて食べた」
俺たちは目を輝かせて顔を見合わせた。食事レパートリーの少なかった俺は当然、城育ちのシルでも食べたことがない味だ。
俺たちの様子に満足そうに夫妻が笑う。メネさんが俺たちに聞いた。
「プロフィールを教えてもらっていいかしら。私はメネ・タリク。ユハ生まれユハ育ち、今は魔法授業の講師をしてるの」
「俺はステイトです。王都から来ました。見聞を広めに、まずは聖セレネを目指してます」
「僕はシルヴェスタと言います。アルギークから、聖セレネに会いたい人がいるので旅をしています」
まぁ、とメネさんがほほ笑む。
「ステイトっていい名前ね。名づけた人の暖かさが分かるわ。
それに、シルヴェスタってアルギークでは高貴な名前ね。ひょっとして皇族かしら?うふふ」
…!?
い、いや。メネさんは冗談で言ってる、ってのは分かるけど。おーい、シル。固まってんじゃねーぞ。
すんげー勘がいいな…。
「俺、親がいなくて。名前なかったんですけど、数年前に恩人の薬草屋の人がつけてくれたんです」
「あらあら。いい人に巡り合えたのねー」
メネさんの優しさはヨーウェンさんを思い出す。すぐに人になじんで、誰にでも優しく接することができる人たちだ。
シルもどこか嬉しそうに目を伏せている。シルは本当に両親から愛されて育ったんだ、その両親からつけてもらった名前はすごく大切なんだろう。
今もアルギークの城に残っている両親が心配に違いない…。早く聖セレネに連れてってやらねーとな。
「じゃ、気軽に呼べばいいわね。なんて呼ぼうかしら」
「スティって呼んでください」
「僕はシルって呼んでもらってます」
「決まりね。二人とも、今日は長旅お疲れ様でした。二階の客室があるから、そこで今日は休んでね。
もし魔法を教わりたいなら、水魔法なら私が喜んで教えてあげる。狩りと観光ならガルデに頼んだらいいわ」
首を傾けてにこっと微笑み、ぽんと隣の旦那の肩に手を置くメネさん。ガルデも自分の胸をどんと叩いた。
「ああ、ここにいる間はぜひ頼ってくれ。さ、食べ終わったら二階でもう寝ろ」
あー、ミソ煮込み魚、美味かった。東には不思議な調味料もあるんだな。俺とシルは夕飯をありがたくいただいて、二階に上がらせてもらった。
広めの部屋で、ベッドも二個あるし掃除もされてる。窓から見える外の景色は…うっひょぉぉ、すっげぇ!
ありえないくらいの星が、月明かりの中でもはっきりくっきり見える!星座探すどころじゃねーな。しかも、湖や川までその光できらきらしてんだからもう感激しかない。
この風景は絵にしても表現しきれないだろ。こんなきれいな景色があるんだな…。
「シル、お前も見てみたらど……あ」
振り返って部屋を見たら、もうシルはベッドに倒れこんでいた。赤い髪が真っ白のシーツにばさっと流れてる。うつぶせに寝たらしんどいぞ…。
でも、長旅に疲れてるんだろう。フィリナの町でも俺のために無茶してくれたし…。
うん、寝かしとこ。俺も明日のために早く寝ないとな。
明日はいよいよ、神子の家を訪ねてユハの水精霊・水龍に会いに行く。メネさんに現状を聞いてたら良かったな。
窓から吹く夜の風は涼しく、俺のつんつんばさばさな髪も少し揺れる。へ、へっくしょん!お、冷える…。
窓をそっと占めて、俺はシルに薄い布団をかけておいた。明日の朝ちゃんと起きれるかなー。
俺も荷物とかをまとめて、ベッドにもぐりこむ。さらさら、って聞こえてくる水の音は心地よくて、すぐ眠りの世界に俺を引きずり込んだ。
…あれ。ここ、どこだ?俺は真っ暗なところに浮いていた。えっ、どこ。
自分の体は見えるけど、何にもない。ただ暗闇が広がってる。音もない。う、気がおかしくなりそうな場所だな。
そもそも俺、寝てたよな?どっかに拉致られたのか?んなわけない…。とすれば、夢。夢だな。
夢なんか久しぶりに見る。いつもグゥスカ寝こけてるしなっ。
んでもこんな真っ暗なとこの夢は初めてだ。早く覚めねぇかな。暇。
ふわふわーっと浮いて辺りを見回してると、突然向こうから小さな光が飛んできた。だんだん近づいてくる。
真っ暗闇の中じゃ、ほんわかして小さな光でもよく見える。ん?でもあの光、見たことあるような…。
―――チュピッ
「ミチテラシ!」
あの光る鳥だ!夢の中で会えるなんてな。ほれほれ、こいこーい。
ミチテラシは俺の目の前まで来てくるくる飛び回る。だけど、俺の手に止まらず、パタタと飛んでいく。
俺がぽかんと見つめてると、ミチテラシは止まってくるくる回る。ついてこいってことか?
よっしゃ。追いかけてみるか。すると浮いてた足が地面を感じた。お、走れってか。ふふん、盗賊業で鍛えた足、夢ん中でも発揮してやる!
俺はミチテラシを追いかけて、真っ暗闇を走り出した。ほら、どこに連れてってくれんだっ!?
しばらく疲れを感じることもなく走り続けてると、だんだん世界が明るくなった。真っ暗な世界に光が溢れ、色が浮かび始める。
なんだなんだ?ミチテラシは進むのをやめ、俺の肩にとまった。ここが目的地か?目の前の風景は、歪みながら形を作っていく。
ぼや、と見えてきたのは岩場に囲まれた大きな湖。湖の向こうは滝があって、視界が勝手に滝の向こうへ動いていく。
おいおい、滝壺だぞ…!?水かぶるんじゃ…あ、夢か。夢だったな。
滝の向こうには洞窟が広がってる。冒険小説にでも出てきそうな、財宝とか隠されてそうな場所だ。うわっ、わくわくする。
進んでく視界は、ある場所でとまった。明かりの灯された洞窟内で、一人の、不思議な装束の男の子が苦しそうに倒れている。その向かいには祭壇。
祭壇からはバチバチッと青黒い光が雷みたいに飛び出し、そのたびに男の子が握りしめた鈴を振っている。なんだ、この光景…。
でも、男の子はもう疲れ果てている。その瞬間、強い光が祭壇から飛び出し、男の子が光にのまれ…
そこから視点が変わった。ここは、ユハの町だ。ユハの町のはずれにある、大きめの家。見た感じ、ユハの町長の家とかか?
いや…それにしてはなんだか、神聖というか…。民族衣装とはまた違った服を身にまとう人たちが、廊下や庭を行き来している。
視界はずんずんと進み、一つの部屋の中を覗いた。誰かいる。あれは…あの男の子と同じくらいの、しかも同じ服を着た女の子だ。
同じ髪の色、同じ目の色。あまり似てないけど、どこか似てるような。もしかして、この子たち。
俺はガルデの話していたユハの双子の神子の話を思い出す。まだ13歳で、あまり似ていない男女の双子。さっきの男の子と、この女の子なんじゃね?
でも女の子の表情は暗い。明かりの灯っていない狭い部屋で、ふさぎ込んだように座っている。その部屋の前の廊下には何人か大人がいるけど、入るに入れないみたいだ。
そこで視界がまた闇に途切れた。
肩のミチテラシは、またピチュチュと鳴いて飛んでいく。おい、もう行っちまうのか?
それにしても、さっきの…。まさか、本当にユハの神子たちなのか…?じゃあ、あの祭壇の光は、あの男の子は…。
「おい、続きはないのかよ!?」
俺は視界の彼方に消えていくミチテラシに叫んでいた。けど、小鳥は振り返りも止まりもしない。俺が一歩踏み出した瞬間。
ぐにゃりと足元が柔らかく崩れ、俺は闇の底に声を上げる間もなく落ちていった。続きは現実で…とかだな…。
ほら、起きろよ俺。妙な浮遊感を感じながら、俺は頭上に光が見えないか、一度仰いだ。
そして、チャリ、と鎖が鳴る音がする。首元で鳴ったその音に俺は驚き、再び目を覚ますことになったのだった。