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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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73 脱走計画・始動

 「しっかし、まさかステイトくんとこんなところで会うとはねぇ」

 「俺だって好きでいるんじゃないって!それより、セヴァダはここに何しに?」

 「ここだけに生えてる苔とキノコを、薬作りとか研究に使う用に採取するためときどき忍び込んでんだよ」


 俺はセヴァダが光魔法で照らしてくれる地下室の廊下を歩いていた。俺の数歩前にはセヴァダ。セヴァダは庭にいるときと同じ格好だから、こんな地下室にいるのが全然似合ってない。そのデカいシャベル、絶対に邪魔だろ。

もう螺旋階段の方には戻らず、セヴァダの抜け道案内で隠し廊下を進む。セヴァダは歩きなれてるみたいだけど、ときどきチラチラと辺りを確認してるから…けっこうビビりなんじゃねーのかと俺は疑ってる。

…え?俺?人のこと言えないだろって?いやいやいや!俺は違うから!全然恐くないけど安全確認してるだけなんだよ俺は!


 行き止まりに来ても、セヴァダが隠し通路への仕掛けをさっさと解いていくから困ることもなく前へ進める。セヴァダ曰く、この地下室はこうやって隠し通路が張り巡らされていて、今進んでる道は『中庭』の近くへ伸びているんだと。

確かに魔物はいないから、ただ暗いのを除けば恐れることもない!けど、前をひょこひょこ歩く作業服を見ながら…正直俺は思いました。一人じゃないって…うん、やっぱり心強い。


 けど。ジスランさんが迎えに来るって言ってたのに、勝手にいなくなっちゃって良かったんだろうか…。…良くないよな。かつかつとリズムよく聞こえてくる前方の足音に俺は声をかけた。


 「なぁ、俺さ、迎えに来る人がいるんだけどお前について行っていいの?」

 「へ?迎え?…え?」


 ぴた、と足音が止み、淡い光魔法の灯りにセヴァダが照らされる。その顔は、ありえないものを見るような表情なんだけど…なんでそんな顔されなきゃいけないんだよ。

首を傾げて眉を寄せる俺に、かつ、とセヴァダが歩み寄る。突然静かになったセヴァダは、他に何の物音も聞こえないことをたっぷり時間をかけて確認してから、俺に囁くように返事を寄越した。


 「どーいうこと?…ステイトくん、誰かに連れてこられたの?」

 「え?そうだよ、誰が好き好んでこんな不気味な地下室に来るんだよ」

 「いや、俺は好き好んで忍び込んでるんだけど。…つか、それだよそれ。ここ、立ち入り禁止区域。俺の中庭からは特別に入れるように仕掛けしといたけど、他にここに来るための抜け道はないはず。

  ここはあのクソバカ魔王の許可も滅多に下りないレベルで厳重に管理されてる…というか、立ち入れないようにしてあるんだよ。俺もここに忍び込んでるってバレたらやばいんだぜ?

  …誰に、何故ここに連れてこられた?」


 シン、と沈黙が降りる。暗い地下室の廊下で、自分の息遣いが鮮明に聞こえる。埃の一つ一つまでゆっくりと、けれどしっかり見えてしまうほどの…緊張感。セヴァダはおちゃらけた表情を真剣なものに変えて、俺をただ見つめていた。

なんだよ、いきなり。…立ち入り禁止?そんなこと聞いてないって!確かに『隠し倉庫』みたいな感じだったけど…。

 厳しく追及するわけでもなくただ静かに見つめてくるセヴァダから目を逸らして、俺は戸惑いながら答えた。


 「…棟にいきなり仮面を被った魔族が襲いに来たんだ。しかも、何人も。それで、ゾイがいない間代わりに俺の面倒を見てくれるっていうジスランさんが、俺にここで隠れてるように…って、言って…」

 「ジスラン?聞いたことないぞ、そんな名前。俺も中庭に籠ってばかりだけど、これでも事情には詳しいつもりなんだけどな。…しかも、棟内襲われてんのかよ。…どうなってんだ?」


 …なーんか、雲行きが怪しくなってまいりましたよ。…ヤな予感。俺は恐る恐る、首を捻るセヴァダに問いかける。


 「なぁセヴァダ、さっきの部屋…実験室みたいだったけど。何の実験だったんだ?」


 セヴァダは俺に苦笑いを一つ返し、黙り込む。くるりと俺に背を向け、本当に小さな声でつぶやいた。


 「…境界戦争のときに乱獲したトルメルの民を、実験道具にしてたんだとさ。俺も聞いた話だけど、ね。…けど、その当時の魔王が捕らえたトルメルの民を全員殺しちゃってから、ここを厳重に封印したんだって。

  実験室という名の牢獄を作った時の名残で、抜け道を知らない限りこの中から外へは出られない仕組み。…ステイトくん、俺と会えなかったらここで彷徨って骨になってたよ?」

 「…じゃあ、ジスランさんって人は…」

 「俺の知る限り、あのアホバカ魔王に近い奴らで…そんな魔族はいない。…そいつがきっと、この棟を襲った連中のリーダーなんじゃないの?…ステイトくん、騙されて閉じ込められてたんだよ」


 セヴァダの声が乾いて聞こえる。…はぁ、と俺はため息をつくしかない。怒りと悲しみと情けなさがじわじわとこれからやってくるんだろうと思うと、この埃っぽくて暗い地下室は最悪な環境だ。いるだけで憂鬱になりそうな…。

目の前で、セヴァダは俺の様子を少し振り返って静かに見守るだけだった。けど、俺が顔を上げると柔らかい笑みが見える。


 「…後で、ハーブティー淹れてやんよ。中庭まであと少しだから…まずはそこで休もうぜ?」

 「……あぁ。ありがとう、セヴァダ。…すっげぇ助かる」


 視界の先で、どこまでも続く暗闇を迷いなく歩くセヴァダの背が見える。その背にあるシャベルがぐらりと揺れて、ぼんやりと光を放っているようにも見えた。

あぁ…、俺ってば本当にどうしちまったんだろう。考えれば、ジスランさんが怪しかったのは分かることじゃねーか。ジスランさんは上手い具合に、シャムロック三兄弟やシェンユゥの目が届かないところで現れてたんだから。

 あの三つ又の廊下でも俺とジスランさんははぐれたんじゃない。俺が誘い込まれただけだったんだ。…そんな簡単な罠にもはまるなんて、数年前の俺が見たら鼻で笑うだろうな。


 俺は確かに強くなった。けど、弱くもなっちまったんだ。


 どっしりとした暗闇は、俺が足を踏み出すたびに重く絡みついていく気がして怖くなる。ああ、怖いよ…認めてもいい。例え前を歩くセヴァダが見えていても、冷たくまとわりつく恐怖を感じる。


 ―――こんなときにあいつがいたら、俺になんて声をかけるだろう。何をするだろう。


 きっと馬鹿にしたように笑いながら俺を怒らせて、それでも絶対に手が届く範囲で歩幅を合わせて歩くんだろう。手を伸ばせば、黙って手を握ってくれる。悔しいぐらいに力強く、大きい手で。


 「………ニコ、ラ……」

 「ん?ステイトくん、何か言った?」

 「え!?あ、いや、何でも!何でもないから!中庭だったよな、早く行こうぜ!もうこんなカビくさい所はこりごりだ」


 振り返ったセヴァダに慌てて首を振り、すぐに歩き出すセヴァダを追う。ちっ、この俺としたことが弱気になってたみたいだな…!気合い、入れ直さねぇと!

走りながらパシンッと自分の頬を叩くと、その音に驚いたセヴァダがまた情けなく悲鳴をあげたのに俺は思わず声を出して笑っていた。



 **


 「なるほどね。…だいたい事情は呑み込めた気がする」


 中庭のテラスで、セヴァダは砂糖が大量に入ったティーカップの中を掻きまわす。俺もセヴァダ自慢のハーブティーを落ち着いて飲みながら、今までの状況説明をなんとかし終えたところ。

暗い廊下を抜けると、この『中庭』の古井戸に繋がっていたんだよなぁ。梯子を上るとまた綺麗な花畑が広がってるんだから、驚かずにはいられなかった。


 まだ棟の中の状況は分からない。俺が戻ると言っても、セヴァダは俺を引きとめて事情を話すように促したから…。…そうだよな、あんなにアッサリ騙されたのに、またすぐ戻るのは軽率だ。

それに、シェンユゥたちならきっと大丈夫だ。何の根拠もないけど、まだ棟に戻るわけにはいかない俺はそれを信じるしかない。

 向かいに座るセヴァダが、カチャとカップを皿に置いた。さて、と足を組み直して俺を真剣な表情で見る。


 「ま、安心しなって。シェンユゥくんたちはそんな奴らにやられるほどヤワじゃないから。それより…好機だと思わないか?」

 「…何が」

 「どうせ棟内を襲いに来たのは反魔王派の魔族たちだろうよ。ステイトくんが狙われたのは…いくつか理由が思い当たるけど、やっぱりあのクソ魔王のお気に入りだからだと思うね。

  そうじゃないなら…、まぁ、アレかな。また昔みたいに…トルメルの体を実験に使い倒して最後には殺しちまう、とかね。ろくでもないってのは確かだ。

  けど、この混乱に乗じてステイトくんは何か行動を起こせるんじゃないのか?」

 

 ニヤ、とセヴァダが目元を細めるのに俺は少し首を傾けた。行動…、…あ。なるほど。俺はそれでも、ちょっと渋い顔をして答える。


 「ゾイもいない、城内は混乱状態、その混乱に紛れてこの城を脱走する…ってことか?けどそれじゃ、俺のために戦ってくれたシェンユゥたちに悪いじゃねーか」

 「優しいんだねぇ、ステイトくんは。けどそれじゃ、いつまでも逃げ出すことなんかできないだろ。…ま、別にそれでもいいと思うけどね」


 空になったカップにまた茶が注がれていくのを見ながら、俺は深く椅子に腰かけた。…甘いのは俺だ。分かってる。この機を逃せばますます逃げづらくなることなんて、俺にも分かる。

それにあの地下で見つけた紙束と情報だ。もう目の前で俺の脱走計画はしっかり待ってくれてるようなものなんだ…あとは俺が決断するかどうか。


 シェンユゥたちを裏切って逃げるか。おとなしくこの場をやり過ごし、ゾイが帰ってくるまで身の安全を確保するか。この二択だ…そう思うべきだろ。


 それによく考えたらゾイやシェンユゥ、シャムロック三兄弟やノーリ…、皆は立場的には俺の敵と言ってもいい。すっかりのんびり穏やかに過ごしちまって忘れそうになってるけど。

このままここで暮らしても、…王都には戻れない。聖剣の問題も解決しない。ノイモントは確実に迫っている。俺を待ってくれてる人たちに…会うこともできない。


 シル、まだ俺のことを待ってくれてるのかな。ヨーウェンさんやアリシアも、そろそろ俺がいなくなっちまったことには気づいてるはずだ。王都中にその噂は広がってるだろうな。

また遊びに行くって言ってたユハの街にも行けず、南国のギルドを訪ねることもできない。双子、元気かな。エルマノスの皆も、わいわい賑やかに仕事してるかな。

挙げていけばきりがない。…何より、あいつとの約束を果たせないままだ。


 ニコラ、俺はお前をぶっ倒すって決めたのに。


 まだやり残したこと、いっぱいだ。ここで立ち止まってばかりじゃ…ダメに決まってる。

ざわ、と風が吹いて薔薇の咲き乱れる花園を騒がせる。白い花びらが一つ、ふわりと机の上に落ちたとき俺は口を開いた。


 「…なぁ、セヴァダ。…ゾイが盛大に溜息つくところ、…見たいか?」


 顔を上げると、なみなみと注がれたハーブティーに俺の顔が少し映ったのが見えた。…すっきりした顔してんじゃん。ニィ、と俺が笑ってみせると、ヒュウ、と口笛が聞こえる。


 「いいね。俺にできることなら協力してやるよ。……、いつ決行?俺は何したらいい?」

 「そうだな…幾つか、お願いがある」


 後ろめたい気持ちがないわけじゃない。けど、…恨まれるのは承知だ。俺は静かにハーブティーのカップを持ち上げ、セヴァダの面白がる表情に少しずつ言葉を紡ぎ始める。



 ―――決行は、今日の夜。


 

 ***


 『千里の目』が届かない。シェンユゥは困惑しながら、荒れた食堂を掃除していた。

予期しなかった仮面の魔族たちの襲来は、数日城を出ると言って去った魔王に反旗を翻す輩たちの仕業だとシェンユゥも気が付かないわけではない。せっかく上手に作れた朝食がダメになることがまず悲しかった。

いつも自分の作る料理を、明るく笑って美味しいと言ってくれる少年ががっかりするところは見たくなかったのだ。


 一般的な魔族とは少し違い、己の体を強化する魔法に長け、さらに遥か遠くを手に取るように見渡せる能力を持つシェンユゥはその力をコンプレックスに思っていた。 

『千里の目の族』とも呼ばれる彼らの一族は、その目の能力の代わりに声を持たない。シェンユゥは物心つくころには奴隷市で独りで、家族や同じ族の者に会ったこともなかった。

故に自分の意思を伝える方法も学ぶことができず、その『隠し事を暴く』とも言われる目を忌み嫌われ、酷い扱いを受け続けた。


 呪わなかったわけではない。ただ、悲しみはゆっくりと岩のように厚くなり、固まっていく。そこを救ったのが先代の魔王で、専属の料理人として雇ってくれた恩は決して忘れることはないだろう。

その先代の魔王が消えてからも、この恩を忘れることなく次の魔王に仕える。そう誓い、仕事を続けた。城の中でもシェンユゥに冷たくあたる者は多く、心を許せる相手など誰もいなかった。


 奴隷をしていた頃に培った掃除や料理、家事の能力をただ魔王のために役立てる毎日。そこに一つ、石が落とされたのは最近のこと。

魔族でも人間でもない民、トルメル。その最後の生き残りだという少年の『監視係』を任され、まだ見ぬ少年にシェンユゥはシンパシーを感じていた。


 民の中で、族の中でたった独り。独りぼっち。同じだ。


 だが境遇が似ていたとしても、関係ない。その少年も自分を蔑むのなら、他と同じ。いや、きっとそうだ。少し湧いた明るい光は、そんな考えに儚く散ってしまった。


 ところが、実際に会ってみるとどうか。恐ろしいほどまっすぐなその少年の心に、シェンユゥは今までにない期待を感じていた。


 『な、な、なんだお前っ!?』


 大きな鍋の後ろにひっそり隠れて場を見守る自分に驚き、あげられた声。それは、シェンユゥを拒絶するものではなく、単純な驚き。


 『こいつ誰だよ!話しかけてもガン見されるだけで返事ないし!生きてんのこいつ!?』


 ごもっともだ。まっすぐすぎるその声に少し傷つかないわけでもない。生きてるよ、とも返事できない自分の体がふがいなく、恨めしい。


 『これからシェンユゥに飯作ってもらうの、ちょっと楽しみになってきた』

 『時間があったら、お疲れ様のケーキでも一緒に焼こうぜ』


 しかし、そのまっすぐな声と笑みは、シェンユゥの作る壁を簡単に壊した。少年の笑みが眩しく、新しい。同じ独りぼっちだから、とかそういった共感はなく、シンプルで暖かい気持ちをシェンユゥは少しずつ知った。

心を許さなくてはいけない相手は魔王だ。だが、心を許すことができる相手は?この人になら預けてもいい、という相手は?


 いつも視線の先で朗らかに、ときどきいたずらっぽく明るく笑うこの少年になら、きっと。友達になりたい、話したい、声が欲しい。そう願うようになっても、それを伝える術がない。

けれど、いつもまっすぐにこの目を見てくれる少年になら、いつか届く。期待と希望が、ゆっくりと固まった心の岩を溶かしていくようだった。


 なのに。


 あの魔族の襲来から、少年の姿が見えない。もう騒動を鎮圧させてから昼が過ぎ、夕方が近づいている。

食堂を襲った仮面の魔族たちはシャムロック三兄弟の力も借りてなんとか治めた。城の本部から警備兵を呼び、反乱に加わった輩を全て捕らえることもできたというのに。

場を離れていたらしい魔物使いの黒頭巾も、いつも通りの読めないぼんやりした表情で現れた。連れている相棒の黒狼の魔物の背には、気を失った魔族が一人。聞けば、この美青年の魔族が反乱を起こした主犯格だという。

警備兵がその青年を牢に引きずっていったが、まだ詳しい事情は聞けていないのだという。


 黒頭巾が言うには、少年は『禁忌の地下室』に閉じ込められたらしい。が、再び強い結界が張り直されてしまったため、今この城にいる者たちではその地下室に入ることはできない。

どんな鍵でも開けられる道具、『聖銀の鍵』はかなり貴重な上に一度使うと失われてしまうのでもう残っておらず、魔王が帰ってくるまでどうにもできない状況となっていた。


 『禁忌の地下室』には特殊な守りが厳重に施されているため、いくら千里を見通す目を持つシェンユゥでもその中の様子を探ることはできない。

今は魔王の帰還を待ち、荒れてしまったこの棟を掃除することに専念しなければならない。


 シャムロック三兄弟も棟内を走り回って少年を探しているだろう。黒頭巾は城の本部まで行って、魔王に早く帰ってくるよう伝令を送る手続きをするらしい。

だったら自分にできることは掃除だけ。今日の夕飯の席が一つ減ってしまうことは、何よりもシェンユゥを落ち込ませる。


 はぁ、と声になることのないため息をシェンユゥがついたとき、ふと今まですっかり忘れていた存在を思い出した。


 中庭の庭師、セヴァダ。自分にとっては、恩はあるがやたら胡散臭くうっとおしい謎めいた存在。…いや、中庭にこもってばかりのセヴァダがこの棟内の状況を知ってるわけもない。

庭師なら何か知っているのではないか、という考えをすぐにかき消し、シェンユゥはゆるゆると首を横に振った。


 …どうせ今も、セヴァダは庭いじりをしているだろう。それか、趣味の謎の薬を作っているか。


 何気なしに『目』の力を解放し、その力の先を中庭に向ける。…予想通り、セヴァダは庭の端の実験室にこもって何かの草花を煎じている最中だった。いつものおちゃらけた表情は見えず、真剣に鍋へと視線が向けられている。

この棟内の状況も知らず、呑気な庭師だ。シェンユゥは『目』の力を停止させ、また目の前の割れた皿を片付ける作業に戻った。


 中庭のテラスに、ティーカップが二つ出ていることには気付けなかった。



 **


 夜がきた。中庭の花の迷路から見上げると、満天の星!…結局今日はずっと中庭で遊んじまった。俺の脱走計画を話してから、セヴァダはその準備にかかりっきりだし…。一方俺は仕事がありません。

だからセヴァダに任された花の水やりぐらいしか…。…しっかし、すんごい植物の多さだ。見渡しても緑、緑、その中にぽつぽつと鮮やかな花の色。

 これは聖セレネの神殿前にある庭も霞む。ごめんなアストック、お前の庭作業が悪いわけじゃないんだ!ただ…その、あれが鉢植えだとするならこっちは見渡すばかりの花畑って感じで!

しかも夜になって暗くなると、ほんのり光を発する花もあるんだから幻想的だ。鐘のような形の花が青白く輝き、ぽろぽろと光る花粉をこぼすところなんて…。…この景色を切り取って部屋にでも貼り付けたい。


 さてさてさて。そろそろセヴァダの小屋に行って様子でも見てくるか!迷路を走り抜け、すっかり覚えた道をたどり小屋へ行く。小屋の扉を開けようとしたとき、ちょうど扉が開いた。


 「うお!?」

 「わ!?…って、ステイトくんか!ちょうど良かった、必要なものは揃えといたぜ、確認してみてくれ」


 小屋から出てきたセヴァダがにかっと笑い、その手の風呂敷を足元の芝生にざらっと広げた。…風呂敷って…エコだな…!


 広げられたのは、いくつかのケースとその中の丸薬。ラベルが貼ってあって、薬の名前がちゃんと書いてある。あとその薬の説明書。薬の種類は…けっこう多いな。

セヴァダが作業服のチャックを緩めながら、達成感に溢れた表情で薬の解説を始める。おっと、ちゃんと聞かないと。


 「説明書もつけといたけど、説明しとくぜ。この赤いのが『透明薬』。飲めば一定時間、誰にも姿が見えなくなるってやつ!ただ触れればバレるけど。声も聞こえちまうから気をつけてくれな。

  他の薬とも併用して使えるけど、こいつの効果は一粒30分ってところか。あまり連続して使うと、ほんとに影が薄くなるから気をつけろよ」

 「おぉー!これで…シェンユゥの『目』は潜り抜けられるな」

 「けど、黒頭巾の魔物の鼻や気配を察知する力には無効だ。…まぁ、出会わないことを祈るしかないかな」


 次、とセヴァダが指さしたのは青いケース。…あれ、一個しか薬が入ってない。一粒だけ青いカプセルがケースの中に転がってる。


 「この青いのは、…ふっふっふ!頑張ったんだぜ、俺!こいつがグレシュデリア及びガーシュデリアの薬を無効化する…つまり、ステイトくんを『トルメル』に戻してあげられる薬だ!

  けど材料とか諸々の都合で一個しか作れなかったから…使いどころは考えてくれ。体質が『トルメル』に戻れば、相手の魔力を察知することに長けてる魔族はステイトくんの近くに来ると違和感を感じるはずだからね」

 「おぉぉっ!セヴァダすげー!…ほんと、助かるぜ。ありがとな……って、頼んだのはこの二種類の薬だけだよな?他にもいっぱい薬が転がってるけど」

 「あー、オマケだオマケ。在庫処分とも言う。こっちのが頭痛を治すやつで、こっちが腹痛、んでこっちは睡眠薬で…」

 「…おう」


 そう、俺が頼んだのは…城の中を誰にも見つからないようにするための『姿が見えなくなる薬』、それと『トルメルの体質に戻る薬』の二種類。なのにまぁ…おまけが大量じゃねーか。

けどもちろん助かるのには違いない!セヴァダが得意気に解説するのを、俺はちょっと笑って見ていた。


 セヴァダの薬解説が終わりそうにないから、俺はそれを聞き流しながら頭の中で脱走計画を振り返る。


 まず、中庭を出る。俺の部屋に戻り、ベッドの裏に隠した『謎の鍵』を回収。と…、これはできそうなら、なんだけど。

城の本部まで忍び込んで、ゾイの部屋を探し出して侵入。んで、その部屋にあるらしい俺の荷物の回収!そう、コレ大事!できそうなら、じゃなくてやっぱり必要事項だ!

俺の剣も、元々着てた服も、装備品も、いろんな隠し道具も…、…トルメルの指輪はもちろん、ニコラに貰ったペンダントも没収されたままだし。

 それを回収できればまたこっちの棟に戻って、屋上の魔法陣を起動させてハイさよなら!……ってのが理想なんだけど。


 問題はゾイの部屋だ。まずどこにあるか知らないし、どうせ本部まで行くには結界が張られてるんだろうし…。仮面の魔族たちが襲ってきたことには関係なく、城中に結界が張り巡らされてるだろうからな。

やっぱりここでトルメルの体質に戻る薬を飲んでおいた方がいい。


 だんだんと夜が深まり、闇が濃くなってる。セヴァダが満足げに解説を終えたところで、俺は青の薬に手を伸ばした。


 「あれ、もう飲むの?」

 「あぁ。…ゾイの部屋に俺の荷物が没収されてるんだ。取り戻しに行かないと」

 「じゃあ中庭から棟に戻ってからにしなよ。ほら、この中庭と棟を繋いでた『壁』。あれは魔法の通路だから、今トルメルの体質に戻ったらこの庭から出られなくなるか、めっちゃくちゃ歩かないとダメになるけど」

 「うおおお!あぶねえ!そうだった、そうだった!忠告、感謝!」


 危うく薬をケースから出しかけた俺は軽くケースを投げながらセヴァダに手を合わせた!そうだ、この中庭って本当は棟からだいぶ遠くにあるんだっけ。近道するに限る…。


 「けど、ステイトくん、あのクソ魔王の部屋、分かるの?」

 「…知らない」

 「結構無計画だなぁ。…ま、いっか」


 セヴァダがよっこいしょ、と立ち上がる。小屋に一度引っ込むと、また出てきて今度は小屋に鍵をかけた。…あれ?何するつもりなんだ?

俺が座ったまま首を傾げてセヴァダを見上げると、セヴァダは人のいい懐っこい笑みで腰に手を当てた。


 「俺の城内の自室も、あのクソ魔王の部屋と近いし。ほら、前にシェンユゥくんにおつかいさせた、城本部の『秋瓦の棟』。その中にクソ魔王の書斎がある。

  あいつのプライベートルームは別室だけど、あの『秋瓦の棟』の書斎にいつもいるから多分没収された荷物はそこにあるだろうね。

  俺も城内の自分の部屋に戻るのは結構久しぶりかもな…。…ま、たまには様子見に行かないと。…俺が部屋に戻るついでに、案内してあげてもいいよ?」

 「…まじか!…いや、ほんと、あのさ…セヴァダ……ありがとうな」

 

 小屋に立てかけていたシャベルを担ぎながら、セヴァダが俺にウインクする。なんでセヴァダもこんなに俺に協力してくれるんだろう。…俺の脱走に加担したってばれたら、酷い目に遭うかもしれないのに。

そんな俺の考えを読んだのか、セヴァダはからっとした笑い声をあげて俺に言った。


 「退屈してたし、いいんだって!あとは調子に乗ってるクソ魔王へのささやかな反逆だ。…けど、成功するかはステイトくん次第。…準備は大丈夫?」

 「勿論だ!」


 俺が風呂敷をまとめて立ち上がると、セヴァダが大きく頷く。明かりの消えた小屋を後にして、星明りの照らす庭を抜けていく。もう前を歩くセヴァダは振り返らず、俺も声をかけることはしなかった。


 まだ考えはまとまらず、決意と言い切ることもできないかもしれない。

それでも進む道が見えてるなら…、俺はきっと何度でも飛びこんでいく。もう一度見上げた夜空は、どこで見るのともそんなに変わらない雄大な星空だった。

  

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